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一章

一章


「すみません、この住所までお願いします」

「どれどれ? ああ、ここですね。分かりました」

 飛行機に乗り込み、座り続けること約十三時間。極度の退屈に惰眠を貪り続けてしまった所為か、すっかり時差ぼけを引き起こしていた。

 嫌というほど睡眠をとったのに、悲しきかな、夜はまだまだこれからだ。今夜はきっと眠れまい。

(まぁ、晩御飯もまだだし、お父さんと合流してご飯食べて、ちょっと夜更かししでもすれば、明日には調子も取り戻せるかな)

 幼少時のアメリカ暮らしと度重なる渡米で鍛えられた流暢な英語のおかげで、一人でも会話には困らなかった。

 空港の前で列をなして停車しているタクシーを一台拾い、荷物を積み込んで、父から指示された場所の住所と地図を運転手に見せ目的地を指し示す。 

 わかりやすい場所だったのか、運転手はあっさり首を縦に振ってタクシーを発進させた。

 観光マップで見ても空港からは結構な距離がある。

 ぼんやりしながら、しばらくは外の景色を眺めて過ごした。

 運転手とも観光地について多少話したが、そもそも父が自分を連れてどこを回ろうと計画しているのかわからない以上、下手に観光名所なんて聞いてもあまり意味を成さなかった。

 きっと、観光するならするで、父はありとあらゆる資料を漁り、その場所に関する知識を身につけてかかるだろうから、ガイドの解説も不要である可能性が極めて高い。

 知っていることを何度も聞かされるのは疲れる。ならば最初から知らぬことを教えてもらった方がこちらとしても得した気分になれるのだ。

 よって蓮華は、父主催の旅行には大概観光マップ以上の知識は身につけずに挑むことに決めていた。ある意味、父の数少ない見せ場を守る為ともいえる。

「しかしまぁ、お嬢ちゃんみたいな子供が一人旅なんて大変だね。どこから来たんだい? チャイニーズか?」

 運転手が苦笑気味の声音で言った。

「ジャパニーズですよ。一人旅は毎度のことなので慣れっこです。それに、子供っていってももう十六ですから。移動手段の勝手さえわかっていれば意外と何とかなっちゃいます」

「……十六か。東洋人は若く見えるなぁ」

「何ですか今の微妙な間は」

 子供と言われた時点で何となく予測はしていたが、案の定年齢より幼く見られていたらしい。日本人の目から見れば、外国人の発育がよすぎるのだ。認識の差とは厄介なものだ。

(むしろ日本じゃ年上に見られる方だっていうのに。異文化交流侮りがたし)

 今の年齢で実年齢より若く見られてしまったら、本当に幼い子供ではないか。

 蓮華は目まぐるしく変わる外の景色を一瞥して、今までの道のりに違和感を覚えた。

 ガイドブックに視線を落とした後、目じりをきっ、と吊り上げた。

「ところで運転手さん。あなたは子供からお金巻き上げるつもりだったんですか? 万国共通、それはちょっと酷いんじゃないでしょうか」

「いや、年を間違えたことは謝るが、巻き上げるってのはいったい何の話だい?」

 凄む蓮華をバックミラー越しに見やりながら、運転手は誤魔化すように首を傾げる。凄んだところで迫力のない外見に初めて辟易した。

 ガイドブックを手で叩きながら、蓮華は殺気立った雰囲気で問いかけた。

「この国では、同じデパートの西口が二つも三つもあるものなんですか? ここを通るの、もう三度目です。あと何度同じ場所を回ってメーターを吊り上げれば気が済むんです?」

 この運転手は、和やかに会話しながら客の気を逸らし、同じ場所を何度も通っていた。まるで気にした様子を見せないあたり、常習化しているのだろう。

 飛行機代は父が払っていてもタクシー代は仕送りの中から捻出している。

 無駄遣いをすれば最終的には自分の生活が危うくなるという現実。こんな横暴を見過ごしてなるものかと、蓮華は射殺さんばかりの視線を突き立てる。

 運転手は途端に顔を引き攣らせ、如何にも作成に失敗したこと丸わかりな笑顔を貼り付け、取り繕う。

「さ、さて、何のことかねぇ? あ、いや、一回くらいは道を間違えたかも――」

「目的地まできっちりかっちり辿り着いてくれるなら端からクレームなんてつけませんよ。正直に吐いちゃって下さいね? こっちは適正料金で送り届けてくれれば文句なんて言わずに済むんですから」

 相手が全てを言い切る前に、蓮華は嫌みったらしく観光マップを突きつけて畳み掛けた。

 そのマップに彼女の言うデパートの名前は一つだけ。そして、一つのデパートに西口が三つなど当然あるはずもなく、且つまったく同じルートを自信満々に三週もしておいて、今更道に迷ったなどという言い訳を信用することなど不可能だ。

「そ、その地図古いんじゃないかなぁ? それか、新しいデパートもできてるし、見間違えたんじゃあ」

「ご心配なく。こんなこともあろうかと、最新版を用意しておきましたから。今確認してみたところ、この周辺に他のデパートはないみたいです。おかしいなぁ、見間違えようもないみたいなんだけど」

「それは……」

「仏の顔も三度までです。私は仏様ほど寛大ではありませんので、このまま続けるようなら座席の上にジュースぶちまけちゃいますよ? しかも炭酸の奴を。シャイな日本人もやるときゃやります。女に二言はありません」

