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二章

二章


「えーと、要するにこの間の試合が自由戦闘。プレイヤーが自分から対戦相手を指名して勝負を挑む戦い。これについては勝負を受けるも断るも自由。それで、あのサングラスたちが持ってくる試合が強制戦闘。一度お達しが出たら断ることも逃げることもできない強制参加の試合ってことだね。でも、自由戦闘は断ることもできたんでしょう? 別に受けてたつ必要もなかったんじゃあ……」

「一度受けた試合を撤回することはできない。まさかいきなり新しいメンバーを迎えるハメになるとは思ってなかったからな。こんなことになるなんてわかってれば、自由戦闘なんて受けなかったっての。ちなみに、これから先もまだ予定が埋まってるから覚悟しとけよ」

「マジですか」

「大マジだ。死ぬなよ」

 タクシー乗車中に拉致されてから三日目。

 初日は試合が終わってからすぐに緊張の糸が切れて、自分の置かれた状況を理解すると共に盛大に嘔吐してしまい、最終的に崩れるように眠りに落ちた。二日目は島の案内とシステムの説明を受けている内に夜になってしまった。

 この島がどこの国に属するのかは、少なくともプレイヤーは誰も知らない。

 観客である外の住人たちは当然知っているのだが、島に入る前にいろいろな誓約を設けた書類にサインさせられるのだそうだ。その中には、当然プレイヤーにこの島の所在を報せないことや、外の世界との連絡役を引き受けないことなどが含まれている。

 島の概観は以前父に連れられていったグアムに似ている。

 熱帯の気候に建ち並ぶヤシの木や植え込まれたハイビスカスを初めとする熱帯特有の花々。

 プレイヤーの宿舎は白い壁と赤い屋根で統一されているが、大きさは様々。これはサングラスの運営によって振り分けられ、所有する得点の多いチームほど豪華な家が宛がわれるのだという。下位チームの宿舎となると、プレイヤー五人が雑魚寝するので精一杯なほどに狭いらしく、「二度とあそこには戻りたくないな」と経験者たる年長二人が遠い目をして呟いていたのが印象深い。

 他にも青い屋根は島内に設けられた商店の従業員の家。プレイヤーの宿舎街から一番遠い島の端には大きなホテルが建っている。そこが観客の宿泊施設だ。

 三日目になった今日、ようやく一通り説明されたことに整理がついて、今は島に設営されている訓練場でおさらいをしている最中である。

「それにしても、このマモン島って結構大きい島なんだね。家もかなりの数があるし、大きな施設もそこそこ建ってるし。田舎の離島よりは人口も多そうだわ」

「そうだな。一チーム五人でそれが約百チームある。それだけでも住人は五百弱。加えて施設の管理者に、店の従業員とかを含めれば、まぁそこそこいるだろうな」

「これだけ人手もあるのに脱出できないんだね」

「逃亡しようとした連中は、歴代揃って蜂の巣だ。プレイヤーの間ではある意味勇者扱いしてもらえるが、どっちかって言うと殉教者だな。どうせ命を懸ける覚悟があるなら、確実な道をとった方がまだ利口だろ」

 紙に単純な線でかろうじて船とわかる形の絵を書き記し、ウェイは赤で大きくバツをつけた。船による脱出は不可という印である。他には飛行機、地下トンネルなど、様々な案が出ているがいずれもバツ印つき。正攻法以外での脱出はほぼ不可能と言っても過言ではない。

「そういうものなんだ。魔法使いまでいるのに、ただここを離れるだけがこんなに難しいなんて」

「魔法といえば。レンは未だに状態変化なしか? 大概の奴は埋め込まれてすぐに何かしらの変化があるものなんだが……」

「全然。ウェイみたいに超人的な身体能力もないし、ラズみたいな魔法もさっぱり使えない。不良品でも埋め込まれたのかしら?」

「それ、この島じゃ洒落になんねーぞ」

 この島、マッド・カーニバルと呼ばれるゲームを開催している会場の一つであるマモン島では、新参者のプレイヤーは必ず頭の中に特殊な機械。電子チップを強制的に埋め込まれるのだという。

 それはとある古代遺跡で発見された技術を現代科学にアレンジした産物であり、当然の如く表社会の現代科学には存在しない代物だった。

 チップを埋め込まれた人間は脳波に変異をきたし、あるものは身体能力を増強され、又あるものは自分の脳波によって自分の体外の物質に影響を及ぼせるようになるらしい。一種の超能力と考えると、理解し易いかだろう。

 前者は強化型と呼ばれ、蓮華達七二班ではウェイバルド、謡、ホーリーがこれに属する。基本的には筋力の強化が大半だが、ホーリーの場合は視力、聴力等の感覚神経が強化されたのだという。

 後者はチップの原型が古代遺跡から発見されたことに由来して魔法型と呼ばれ、ラズライトがこれに属する。魔法型は実に様々な能力を持っていて、人により三者三様だという話だ。彼女は物を浮かしたり動かしたりすることができるのだが、他には空を飛べる者や、動物と話せる者もいるらしい。まるでおとぎの国だ。

 ただ、魔法型は数が少ないらしく、確率的には一割以下だそうだ。

 チップの影響は埋め込まれてから数時間、もしくは一日ほどで現れ、ほとんどの人間は目覚めと同時に自分の異常を感じ取る。

 しかしながら、蓮華はチップを埋め込まれてから既に三日が過ぎていた。それだけ経つのに、強化型の兆候も、魔法型の兆候もまったく見られないという異常事態に陥っていた。

 最初はチップを付け忘れられたのかとも考えた。けれど、頭部に触れてみると、一センチ角に髪の毛が剃られた形跡があり、触るとひりひり痛んだことから、やはりチップという名の異物は埋め込まれたのだと思い知らされた。

 皆が皆何かしらの特性を持っているこの島で、普通であることがどれほど危険なのか。それを察してしまったウェイによって、蓮華は朝からこの訓練場に連行されるハメになったのである。

「強化も魔法もピンからキリまである。だが、何にも目覚めていないお前はそれ以前の問題だ。この島で普通の人間でしかないってことは、最底辺の能力しかないのと同じ。このままじゃあっさり殺られてお陀仏するのが関の山だ」

「ですよねぇ。うん、あの試合見てて、何となく察しはついた。普通の一般人が突っ込んでったら確実にご臨終だわ」

 昨日も昨日で島内の案内ついでに他班の試合を見せられた。

 必ずしも相手を殺さなくても勝てる。それだけが救いだったけれど、やはりほとばしる鮮血に胃が騒いだのは言うまでもない。

 今でも思い出せば指先が震えてくる。すぐに慣れると言われたが、慣れれば自分はどうなってしまうのかという不安が付き纏う。

「物分りがいいようで何よりだ。そこでレンには特訓を受けてもらう」

「それで訓練場なのね。確かに、自分の身くらい守れないと、本当にただの足手まといになるものね。うん、やってみる」

 蓮華は大きく頷いた。ここへ連れて来られてから出会った七二班の仲間四人。こんな非常識な島に連れてこられてどうなるかと不安だった自分に、事細かに島のシステムやゲームについて教えてくれた。何より、まだ希望があるのだと思わせてくれた面々だ。

 どんなに付き合いが短くとも、既に大きな恩がある。

 だから、そんな彼らの邪魔にだけはなりたくなかった。その一心からの返答だ。

「それで、具体的に何をするの?」

「射撃の訓練だ。まともに的に当てられるようになるまで。もしくは強化型か魔法型か判明するまで、な。ちゃんと銃は持って来たな?」

「あいつらに渡されたあの銃でしょ? 持って来たには持って来たけど、使い方が分からない。取扱説明書くらい付けて欲しいものだわ。どうやって使うの?」

「ん、ちょい見せてみろ」

「了解、これなんだけど……」

 使い方が分からないので、どうにも触るのが怖かった蓮華は渡された時の状態のまま。ケースに収めたままの状態で銃を差し出した。

 危なげない手つきでウェイバルドが取り出し、形と刻まれている文字、弾倉を確認していく。

「わかる?」

「わからんわけがねーだろ。グロックのプラスチック銃だ。軽くて使い方も簡単だが、日本人の小柄な女子供にはこれでも少しデカイかもしれないな。的もあるんだし、ちょっと持ってみろ」

 ウェイバルドに教えてもらいながら、拙いながらも銃を握ってみる。

 取り落としたり、引き金を引けないほどの大きさはない。しかしやはり彼の言う通り、手に馴染むほどもしっくりくる大きさではないようだった。

「銃って重いんだ。でもってちょっと大きい」

「諦めろ。それはまだハンドガンの中でも軽い方なんだし、貰いもんの大きさに文句をつけるな。持ちにくければ持ち易いのを見たてりゃ済む。それよりも、先に撃ち方を覚えろ。簡単だ。安全装置を外して遊底をスライドさせ、初弾を装填する。後は引き金を引くだけだ。できるだろ。ダブルアクションの銃を選べば使い方は同じだ」

 銃を握る上から手を添えられ、操作を始めたと思ったらいきなり彼は一発ぶっ放す。

 突然の破裂音に蓮華はびくりと肩を振るわせた。

「あのさ、撃つなら撃つで前もって言ってくれないかな? 今のは本気でびびりました」

 腕に初めて経験する衝撃が走る。硝煙の匂いをかいだのもこれが初めてだ。

 ばくばくと心臓が騒ぎ立てる。寿命が五年くらいは縮んだような気がした。

「これくらいで何言ってる。五十口径はこんなもんじゃねえ」

「そんなもの撃つ気ない! 今のですら的に当たってないのに、そんな大冒険できるもんか!」

「いっそでかい衝撃に慣れとけばグロック如きの衝撃気にならないんじゃね?」

「あなたは私が普通の腕力しかない、ひ弱な女子高生だということを忘れていやしないかしら?」

「大丈夫だ。鍛える余地はある」

「筋肉ムキムキは好みじゃないわ!」

 目つきも口も悪いウェイは最初こそ怖い印象があったのだが、何度も助けてもらったおかげかマイナスイメージの感情はほぼ全て払拭された。

 気さくとまではいかずとも、普通に話す。冗談と本気の境界線は非常にあいまいなものの、一緒にいて退屈しない人物だ。

 現に、初日以来、蓮華はほぼ一日中ウェイと行動を共にする日々を送っていた。主に施設や環境の説明などを頼んでいただけなのだが、おかげで随分勝手がわかった。

「ウェイ君。年頃の女の子に鍛えろって言うのはちょっと可哀想だヨ」

 ただし、彼と二人きりになることはほぼ皆無で、大概は三人以上で行動することが多い。さっきまではラズライトが一緒だったし、訓練場に行くと言えば今度は謡が同行すると言い出したのである。

「そうでもしなきゃ生き残れねーだろ」

「うーん、そうなんだけど。基本あっちの世界で生きてきたワタシや君と、一般人の女の子を混同しちゃ駄目だよ。ほら、蓮華サンは本物の血祭りとか見慣れてないシ」

 ただでさえ人気がなくて静かだった訓練場が沈黙に支配される。

 ニコニコと人のいい笑みで放たれた言葉に、蓮華はしばらく石化したように息をするのを忘れていた。

 我に返ったその瞬間。自分の中で突っ込むべきか、聞かなかったことにするべきかの脳内ディベートが開催される。

(謡ってここに来る前はいったい何してる人だったんだ? あっちの世界ってどっちの世界? 血祭りを見慣れてるってことは、やっぱりここの連中みたいに危ないことしてたのかしら? いやいや、単にここに来て慣れちゃっただけかもしれないじゃない。でも基本って言ってたからには基盤がこっち方面? でもあっちの世界に生きてきたのはウェイも同じで? 結局どっちの世界なのよ!)

