自刃
窓から射す陽光が粒子となり、淡い陰影を与える室内。
男が一人、自らの喉首に剣を向けていた。
剣には華美な装飾はない。無骨そのものである。しかし王から賜った剣は静謐を体現したかのごとく厳かで威があった。
男はゆっくりと刃を首に当てた。目には恐怖も躊躇いもなかった。そして深く息を吸い呼吸を止めると、素早く右から左へと首を掻っ捌いた。
黒く濁った血が噴き出し、男の身体は前に倒れた。血が床一面を侵していく。男は息を吐きだそうとしたが、咽喉に溢れた血に阻まれ力なく噎せた。その間も血が流れ、男の生命を奪っていた。
暗がりに沈みゆく意識の中で、男は頬に微かな暖かさを感じた。それは男自身の命の残滓であり、厳寒を超えた新たな春の息吹であった。
男が最期に何を思ったかを記す歴史書はない。ただ男の死を最初に確認した兵士は「穏やかな顔をしていた」と言ったという。
それは男の功績や名声から見ればあまりに静かな最期だった。
男は誰にも看取られることなく四十七年の生涯を終えた。