「……ああ、もう! わかったよ、俺が悪かった。ちゃんと遠回りした分の値段は引くから馬鹿な真似はよせ!」

「――お話の通じる方でなによりです。それじゃあ、これからは最短距離でお願いしますね」

 炭酸入りのペットボトルをしゃばしゃば振って、右手は既にその蓋にかかっていた。

 蓋を開けてしまえば言わずもがな自分にも被害が及んでしまうものの、タクシーのシートを駄目にされる運転手よりかは遥かに可愛いものだ。

 即刻叫びながら謝罪した運転手がハンドルを切り、アクション映画並みのUターンで正規のルートへ引き返す。

 トラックにクラクションを鳴らされるわ、軽自動車に衝突しそうになるわ。蓮華自身は遠心力で頭を窓ガラスに打ちつけた。驚くほど無茶な運転手だ。

 危うくペットボトルにかけた指が蓋を回してしまうところだった。

 警察に見られていたらカーチェイス突入だっただろう。この時ばかりはパトカーがいなくてほっとした。

 それからしばらく、むしろ終始無言で運転手はタクシーを走らせ続けた。

 時々こちらの様子をバックミラー越しに伺って、視線が合っては勢いよく目を逸らす。そんな行動が数度あったものの、もう騙す気はないようなので一先ず気にしないことにしておいた。

 そんなに警戒しなくとも、本当に車内でジュースを撒き散らすような暴挙に出るつもりはなかったというのに。

小一時間ほど走り続けて、景色はすっかり都会から抜け出し、田舎とも呼べる閑散とした場所になっていた。

周囲にあるのは数百メートル間隔に並ぶ家と、とにかく広い大地と真っ直ぐな道路。日本では考えられない光景である。

 薄暗くなってきた夜空の所為か、少し視界が悪い。

 いっそ地平線でも見えないかと目を凝らしていたその時だ。

 耳障りなブレーキ音を立てて、タクシーが急に停車した。

 咄嗟に腕で体を支え、窓ガラスと頭部の再会を回避する。

「吃驚したぁ。どうしたんですか?」

 そう問いかけてみるも、どうやら運転手の男性にも事態は把握できていないようだった。

 気がつくと、前方、後方、それぞれ三台ずつの車に囲まれていた。

 前後に三台ずつ車が走っていることには気付いていた。

 前方が段々減速して行き、逆に後方が徐々にスピードを上げて距離を縮めてきた。そして、前方の車が道を塞いで急停車したことにより、こちらもブレーキを掛けざるを得なくなったのだ。しかし、何故道を塞がれてしまったのか、目を見合わせるも、二人揃って思い当たる節はない。

 こちらが急停車したのをいいことに、車は更に移動して完全にタクシーを取り囲む。

 同じ型の黒塗りセダンが計六台。見るからに不審である。

「何これ? 運転手さん、あなた、危ない人にもあんなことして騙したんじゃないでしょうね!?」

「し、知らない! 身に覚えなんてねぇよ!」

「じゃあ何でこのタクシーが囲まれちゃって――、うわっ、降りてきた!」

「嫌だ、俺まだ死にたくない! 結婚したばかりで、来月子供が生まれるってのに!」

「そういうことは私じゃなくてあの人達に主張してくださいよ! 同情引くなら向こうが先でしょう!」

 そうこう言い争っている間にもセダンからは人が降りてくる。

 真っ黒なスーツに黒いネクタイ。全員色の濃いサングラスをかけていて、誰一人として顔は見えない。

 マフィアかギャングか、あるいは公安だったりするのだろうか。考えてみるけれど、どの組織ともお近づきになったことがないので所属を見抜くには情報が少なすぎる。

 車の脇に降り立った彼等は、窓を開けるようにと合図した。

 絶対に開けたくないものの、下手に逆らえばどうなるか分かったものじゃない。不安げな瞳がかち合った。痺れを切らした男達は、車体に一発蹴りを入れる。

 運転手は完全に震え上がって、命じられるままに窓を開けた。

「な……何の用だよ……」

「タクシー運転手、ベン・ジョーンズ様ですね」

 スーツの男が冷淡な声で尋ねかける。運転手はそれにこくりと頷いて答えた。

(やっぱりあの人が何かしたんじゃないの?)

 そう考えていると、今度は男の視線がこちらへと向けられる。蓮華はびくりと肩を揺らした。

「そちらは、日本からいらっしゃった日野蓮華様で間違いありませんね」

 断定的な口調で問いかけられる。

 ここでとぼけても無駄だということはすぐにわかった。彼等はただ事務的に本人確認をしているだけにすぎないのだ。

 渋々首を縦に振ると、男が懐から何かを取り出した。

「確認しました。これより、お二人を会場へとご案内いたします」

「会場? ちょっと待って、何の話ですかそれ。私はこれから家族と待ち合わせて――」

 何故先ほど到着したばかりの自分のことを知っている。会場とはいったいどこで、何をする会場なのか。運転手と自分にどんな共通点がある。

 聞きたいことは山ほどあるのに、男たちは疑問に答えるつもりなどさらさらないらしい。

「時間がありませんので手短に済まさせていただきます」

 男がそう言った瞬間。彼の取り出した何かから真っ白な煙が噴出される。

 煙を吸うまいと注意しても、この狭い車内でそれが叶うはずもなく。数秒後には蓮華と運転手、二人揃って意識を失ってしまっていた。

「おめでとうございます。あなた方はこれよりゲームの参加者。勝ち抜けるまで逃げ出すことのできない、命懸けのスリルをどうぞお楽しみ下さい」

 遠のいていく意識の中、そんな言葉が聞こえてきたような気がした。



 懐かしい景色の中に立っていた。そこはアメリカ時代に住んでいた家の近くの公園で、大きな木の根元には父と、母がいて、自分の隣には三つ年上の兄が立っている。

 母はお腹が大きくて、もうすぐ弟か妹が産まれるのだと聞かされていた。

 当時は早く新しい兄弟に会ってみたくて、何度も何度も母のお腹に触れて、早く出ておいでと急かしたものだ。

 けれど、その幸せな日々はいとも容易く崩れ去ってしまった。

 四歳の頃、家族で行った最後の旅行。

 当時、出産が近かった母は気圧の関係などで飛行機に乗ることができず、そのときだけは家族四人で船旅に出たのである。

 そしてその帰り、家族の乗った客船は事故に遭い、転覆した。

 家族の中で助かったのは自分と父親。優しかった母と、いつも自分と遊んでくれた兄は最後まで見つからず、海底に沈んでしまったのだろうと救助隊員に説明されて、空の棺で送り出すこととなった。