 結論。突っ込まずにはいられませんでした。

「謡はどこで誰を血祭りに上げながら生活してらっしゃったのかしら?」

「やだなぁ、急に他人行儀に改まっちゃっテ!」

「警戒されてるって気付いてるくせに白々しい奴め」

 さり気なく蓮華とウェイは一歩引いた所に立っている。彼のような人間がその理由に気づかないはずはない。態とらしく振舞う謡に、赤毛の彼は容赦なく吐き捨てた。

 ところが、謡はそんなウェイの反応に、楽しそうに唇を歪めた。

「そういうウェイ君は、チームメイトに幻滅されるのが怖いのかな? 過去は変わらないよ。個という記憶、人格、その全てを放棄しても尚、ネ。ワタシ達は所詮、同じ穴の狢じゃないカ」

「謡、お前」

「よって、ワタシ一人を危険人物に仕立て上げて、新入りサンの高感度を引き上げようとしたって無駄だからね! そんなヘマはするものか! 旅は道連れ、死なば諸共。嫌われる時は二人一緒だヨ!」

「気色悪いことぬかしてるんじゃねーよ! 結局仲間外れが嫌なだけか、大人げのない奴め!」

 懐から銃を抜き、突きつけるも謡は顔色一つ変わらず笑い続ける。

 信頼しているのかこれがいつものことなのか。

「あっはっはっはっはっは!」

「えー、今一瞬シリアスになりかけなかったかしら? 自分から重苦しいこと言っておいてあっさり場を流しちゃったよこの人」

「――はぁ。お前も覚えとけ。こいつとまじめに付き合うと疲れるだけだ。気持ち半分で正味全部聞き流しとけ。九割方それで片付く」

「ウェイはどれだけ謡を信用してないんだ。九割って、もはや何も聞く気ないのと同じじゃないの」

「そりゃそうだ。ないからな」

 試合中、二人で前線を守っていた彼等は相棒同士なのだと思っていたが、ウェイの謡に対する態度はどこまでも素っ気無い。

「うわ、ウェイ酷い!」

「ねー、ひどいよねぇ? 彼、ここに来た頃からこんなんなんだヨ?」

「うるせぇよ。お前が人の過去を勝手に暴露しようとしたからだろうが」

「ウェイは暴露されて困る過去とかあるの?」

「いや。俺個人としては別段困る過去もねーけど。他人の口から勝手に個人情報流されんのが気にくわねーだけ」

「ああ、なるほど」

 妙に納得したような様子で蓮華は大きく手を打った。

 言われてみればわからないでもない。別段知られて困ることではなくても、自分の意思とは関係なく、勝手に過去を晒されるのはあまり気持ちの良いものじゃない。

 蓮華が幼いうちに家族の半分を亡くしていることも、知られて困ることではないけれど、いつの間にか自分の与り知らぬ所で噂されていた時には戸惑ったものだ。

「あれ、子供の頃から殺し屋やってましたー。って、知られて困ることじゃないの?」

「――はい?」

 なんだやっぱり後ろ暗い過去などないのではないか。ほっと胸を撫で下ろすのも束の間に、謡はさらりとウェイの個人情報を暴露した。

「俺は仕事に命と誇りかけてたんだよ。後ろめたいことも恥じることも無い」

「あ、あのー。お二人共? 今何と」

 蓮華は謡の発言と、それを微塵も否定しない青年の様子に思わず頬を引き攣らせた。

「ああ、彼ね、ここに来る前ヨーロッパを駆け巡る優秀な殺し屋さんだったんだヨ。凄いよね。さすが我等七二班のエースだよ!」

「そういうお前は密輸商人だったよな。昔一度だけあんたから銃を買った記憶があるぞ」

「まだまだワタシが駆け出しだった頃だね。あの頃から君は愛想がなかったよ」

 いったいいくつの頃からそんな世界に身を置いていたのか。それを聞くことさえ怖い。

 今目の前に立っていて、普通に話をしているのに、住むべき世界は恐ろしく遠い人たちだったのだ。

「……付き合い長いんだね。そしてあっちの世界ってチャカでドンパチやらかす世界だったのか。日本でいう組長と構成員で組織形態を取ってらっしゃる稼業人的皆様とよく似た世界のアレね」

「素晴らしいオブラートの包み具合だね。率直にヤク――」

「シャラーップ! お願いそれ以上は言わないで。私はノーマルな世界で平穏に生きるんだから!」

「ウワ、凄まじい拒絶反応」

「マモン島に拉致られてきた時点で儚い夢と化したがな」

「ウェイも言わないで! わかってるけど認めたくないんだから!」

『わかってるなら認めたら?』

「ああ、もう! 二人して言わなくてもいいじゃないのよ。人の傷口抉らないで!」

 蓮華は耳を塞いで、叫ぶように二人の言葉に反論した。

 確かにこの三日、厳密には二日と半日の間、蓮華は自分が普通の生活から遠のいてしまったことを自覚していた。

 買い物は例のサングラス達、もとい運営委員会から支給された専用のカードにより行われ、基本的に現金が使えないこの島。それだけでもう普通じゃない。更にテレビはあってもインターネット、携帯電話、その他こちらから情報を発信できる機器は一切持ち込みが許可されておらず、また、中で調達することも叶わない完全な閉鎖空間。

 外に出る手段は船のみ。その船も警備が厳重で、魔法型及び強化型、どちらにも自力の脱出に成功したものはいないという有様。

 ここから帰る手段は一つ、勝ち抜けること。しかし、この戦いを勝ち抜けたとして、家に帰った自分が以前の自分のままでいられるかは心配の種であった。

(もし、戦って人を殺すことに慣れてしまったら……)

 きっと以前のように戦争や殺人が他人事の、ただの学生には戻れなくなる。

「私だってわかってるんだよ。今のまま、普通の学生のつもりでいたんじゃ、この島では生き残れないってことくらい」

「蓮華サン……」

「レン……」

 神妙な面持ちで男性二人が顔を見合わせる、けれどもその刹那。

「わかってんならさっさと銃の使い方を覚えろ。でもって動かない的にくらいは当てられるようになれ!」

「それが終わったら肉弾戦の取っ組み合いを教えておかないとネ。時には銃も手元にないままで青春の殴り合い。拳と拳で語り合う、何てこともありえるかラ」

「ちょっと、さっきの失言だった。みたいな重苦しい表情は何処へ行ったの。そして謡。あなた、女の子に鍛えろは可哀想だとか言っておきながらウェイよりも無茶なこと言ってくれちゃってるじゃないの。矛盾してるわ」

 まさか殴り合いを覚えろなどという要請が来るとは予想外だ。それも、自分達とは別世界に生きてきたと言ったその張本人からだ。

 何となくウェイの言った聞き流せという言葉が理解できたような気がする。

 もっとも、そういう力技が必要になることがあるかもしれない、というのは事実なのだろうけれど。

「備えあれば憂いなし。君だって成す術もないままタコ殴りは嫌でしょう?」

 むしろタコ殴りでも命が残れば上々だ。この島において、敵を最も効果的に無力化する方法は殺害なのだから。

 謡は爽やかな笑顔でそう問いかける。正論故に反論できないのが悲しい。

「マッド・カーニバルはチーム戦だ。俺やヤオもいる。だから何かあれば助けに行ってはやる。だが問題なのは――」

「これがゲームである以上、必ずしも私たちの思い通りには進まないこと」

「その通り」

 何かあれば助けに行く。助け合う。それがこのチームの暗黙の了解。しかし、こちらが思考する人間であるように、相手もまた人間。実力で優勢を勝ち取るウェイや謡とは違い、頭脳で勝ちを取りに行くチームも当然ある。

(もしも分断されて助けが来ない状況になったら、頼れるのは自分のみ。そして何より、何もできないチームメイトはただのお荷物で、最大の弱点にもなる)

 敵チームに自分が何の能力にも目覚めていないこと。一番弱いことを悟られれば恰好の標的にされる。

「チームメイトが入れ替わったばかりの時期は、チームが不安定になりやすい時期でもあるんだヨ」

「何せ自分に何ができるかわかってない奴がいるんだ。そりゃあ簡単にはいかねーさ」

「敵チームもチームメイトの入れ替わりを経験していれば、そのことにもすぐ気付いてしまう。今の私は、最短簡易に削り落とせる戦力っていう、嫌なレッテルが付き纏ってる状態、なんだよね?」

 更に言えばそれが紛れもない事実だから尚性質が悪いのだ。

 俯いて、黒いプラスチック製の銃を見つめてみる。

「現実から目を背けたって、碌な成果は得られないってことか」

 それはもう盛大なため息を吐き出した。人生全ての幸せを吐き出しているんじゃないかと思うほど長くて大きなため息だ。

 散々陰鬱な気分を醸し出した後、蓮華は勢いよく練習用の的を睨み付けた。

「私には、今やれることをやってみるより他に、成す術が見つからない」

 乾いた破裂音が十発以上炸裂した。

 全ての弾を打ち出してから数十メートル離れた的を見てみる。的中率は何とも微妙なものだった。当たり外れの差が激しく、半分近くが的外れそのもの。照準が激しくぶれてしまっているのが見て取れた。

「わかってるの。自分が弱いことくらい。でも、何かやらなきゃ、死んじゃったら全部終わっちゃうんだ」

 事故で死んだ母みたいに、兄みたいに。死んだらそこで全てが終わる。それでは残された父が独りになってしまう。そんなの絶対駄目なのだと、蓮華は自分に言い聞かせる。

「私も役に立たないと、ただの足手纏いにはなりたくない。生きて、帰る為にも!」

 常識では考えられないような今。しかし、目で見てしまった現実は、紛れもない真実だ。逃れることはできず、逃れようと足掻いている人たちがいる。

 そうするしか道がないのなら、いるまでも立ち止まっているなど許されないし、自分自身が許さない。

「銃に対する恐怖は一先ず抜けたみたいだな」

「半分自棄よドチクショウ」

「あー、女の子が畜生とか言っちゃったヨ」

「ここで真面目ちゃんな優等生気取ってどうなるのよ。それで学校卒業させてくれるならいくらでも真面目に生活するけどさ」

「君、結構現金だね」

「お褒めに与り光栄だわ」

「褒められてねーよ」

 ウェイの大きな手が、蓮華の頭の上に乗せられた。そのままぐりぐりと頭を撫でられて、蓮華は必死に抵抗する。

 髪型が乱れきったところで彼の手は離れ、蓮華は青年よりも随分低い目線からじっと見上げて不貞腐れた。

「で、多少やる気が出たレンゲ嬢。まずは何をやるか、決めたのか?」

 からかうような口調でこの先の予定を尋ねられる。

 蓮華は弾を切らした銃をアタッシュケースに放り込み、バタンと勢いよく蓋を閉めた。

「とりあえず。この銃、撃ち難いわ」

 その一言で、三人の次の行き先はガンショップだと決定した。


 ウェイに案内されてやって来たのは、七二班行きつけのガンショップだった。

 常連なのは前線でハンドガンを乱射しているウェイと、後方でスナイパーライフルを使用しているホーリーの二人。

 慣れた様子で店内に足を踏み入れたウェイは、姿が見当たらない店主を求めて店の奥の方へと声をかける。すると、店の奥から足音を立てて、中年くらいの男性が酒瓶片手に駆け出してきた。

「おい、オッサン。店開けてんなら店番くらい置いとけ。無用心だぞ!」

「あぁ? お、ウェイバルドか。お前四日前に来たとこじゃないか。何だ、もう弾を切らしたのか? この乱射狂め!」

「お望み通りあんたの頭にも風穴開けてやろうか? 勢い余ってそのまま吹っ飛んで肉塊と化すかもしれねーが」

「本気でそれは止めてくれ。五十口径を押し付けるな!」

 顔が赤らんでいた店主らしき男性は、今度は顔を真っ青にして懇願する。なるほど、冗談を言い合う程度には親しい間柄らしい。彼が本当に冗談で拳銃を突きつけているのかどうかはかなり怪しいところだけれども。

 店主の酔いが醒めたことに満足したのか銃を下ろしたウェイは、後ろを振り返って連れである蓮華の存在を店主に伝える。

「――ったく、お前が来ると生きた心地がしないんだよ。で、今日の用事はお前じゃなくそっちのお嬢さんか?」

「そうだ、うちの新入りでな。支給品の銃がどうにも馴染まないらしいんで新しい銃を探している」

「蓮華です。よろしくお願いします……」

「はいどうも。店主のコナーだ。ウェイバルドと違って礼儀正しいお嬢さんが客だとほっとするよ。何より華があるしな」

「それは……何よりです」

「蓮華サン。この人相手が女性なら老女だろうが幼女だろうが見境ないと評判の人だから。下手に出てあげる必要はないヨ」

「初対面の相手にいきなり暴言吐けるほど私は図太かないわよ」

 相手の人となりを知らないからには、いきなり暴言を吐くなど失礼極まりない。どれだけ粗暴な人でも話してみると意外と善い人だったりするし、その逆もまた然り。ただし時と場合による。

 まずは自分で話してみる。それまではできるだけ礼儀正しくする。それが日野家の教えなのである。

「いや、もうマジで常識人が増えておじさん涙が出てきたよ」

 日野家の家訓はコナーにとって涙するほど有難いもののようだった。目を片手で覆うコナーの肩は本当に震えていた。

 彼が今までどんな客を相手にしてきたのかいささか心配になってくる。もっとも、隣に悪い例が二人立っているから大体の想像はついてしまうのだが。

「いい年こいたオッサンが泣くな気色悪い。それより、銃を幾つかと地下の射撃場、借りるからな。俺達はレンの銃を見繕いに来たんであって、あんたの相手をしに来たんじゃない」

「あー、はいはい。勝手にして、決まったら声かけてくれ」

 さっさと行けと言わんばかりにコナーは手を振った。それを合図にウェイが蓮華の背を押し地下への階段を降りるよう指示する。

「あれ、謡は行かないの?」

 蓮華は後ろについてこない謡にどうしたものかと小首を傾げた。

「ああ、ワタシは銃に関しては専門外だから上に残らせてもらうヨ。少し用事もあるし、二人で行っておいで」

「――? わかった。じゃあ、また後でね」

「はい、また後デ」

 謡はにっこり微笑んで階段を下りる二人を見送った。

 二人の姿が完全に見えなくなった後、途端に謡の顔から笑顔が消え去る。

 酷く冷たく、冷淡な表情だ。

「おーおー、怖い顔だね。相変わらずおっかない男だぜ」

「悪いのは彼らの方だヨ。ゲーム以外での戦闘行為は禁止されているというのに、殺気丸出しで尾行とは、まったくおつむの弱いチームは困るねェ」

「で、陰ながらあんたにボコられると。むしろ奴さんに同情するね」

「あはは、うっかり同情ついでにワタシたちの情報を流したりしたらどうなるか、あなたなら想像できるよネ?」

「たりめーだろうが。俺だって商売人だ、客の情報は流したりしねー。何せ商売は信用第一だからな」

「そういう心掛けだけは立派だよネ、あなたって。まぁ、だからこそウェイ君も安心して彼女を連れて来られたんだろうけど。それじゃあちょっと行ってくるから。もし蓮華サン達の用事が済むのが早かったら、先に帰るように言っておいてもらえるかイ?」

