EXISTENCE
不自然なんだ。
自分がここにいること。自分が今だにこの世に存在していること。自分がこの教室で勉強していること。
たくさんの人に迷惑をかけた。たくさんの人の心を傷付けた。
なのに何故、自分は今、ここにいるのだろう。
自分の席。最前列の左端。
意外と教師の目に留まらないこの席で、ぼんやりと空を眺めながら、心内に思う。
〈あの日、俺は死ぬはずだった〉
生を捨て、死を拾い持つはずだった。……はずだったんだ。
そこまで思って、俺は隣の席を見た。
コイツが邪魔さえしなければ。
「休み時間なのに、お前、休まないのか?」
前の授業は終わっているにも関わらず、教科書を開いて勉強をしている彼女を見て、声をかけた。
「……私が邪魔だった。だから出来なかった。そう思ってるでしょ」
彼女は顔をこちらには向けずに答えた。
「っ!」
「そこまで驚く事でもないでしょ。…単純なのよ、あなたは。ま、だからこそ、休み時間にそうやって悠々と過ごせるのだろうけど」
「何が言いたいんだ」
「あなたは休み時間にテスト勉強をする必要がないくらいに頭が良い。だからこそ、あなたは単純。それだけ」
そう言って、彼女は俺を見た。
意味がわからない。
「意味がわからなければ、自分でじっくり考えてみると良いよ。あなたには時間がある。考えて、考えて、悩める時間が」
彼女が言い終わるのと同時にチャイムがなった。
生徒達の騒ぐ声が耳障りだ。放課後になってもその声は収まるところをしらない。
屋上には自分しかいないのに、声は音の波となって、寝そべり、空を見上げている自分にまで届く。
〈もう一度、やってやろうか〉
そんな気持ちが、ふと、頭を過ぎる。俺は今、何故自分がここにいるのか、と疑問に思うぐらいに生を否定している。というより、生きることに何の執着もない、と言ったほうがいいのだろうか。生きている間に何かやりたいことはなかったのか、と聞かれたら、ないとは答えられない。だが、例えそれができなかったとしても、それは些細なことにしか感じられないのだ。
俺には、あの女が言ったことが解らない。
『頭が良い。だからこそ、あなたは単純』
一体何が単純だと言いたかったのだろうか。
「優等生が、こんな立入禁止区域に出入りしているとわね~?」
突然、ドアのある頭のほうから声が聴こえて、立ち上がりながら振り向いた。
そこに立っていたのは、彼女だった。
「お前だって、入って来てるじゃねぇかよ」
声をかけてきたのが彼女だとわかると、再び寝転がった。
「…あなた、騒がしい場所は嫌いでしょ? 学校だったら、ここぐらいにしか、『一人になれるとこ』ってないから、もしかしたらってね」
「ご明察。…よく他人のことがわかること」
「…………お褒めの言葉として頂いとくよ。それより、あなたは何故死のうとしたの?」
「ずいぶん率直に聞くんだな。まぁいいけどさ。……何故、ねぇ。それは、自分がここにいて、勉強して、話して、生きているってことが不自然でならないから、だろうな。俺は誰かに虐められてたわけでも、頭が悪いわけでもない。親にも愛されているんだろうし、きっと、はたから見たら幸せな人間だよ。だけど、…わかんねぇんだよ。何故、俺という人物が生きているのか、何故、死んではならないのかってのがな」
「要するに、何故、自分が存在しているのかわからない、と」
「簡単に言えばな」
「……ヒントをあげようか」
「はぁ?」
「その答えのヒントをあげようかって言ってるの」
「んなの必要ねぇ」
「あっそう」
二人の間に沈黙が降りる。
「……私という人間は一人であるけれど、私という存在は一人じゃない。私はその存在の一つでしかすぎないのよ」
「は? 何言ってんの、お前」
「独り言よ。あなたのヒントになりうる独り言。だから――」
彼女は俺に背を向けて続けた。
「それをどうするか、はあなたの自由よ」
そう言い終えると、彼女は静かに扉を開けて屋上を去っていった。
次の日、彼女は学校には来なかった。その次の日も。また、その次の日も。
そうやって何日も過ぎた頃、俺は担任に呼ばれ、一通の手紙を預かった。彼女からの手紙だった。
〈――この手紙が読まれているなら、私はきっと病気で死んだのでしょう。
……私があなたに手紙を書いたのは、どうしても、あなたにあの答えを出して欲しいからです。この手紙の二枚目には、私が出した答えを書きました。いつか、あなたが自分だけの答えを見つけた時、私の答えを読んでみてください。……だから、それまではどうか生きて…――〉
俺は、一枚目もろくに読まずに、その手紙を引き出しに仕舞った。
彼女は俺のことを単純だと言った。確かに、彼女からみたら俺という存在は単純だったのだろう。何故、彼女は余命がいくばくも無いと知っていながら、俺という存在と関わりを持ったのだろうか。もしかしたら、その答えもまた、二枚目に記されているのかもしれない。
無意識のうちに、引き出しを開けようとしていた手は、結局何も掴まぬまま降ろされ、俺は独り、考えに耽った。
〈いつか〉という未来に彼女の答えを残し、自分の答えを見つけるために――――
最後まで読んでくださってありがとうございます!
誤字脱字など、指摘がありましたら教えて下さるとありがたいです(><)