 それからの人生は、父も自分も、とにかくがむしゃらだったような気がする。

 事故を期に二人で日本に移り住んだ。

 仕事に打ち込み、家へ帰ってくることが減った父と、学業や家事に時間を費やして、ぽっかり開いてしまった心の穴を誤魔化そうとする自分。

 二人揃って、現実にちゃんと向き合えなかった。

 父が事ある毎に旅行を提案し、また自分がその計画に乗ってしまうのは、十年以上経ってようやく冷静さを取り戻した自分たちが、その噛み合わなかった歯車分の時間を取り戻そうとする結果だったのだろうと今では思う。

 今度父に会ったら、先手を打って自分からただいまと言ってやろう。

 そう、決めた。


 突然世界が暗転した。懐かしい記憶に霞がかかって、自分が今まで夢を見ていたのだと気付かされる。

 まぶしさに目を慣らしつつ目蓋を開き、起き上がる。そこは見知らぬ場所だった。

「ここは……何処だっけ?」

 数秒悩んでみて、考えるだけ無駄だということを思い出した。

 意識がないまま運び込まれたのだから、ここが何処なのか、自分には知る由もない。

(そうだ、私は確か変な人たちに取り囲まれて。……これって誘拐事件? それとも何かのテロ活動? あのサングラス集団、私に何しやがったのかしら。気分も悪いし、あの煙の影響? あー、考えても全然わからない!)

 段々と意識がはっきりしてきて、少なくとも自分があの怪しい集団に拉致されたであろうことは確信した。

 おそらくあの煙は催眠ガスか何かだったのだろう。それもかなり即効性の強い。

 今気分が悪いのも、あの煙の副作用だと考えるのが一番妥当だ。何せ訳のわからないものを吸い込んでしまったのだから、どんな不調を訴えたとしても仕方がない。

「それにしても、誘拐っぽくない部屋だな。待遇はかなりいいみたいだけど、余計裏がありそうで何だか不気味」

 蓮華は部屋を見渡してから呟いた。

 天井は高く、床は落ち着いた赤色の絨毯が敷き詰められていた。自分が寝かされていたのはソファのようだが、座り心地、寝心地は抜群だ。

 暖炉と脚の短いテーブルはアンティーク調。絵画なんかも飾られていて、照明はシャンデリア。

 どう考えても誘拐した人間を監禁する場所には似つかわしくない。

(誘拐じゃない? いや、人を同意もなく拉致すれば誘拐か。でも、何で私? うちはごく普通の一般家庭なのに。いや待てよ、そういえば、あの運転手の人はどうなったんだっけ? 私と一緒にあの煙を吸ったはずだから、気絶したところまでは一緒だったはずなんだけど……)

 ぐるぐると疑問ばかりが脳裏をよぎる。しかし疑問の答えを返してくれる人間は誰もいない。

(いっそ逃げちゃった方がいいのかも。見つからないうちに逃げないと、殺されないとも限らないんだから)

 見張りも見当たらないし、幸い荷物は自分と一緒に運び込まれていたらしい。

 だったらパスポートを持って、警察なり日本領事館なりに駆け込んでしまえば助けてもらえると、自分の中で結論付けた。

 膳は急げとばかりに立ち上がり、荷物を抱え上げようとする。けれどもその瞬間、部屋を閉ざしていた扉が重い音を立てて開かれた。

 ぞろぞろと入ってきたのは、誘拐犯らしき男達と同じ格好のサングラスの男が二人と、四人の統一性のない格好をした男女。

 四人の内一人は奴等と同じようにスーツ姿だが、頭は燃えるような赤。サングラスもかけていないしまだ若い。目つきは悪いものの、何処か奴等とは違った雰囲気を持っている。

 他には中華風の衣装を纏った背の高い東洋人の男性と、ビスクドールを抱きしめた十代前半くらいの少女。それからやたらと色素の薄い、自分と同い年くらいに見える大人しそうな少年だ。

 彼等は誘拐犯の男達を快く思っていないのか、眉根を寄せて一歩距離をとった辺りに立ち止まった。

 ますますおかしな状況だ。誘拐した途端に内部分裂でもしたのかとも考えたが、そもそも年齢層が違う。六人中二人はまだ子供だ。

 持ち上げかけた荷物を床に戻して、訝しげに一行を凝視する。

 最初に行動を起こしたのは、やはりサングラスの男達だった。

「お目覚めのようですね、日野様。お加減の方は如何でしょうか」

「今すぐ解放してくれるなら少しはマシになるかもしれません」

「その様子ならば、問題なさそうですね」

 こちらの皮肉にも型どおりの返答が返ってくる。最初から心配などしていなかったこと丸わかりだ。蓮華は不機嫌そうに唇を歪めた。

「あなた達、いったい誰。私に何をさせようとしてこんな所へ連れてきたんですか?」

 余計な問答は不要であると、彼等を見て瞬時に悟った。

 気丈に振舞う拉致被害者が怯えも押し殺して即座に本題を切り出すと、サングラスの二人は満足そうに頷き一つのアタッシュケースを彼女に差し出す。

「それは?」

「初めてこの島を訪れられた方に支給される武器でございます。武器はランダムで選出され、日野様の場合はルーレットにより拳銃が支給されることとなりました」

「拳銃って、ちょっと待って。何で私がそんな物騒なもの持たなきゃいけないの!?」

 海外暮らしをしていたのは幼少期で、当然そんな子供が拳銃に触れる機会などなかった。拳銃などテレビの中にしか存在しないもの。そんな認識が、あっさりと目の前で瓦解した。