「構わないが、どうせ向こうの方が長いと思うぜ? ウェイの奴があの嬢ちゃんを外に出そうとしないだろうからな」

「彼も意外と心配性だからネ。それじゃあ、こっちはよろしく」

 そう言って、謡はガンショップから出て行った。

 数十分後、店の裏手でとあるチームが気絶した状態で発見される。それは、かつて七二班にゲームで負けたチームの復讐を目的とした尾行が原因であったのだが、彼らが犯人の名を口にすることはなく、また、運営委員会も犯人の発見には至らなかった。


「お前、マジで手、小さいのな。どれ持ってもグリップが合わないじゃねーか」

「し、しょうがないでしょ。日本人をはじめ、東洋人は小柄なの!」

「まぁ、見るからにな。そうだな、だったら日本人とか中国人辺りが実際に使ってるのを持ってくるのが適当かねえ」

「日本人が使ってる銃、というと?」

「自衛隊とかは訓練や遠征で普通に使ってるだろうが。まぁ、その辺で一度試してみるか。確かさっき上で見かけたぞ。それだもでかけりゃ妥協しろ」

 幾つかのハンドガンを借り受けて、ひたすら地下射撃場の的を相手に撃っては評価、撃っては評価の繰り返し。結局十丁近く撃ってみて、どれもうまく馴染みはしなかった。最早、根本的に才能がないような気すらしてくる。

「ちなみに、参考までに聞いておきたいんだけど。ウェイが使ってる銃はどんなの?」

「普通のハンドガンだぞ。改造も特にしてない一般的な奴。まぁ、多少口径がでかいマグナムも混ざってるが……」

 ウェイバルドは腰のホルスターから二丁と、上着の下、脇に掛けたホルスターから二丁、計四丁の銃を取り出して蓮華の前に並べて置いた。

 内二丁は蓮華が試し撃ちした中にもあった銃だけれど、残りの二丁が明らかに違っていた。他の銃に比べて少々大きく、更に言えば結構な重さがある。

「……何、この若干規格外な大きさの銃は」

「デザートイーグルとコルトガバメント。どっちも有名すぎるほど有名な銃だぞ。もろもろ諸事情により戦闘では非常事態以外使ってねーけど」

「……私が持つのは難しそうね。本当にただの参考になっちゃったわ」

「まぁ、女子供が連射するのに向かないのは事実だな。反動が大きすぎる」

「うん。見るからに肩とか傷めそうな見た目してる」

 今まで試した銃のそれよりも重かった。彼が試しに一発撃って見せた時の発砲音も、これまた半端なかったのには驚きだ。

 まるで目の前で爆弾でも爆発させられたような音。

 これは駄目だと、憧れるまでもなく選択肢から却下される。

「私、上に戻ってウェイの言ってた銃借りてくるね。コナーさんに聞けばわかるかな?」

「あー、俺も行った方が手っ取り早いだろ。まだ慣れてないくせに一人でちょろちょろするな、危ないぞ」

「そこまで子供じゃないんですけど」

「未成年者は十分子供だろうが」

 一瞬地上を警戒するような視線を向けたあと、彼はさも素知らぬ顔で同行を申し出た。その様子を不思議に感じながらも、蓮華は気づかなかったフリをする。何かあるなら話すだろうし、恐らく大したことではないだろうと考えたのだ。ただし、ほんの少し前まで地上では謡が一対五の大喧嘩を繰り広げていたわけなのだが、当の彼女は知る由もない。

 地上の店の方に戻ってみると、そこには何食わぬ顔の謡が既に帰還を果たしていた。

 多少服の袖や裾の方が汚れているものの、怪我はないようで本人は平然としている。

「謡、用事は済んだの? というか、服が汚れてるけど何してたの?」

「おや、聴きたいかイ?」

「そう尋ねるってことはきっと碌なことじゃないのね。遠慮しておくわ」

「賢明な判断だね。利口な人は付き合いやすくて大好きだヨ」

「……お褒めに与り光栄です」

 どこか邪悪なオーラのこもった笑顔からさっと目を逸らし、蓮華はすぐさま話題をすり替えるべく、コナーへと向き直る。

「ところでコナーさん。さっき借りた銃お返ししますね。私にはちょっと向いてないみたいだから」

「それでも割りと扱いやすい部類の奴ばかりなんだがね。どうするんだい、嬢ちゃん?」

「ミネベアか九十二式。あれなら小柄な東洋人にも扱えるんじゃないか?」

 銃に疎い蓮華に代わってウェイが注文を述べる。コナーはすぐさま納得した様子で、展示用の強化硝子ケースの中から小さめのハンドガンを二丁出してきた。

「日本の自衛隊が使ってる銃と中国産か。考えたな、ウェイ」

「装備が自由なんだ。使いやすいものを選ぶのは至極当然のことだろう」

「ごもっともで。しかしまぁ、あんた等も毎度毎度過保護だねぇ」

「うるせーよ」

 からかうコナーを相手に、ウェイが懐へ手を入れる仕種をする。次に起こされる行動を瞬時に悟った彼は、素早くテーブルの陰へと身を隠した。

「あの、ウェイ。事ある毎に銃を出すのは止めにしない? 多分、銃口向けられる方の心労は半端ないから、うん」

「――仕方ない。今日のところは止めにしておいてやろう」

「うん、ありがとう」

 ウェイは結構な時間をかけて悩んだ末、蓮華の提案にこくりと肯く。ただし今回限定らしいので後のことは保障できない。

 とはいえ、今回を無事生き延びたコナーは、それはもう盛大に安堵の息を吐き出している。その内ストレスで頭髪が薄くなったりしないかが心配だ。

「それじゃあコナーさん。この銃、少し借りていきますね」

「おう、しっかり試して良い銃選びなよ」

「はい!」

 借り受けた二丁の銃を手に、蓮華は再び階段を下りていく。

 その背に続いて地下へ戻ろうとしたウェイは、しかしコナーに引き止められて面倒そうな様子で後ろを振り返った。

「ウェイ、お前は少し待ちな」

「何だよ、ったく。レン、先に下りててくれ」

「了解。下で待ってるね」

 素直に了承した蓮華は、一人地下射撃場へと舞い戻った。けれど、試射に使う弾丸を切らしていることに気付いた彼女はすぐさま地上への道を引き返す。

 すると、上からウェイと謡、そしてコナーの話し声が聞こえてくる。

「あの娘、あれで本当に大丈夫なのか? 前の試合じゃ何もできなかったって聞いたぞ」

(え……?)

 自然と蓮華の足が歩みを止める。

 話題の中心はどうやら自分のようだった。それもこの間のあの戦い。何もできず、ただ成り行きを見守るしかできなかったあの時の話。

 今彼らの前に出て行くのは何だか気乗りせず、できるだけ壁際に寄り、死角に隠れるよう努める。

 案の定、彼らは蓮華に気が付いていないようで、気にすることなく会話を続けていた。

「あんたが心配することじゃないだろ。これは俺達の問題だ」

「そうは言ってもだ、この一年でお前達七二班が何人の死者を出してると思ってやがる? この間の奴でもう五人だぞ。顔や名前を覚えるまでもなくばたばた死んでいくんだ、心配にもなるだろうが」

「つまり、あなたは蓮華サンも近々死ぬんじゃないかと、そう言いたいのかイ?」

「可能性は捨てきれないだろうが」

 冷静なのはウェイと謡。怒りを押さえ込むかのように気が立っているのがコナーだった。

 蓮華は三人の話している内容に目を見開いて崩れ落ちる。

(一年で五人も死んでる? どうして、ウェイたちだってあんなに強かったのに、何でそんなことになってるの? それに、私も死ぬかもしれないって)

 彼等の表情から察するに、この話は事実なのだろう。

 そしてこの間の自由戦闘で、このマッド・カーニバルなるものが本当に命を懸けたゲームであることを、彼女はその目で確認していた。

 刃物や実弾を使った本物の戦争ごっこ。一歩間違えばいつ命を落としてもおかしくない異常なゲーム。

 心の準備もないまま突きつけられる現実は、どこまでも残酷なものだった。

「確かに、彼女も今までの彼ら同様、何をできるでもなくただうろたえるばかりのド素人だったねェ」

「だが、この島に連れてこられる人間で、俺達みたいに最初から殺しに躊躇いを持たない人間の方が貴重なくらいだ。見限るにはまだ早い」

「しかしだなぁ」

「ホーリー君もラズライトも、普通の子供だったよ。ここへ来た時にはね。普通だった人たちは、皆この島で狂うのサ」

 嘲笑。もしくは自嘲の方かもしれない。そんな表情で、謡はコナーの言葉を遮った。

 この島に連れてこられ、必要に迫られて戦い、必要に迫られて手を汚すことに慣れていく。その様を見届ける彼等には、きっとその姿がさも滑稽に見えていたのだろう。

「あの純粋な子が、本気で狂うと思ってるのかよ」

「さぁな。ただ言えることは、狂うことなくこの島で実力をつけられた人間は、下手な気違いの乱射狂より余程手強く成長するってことくらいだ」

「まぁ、チームメイトとしては、彼女がそうなってくれることを願っているんだけどネ」

 肩を竦め、謡は話を締め括った。それを区切りにウェイがこちらに戻ってくるのが見えて、蓮華は慌てて地下への階段を逆走する。

 射撃場に戻ってきたウェイバルドは先ほどまでと何一つ変わらず表情が薄く、淡々としていた。

 いつもの彼と何一つ変わらないのに、蓮華はそれが怖くて仕方がなかった。

 きっと、自分が死んでも、彼は今のように無感情で通してしまえるのだろう。

 自分以前の五人がいなくなったことを受け入れた時と同じように。


「自由戦闘? これから?」

「ああ、レンが来る以前に申し込まれていた自由戦闘がまだ残ってるんだ。一度引き受けた以上、逃れることは許されないからな。我慢してくれ」

 ガンショップから帰宅してすぐ、次の試合を宣告された。日時は今日、これから。

 その為に訓練場に案内したのだと、ウェイは付け加えて説明した。

 一度受けた試合の申請を取り下げることはできない。それはほんの少し前に説明されたばかりのことだったのでよく憶えている。

「あなたは下がってて構わないよ。まだ動かない的を射抜くことも難しいんでしょう? だったら下がってた方が安全ダ」

 そう提案するのは謡。ガンショップでコナーに言われたことを気にしているのかどうかは定かでない。しかし、これが体のいい戦力外通告であることくらいは理解できた。

「いいえ、私もやる。そりゃあ、ウェイみたいに前には出られないけど、威嚇射撃くらいならできると思うから」

 これはゲームで戦いだ。必要なのが威嚇ではなく射抜くことだということも理解しているが、今はできることから始めるしかない。

 その為に調達した銃。今彼らと共闘することを覚えられなければ、自分はこの先、ずっとお荷物のままになってしまうかもしれない。

 誰一人の知り合いもいないこの場所で、唯一の居場所さえ失ってしまう。それが何より怖かった。

「できるのかよ。今日、初めて銃を握った小娘に」

「やらなきゃならない現実があるんでしょう? 逃げても死しか待っていないのなら、前へ進み続けるしかない」

 精一杯の強がりで、蓮華はそう返答した。ただ、半分は自分自身に言い聞かせる為の言葉であったことも事実だ。

 実際には、人間の心がそう簡単に整理できるはずもなく。しかし、今ははったりでも現実を認める必要が彼女にはあった。

「後悔、しないんだな?」

「どうかな。多分、戦っても、戦わなくても後悔する。だったらせめて、私は私に優しくしてくれた人達と同じ舞台に上がってから後悔したい。何もしないままの後悔は、ただの諦めと同じはずだから」

「――いいだろう。ただし、無茶はすんなよ。ド素人」

「分かってますよ、大先輩。危なくなったら即効で退却する所存よ」

「何か間違ってる気はするが、まぁ、死なれるよかマシだ。その言葉忘れんなよ」

「うん!」

 これで後戻りはできなくなった。やりとりを見守っていた一同が立ち上がり、それぞれの獲物を手に取る。

 向かう先は試合会場。命をかけたゲームの開始時間が、刻一刻と迫っていた。



 今回のゲームは、前回とは違う会場で行われることになっていた。

 会場は島内で全十箇所ある。使用場所はランダムに選出され、あらかじめ両チームに伝えられることになっているそうだ。

 この間と同じ司会者が、以前と同じような前口上を述べてゲームの開始を演出している。

 相変わらず試合となると七二班は皆不機嫌だ。お調子者な司会者の話し口調と、それにのっている観客達の反応に苛立つように眉をしかめている。

 途中から司会者の話を無視する方針に転向した一同は、向かい合って作戦の打ち合わせなど始めていた。

「とりあえず、レンはヤオより後ろの位置で援護射撃に徹してろ。間違っても味方には当てるなよ」

「了解。敵に当たらない弾が味方に当たるなんて冗談じゃないものね」

「そういうことだ。ホーリーとラズは後方からいつも通りに頼む。特にラズ。今回は最初から飛ばしてもらうことになるかもしれないから準備しておいてくれ」

「うん、わかった」

「こっちも了解だよ。皆、インカムつけるの忘れないでね」 

 ラズライトとホーリーが大きく頷く。ホーリーは持ち込んだ鞄の中からインカムを取り出して、移動の前に手渡していく。

 今度は最初から蓮華にもインカムが渡され、彼女は素早く耳に取り付けた。

『通信状況に以上は無い?』

 わずかに距離をとってから、ホーリーがインカムの調子を確認する。

 ウェイ、謡、ラズライト、蓮華の順番で、異常の無いことを報告した。

 確認の終わった辺りでようやく司会者の話が終わり、両チームそれぞれ配置につくよう指示がなされる。

 蓮華は謡の後ろについて、前回よりも前、中衛近くの物陰に身を潜めた。

「蓮華サンはこの位置から援護射撃をお願いするよ。もし敵が近付いてきたと思ったら移動して別の場所に隠れ直すのもありだけれど、これより前にだけは出ないように注意してネ」