「それがルールでございます。装備の変更は自由ですが、こちらは初期の支給品ですので日野様の所有物として既に登録されております」

「装備、登録……? 何の話なの?」

 現実的ではない。いきなり拉致されて、拳銃を渡されて、これは自分のものなのだと告げられる。

 誘拐してきた被害者に武器を渡すとはいったいどういう了見なのか。

 ここまで言われれば、碌でもない事態に巻き込まれてしまったのは一目瞭然である。

 視線で人が殺せるなら、男達はとうの昔に息絶えていただろう。それほどの眼光を向けられる彼等は、しかし平然と彼女の問いに回答する。

「日野様に求めているもの。それは戦争でございます」

 それはもう淡々と、現代日本の若い世代には想像することしかできない言葉を告げられた。

「それ、何かの隠語か比喩表現? もしそうじゃないとしたら、あなた達どうかしてる」

「残念ながら事実を述べているまででございます。あなたにはこれから先、ある条件を満たすまでの間、この島で戦争をしながら生活していただきます。それがルールですので」

「随分理不尽なルールね。いきなり人を拉致しておいて、帰りたければ戦争しろって、つまりあなた達はそう言いたいわけ。そんなこと、本気で言ってて警察が放っておくとでも思ってるの?」

「ここは治外法権ですので、各国の警察、軍、政府。その他諸々の干渉は一切ございません」

「それ無法地帯の間違いなんじゃないのかしら?」

 最早誘拐された恐怖は通り過ぎていた。今感じるのは果てしない怒り。

 口調も気づけは敬語ではなくなっていて、しかし気づいた今でも直す気にはならなかった。

 彼等の言う戦争が本物の殺し合いなのか、はたまた何かの比喩表現なのかはまだわからない。しかしこんな事態が普通に認められるなど奇怪すぎる。国と国の争いでもあるまいし、治外法権の一言で済まされてなるものか。

 自分の持つ常識が一切通用しない二人組みの物言いに、蓮華は忌々しげに吐き捨てる。

 そんな蓮華の言葉に、後ろで黙りこくっていた四人のうち一人が初めて反応を見せ、口を開いた。

「無法地帯、か。当たらずとも遠からずって所だな」

 赤毛の男がサングラスの二人組みを一瞥しながらこちらへと歩みよってきた。

 何のつもりなのかと身体を強張らせる蓮華を守るように立ち振る舞い、彼はサングラスに睨みを利かせる。

「あとの説明はこっちで引き受けよう。あんた等じゃこいつの神経逆撫でするだけだろ? 渡すもん渡したならさっさと出てってくれねーか?」

「はっきり言って、あなた方がワタシ達の家にいること自体不愉快だしね」

 不服そうな赤毛の彼の言葉にそう続いたのは、中華風の服を来た男性。

 蓮華は不可解そうにサングラスの二人と、彼等を交互に見比べる。

(うん? やっぱり、この人達って仲間じゃないの? それで、ここはこの人たちの家だと。でも、だったらあんな人達を招き入れて私をここに連れ込んだ時点でやっぱり共犯ってことになるのよね? あれ、何かおかしい)

 小首を傾げる蓮華を横目に、サングラス二人は互いを見やり、小さく頷く。

「では、後のことはチームメイトであるあなた方にお任せ致します」

 あっさりと引き下がった二人組みは一歩下がり、頭を下げてからさっさと踵を返した。部屋を出ようと扉に手をかけたその時、二人のうち一人が何かを思い出したようにこちらを振り返る。

「そうそう、最後に一つ。頭部に埋め込んだチップがあなたの脳波に馴染むまでは、不調を引き起こしやすい状態になります。くれぐれも体調管理にはお気をつけ下さい」

 それだけ告げて、やはり彼等はあっさり出て行った。

 平静とした様子で宣告されたその言葉の破壊力は絶大だった。

 何を言われたのかわからなくて呆然とした蓮華。しかし数秒沈黙し、思考に集中したことで、それがとんでもない宣言だったことに気がついた。

「頭部に埋め込んだチップって。ちょっと待って! それ、どういう意味!?」

 声を荒げるも既に彼等は退散した後。残されたのは自分と、非常に複雑そうな表情をした四人組だけである。

「あいつら、一番話し辛い課題を残して行きやがった。黙って帰ればいいものを!」

「本当に。一番最後に回したかった話を真っ先に持ってきちゃったネェ。まったくもって人を不快にさせるのが上手い連中だよ」

 憤慨しつつそう言うのは、赤毛と中華の年長らしき二人組み。

 彼等は盛大なため息を吐き出してから、ぐりんとこちらに視線を戻す。

「あんたも災難だったな。このふざけたゲームに巻き込まれちまうなんてよ」

「あんた、も? ……あなた達は、あいつらの仲間なんじゃないの?」

「冗談じゃない。むしろワタシ達は君の味方。同じ被害者なんだよ」

「同じ、被害者?」

 つまり彼等も誘拐されてきたということなのだろうか。しかしここは彼らの家で、つまるところ家なんて持っている辺り、今一信憑性に欠ける。

 そんな疑問を察してだろう。今まで黙っていた色白な少年と、人形を抱えた少女が中華風の男性の言葉に補足した。

「これはゲーム。ゲームはクリアするもので、クリアするまで僕らはここから出られない。僕らも、君みたいに拉致されてこの島にやって来たんだ」

「ラズ達はプレイヤー。でも、これは現実なの。現実で引き起こされたゲームにリセットはない。だから、クリアするまで、ラズ達はここに閉じ込められてる」

「ここはプレイヤーである僕らの宿舎。他に攫われてきた人達も、それぞれのチームの宿舎に案内される。僕たちは上位のポイント保持者だから、結構豪華な家に住んでるけどね」

「ゲーム。それって、さっきのあいつ等が言ってた戦争のこと?」

「理解力があるようで何よりだ」

 理解などしたくないが、悪夢は醒める兆しを見せてはくれない。

 赤毛の男性が肯定するように首を縦に振った。

 戦争がゲームで、プレイヤーは生身の人間で、老若男女問わず、プレイヤーが必要になれば拉致されてくる。

 あまりにも現実離れしていた。

 意外と落ち着いている自身の思考に相反し、心はこれは夢だ。さっさと醒めてしまえと声高に叫んでいる。

「自己紹介が遅れたな。俺はウェイバルド・モルドレッド。そこの白い奴がホーリー・トーンで、人形抱いてるチビがラズライト・バートン。それからそっちの中華風が――」

王謡ワンヤオだよ。これからしばらくよろしく」

「まぁ、そういうこと。俺達はゲームを勝ち抜けるまで一蓮托生のチームメイトってわけだ。で、あんたは?」

「――日野、蓮華……」

「ヒノ……日本人だな。つーことはヤオと同じでファーストネームが後ろか。じゃあ、レンゲ? が名前か?」

「発音しにくければレンでいい……」

「じゃあ、レンで。俺たちのことは好きなように呼んでくれて構わない」

 赤毛の青年、ウェイバルドが他の三人を代表してそう言った。

 少なくとも、彼らには自分に危害を加える意志がないらしい。彼等にも騙されている可能性はまだ捨てきれないけれど、とにかく今は父の下へ帰る為の情報が欲しかった。

 赤毛の青年は蓮華の向かいに設置されたソファに腰を落ち着けて、神妙な顔で窓の外を見つめる。

「ここはマモン島といってな、絶海の孤島。各国政府の法が届かない場所。治外法権であり、レンの言ったように無法地帯。しかし絶対的なルールに縛られた場所だ」

「えっと、ウェイって呼ばせてもらうね。それで、ウェイ。言ってることが恐ろしく矛盾してるように聞こえるんだけど、どういうことなの? さっきも無法地帯って表現が半分当たりで半分外れって言ってたけど」

 無法地帯がルールに縛られているのでは、もうそれは無法地帯ではない。

「ゲームにはルールが必要だということだよ。RPGだって、最初から主人公のレベルが最高値で、最強装備が揃ってるとつまらないだろう? 主人公は弱小なところから始めなければならない。それが世のゲームのルールだよネ?」

 中華風の衣装を纏った謡がたとえ話を持ってきた。ただし、それだけを聞いても何の話なのか、まったく理解はできそうになかったが。

「この島でのルールは、脱出に必要なポイントを稼ぐこと。ポイントを貯め終えた時がゲームのクリアで、そのチームはマモン島からの帰還を認められる」

「ポイントは戦うことで貰えるんだけど、いつでも何処でも戦っていいわけじゃないの」

 色白なホーリーと、少女のラズライトがそう説明を付け加えた。

 ルールに縛られた島というのは、つまり実際の戦争のように夜襲や伏兵による不意打ちは許されず。何も四六時中が戦争ではないということらしい。

「ゲームは決まった時間、決まった場所で行われる。それ以外で敵。つまり自分たち以外のチームに戦いを吹っかけるのはルール違反として処罰される。具体的には減点処分だな」

「皆この島から脱出したくて戦っているのだから、日常生活は下手な国より余程安全で治安もいいよ。まぁ、通常ならばの話だけれどネ。例外もあると言えばあるけど、道端で下手に暴れて減点されれば、脱出の日が遠ざかるだけだから。その辺は皆弁えているよ」

 今のところ、聞いていると、そう悪い場所でもないような言い分だ。

 けれど皆が脱出したがっているという以上、そのメリット以上のデメリットが潜んでいるということ。それが何なのかを聞くまでは、何一つの油断も許されない。

「治安がよくて、こんな良い家に住めるのにこの島を出て行きたいってことは、何かよくないことがあるってことだよね。それはやっぱり、戦争のことなの?」

「そうだ。マッド・カーニバルと呼ばれるこのゲームは、戦争がゲーム。その勝敗を分けるのが、脳内に植え付けられた電子チップによって生まれる自分の能力を如何に理解し、如何に上手く扱うか。ってことなんだが……それについては口で説明するよりも実際に見てもらった方が理解し易いと俺は思う。ヤオ、そろそろ時間だよな?」

 ウェイは時計をちらりと見て謡に尋ねる。謡も一度頷いて、まだ若い二人に合図を送る。

 中途半端に話を中断されてしまった蓮華は気が気でない様子だが、彼等の纏う空気から、何かが始まるのだと瞬時に悟った。

「ついてこい。この島での戦争がどういうものなのか、見せてやる」



 熱狂的なまでの歓声が一同を歓迎する。悪く言えば耳障り、だ。

 四人に連れられてやって来たのは、一辺が二百メートル以上ある正方形の建物。中は広々としたグラウンドになっていて、室内にも拘らず床は土が剥き出し。所々にコンクリートブロックの残骸が点在し、障害物の役目を果たしている。二階より上が下の様子を観覧できる観客席となっているらしい。

 ぐにゃりとたわんだ形の硝子で一面を覆われた観客席には、そう広くない割りに数十人から百人くらいの人影が見て取れた。

 間仕切りで仕切られた客席には、半分が美しく着飾った紳士淑女が。もう半分には極普通から、少々くたびれた服装の人達が集まっている。

 大変遺憾なことながら、蓮華達が立っているのは観客席ではなく中央のグラウンドの方だった。

 見下ろされ、見世物になったような感覚は、これから何が始まるのかという不安も相まって吐き気を催すほどに不快感が強い。

 控え室に続く壁際のカーテンに隠れるように待っていると、フィールドの中央に仮面をつけた司会者の男性が現れ、陽気な声音で語り始めた。

「レディース、エーンド、ジェントルメン! お待たせ致しました! 本日も始まりましたマッド・カーニバル、自由戦闘部門! 今度の戦い、挑戦者は新進気鋭の三二班、受けて立つはポイント所持上位ランクの七二班です! では、両者入場!」