「……敵からまだ結構遠いね。当たらないような気がひしひしと……」

「ワタシとウェイ君にさえ当てなければ上々だよ。さすがの蓮華さんでも、後ろにいるホーリー君やラズに当てることはないだろうしネ」

「当てないから! 何、謡もウェイもその全面的に信用してませんって発言は!?」

 本日二回目の当てるな宣言。一度目は言われても仕方のないことだと受け流せるが、二度目はどうにも馬鹿にされているようで気になってしまう。

 すると案の定、謡は首を横に振って――

「だって、あの命中率じゃねェ?」

 と、呆れ半分、笑い半分のある意味複雑な表情で肩を竦めた。

 結局ガンショップで購入したのは中国製の九十二式というハンドガン一丁だけだった。

 弾は小口径の五・八ミリ。装弾数は二十発。反動が小さい分威力もやや劣るが、まずは的に当てられるようになることが先決だったのでこれを選んだのである。

 しかし、反動の小さいものを選んでみても、やはり命中率は目を覆いたくなる低さだった。

 動かない的を相手に基本は掠るだけという若干痛々しい腕前。

 初めて蓮華が使った後の的を目撃した時、コナーが腹を抱えて大爆笑したくらいなのだ。

(絶対にもっと大きな口径でも当てられるようになってやる)

「あれは初めてだったから! 大丈夫、人間必要に迫られれば意外とどうにかなるものよ!」

「そうだといいなァ。人間がそんなに都合の良い生き物だと」

「遥か高みからの感想ありがとう。ほら、早く行かないと始まっちゃうよ」

「はいはい、わかってますよー」

 からかい調子もそのままに、謡は小走りで蓮華よりも前方の物陰へ移動して待機する。

 丁度そこで二分の準備時間が終了した。

 司会者はフィールドから観客席の方へ移動し、そこからマイクを使用して試合の開始を高らかに宣言する。

『準備はできたようですね! それでは、第五会場第二試合、自由戦闘部門。十五班対七二班。ゲーム開始!』

「やれ! 一人残らずぶっ殺せー!」

 試合開始の合図と同時に、凶器を携えた男女三人が飛び出してくる。

 前回との違いは残り二人の居場所がわからないこと。以前の三二班は全員が強化型で前線に突っ込んでくるタイプだったが、今回の十五班は果たして如何なものなのか。

 蓮華は狙い通りに的中しないながらも、最前線で戦っているウェイを取り囲みにかかる敵の足元に銃弾を放ち続けた。

「ウェイ、あの人たちウェイ狙いの一点張りじゃない。下がらなくて平気なの?」

『まだだ、残り二人の居場所が掴めねー。迂闊に下がれば中衛のお前やヤオ諸共一気に叩かれるぞ』

「でもっ……」

『俺の心配なら必要ねーよ。それよりレン、お前こそ敵に位置を気付かれないようにしろよ。同じ方向、同じ角度から撃ち続けてたら居場所を勘付かれるぞ』

「う、り、了解。とにかく移動する。でも、ウェイも無理しすぎないでよね」

『素人が生意気言うなっつーの』

「素人だから心配になるんだよ! まったくもう!」

 拳銃から空のカートリッジを抜き取って新たな弾を装填する。

 姿勢を低くして遮蔽物を利用し、そそくさと移動する。

『レン、そっちには行かないで。下手するとウェイの吹っ飛ばした奴が飛んでくるから。少し下がって、その辺は大きな物陰が多いから隠れやすいよ』

「了解。ありがとう、ホーリー」

 タイミングを見計らい、敵の視線が自分の周辺から逸れた瞬間に背後の物陰へと飛び込んだ。

 マモン島に設営されている試合会場は皆遮蔽物が大量に設置されていて、隠れるには最適だが、足場が悪いというデメリットも兼ね備えている。

 前回の第三会場と今回の第五会場は広さが違う。今回の第五会場は第三会場よりも一回り広い。設置された遮蔽物はどちらもコンクリートのブロックや、廃墟群を思わせる建物の残骸などなのだが、場所によっては森のように植物で埋め尽くされている場所もあるらしい。

 どちらの会場が向いているかはやはりチームメンバーの特性によって異なるが、この七二班ではおよそこの廃墟群フィールドでの戦闘が得意とされている。

(確かに、廃墟群っていっても、実際に中に入れる建物なんてほとんどないし、見晴らしはいい。正攻法のウェイやスナイパーのホーリーにはこっちの方がやりやすいのかも)

 後方に駐屯しているホーリーは、僅かな高台を利用して発見した敵の位置を仲間に伝えていっている。

 強化型の中でもウェイや謡とは違って、筋力ではなく感覚器の強化されているホーリーは、恐ろしく視力と聴力が発達している。

 彼は常にこの特性を生かしてリアルタイムで前衛、並びに後衛を守る二人に接近する敵の情報を知らせているのである。

 その能力に助けられたのは蓮華も同様で、彼の指示通りに移動して少しすると、自分が最初に目指していた物陰に大柄な男が一人。宙を舞って派手に落下してきた。

 あれは見つかると危険以前の話だ。あの巨体に押しつぶされれば骨の一本や二本は軽くひしゃげそうである。

 男が痛みに顔を歪めながらも立ち上がろうとしているのが視界に映る。前線に復帰されれば面倒だが、今更ながらに人を撃つことに躊躇いが生まれた。

 銃を構えた状態のままで男の様子をただ眺めるだけの形となってしまった。

 いざ男が立ち上がってしまったその瞬間、蓮華が覚悟を決めて引き金を引くよりも早く、男の頭上から場違いな粘着質な液体の雨と金だらいが降り注いだ。

 この時の蓮華は当事者の男同様、非常に間の抜けた表情であった。

「何で、戦場に金だらい……?」

 かつて日本で大うけしたギャグではあるまいし。否、金ダライの中に目一杯の液体を流し込んでいる辺り、戦闘には真剣に挑んでいたのかもしれないが。まさかこのタイミングでこんなものが降ってくるなどと、いったい誰が予想しただろう。

 ぽかん、と現状を忘れて目を回す男の観察を続行する。彼の頭上を目の当たりにして、彼女はこの場違いギャグ攻撃の犯人を察してしまった。

「ら、ラズライト――っ!?」

 空中に浮遊しているのは金だらいを抱えて待機中の人形の数々。内一体が手ぶらであることから、あの金だらいはその人形の落としたものだと推察できる。そして、人形を操る魔法型は、今現在この会場に一人だけ。七二班の最年少、ラズライトだ。

 よって犯人は彼女、ということになる。

『だって、隙だらけなんだもん』

 インカム越しにそんな声が聞こえてきた。まるで悪戯がばれた子供のようだ。

(いや、実際子供なんだけどさ。そりゃあ、あんな小さな女の子に危険物は持たせたくないんだけど。だからって金だらいはないでしょう!)

「ら、ラズ」

『なあに? レンお姉ちゃん』

 邪気のない、可憐な声が問いかける。その声音に突っ込む気を殺がれた蓮華。

 がくりと肩を落としつつ、ずれたインカムを片手で取り付けなおす。

「金だらいもあの高さから落としたら凶器になるってことは覚えておこうね。外の世界に戻った時の為にもさ」

『はい!』

 素直な返事はますます叱りづらくなる。そもそも、命を懸けた戦場にユーモアを求めるのもいかがなものなのか。

 蓮華がぐるぐると悩んでいると、同じくどう声をかけたものか悩んだホーリーが呟いた。

『……レン、今のは突っ込んでも許されるところだと思うよ』

『ラズ、お前レンの為に日本文化を勉強するんだとか張り切ってたのはこういうことか』

「え、それ初耳なんだけど」

『いつだって笑いは忘れちゃいけないんだよ! 笑う門には福きたる、なの!』

『素晴らしい心構えではあるけどね。ラズ、君あのたらいに何を入れていたんだイ?』

 困惑と呆れの入り混じる一同を尻目に、謡が笑いを堪えた震える声で被害者男性を指し示した。

 その言葉の意味が気になって、謡とラズライト以外の三人が例の被害者に注目する。

 一番最初に表情を引き攣らせたのは、最も立ち位置が近く、肉眼でも確認しやすい距離にいた蓮華だった。

「これは……とりもち、なのかな? でも、それにしては威力が凄まじいような……」

 何と表現するべきか。とにかく、悲惨の一言に尽きる状態だ。

 男にかけられた液体は薄黄色に色づいており、ベッタベッタととりもちの如くその体を地面へと貼り付ける。更には最初にぶつけられた金だらいが亀の甲羅のように背中に張り付いているのが酷く滑稽だ。

 いっそ見ていて可哀想になってくる。今がゲームの最中でなければ、駆け寄って木の棒の一本でもロープ代わりに差し出してやりたい。何せ近づけばもれなく自分も仲間入りなので、直接手を貸す勇気のある者はいないだろうけれど。

 そんな光景を作り上げた張本人は、自信満々に胸を張って答え合わせをしてくれた。

『えっとね、これは瞬間接着剤なの! ラズが自分で材料買ってきて作ったの! すごいでしょ?』

(何が凄いって、その発想と無邪気なえげつなさが凄い)

 突っ込みを入れていた三人の心がシンクロした。

 一人納得したように頷いている謡は心底楽しそうに笑っている。

『そうかそうか。前に接着剤の成分を教えて欲しいなんてマニアックな質問をしてきたのはこれの為だったんだね』

『うん! ヤオに教えてもらってから、ラズいっぱい勉強したんだよ!』

『ラズは頑張り屋さんだねぇ』

『えへへー』

(これは褒めるべきなのかしら? 多分、学校なら親の呼び出し級の大惨事だからむしろ怒るべきだと思うんだけど、ここは治外法権だしなぁ……)

 喧嘩はいけません。人を傷つけるようなことを言ったり、したりしてはいけません! な日本の教育現場とは訳が違う。どうぞ闘って盛り上げて下さい。死んじゃってもここは治外法権ですので罪には問われません。と堂々明言しているこのマモン島では、いっそ金だらい攻撃など可愛いものなのかもしれない。現実問題、観客達には大うけなのだし。

「だからって、敢えて瞬間接着剤はないわよねぇ……」

 どういう調合の仕方をしているのか、むしろ接着剤は手作りできるものなのか。

 その接着能力は素晴らしい威力を誇っていた。それこそ商品化すれば馬鹿売れしそうだ。

「うーん、キャッチコピーは『嫌いなあいつも地面にひれ伏し動けない! 魅惑の女王様接着剤新発売!』ってところかしら……」

『確かに、一部の方面には馬鹿売れしそうだな。主に鞭とか蝋燭とか仮面とか消費してそうな世界の住人に』

『そうだね。瞬間と謳ってる割には固まるのに掛かる微妙な時間と、もがけばもがくほど纏わりつくあの陰湿感はそう簡単に出せるものじゃないよ。あんなものを調合できるのも一種の才能だね』

「『そんな才能要らねー』」

 蓮華とウェイバルドがまったく同じタイミングで、同じ感想を吐き出した。

 あんな幼い少女にそんな才能が眠っていることなど、できれば一生気付きたくなかったくらいである。

 念の為に注釈しておけば、日本の金だらい攻撃は中身が空というのが鉄則である。例えただの水であろうと、重量級の物体を頭上に落とせば殺傷事件は必至。それを敢えて接着剤など並々流し込んでしまう辺り、やはりあの少女もこの島で生き残ってきた実力者の証拠であろう。

「とりあえず、謡には今後危険な知識をラズに与えないよう、厳重注意していきたい所存なのですが、ウェイとホーリーの意見は如何でしょうか?」

『異議なし』

『むしろ大賛成でしょ。これは』

「はい。陪審員は満場一致で賛成の意を唱えました。よって謡、これからはラズに変なこと教えないで下さいねー」

『えー? それってワタシが悪いのかい? ワタシはラズの探究心に免じてほんの少し知恵を貸してあげただけなのにー。ねぇ、ラズ?』

『そうだよ。ヤオはなんにも悪くないんだよ?』

「ラズ、大人にはね、知っていても教えてはいけない知識というものがあったりなかったりするものなのよ」

『自信は無いんだな』

『ほら、一応レンもまだ未成年だから。そういうところはちゃんと自覚してるんだよ』

『……几帳面な奴』

 ラズライトが庇いに掛かろうとも、三対二で蓮華達の言い分が勝ちとなった。

 勉強熱心なのは大変よろしいことだが、ものを教えるのはその用途を確かめてからにしていただきたい。もっとも、こんな少女がこれほど悪質な悪戯を決行しようとは誰も夢にも思っていなかったのだから止めようもないのだけれど。