 司会者の合図でフィールドに招かれる。

 司会者の声音とは対照的に、蓮華たちは面倒くさそうな重い足取りで前に出た。

 こちらは蓮華を含めたウェイたち五名。反対側、遠く離れた所には、同じように五人組の男女が姿を現す。

「これ。何?」

 遠すぎてはっきりとは見えないものの、向こうは皆剣だの斧だのを武装しているようだった。対するこちらもウェイが拳銃を、ホーリーがスコープの付いたライフルを抱えて対峙している。ヤクザかマフィアの抗争みたいだ。もしくはFPS系のゲームの装備だろうか。

「これが戦争なんだよ。蓮華サン」

 謡が肩を竦めながら、大仰な解説をする司会者を呆れ顔で見据え説明した。

「七二班っていうのはワタシたちのこと。三二班は向こう側の五人のこと。上の人たちは観客と、今回は参戦しない他のチームのプレイヤーたち。そして、プレイヤーはワタシたち」

「高みの見物。いいご身分だよね。あの強化ガラスがなければ、銃弾の一発でもおみまいしてあげるのに」

 観客席を覆っている湾曲したガラスは強化ガラスらしい。何があっても観客に被害は出ないことが売りなのかもしれないけれど、そんなもので客席を守らなければならないゲームなど、最早絶望的な内容しか思いつかない。

「いっそやってやれよ。へたれた野郎なら当たらないとわかっててもびびるだろ」

 むすりとした様子で、ホーリーが顔に似合わぬ腹の内を暴露した。ウェイは同じく不機嫌そうにしながら、ホーリーを煽る。

 こちらが小声で話をしている内に、司会者はルールの説明に入っていた。

 これだけは聞いておこうかと、蓮華は彼等から一時視線を逸らす。

「では、もう聞き飽きた方もいらっしゃるかと存じますが、ここで恒例のルール解説を! 何せ今日は新入りさんもいらっしゃいますからね!」

 司会者の視線がこちらへと向けられる。それと同時に、観客席の注目も蓮華一人集中する。

 好奇の視線に晒されるのが嫌で、さっと顔を俯ける。けれどその次の瞬間には、照明が翳り、誰かの影に隠された。

 顔を上げると、目の前には長身の二人、ウェイと謡が立っていた。

「余計なこと駄弁ってねーで説明なり何なり始めろよ。のろま」

「まったくだ。女性に不快な思いをさせるなんて男の風上にも置けないネ」

 目つきの悪いウェイがガシャンと音を立ててスライドを引き、銃の弾を装填する。今にも発砲しそうなプレイヤーの豹変に、司会者は慌てて観客席へ視線を戻した。

「えー、ごもっともな指摘を受けてしまいましたので説明を開始しましょう。当マッド・カーニバルのルールは簡単。殲滅戦方式のバトルロイヤルでございます! 殲滅戦。すなわち、敵を全滅に追いやればそれで良し。その方法は問いません。このゲームに道徳や法律は不要。相手の命さえ思い遣る心は不要! 思うままの方法で、自らの実力を以って敵をねじ伏せるのみ。それで全ての勝敗が決するのでございます! 皆様ご理解頂けましたね? それでは、二分後に会戦の鐘を鳴らします。その間にプレイヤーの皆様は決められた範囲内で隊列を組んでください! では、準備開始!」

 解説を終えた司会者がフィールド中央の側面に設けられた小さな扉から退場していった。

 それを合図にプレイヤー達が動きだす。

「何よこれ、無茶苦茶じゃない! 何がゲームよ。こんなの、人が傷つく所を見世物にしてるだけじゃない!」

 説明を聞き、蓮華の中に激しい焦りが生まれていた。

 ただのバトルロイヤルならサバイバルゲームでも取られる方式だ。しかし、このゲームは明らかにそれとは毛色が違っている。

 道徳も法も不要。ここから出て行くには勝ち残るしかない。そして、何より、今このグラウンドにあるのは紛れもない本物の武器。人を殺せる道具。

「ようするにこれ、誰かが死んでも不可抗力だって。そう言ってるってことでしょう? 頭おかしいんじゃないの!?」

 誰かに冗談だと言って欲しい。けれど求める言葉は一向にもらえない。

 激しく声を荒げる蓮華を横目に見ながら、ウェイが一人フィールドの中央へと進み始める。

「この島から出るには勝ち続けるしかない。相手が殺る気で来るのなら、こっちだって殺らなきゃ殺られる。それだけだ。まぁ、この島で生き残ってきた人間の何割がまともと呼べる部類かは知らないけどな」

「そんなっ」

「初めての戦闘で取り乱すのも無理はないヨ。あなたはホーリー君とラズの傍で見ていればいい。どうせ今回の相手は手抜きさえしなければすぐに終わる人たちだからネ」

「待ってよ。だからってこんな、殺し合いだなんて……」

 軽く手を振ってウェイが遠ざかっていく。彼の配置を確認すると、謡も移動してウェイと自分達の中間地点でその足を止めた。

『さぁ、二分経ちましたね。準備はいいか? それでは、第三会場第二試合、自由戦闘部門。三二班対七二班。試合開始!』

 ウェイ達を止めきれないまま試合の開始が告げられた。

 もどかしく、前線の様子を気にする蓮華に、ホーリーがインカムを一つ手渡して、ちょいちょいとウェイ達のいる方を指さした。

「インカム? これ、もしかして皆も付けてる?」

「うん。無線内蔵の小型インカム。戦闘中にも邪魔にならないようにね。これでウェイ達の声も聞こえるし、話せる。とりあえず、今回は物凄く余裕な戦いだってことだけはわかってもらえるかと思って」

 少なくとも、自分たちにとってはなのだが。

 戦う前から相手の心配をさせるべきではないと、ホーリーは必要な言葉以外を飲み込んだ。

 話せると言われても、何を話していいかはこの状況では判断できなかった。それでも、彼らの無事だけは確認しておきたくて、蓮華は急いでインカムを装着する。

 わずかな雑音が入った後、銃声が大気とインカム、両方を通して聞こえてきた。次に入り込んだ音声は誰かの叫び声。

 あまりにも緊迫したその声に、蓮華がびくりと肩を揺らす。しかしホーリーは眉一つ動かさずに、前方の動きに専念していた。

「平気だよ、レン。今のはウェイでもヤオでもない」

「多分、敵のおじさんだと思うよ。お姉ちゃん」

「う、うん。確かに、あの二人の声じゃなかったけど……」

 だからといって、チームメイトが無事ならば敵がどうなっても構わないのだろうか。何せ、チームメイトもついさっき始めて顔を合わせたばかりの面々なのだ。敵も味方もありはしない。複雑そうに身を乗り出す蓮華の手を引いて、ラズライトは彼女を後ろへ引っ張った。

「ラズライトちゃん?」

「ラズって呼んで。レンお姉ちゃん、お姉ちゃんはここで観てて。ウェイもヤオもそう言ってた。お姉ちゃんは普通の人でしょ? いきなり前に出たら殺されちゃうよ」

「そうだよ。あの二人は何も強がりで引き受けてるんじゃない。気楽にしてればすぐ終わるよ。どうせ脳筋だらけの三二班じゃ、十分保たないだろうからさ」

『ったく、脳筋野郎は動きが単調なものの、如何せん丈夫で嫌になるぜ。ラズ、ちょっとあいつら出してくれねーか? 連れて来てるんだろ?』

 インカムを通して銃声混じりにウェイの声が聞こえてきた。息も切れてないまだまだ余裕な声音。しかし、襲い掛かってくる男性達が意外と厄介なのか、油断ならない様子ではあった。

『それからレン、そっちの会話も全部こっちに聞こえてるってこと忘れんなよ。素人は大人しくそいつらの言うこと聞いて待ってろ。前に飛び出してきたら何が起きても責任取れないからな!』

「――わかった」

 落ち着きなくそわそわしていたこともウェイ達には筒抜けだった。途端に恥ずかしくなって、蓮華はしゅん、と肩を落とす。

 彼女が気落ちしている横で、ラズライトは大きなアタッシュケースを足元から引き摺り出している最中だった。

 開かれたケースの中を何となしに覗き見てみると、そこに詰まっていたのは大小様々な大きさの人形の数々。人型だったり動物型だったり、その形も多種多様。

 まさかこの状況で人形遊びを始めるはずがない。それだけはわかったのだが、それ以外の事情が一切分からない蓮華には、彼女の意図はまったくと言っていいほど理解不能だ。

(そういえば、ウェイがあいつらとか、連れて来てるとか言ってたけど、まさかこの人形のことじゃないわよね?)

 不審そうに人形を見つめる蓮華の横で、ラズライトが人形を一つ宙を目掛けて放り投げる。すぐに落下してくると思われたそれは、しかしいつまで経っても空中で静止したまま。

 目を見開いて驚く蓮華に、ホーリーは楽しそうな表情で、他の人形達も見てみるように促した。

「この島に初めて来た人間が、本当に驚くのはここからだよ」

「な、え!? 人形が全部、動いてる!」

 天から糸で操られているかのように、人形達が緩慢な動作で起き上がる。直立二足、ないし四足で立ち上がると、今度は目にも留まらぬ速さでそれらがグラウンドの中央。激戦地となっている最前線の方へと猛スピードで飛んで行った。

 何だかホラー映画ででもありそうなシチュエーションだ。

 隣で心底楽しんでいるホーリーがいなければ、きっとトラウマにでもなっていたことだろう。

「えーと、手品? やっぱりあれ、宙吊りだったりするよね」

 固く閉ざされたケースの中に収められていた時点で、糸を取り付ける暇などなかったことは軽く無視だ。誰だって人形が空を飛んで上から爆発物を投下していく場面など見たくはない。自分の精神衛生の為にも。

「僕も初めて見たときは同じ反応したけど、種も仕掛けもないんだよね。あれ」

「いや、仕掛けがないと動かないでしょ! リモコンとか!」

「うーん、レンって勘がいいのか悪いのか微妙な所だよね。ウェイの言葉を借りるなら、当たらずとも遠からず。って感じ?」

「はっきり言ってよ。ものすっごく気になるから!」

「ようするに、仕掛けはあるけどリモコンとかじゃないんだよね」

「じゃあそれ以外の方法の遠隔操作?」

「近づいたね。これ、一種の超能力。まぁ、この島では魔法って呼ばれてるんだけど」

「ここ、カルト教団の根城なのかしら?」

 超能力で人形が浮き、自由自在に飛び回る。外の世界ならラズライトの愛らしい外見も相まって引っ張りだこになることだろう。そして、真実の検証番組が組まれたりして、学者や超能力の否定派から心無い言葉を投げかけられたりするのだ。閑話休題。

 本日何度目かの現実逃避願望が、銃声によって阻止された。

 拉致に戦争、殺し合いのゲーム。ただでさえ信じがたい非日常に放り込まれてしまったというのに、今度は非現実が蓮華を襲う。

「裏社会の危ない人達の根城とカルト教団の根城って、世間的にはどっちの方が安全なものとしてみなされるんだろうね? まぁ、それはともかく。あれはラズが魔法で操ってるんだよ。だからある意味遠隔操作だよね。種と仕掛けが人間離れしてるってだけで」