 すっかり試合そっちのけの七二班を尚警戒しながらも、敵対する十五班が仲間の救出に駆けつけた。その中には姿を隠していた二人の姿もある。

「貴様等、こんな陰険な手段をとって恥ずかしくないのか! 上位ポイント保持者といっても結局は卑怯な手を使って勝ってきただけなんじゃないのか!」

『しつれいな! ラズが接着剤を使ったのはこれが始めてなのに!』

「えー、ラズ。それに関する愚痴ならあとで私たちが聞いてあげるから。今は目の前の敵に集中しましょう」

 敵に最も近い位置にいたウェイのインカムを通して聞こえてしまったのか、ラズライトは相手には聞こえないとわかっていながらも反論に出る。

 残念なことに謡を除いた後の三人は、口を噤んで何とも言えないようだった。

 ひとまずラズライトをたしなめて、蓮華はコンクリートブロックの陰から十五班の様子を伺いに出た。

 今現在、ウェイと蓮華の間に大した距離は無い。

 前線を担うウェイが敵の四人に囲まれているのが見て取れる。

 自分が飛び出していっても何もならないことをわかっていながら、蓮華は焦りに流されそうになる。

『確かにこれはやりすぎたな、認めよう。そいつを連れてさっさと下がれ。その間、俺は攻撃しないと約束する』

 四人と相対していながらも、至極冷静な様子で彼がそう宣言した。

 しかし、その余裕が気に障ったのか、十五班は目を吊り上げてくってかかる。

「馬鹿にするな! 貴様等に情けをかけてもらう必要などない!」

『別にそういうつもりはなかったんだがな。面倒くせえ』

「面倒くさいだとっ!? お前、僕らをコケにするのも大概にしろ!」

「わたしたちが生還する為にも。障害となるあなたには消えてもらわなくちゃね」

「賛成。このまま生きて返すわけにはいきませんからね」

 四人がそれぞれの獲物を構えて目を血走らせる。

「まずい!」

「君は動いちゃ駄目だよ」

 咄嗟に飛び出しそうになると、後ろからそっと口を塞いで制止させられた。謡だ。

「むぐっ。でも、このままじゃウェイが!」

「はいはい。ワタシが行くから蓮華サンはそこで待機しててね。この位置じゃ居場所がばれるとフルボッコだし。ホーリー君、ラズ。援護はお願いしますねー」

『了解!』

 謡の呼びかけにホーリーとラズライトが了承した。

 次の瞬間、後方の高台から銃弾が飛んできて、十五班の中の一人の肩を打ち抜いた。

 前線へと躍り出た謡はウェイと背中合わせの形で彼等と相対する。

 またもや自分だけが何もできない状況に、蓮華の苛立ちと焦りは増すばかりだ。

 敵全員の居場所がはっきりした今、ウェイも隠れた敵を警戒する必要が無くやりたい放題。

 圧倒的な戦力差で確実に一人ずつ捉えていく。その動きにはあまりにも無駄が無く余裕が有り余っているようですらあった。

「強い……」

 やはり自分ではただの足手まといにしかならないのだろうか? そう思っていたその時。数分前まで自分が身を隠していた方向、例の接着剤被害者の倒れているはずの方向から、冷たい金属の音が聞こえてきたような気がした。

 ガシャン、と、やけに緩慢に聞こえてきたそれは、自分やウェイが銃の弾を装填するときのものによく似ている。

 一瞬遅れで事態に気付き目を見開いた蓮華は、慣れぬ動作で障害物を乗り越え音の方向に体を向けた。

 そこのいたのは、やっとの思いで粘着地獄から脱出した十五班所属の男。

 これが試合でなかったら拍手の一つでも贈ってやりたいところだが、生憎今はゲーム中。しかも、男は物陰からウェイに銃を向けているという最悪の光景だ。

 素人である蓮華が隠れ場所に使いたくなるほど絶好の死角。奇しくも、その場所から銃を構える男の姿を視認出来ているのは自分一人。

 やるしかない。その一言にただ尽きる。しかし、気が付けば手の中にある銃の弾倉はすでに空。咄嗟の判断で、彼女は腰のホルスターに納めたプラスチック銃を引き抜いた。

「死ねええぇぇえ――!」

「ウェイっ!」

 男が引き金に指をかけたその瞬間、それよりも早く蓮華が銃弾を撃ち出した。

 初めて狙い通りに飛んだ銃弾は、男の腕を勢いよく撃ち抜いた。

 悶絶して転がり回る男の悲鳴に、ようやく一同が事態に気づく。

 彼があそこから脱出するのはどちらのチームにとっても予想外の出来事だった。皆が唖然とした中で、いち早く冷静さを取り戻し、それを勝ちに繋げたのが七二班。それを隙としてしまったのが十五班。この一瞬の動揺で、全ての勝敗が決したのだ。

 一瞬の隙を突いてウェイの銃弾と謡の針が雨のように降り注ぐ。いざ終わってみれば、呆気ない幕切れだった。

『ゲーム終了! 勝者、七二班――っ!』

 試合終了が司会者により告げられて、勝利へのチャンスを作り上げた蓮華の元にチームメイトが駆け寄ってくる。けれど、蓮華の中には勝利への喜びなど欠片もありはしなかった。

 あったのは、初めて人間を撃ったことへの恐怖と、自分までこのゲームに乗ってしまったのだという痛いほどの自覚。

 途端に、手の中にある銃が気味の悪いものに思えて、彼女は思わず地面に放り出す。

「私、本当に人を撃った……」

 手の振るえが治まらない。迫り来るのは、いっそ自分が撃たれてしまった方がよかったんじゃないかという自責の念。

 そんな蓮華の傍で、地面に投げ出された銃を拾い上げる人物がいた。ウェイだ。

「怖いか、レン?」

 その問いかけに、言葉はないながらも蓮華は小さく頷いた。

「殺さなきゃ殺される。勝ち残り、この島から生還するには誰かを蹴落とすより他に道は無い。それはお前も理解したはずだな?」

 再び蓮華は頷いて答える。

 その彼女に、彼は初めて伝えるこの島のルールを一つ、教えることにした。

「だったら良い機会だ。これも教えておこう。プレイヤーは、チームから死者を出す毎にペナルティとして試合で稼いだ脱出ポイントを減点されるんだ。ポイントはチーム全体のものだから、当然連帯責任で全員の生還が遅れるという寸法だな」

「え……?」

「だからこれだけは言っとく。傷つくのがいっそ自分だったらよかったのにとか、そんな偽善的な感情は抱くなよ。お前は死ねば全てから逃れられるのかもしれない。だが、お前が死ぬことで希望が遠のく者がいることも忘れるな」

「ようするに、死ぬなって言ってる……?」

「そうだ。誰かを殺して生き残れるならそれで結構。結局人間ってのはそういう風にできてる生き物だ。だから戦争だってするし、生きる為なら強盗も人殺しも厭わない。いつかは割り切れるようにできてるんだよ」

「でも、ウェイ!」

「だから! 頼むから、死にたいなんて願いだけは、持たないでくれよ。レンゲ」

 感情を押し殺すかのように冷徹な声で話していたくせに、最後の部分だけはやけに切実に聞こえてきた。

 俯いていた顔を上げてみても、そこにはもう彼の姿は無い。

 会場を埋め尽くす歓声の中、相反するように沈んでいく七二班の感情。

 苦しそうに顔を歪める蓮華の手を取り立ち上がらせたのは、まだ幼いラズライトだった。


 宿舎へ戻ってきた蓮華は、真っ先に自室へ引っ込んでしまいたい気分だった。しかし、握られた手はそれを許さず、彼女の部屋とは真逆の廊下を進んでいく。

「どこまで行くの? ラズ」

「ラズの部屋までだよ。レンお姉ちゃん、入ったことないでしょう?」

 当然のように微笑むラズライトに、蓮華はどうにも抗えない。もっとも、ここで無理矢理逃亡してみたところで背後に控えているホーリーに捕まるのが関の山なのだろう。

 手を引かれて招き入れられた部屋は、極普通の女の子の部屋だった。それもそのはずだ。こんな島に閉じ込められたりしていなければ、ラズライトは自分同様、普通の学生として生活しているはずの年齢なのだから。

「どうしてこんな時に私を? 部屋の場所は一応知ってたし、用事があるなら後で私の方から尋ねたのに」

「あとからって、自分をさんざん責め立てて、心を殺しちゃってから?」

「それは……」

 核心を突くラズライトの質問。確かに、このまま一人で部屋に帰れば良からぬ考えばかりが頭の中を支配していたのは明白だ。

 言い淀む蓮華の後ろで、ホーリーが扉の鍵を閉める。そして逃亡を阻止するかのようにその扉を背にもたれ掛かった。

「それは、ウェイが一番望んでいない結末だよ」

 確定情報であるかのように、ホーリーはそう断言した。

「ウェイが望んでないこと……。でも、私。たった一人撃っただけで手が震えた。こんな役立たずじゃ、ここにいるだけ無駄じゃない。だったら、感情をなくしてでも誰かを撃ちぬく力を手に入れるしかない。ウェイだって言ってたでしょう? いつかは割り切れるって。だったら、それまでは我慢するしかないじゃない」

 いつかは割り切れる。そう言ったのは他ならぬウェイだ。それなのに、言った当人がそれを望んでいないとは、何とも矛盾した話である。

 しかし、そう訴える蓮華に、ラズライトは複雑そうな様子で小首を捻った。

「さっきのウェイ、すっごく機嫌悪かったよ。お姉ちゃんに守られたから」

「私に守られたからって。だって、あの状況じゃ仕方のないことだわ」

「うーん、そういうことでもないんだよねぇ。レンは、ここで生き残る為というより、ここで自分に優しくしてくれたウェイの為に、これ以上の甘えが許せなくて銃を取った。それが本心なんじゃない? 持っていたのは、戦う覚悟ではなく、自分も何かしなくてはならないという義務感と、何もできないことに対する罪悪感。違う?」

「――ち、がわない。焦ってたのは事実、だから」

 ここまで心の中を見透かされたのは生まれて初めてのような気がした。

 自分はこんなにも分かりやすい性格をしていただろうか? そう思うほどにこのチームの人間は人のことをよく見ている。

「ウェイが言いたかったのは、どんな手段をとってでも生き残れってことの方だよ。いつかは慣れる、なんていうのはウェイなりの慰めだ。厳密に言えば、もう人を傷つけることに慣れてる敵を相手に容赦も何も必要ないってこと」

「あの人たちも、ラズたちも。この島でたくさん誰かを傷つけてきた。殺したこともある。だから、逆に自分がそうなる可能性があるってことも理解してる。今回は、たまたまお姉ちゃんが傷つける側になってしまっただけ。次の試合では、お姉ちゃんが殺される側になることもあるの」

「まぁ、要するに、ウェイはレンに生き残ってもらいたいわけだね」

「更に言えば、守るつもりだった相手に守られた自分にイライラなの」

 重苦しい空気が流れていたにも拘らず、最後の一文は二人揃ってあっさりと要約されていた。

「……そんなに簡単な文章に纏まって許される内容なのかしら、これは」

「だって、事実なんだもん」

「ウェイは優しいよ。今回は何も言わずにどこかへ行っちゃったけどヤオもそうだ」

 何かを思い出しているのだろうか? そう言ったホーリーは、かすかに笑顔を浮かべていた。それに賛同するのはラズライトで、彼女は腕の中の人形を握り締めて頬を綻ばせる。

「いつだって、ウェイとヤオは仲間を守ろうとしていたよ。それは、ペナルティがあるからとかそういう理由じゃなくて、仲間に死んでほしくないからなの」

「二人は最初から裏社会の住人だった。だから仲間とか、信頼するべき相手とか、その辺はなかなか難しい話だったんだろうね」

「でも、この島では違うの。チームメイトは、ときにこの島唯一の救いになるって、ウェイ、そう言ってたよ」

「チームメイトが救い……」

 言いたいことはわかる。チームメイト。ウェイ達がいなかったら、自分は初日の時点で既に命を落としていたことだろう。もしもこれがチーム戦ではなく、個人戦だった場合もまた然り。そして何より、この人達は仲間だから、信頼できる。そう思える人間がいてくれるだけでも、自分は十分に救われていたはずなのだ。

「そうだね。私も救われたよ。ウェイに、謡に、こうやって心配してくれるラズやホーリーに。私は、このチームに配属されてよかった。それだけは、自信を持って断言できる」

「レン……。多少は気分も晴れたみたいだね」

「うん。二人のおかげだね。ありがとう」

「じゃあ、最後に一つ言っておくね、お姉ちゃん」

 少しいつもの調子が戻ってきた蓮華の様子に、二人は安堵したようだった。

 ラズライトは彼女の腕にしがみ付いて、満面の笑みを浮かべて言った。

「お姉ちゃんは誰かを傷つけたかもしれないよ。でも、それでウェイが助かったことは事実なの。きっとウェイはお姉ちゃんに感謝してる。お姉ちゃんには、誰かを守る戦いもできるんだってこと、忘れないでね」

 それは、蓮華が欲しかった一番の言葉だったのかもしれない。

 その一言で、すうっと胸が軽くなったような気がした。

「うん、ありがとう。ラズライト。憶えておくわ」

「うん! お役に立ててラズもうれしいのだ!」

 それは、ラズライトやホーリーも一度は辿った道だった。だから、それがどれほどの苦痛を伴うかを二人は知っている。知っているからこそ、見捨てることができなかったのだと後になって気がついた。

 七二班にいるのはそういう人ばかり。人を傷つけることに慣れた人間ではなく、誰かを傷つけてでも仲間を守る覚悟を決めた人たち。

(だからこそ、私はまだ私でいられる)