「人間離れというか現実離れだから! 魔法なんて幻想世界の産物じゃないの!」

「この島じゃそれが普通に存在しちゃうんだよね。ほら、よく見てみなよ。ウェイとヤオもかなり人間離れした動きしてるでしょ?」 

 肉眼ではよく見えないだろうからと、ホーリーが小さな双眼鏡を取り出し、差し出す。

 勧められるままにそれを受け取って、遥か向こう側で武器を振るう二人を探す。

 最初に見つけたのは手前にいた謡だ。

 彼は太い針を敵に投げつけ、それを見事に命中させていく。針が突き立てられた男は、即刻胸を押さえて倒れ伏し、悶え苦しんでいた。そんな仲間を助けようと、別の男が謡へと襲い掛かる。すると彼は姿勢を低くして素早く後ろへと飛び退った。

 その距離目測三から四メートル。普通に考えれば助走なしの後ろ飛びで、こんなに距離をとるのはまず無理だ。蓮華は言葉を失った。

 ひとまず自分の中で見なかったものとし、次に更に遠くにいるはずのウェイバルドを探す。

 三秒ほど停止した後、蓮華はガタガタと震えながら我が目を覆い隠した。

「私は何も見ませんでした」

「駄目だよ。現実を受け入れないと」

「だ、だってノーロープ、ノーワイヤーで何あのアクロバティック! 自然界に生きる逞しい野生生物だってあんなに高くジャンプしたりできないよ! 第一今銃弾がおかしな動きをしなかった? 何で銃口とは見当違いな方向に着弾してるのよ。あれ、まさか銃弾を銃弾で撃ち落したの? 動体視力と反射神経が人間の域を超えてるわ!」

 蓮華の見てしまったものは助走やトランポリンなしの垂直ジャンプ、目測これまた四から五メートル。加えて銃弾を銃弾で撃ち落とし、自身への直撃を防ぐという天才的且つ、非現実的な射撃能力だ。

 アクション映画だってこうはいかない。そんなものを目の前で見せられては現実から目を背けたくなっても仕方なかろう。と、蓮華はそう主張した。

 人間同士が殺し合いをしているというのに、あまり恐怖は感じなかった。

 飛び交う人形と、現実離れした人間の身体能力。誘拐されて、こんなゲームに巻き込まれて。ありえない話がいくつも重なって、しかし今の戦地は双眼鏡のレンズ越し。ガラス一枚隔てたことで、事はテレビの向こう側で起こっているような錯覚を起こす。結果として、それが蓮華の正常さを保つ一因となったのだ。

「ウェイは元々の基礎能力値が高かったって話だから。強化型の中でも別格なんだよね」

『ホーリー君、その話は後にしておいてくれないかな? 今聞かせても余計混乱させるだけだヨ』

「ヤオ? でも、こういうことは早めに済ませとかないと、余計馴染めなくなると思うよ。まぁ、どうしてもって言うのなら止めとくけど。レン、悪いけどこの続きはまた後でね」

 既に頭は混乱を極めていた。しかし、話は落ち着いてからと言われると、知的欲求が働いてしまう。

 大人しく黙って話を聞くから、今すぐすべて教えてくれと縋りつきたい気分になる。

「中途半端なところで切られると気になるじゃない……」

『ガキじゃねーんだから察しろよ、っと。これでラスト!』

 最後の銃声が鳴り響いた。

 しん、と辺りが静まり返り、ウェイが銃をホルスターへと戻してこちらを振り返る。

『待たせたな。さっさと帰ろうぜ』

 インカム越しにそう聞こえてきた。次の瞬間、観客席からこれでもかといわんばかりの歓声が聞こえてきて、興奮した司会者が大声でゲームの終了を告げた。

 何もかもが今まで見てきた現実と違いすぎ、気が抜けた所為か体からもへなへなと力が抜けていく。

 軽い足取りで戻ってきたウェイバルドと謡が、腰の抜けた蓮華の姿ににやりと意地悪げな笑みを浮かべた。

「笑わないで!」

「その格好で怒鳴っても迫力ねーよ。何やってんの?」

「初めての経験に驚いて腰抜かしちゃったみたいだネェ。可愛げあるじゃないですか」

「もう嫌だ見ないでー!」

「あー、わかったわかった。ほれ、連れてってやるから帰るぞ」

「って、ちょっと抱えないで! 待って、ウェイ!」

 興奮冷めやらぬ司会者の演説を丸無視してさっさと七二班は控え室へと引っ込んだ。

 ただし、腰を抜かした蓮華は強制的に抱え上げられ俵担ぎ状態である。

 必死で暴れる蓮華を後ろから眺め、謡、ホーリー、ラズライトの三人はまるで子供を見守る親のような目で微笑ましそうに笑っていた。

 誰も彼もが気を遣って、新入りの気が紛れるように振舞ってくれている。

 これもマモン島ではよくある光景だと、蓮華以外の面々は知っていた。

「それにしても、ウェイ君がいつになく楽しそうだねぇ」

「レン、割と面白い子だよ。さっき少し話したけど、突っ込みが中々いい線いってた」

「うん。普通なようで、実はすっごくおかしいの」

 本人が聞けばまた声を荒らげそうな評価が下されていた。

 インカムはとっくに電源が落とされ、この会話は蓮華本人には届いていない。

「これからが楽しみだね。長生きしてくれるといいんだけど」

「するんじゃない? ああいう人間はしぶといって相場が決まってる」

「同感。皆でここから出られると嬉しいね。もちろん、あのお姉ちゃんも一緒に……」

 こういう会話ももう何度目になるだろうか。

 ウェイに遊ばれている少女の姿に目を細め、三人は前行く二人を追いかけた。

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