 ラズライトの部屋をあとにし、自室へと戻る途中。蓮華は、自分がまだ壊れていない理由に今始めて気が付いた。


 部屋へ戻ってきてまず最初に違和感を覚えた。

 必要最低限の調度品しかない殺風景な部屋。ここはいつも通り。しかし、本来無人であるはずのベッドはこんもりと盛り上がっていた。結論からいうと、誰かが人のベッドでくつろいでいる。

 電気をつけてその正体を露にする。すると、それは黒い髪の男性だった。

 この家に住んでいるのは七二班の人間のみ。そして、自分と同じ黒髪を持っているのは中国人である彼一人だ。

「謡、色々突っ込んでみたいんだけど、どれから突っ込むべきかすこぶる迷うわ」

「うーん。だったらオーソドックスに、どうしてワタシがこの部屋にいるのか。って辺りからでいいんじゃないのかナ?」

「じゃあそうする。どうして私の部屋にいるのかしら。一応鍵閉めてたはずなんだけど」

「あんなの鍵をかけた内に入らないよ。セキュリティが甘甘だネ」

「あぁ、そう。だったら次は南京錠でもかけてみることにするわ」

「無駄だとは思うけど。まぁセキュリティ強化の一環としては上等なんじゃないかナ?」

 話が明らかに脱線しているが、何となく。下手に突っ込んで無理矢理話を戻したりすると負けてしまうような気がしてならなかった。いろいろな意味で。

 人のベッドに転がり本を読んでいた謡は、栞を挟んで本を閉じた。大した寛ぎっぷりだ。

 仰向けになって大きく伸びをし、ようやく蓮華の冷めた視線に気づいたかのように起き上がる。

「さて、君はそんな無駄話には興味がないみたいだから。本題に移行しましょうカ?」

「そうしてくれると大いに助かるわ」

「うわぁ、即答」

 謡本人が話を戻そうとしてくれたので、蓮華は一秒と待たずに賛成した。

「それで、本当にどうしたの? 謡がここに来るの、初めてだよね?」

「うん、君が起きてるうちは初めてだったかな?」

「……これ、誤解を招く発言なの? それともマジで事実を語ってる?」

 折角戻りかけた話の筋を、今度は蓮華が折りにかかる。何せどうしても聞き捨てならない台詞なのだ。一歩間違えれば犯罪である。

 思わず掴みかかって真相を問いかけたい気持ちでいっぱいになっていると、背後から第三者のため息が聞こえてくる。

「ヤオ、そいつを玩具にするのは止めてやれ」

「――ウェイ?」

 蓮華が驚いた様子で背後に現れたウェイを凝視する。

「――あなたも乙女の部屋に不法侵入ですか」

「そこの変人と同列に扱うんじゃねーよ」

 彼は心外だと腕を組んで、即否定した。

「俺はこれを返しに来ただけだ」

「あ、その銃……」

 彼の手には試合会場で蓮華が手放してしまった銃があった。

「真実を申し上げますト。彼が銃を返そうと君の部屋に来てみたはいいけど部屋は留守で、部屋に置いていこうにも鍵がかかってたから入るに入れない状態で右往左往してたのサ。それで、少しばかりピッキングに自身のあったワタシが開けて差し上げた次第なのだヨ。蓮華サン」

「謡って、何を言っても胡散臭い要素を残していくからシリアスになりきれないよね」

「部屋の鍵を開けた経緯は紛れも無い事実だが、レンのベッドでくつろいでた理由にはなってないよな。まぁ、俺としては助かったから一先ず礼は言っておくが」

 もはや深く追求してはならない。そう悟った蓮華は感想のみを告げて多くを尋ねないことにした。

 少なくとも、部屋の前で困っていたウェイを無許可ながら招き入れてくれたことには感謝しないでもないのだし、今回は多めに見るとしよう。

「謡の話は置いといて。ウェイは銃を返しに来てくれたんだよね? ありがとう」

「別に。これはレンの銃だし、返しに来たのは単なるついでだったからな」

「ついで?」

 ということは他にも用事があったということだ。試合が始まるまでずっと一緒にいたのに済ませていなかった用事とは、いったい何なのだろう? 背の高い彼の顔を見上げる形で覗き込むと、ウェイは何を思ってかプイ、と顔を背けてしまう。

(私、何か悪いことしたっけ?)

「さっきは助かった。ありがとな、レン」

 けれど、顔を背けた彼の口から飛び出したのは、意外にも御礼の言葉だった。

 さっき、と言われて思い当たるのは自由戦闘の最後で敵を一人撃ち抜いたあれくらい。つまりはあれのことを言っているのだろうが、言った本人は恥ずかしいようでわずかに顔が赤らんでいる。

「どういたしまして。ウェイが無事で何よりだよ」

「それからもう一つ。悪かったな、無理させちまったみたいで」

 ウェイは銃のグリップを突き出しながら、照れ隠しのようにそう言った。

「ウェイは悪くないよ。あれは中途半端だった私自身の所為でもあるんだから」

 まったく、ラズライトとホーリーの言っていたことは丸まま正しかったらしい。 

 差し出された銃を受け取りホルスターに収めながら、蓮華ははにかみ笑いを彼に返す。

「夫婦喧嘩は終了したかい?」

『いや、夫婦じゃないし』

 茶化すように問いかける謡の言葉に、同じタイミングで同じ言葉を返してしまい、結果的には惨敗した。謡は腹を抱えて大爆笑しているのだから悔しいことこの上ない。

 けれども、蓮華は大笑いしている謡の姿を見て、どこか安心したように笑みをこぼした。

「でもよかった。私、てっきり二人に見放されたと思ってたから」

 ウェイのことは怒らせたと思っていたし、謡に至っては何も言わずにいなくなってしまったのだ、嫌われたと思っても仕方がない。ホーリーとラズライトはああ言ってくれたけれど、正直自分の行いに自信がなかった。だからこそ余計に、謡が人のベッドでくつろいでいた時にはどう反応しようか本気で悩んだのだ。

「何でチームメイトを見放すんだよ。お前に死なれて困るのは俺たちなんだぞ」

 至極当然とでも言わんばかりのウェイだが、蓮華は見放されてこそ当然だと考えていた。何故なら――

「だって、悲劇のヒロインぶって自分だけ手を汚すのを嫌がるなんてウザくない? いや、もう、本当に。やれることをやるしかないだの何だの格好つけたことを言っておきながら、結局人一人に怪我させただけで手が震えてたんじゃお話しにならないもの」

 できることなら争わずに脱出したいのは今でも本心の中にある。けれどそれが叶わない以上、いつまでも綺麗事の理想論だけを語っていても何一つとして事態は進展しないのだ。

「素晴らしく冷静な自己分析だな。しかし残念ながら、ああいう光景は既に見慣れてるんだ。この島に初めて連れてこられた連中の中には似たような反応をする奴も少なくないからな」

「自分が極まともな部類の一般人だと判明して嬉しいわ」

「その自己分析と感想に至った時点で普通じゃなくなったような気はするけどネ」

「いやね。女性の部屋の鍵を無断で外しちゃうような人よりは余程まともよ。断言するわ」

「君、昨日までの健気さはいったい何処に捨て置いてきたんだイ?」

「海の向こうの日本辺りじゃないかしら」

 何故なら、日本から出てしまった所為で、こんないかれたゲームに巻き込まれたからである。以前の自分は日本にいる。むしろ、日本での日常生活に戻ればこの半分自暴自棄気味なやさぐれ生活ともおさらば出来ると信じたい。

 日本と言えば父はどうしているだろうか。いつまでも娘が現れないことであたふたしていなければよいのだが、おそらくは無理だろう。警察や大使館への通報など、きっと多大な迷惑をかけているに違いない。要らぬ心配をかけているだろうと考えると心苦しい。

 父との再会を果たすまで、父の知る自分でいられるだろうか。このまま性根が捻じ曲がったりしなければいいな、と、蓮華は密かにそう思った。

「日本に戻ってもあんまり変わらないんじゃないか? それ、お前の素だろ」

「大丈夫! 私、学校ではクールな優等生で通ってるから。一部を除き」

「ああ、その一部には本性ばれてるのか。まだまだ詰めが甘いな」

「そうね。大学までには完璧な演技派になってみせようと特訓中なの」

「こらウェイ君、一般人をたきつけるんじゃありません。この島で人を騙す演技の仕方なんて覚えたら、真っ当な道に戻れなくなってしまうヨ」

 ウェイとの会話で蓮華が猫を数枚被った生活を送っていたことが判明した。しかもこれから増量予定があるときたものだ。

 謡はため息混じりに蓮華を普通の道に戻すべく、二人の会話に待ったをかける。

 ただし、普通じゃないことばかりを言ったりしたりする人間に何を言われても説得力は皆無だった。

「何言ってるのよ。自分の思考、状況の有利不利を偽り、相手を混乱させることはマモン島のみならず、社会においても有効な勝ちを導き出す手段の一つじゃない。商売人だった謡ならよく心得てるでしょう? 私としては是非ともご教授願いたいところなんだけど」

「レンって、命の勝ち負けさえなけりゃ勝利に貪欲だよな」

「誰だって、負けて痛い目見たくはないに決まってるじゃない。少なくとも私は嫌ね。負けに慣れたら人生負け組みコースまっしぐらよ」

「……蓮華サン。君、この島から脱出できたらワタシと来ないかい? ワタシの知る商いの全てを叩き込んであげるヨ?」

「それは謹んで遠慮させていただきます。私、人生は平穏に送るって決めてるの」

 昼間の話を忘れることなかれ。二人がどういう場所で生きてきたのかを忘れてついていったら一生後悔することになる。

 謡は闇商人。ウェイは殺し屋。どちらに付いていっても平穏な生活は送れない。

 この島において彼らほど頼りになる戦力はないのだろうが、外の世界で彼らのような職業の人間と関わりたいかと問われれば、一瞬の迷いも持たずにノーと答えざるを得ない。

 関わったら最後、自分もその仲間入りか、消されるか。あるいは警察のお世話になるか。それくらいしか思いつかない。日本で生きていくつもりなら、それはかなりの痛手である。

 本気で勧誘しているようにしか見えない謡を一蹴して、蓮華はプイ、と顔を逸らす。

 すると謡は落胆し、ウェイは安堵したように胸を撫で下ろしていた。

「何、ウェイ。私が謡の話にのるとでも思ってた?」

「いや、それはないと確信はしていたが。まぁ、要らぬことを吹き込まれずに済んだみたいで何よりだと。そんな感じだな」

「君達、年上は敬おうね。本当に毎度毎度ワタシのことを危険人物とか不審者みたいに扱うんだかラ」

「だったら年上に見える言動をしてみろよ」

 謡の不満をウェイが更に一蹴する。謡は泣き崩れる素振りを見せたが疑うまでもなく嘘泣きだ。

 チームメイトの新たな一面を見てしまった気がした。

「レン」

 まったく効果がないと判明して、あっさり泣き真似を止めた謡の傍で、ウェイが小さく呟く。

「今受けている自由戦闘は後一つだけだ。それが終わったら、しばらくは強制戦闘のみの参加に限定しよう」

「――私一人の為に、そんなこと許されるの? 試合に勝たなきゃ、いつまでたっても家に帰れないのは皆同じでしょ?」

 メリットがなければ誰が自由戦闘など受けるものか。彼らとて、帰還に必要なポイントを少しでも早く貯めたいから戦っていたのだろうに。

「その代わり、お前には徹底的に特訓して、腕を上げてもらうことになってるから気を使うな。日本風に言うなれば、急がば回れというやつだな」

「……聞くんじゃなかった」

 逆に言えばメリットがなければ試合を断る理由もない。要は使い物にならない素人を使えるようにする時間をとる為の話だったらしい。

 これから大変なことになる。蓮華は覚悟を決めた道ながら、憂鬱そうにため息を吐いた。


 前回。蓮華にとって二度目の自由戦闘から二日後。三度目の自由戦闘の日がやってきた。

 今まで七二班の試合は午後の部で行われてきたが、今回は午前中。だからといって、照明も空調も完備された建物の中で戦うのだから何が変わるわけでもないのだが、要するには気持ちの問題だ。

 しっかりとした足取りで試合会場へ向かい、拳銃に弾を込める。

 とりあえず、ある人物のスパルタのおかげで射撃の腕はマシになったことを明言しておこう。

 しかし、まさか仲間に殺されそうになる恐怖を味わうハメになるとは夢にも思っていなかった。死に物狂いの特訓の成果。今日この試合で発揮せねば自分の身が危険である。

「何が何でも生き残る。殺サレテナルモノカ!」

「蓮華サン、壊れてない? ウェイ君。君何したの」

「何も。俺が昔やってたのと同じ特訓方法を試してもらったまでだ」

(ああ、その所為なのか)

 蓮華とウェイを除いた三人が妙に納得した様子で顔を見合わせた。

 身を以って体験したことがあるのはホーリー一人だが、経験者は思い出したくないと、頭を振ることで余計な記憶を意識の外側に追い出した。

「レン、見てて痛々しいよね。片言になってるんだけど。僕もこんな感じになったっけなあ」

「お姉ちゃん、朝から晩まで訓練場から出てこなかったんだよ。大変だったに決まってるよ」

(だって、コーチがウェイなんだし)

 と、またしても三人の心がシンクロした。

 マモン島においてもトップクラスの戦闘能力を誇るウェイバルドの特訓は、彼自身の運動能力を基準にして計画されたものである。つまるところ、一般人には地獄のスパルタ猛特訓とイコールで結び付けられるものなのだ。

 その疲労たるや心身ともに半端ではない。

 体中至る所に包帯を巻きつけて、けれども自分の足で歩いて帰ってこられた蓮華は余程運がよかったか、あるいはまだ見ぬ才能が眠っていたか。どちらにせよ、只者じゃない。そう思わずにはいられないほどの無事の帰還だったのだ。

「まぁ、実際目を覆いたくなるような腕しかなかったレンが、一朝一夕で随分成長したのも事実だ。この細い体でよく持ち堪えたもんだぜ」

「そりゃあもう死に物狂いでしたから。筋肉痛にならなかった自分を褒めてあげたいわ」

 これで肝心な本番当日に筋肉痛で動けなくなりました、なんてことになったら話にならなかっただろう。疲労困憊には違いないけれど。

「そこまでしたのに、やっぱり魔法型にも強化型にも目覚めなかったの?」

 小首を傾げて問いかけるホーリー。考えないようにしていたのにと、蓮華は地面に両手をついて大きく項垂れた。

「ごめん、答えないで。もうわかったから」

 マモン島に連れてこられたプレイヤー全員に埋め込まれる特殊な電子チップ。脳波を変質させるそれは、およそ一日以内に何らかの変化を被験者に与える。

 それは魔法のような力だったり、超人的な身体能力の強化だったりするのだが、この島で数日過ごしても蓮華にそんな特殊能力が芽生える兆しは欠片もない。

 本当に不良品を埋め込まれてしまったのか。あるいは何かの手違いで人の髪まで一部剃っておきながら埋め込まれなかったのか。どちらにしても、不利になるのは自分自身。状況が悪いことに違いはない。

「でも、何でなんだろう? この島でチップを埋め込まれた人は、皆何かしらの能力に目覚めてるのに。私だけ……」

「さぁな。一番可能性が高いのは不良品説なんだが――」

「嫌! それは本当に勘弁して。笑えない!」

「とはいえ、ないもんに頼ろうとするだけ無駄な話だ。お前は俺が教えた通りに援護射撃で相手を撹乱してくれりゃ問題ない。それくらい出来んだろ?」

「うぇ、ウェイー!」

 至極真っ当な返答をくれた彼がまるで神のように見えた。

 銃弾を銃弾で撃ち落すだの、大跳躍だの、何キロあるんだと突っ込みたくなるような巨大な斧を振り回す人間ばかりのこの島において、常人はつまり戦力外だ。

 たった一人の為にずっと不安要素を抱えるか、たった一度のペナルティで全てをやり直しにするか。もし七二班以外のチームに配属されていたら、既に命が無かった可能性も大いにある。

 それを考えれば気長に銃の扱いや、武術を教えてくれている彼らはかなり寛大な部類。

 半分潤んだ瞳でウェイに駆け寄る蓮華に、誰かがぽつりと呟いた。

「手懐けられてるし」

 もはやウェイは蓮華の保護者。これもこの七二班では暗黙の了解と化している。

「レディース、エーンド、ジェントルメン! お待たせ致しました!」

 一同が騒いでいる間に、いつの間にか試合開始の時間になっていた。

 段々と聞き慣れてきた、わざとらしい司会者の声が会場に木霊する。

 その声を合図に、皆が一瞬静まり返る。観客は期待を込めて。プレイヤーはこの不条理なゲームを進行させる司会者に対しての殺気を込めて、だ。

「本日のカードは四八班対七二班。どちらも新入りを加えての試合となります! 調子を取り戻し、再び連勝を収めている七二班に挑戦を挑んだ四八班! 彼らに勝機はあるのでしょうか!?」

「うん? あっちのチームにも新人がいるんだ?」

「みたいだな。まー、敵のことなんて関係ねーけど」

「それはそうなんだけど。ちょっとした好奇心が――」

 自分がこの島での生活が最も短く、また今まで試合をしたチームにも新人などいなかったものだから、わずかながらに親近感が沸いてしまう。

 今回は宿舎から持ち込んだ小型の望遠鏡を携えての参加だった蓮華。彼女はすかさず望遠鏡を構えて三百メートルほど向こうで固まっている五人組を見やり、そして絶句した。

「嘘、あの人!」

 目を見開き、何度も確認するようにレンズを覗き込む。けれど何度見たところでその光景に変化は無く、蓮華は呆然と立ち尽くす。

「知り合いでもいたの?」

 様子がおかしい蓮華を気遣って、ホーリーが尋ねた。

 蓮華は拳を握り締めながらもしっかりと首を縦に振り肯定した。

「あの人、私と一緒に連れてこられた人だ」

 皮肉なことに、唯一の知人とも呼べる例のタクシー運転手がそこにいた。名前はベンといっただろうか? 知人といっても、タクシーの乗車料金をめぐって一方的に脅しをかけただけという非常に苦い思い出。しかし、この島に来る以前の顔見知りは、おそらく彼一人だけだ。

 一週間と経っていないだけに、奥さんともうすぐ生まれる子供がいるのだと懇願していたのも記憶に新しい。

 数日間、一度も顔を合わせることが無かったものだから、てっきり彼は家に帰してもらえたのだと思っていたが、やはりマッド・カーニバルの運営委員会はそんなに優しくなかったようだ。

「お姉ちゃんの、お友達?」

「いいえ。タクシーの乗車料金割増しようとした上に言い逃れしようとするものだから、これ以上言い訳するなら座席にジュースぶちまけるぞ。って脅しかけた仲」

 興味に満ちた目で問いかけるラズライトに、蓮華は隠すことなく真実のみをぶちまけた。

 それに唖然としたのは男性三人。武勇伝でも聞いているように瞳を輝かせたのが少女一人。

 三人は何やら言いたそうにしているけれど、司会者の演説がそろそろ終わりそうなのであえて何も聞かなかったことにしたようだ。

「それでは、二分後に試合を開始します! 皆さん準備にかかって下さい!」

 二分間の準備時間に入ったので、一同はそれぞれフィールド内に散っていった。

 今回はウェイと謡の二人が前線に出て、蓮華が中衛。ホーリーとラズライトがいつも通りに後衛につくことになった。微妙な変化とはいえ、これは警戒の現われだった。

 というのも、今回の対戦相手である四八班というのは、瞬発力と機動力に優れたチームで有名な班だからだ。

 前衛をすり抜けられてしまえば被害が及ぶのは蓮華のみならず、筋力的な強化では劣るホーリーや、魔法型で物理攻撃には滅法弱いラズライトにも不利になる。

 その対策として身体能力の高いウェイバルド、謡の二人が前で敵を食い止める形を取ることにしたのである。

「レン」

 ホーリーが見つけた援護射撃に最適な場所へ移動しようとしていたとき、ふいにウェイによって呼び止められた。

「何? どうかしたの?」

 こてん、と小首を傾げて振り返る蓮華に早足で近づき、彼はその耳元で小さく囁く。

「もしもお前の知り合いがお前を殺そうとしたそのときには、お前ももう躊躇うな」

「……何のこと?」

「平和ボケなお前のことだ。多少顔見知りだってだけで、躊躇いそうだと思ってな。念を押しておきたかっただけだ。気にしてないなら忘れてくれ」

 それだけを告げ、彼は軽く手を振ってフィールドの中央近くへ歩いて行ってしまった。

 一応とぼけてみたものの、彼の言葉は正に的を射た発言だった。

 縁があるというほどではないものの、ここへ来てマモン島に来るまでの顔見知りと再会してしまったのだ。彼の事情も多少は知っている所為で、銃口を向けるのは今まで以上に気が乗らない。

「本当、私ってそんなにわかりやすい性格してるのかな? 何でもかんでも見抜かれちゃってる気がするわ。特にウェイ辺り」

 あくまでも援護射撃でいいと言われているのは、彼等が自分に気を使ってくれているから。いつまでもそれに甘えてはいられない。

 一人の油断や迷いがチームを危険に追い込んでしまう。団体戦とはそういうものだと頭では理解しているのに、まだ納得できない自分がいた。

 それでも理解はしているのだからちゃんと戦えと、何とか自分に言い聞かせる。

 司会者が観客席の方から顔を出し、試合の開始が宣言された。

 開始と同時に銃声が会場内に響き渡る。おそらくは前線で戦っているウェイだ。

「隠れてちゃ駄目だ。私にだって、現実見て腹を括る理由があるんだから!」

 今回の試合会場はコンクリートの残骸の代わりに、至る所に植物の植え込まれた熱帯雨林のようなフィールドだ。室内の温度、湿度は共に高く、じっとりと肌に熱気が纏わりつく。背の高い物影が少なかった今までの会場とは違い、ここでは人を一人見つけるだけでも至難の業だ。

 施設の空調が風のようにそよぎ、木の葉を揺らして音を立てる。

 おかげでどれが足音でどれが葉の擦れる音なのか。敵が近くにいるのか遠くにいるのか、判断が非常に難しい。

 加えていえば、そんな一面緑の中でウェイの赤毛はよく目立った。

 木の間を縫って、数十メートル先に赤い頭が何度もちらついて見える。やはりあの頭では敵にも見つかりやすいのか、彼は四方八方を同時に相手しているようだった。

(ウェイは防戦一方か。でも、多分何を言っても後退なんてしてくれないんだろうな。どうせ一人でも前であの人達を食い止めるつもりでいるはずだから)

 となると、誰かが援軍に行くしかない。実質前線は二対五で戦っている状態。生い茂る木々が邪魔で、ホーリーもライフルによる狙撃ができないでいてこちらの方が不利だ。ラズライトの飛ばす人形も、四八班の動きが素早すぎて動きを捉えきれないでいるらしい。

(ラズとホーリーに前線は向かない。私だって向いているとは言い難いだろうけど、銃が小型で連射に向いているだけあの二人よりはまだマシか……。だったら!)

「ホーリー、敵の現在地を教えてくれる? あの人達、ウェイと謡を集中的に狙ってるみたいだけど、木が邪魔で上手く居場所が把握できないの」

『それはいいけど、レンの位置からじゃ狙い撃てるかどうかわからないよ? 距離がありすぎる』

 インカムを片手で操作し、通信をホーリー一人に限定して情報を求める。

 前線の二人が聞けば何かしらの反論が飛んでくるはずだ。そんなことになれば、作戦が敵にまで勘付かれかねない。

 敵の背後を突くのは戦略的にも有効なこと。そして、今それができるのは自分だけとなれば、動かない理由はない。

 確かに、今の蓮華の隠れている場所からでは銃の射程圏内ではあっても、彼女の射撃能力的には射程距離とは到底呼べそうにない。しかし、それならば前に出るだけのこと。

「大丈夫。当たらないなら当たる距離まで近づくまでだから」

 敵が二人に気を取られている今が接近する好機でもある。そう彼女は判断したのである。

『本気で言ってるの? 強化型でも、魔法型でもないレンが迂闊に近づけば、命の保障はできないよ?』

「そんなの、前線で戦ってる二人にも言えることだわ。大丈夫、何も捨て身で突っ込むなんてこと言ってるんじゃないから。敵の背後を突いて少しでも戦力の減退、もしくは撹乱を謀ってみるだけ」

『うわ、無茶なこと考えるなぁ』

「無茶上等。それくらいしないと、戦局を逆転なんてさせられないでしょう? 負けたら私達の持ってるポイント取られちゃうんだもん。手段は選んでられないわ」

 脱出に必要なのは一万ポイント。ポイントは強制戦闘で最大五百ポイント、自由戦闘で最大二百ポイントが獲得できる。

 強制戦闘と自由戦闘の違いはポイントが与えられるのか奪い取られるのか。これだけだ。

 強制戦闘では、マッド・カーニバルの運営委員会から勝者に対してポイントが進呈されるが、自由戦闘では各々が既に獲得しているポイントをめぐって争われる。勝てば相手のポイントを奪えるし、負ければこちらのポイントが持っていかれてしまう。

 負けてもただ働きだけでデメリットのない強制戦闘とは違い、自由戦闘での負けは帰還から遠ざかることを意味しているのだ。

 それでも多くのチームはかなりの頻度で自由戦闘を繰り返す。それは、一週間から数週間に一度しか発生しない強制戦闘だけではいつまで経ってもこの島から出ることはできないから。その為に、相手を蹴落としてでもポイントを奪いに行くのである。

『本当に撃てるんだね、レン?』

「撃つ。撃たなきゃならない理由があるもの」

 自分の為に、仲間の為に。いつまでも無力なままではいられない。

『オーケー』

 ホーリーが諦めたようにため息をついた。

『ウェイとヤオが交戦しているのは、レンの居る場所から北西に百メートル進んだ辺りだよ。最初はこっちが押してると思ってたけど、上手く向こうの術中に嵌められたみたいだね。あいつら、前衛と中衛以降を引き離しにかかったみたいだ』

「北西に百メートル、フィールドの端の方ね。なるほど、道理で見当たらなくなってるはずだわ」

 コンクリートの残骸フィールドなら、百メートル向こうだって見渡せた。けれどこの密林フィールドでは木が邪魔をしてそれが出来ない。敵はその地形を利用して前衛の二人から各個撃破する戦法に出たのである。

「このままいくと、その内ウェイと謡まで引き離されかねないわね。急ぐわ」

『了解。スナイパーライフルじゃあんまり役に立たないし、僕も武器を持ち替えてそっちの援護に向かうことにするよ。それまで二人を頼むよ、レン』

「ここは、お互い無理はしないように。とでも言っておくとべきころかしら? 専門分野じゃないものね」

『確かに。ラズには僕から事情を話しておくよ。レンは先に行って』

「了解。健闘を祈るわ」

『そっちもね』

 インカムを操作して、回線を元に戻す。聞こえてくるのは銃声ばかりだ。今、ウェイと謡がどうなっているのかは検討もつきやしない。

「急がないと」

 二丁の拳銃に新たな弾を詰め込んで、蓮華は急ぎ仲間の下へと駆けていった。



「いやー、うまく嵌められちゃったみたいだねェ、ウェイ君。ホーリー君のライフルもここじゃ実力を発揮できないみたいだし、中々ピンチなんじゃなイ? これ?」

「へらへら笑いながら言うことじゃねーよ。それに、ピンチだろうが何だろうが、俺達がここでこいつらを仕留めねーと今度はガキ共が全滅するぞ」

 背中合わせの状態で、ウェイバルドと謡が得物を奮っていた。

 状況は依然二対五のまま。素早い動きを得意とする四八班は、誰一人として倒れてはいなかった。

 唯一の救いは、全員が二人に掛かりきりになっているおかげで、前線に向いていないホーリーやラズライト、そして未だ能力に目覚めていない蓮華に被害が及んでいないことくらいだろう。

(しかし、随分引き離されたもんだぜ。レンの援護もなくなってる。多分俺達を見失ったんだな。ったく、こうもあっさり分断されるとは情けない)

 すばしっこく、一撃を加えることすら容易ではない敵の速度にウェイが舌打ちをこぼす。

 このままではこちらが消耗してやられるのも時間の問題だ。

 何としてでも早急に手を打っておきたかった。その時だ――

 パン! と乾いた音が銃声の中に紛れ込む。しかし、それはその場にいた誰の発したものでもなく、倒れたのは自分達を取り囲む四八班の男だった。

 一瞬遅れで脇腹から血が噴出す。その様を見て、四八班は七二班の増援が迫っていることを察した。

「くそっ、位置がばれちまったか!」

 誰かがそう叫んで、一斉に残り四人が四方に散る。

 唖然としたウェイバルドと謡に、木の陰を掻い潜って蓮華が駆け足で近づいてくる。

「ウェイ! 謡! 生きてる!?」

「レン? 何でお前が前に出てきてるんだ!?」

 驚いたように声を荒らげたのはウェイだった。先ほどの通信はウェイ達に聞こえないよう回線を切っていたのだから無理もない。

 もちろん、ここからお説教に突入するであろうことも予測済みだ。とはいえ、こんな場所で説教などしている暇はないことくらい、どちらも重々承知の上なのだが。

「何でって、思いっきり向こうの策略に嵌って分断されちゃってたじゃない。このまま二人がやられちゃっても困るから、ちょっと場を引っ掻き回してやろうと思ったの」

「蓮華サン、意外に思い切ったことするね」

「女は度胸という奴です。でもぶっちゃけ誰にも気付かれなくてよかったと本気で安堵してるわ」

「結局へたれてんじゃねーか」

「結果オーライなの!」

 言うことだけ言ってさっと背中を壁に向ける。一度散った四八班がどこから戻ってくるかわからない。いつまでもふざけている暇はなかった。

 一番後方に控えているラズライトは魔法型だ。万一散っていった敵の誰かに遭遇しても、逃げ遂せることくらいはできるはずだと信じている。問題なのは今現在こちらへ向かっているはずのホーリーだが、彼の五感ならば上手く敵の位置を把握して合間を縫ってくるはずだ。目先は自分達の身の安全最優先で戦える。

「さてと、作戦も成功したことだし、私はまた隠れる場所を探さなくちゃ。自分で言ってて虚しいけど、前線には向いてない性質だしね」

 足手纏いになりに来たのではない。戦場を掻き乱せたのなら早々に退却するべきだ。以前のように取り乱すことはなくなった。それでも、自分の銃弾で一人が生死の境を彷徨うという事態に心臓が早鐘を打っている。これ以上冷静さを欠いてしまう前に、一度落ち着ける場所を探さなければ。

 素早い判断で身を翻すも、悲しいことに一度散っていった四八班は、再び彼らを取り囲みに掛かっていた。

 足音が近付いてきて、彼等の存在に気付いた時には既に一足遅かったようだ。

「驚いたねぇ、まさか君までここに連れて来られてたとは」

 取り囲む人物達の中に、見知った顔が混ざっていた。最初に発見した例のタクシー運転手だ。

 手に握られた大型のマシンガン。いくつもの真新しい掠り傷。嫌でも理解した。ベンは、既にこの島に順応してしまっている。

 彼の仲間が、蓮華のことを指し示しながら知り合いかと問いかけた。

 彼は何てことない表情で、笑い飛ばす。

「何、ここに来る直前にちょっと顔を合わせただけの元乗客だ。可愛げのない東洋のガキだよ」

 その発言に、蓮華は不愉快そうに眉を顰める。

「まるで私一人が悪者みたいな言い方は止めてもらえるかしら。元はといえば、あなたが乗車料金を不当に割り増しさせようとしたのが原因じゃない。私は至極真っ当な主張をしただけだわ」

「人の車を炭酸塗れにしようとした癖にか!」

「本気でやるはずないでしょう? そこまでして損害賠償だの何だの訴えられたら、比べ物にならないくらいの金額請求されるんだから。あなた馬鹿?」

「このクソガキ! 子供だからと思って下手に出てやりゃ調子に乗りやがって!」

「どこが下手に出てたのよ。あっさり負けて不貞腐れてたのは他でもない自分じゃない。事実を捏造するのは大人の悪い癖ね!」

 両者一歩も引こうとしない。ある意味、ここが車内の口論の決着の場とも言えよう。

 苛立つベンはマシンガンを蓮華へと向けた。対する蓮華もその手に銃を構えて睨みつける。

「これ以上はこっちで決着つけようぜ、小娘。俺には帰らなきゃならない理由があるんでね」

「やだやだ、口で勝てないとわかると武力行使? こういう人間に重火器を持たせると禄なことにならないのよね」

 あくまでも冷静を装う蓮華はため息混じりに首を横に振る。

 撃たれることはまずありえない。そう確信する理由があったからだ。

 再びインカムから聞き慣れた声が流れてくる。ホーリーだ。

『間に合ったみたいで何よりだよ。そのまま引き付けておいてよね、レン』

 蓮華よりも僅かに遅れて、ホーリーが敵の背後へと迫っていた。

 二人は移動中、もう一度回線を限定してある程度の作戦を練り直していた。

 二段構えの背面作戦。敵を二人落とすことができればこちらが形勢逆転だ。

 ホーリーは蓮華よりもどれだけ遅れて到着できるかを正確に割り出し、その情報を彼女へと伝えていた。

 ベンとの口論に乗ったのは、いわば援軍が到着するまでの時間稼ぎだ。

「むかつくガキだ。いいさ、この場でこの馬鹿みたいな因縁も終わりにしてやる!」

「下がれ、レン!」

「蓮華サン!?」

『――君たちのミスは、主戦力であるウェイとヤオ以外の三人を野放しにしたことだよ』

 その瞬間、マシンガンを構えるベンの腕から音もなく赤が滲んだ。

「誰も、前線に出られないとは言ってないんだけどね」

 そこにいたのは、蓮華と示し合わせ、タイミングを計っていたホーリー。

 彼はサイレンサーを取り付けた銃で、続きベンの足を撃ち動きを封じ、最後に仕上げとばかりにベンのマシンガンを銃弾で弾き飛ばした。

「……ガキ共、こっちに黙って何勝手な行動とってやがるんだ」

 予想外の事態にウェイの肩がわなわなと震える。二人は即座に怒っているな、と察して表情を引き締めた。

「敵を欺くにはまず味方から。危機的状況なのに余裕があったら、何か企んでるって気付かれちゃうだろう?」

「だから、私とホーリーは限定回線で連絡を取って、奇襲作戦を即席に発案したのよ」

「馬鹿か! 自分が前衛向きじゃないことくらい自覚してるだろうが!」

「でも、結果論助かっちゃったよね。うーん、この状況はワタシとしてもちょっと情けないなァ。まさかホーリー君が前に飛び出してくるなんて思ってもみなかったシ」

 今まで常に一番後方で狙撃に専念していたのだからそう思われていても無理はない。蓮華も、まさか彼が自分の考えに乗って前に出てくるとまでは思っていなかったのだから。

「でも、これで四対三。形勢逆転だよね」

 実質的には五対三。何故なら、ホーリーの背後には彼を守るように、ラズライトの人形が幾つも宙を漂っているからだ。

 今回はたらいではなく刃物を装備している。コメディから一気にホラーへ転換だ。

 取り囲まれた四八班の残り三人は、しかしこんな状況にも何故か緊迫した雰囲気ではない。

 何か仕掛けてくる。そう警戒してウェイバルドが銃を構えるが、彼は銃を一度見やり、舌打ちしてからニ丁とも地面へと放り出し、新たな銃を取り出すべくジャケットの下のホルスターへと手を伸ばす。

「ウェイ?」

「弾切れだ」

 小首を傾げて問いかけると、彼は蓮華にのみ聞こえるような、小さな声でそう答える。取り囲まれた中で銃撃戦など繰り広げていた所為で、弾を込める機会がとれなかったのだ。 この瞬間を待っていた。とでもいわんばかりに、どこかから弾を装填する音が聞こえてきた。

 一瞬遅れでウェイが蓮華を自分の背に隠して庇う。

 次に見た時、彼の腹からは真っ赤な血が溢れ出ていた。

「――え?」

「お前らのミスは、オレ達が防弾対策をしていないと思い込んでたことだったなぁ」

 そう言ってふらりと立ち上がったのは、最初に蓮華が襲撃した四八班の男だった。

 蓮華の弾丸が命中したのは彼の腹部だった。しかし、男はシャツの裾を持ち上げにやりと笑う。服の下に隠されていたのは防弾チョッキだ。

「素人の策に踊らされんのは素人くらいのものなんだよ。正直言えばオレを撃ちやがったそこの嬢ちゃんに一泡吹かせてやりたかったが、まぁそこの男でも別にいいや。散々てこずらせてくれた野郎に違いはねぇからなぁ!」

 どうやら他のメンバーも全員防弾チョッキを着込んでいたらしい。腕や足を撃ち抜かれたベンは本当に身動きが取れないだろうが、他のプレイヤーはそうもいかない。

「……まずいことになってきたね。最初から最後まで、結局遊ばれていただけのようだ」

「もう諦めろよ。オレたちだって人殺しはしたくねーんだぜ」

「ただ、うちの新入りを可愛がってくれた礼くらいはさせてもらうがな。それから坊主、あんたもな」

 そう言った男が、手に握り締めたナイフでホーリーに狙いを定める。

 ラズライトの人形達が彼を庇いに掛かるが、無残にも切り裂かれていくばかりだ。

 四八班から降参を強要する声が絶え間なく投げかけられる。

 このままではウェイがどうなるかわからない。一緒にいる謡もウェイなしでどこまで戦えるか。そして何より、彼らは降参しようとしまいとホーリーと自分を許しはしないのだろう。

(これが、マッド・カーニバル。狂った宴。人を狂わせる呪いのゲーム)

「はっ、化け物染みた乱射狂も撃たれちまえば大人しいもんだな。降参するのを待つより、今ここで殺しちまった方が後々楽できるんじゃないか?」

 一人が卑しい顔で、息を荒くして何とか意識を保っているだけのウェイを嘲笑った。

「あーあ、折角降参のチャンスをくれてやったのに。人殺しは好きじゃねーが、オレたちには帰る場所がある。悪いが、一刻も早く生還する為に、あんたには消えてもらおうか」

 そう言って、男はウェイを蹴り倒した。すぐ制止させにかかった謡も、他の男に押さえつけられて身動きが取れない状態だ。

 ぞくりと背筋が粟立つ。

 殺し合いなど縁遠い日本で生まれ育って、平和以外を知らなくて、だから心のどこかで根拠のない信頼をしてしまっていた。

 ――彼らも仕方なく戦っているのだと。

 けれど違う。彼らは最早染まっている。ベンの言葉を聞いて、彼はもう順応してしまっていると察していたはずなのに、彼より以前からここで戦争を強要されてきたプレイヤーが未だ正常である保障などどこにもなかったというのに。

(こんな人達に、帰る資格なんて本当にあるの? こんな人達の帰りを待ってる人なんて、本当にいるのかな)

 この島に、このゲームに染まりきって、笑いながら人を殺す算段をできる人間など、本当にこの島から出たところでただの害悪ではないだろうか。

 希望的観測が音を立てて崩壊すると同時に、彼らが同じ人間には見えなくなった。

 こんな連中を外に出しても、再会した家族は、友は、果たして彼らを自分の知る彼らと同じように接し、同じように愛することができるだろうか。

 ――こんなに歪んでしまっているのに。

 頭の芯から血の気が抜け、すうっと全身が氷のように冷え切ったように感じられた。

 目を見開く蓮華の目の前で、ウェイに銃口が突きつけられる。

「あばよ」

 男の指が引き金に掛けられる。

(こんな人達の為に、ウェイが死ぬことなんてない)

 目の前が、赤く染まった――。

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