ギシんアンき
「なん……だと……!?」
放課後の体育館裏。俺は衝撃と言う名の雷に打たれていた。
目の前に差し出されているのは、手。長い指。整った爪。白くて繊細なその右手の主は、クラスのアイドル・ルリコさんだ。今はそのブロンドのつむじを俺に向けているので、天使のような顔は拝めない。
「冗談、だよな……?」
「じょっ!? 冗談なんかでこっこここく告白なんてししししまひぇん!!」
ガバッと顔を上げるルリコさん。耳まで真っ赤。恥ずかしさからか、瞳は若干潤んでいる。やべぇ、かわいい。
「わた、私はっ! あああああなたのことがすっ、すすす、すぅ〜ぅぅぅ……うッ!?」
途端、ルリコさんの顔が赤から青に変わる。ぐらりと傾く体。過呼吸やんけ。
「いいから! 無理して言わなくてもいいから!」
「ぅ、ぐ……いいえ、言いますよ! あなたが冗談だと言うのなら私、信じてもらえるまで言い続けます!」
胸の前で拳を握りしめ、精一杯の宣言。青い瞳は真っ直ぐに俺のことを見つめている。俺のトキメキゲージは限界突破寸前だ。
だが、こんな時こそ冷静になれ、俺。状況を見極めろ。真実を探れ。
クラスのアイドルである彼女が、なして俺のような路傍の石っころなんかに愛の告白をするんだ? 俺なんてなんの取り柄もないし、大した人望もない。頭も悪けりゃ素行も悪い。神様の芸術作品のような顔立ちのルリコさんに比べれば、俺の顔面なんてクソガキの落書きだ。まぁ、恋人は星の数ほどいたけどな!
……ごめん今のウソ。女子とは手を繋いだこともない。けど恋人の件以外は全部ホント。泣きたい。
で、だ。
俺は一つの仮説を立てた。
すなわちこれも――このルリコさんの告白も、ウソ。
きっとそこらの草むらとか体育館倉庫の陰とかにクラスメートがいて、ドギマギする俺のことを見て「プークスクス」とか嘲笑ってるに違いない。おのれ悪魔め!
「わっ、私はっ! あなたのことがっがががががガーガーガガッガ!!」
我に返ったらルリコさんがポンコツロボットみたいなことになってた。顔は蒸気が見えそうなほど真っ赤。おのれ天使め!
「なぁ、そんな無理することないって。どうせ罰ゲームかなんかなんだろ?」
「ガガッ、ピーガシャ……ちっ違います!! 私そんな、人の心を弄ぶようなことはしません!」
ズイッと詰め寄ってくるルリコさん。ふわっと香る女の子独特の甘い匂い。ふっ……キミの魅力に俺はもう弄ばれてるよ……なんて言えるわけねぇだろ! 正気に戻れ、俺!
人の心を弄ぶようなことはしない、とな? ということは、ルリコさんはマジに告白しているということになってしまう。「ドッキリ大成功!」とか書かれた看板を持った司会者が飛び出してくることもないわけだ。体育館の換気窓が怪しいと睨んでたとこなんだけど。
いやけど、ルリコさんが俺に告白なんて……そんなことは万が一、億が一にもあり得ないだろ! 目ぇ開けたまま夢見てんじゃねぇよ、俺!
……ハッ!? まさか、夢!?
「ルリコさん……」
「ひゃい!?」
「俺の頬を思いっきり引っぱたいてくれ!」
「えええ!?」
これがもし夢なら、俺は相当深く眠っているようだ。じゃなきゃこんな、それこそ夢のような夢を見るわけがない。それ相応のショックが必要だ。
「さぁ! 遠慮しないで! さぁさぁさぁ! 早く! 早く引っぱたいて!」
「そっそそんな! 私、暴力なんて……い、いいえ! これもあああっああ愛の試練! あなたが望むのなら、私……引っぱたきます!!」
スパァンッ!! クリティカルヒット! 俺に五八〇〇のダメージ! クソいてぇ!!
視界にお星様がきらめく。だが、目の前には相変わらずルリコさんの姿。まだ夢から覚めぬか。おのれ俺め!
「ダメだ……」
「え?」
「全然足りねぇ。もっと……もっと力強く!! もっと激しくなきゃダメなんだよ!」
「ええええええ!?」
今度は俺がルリコさんに詰め寄る。掴んだ腕は思っていたより細くて、しなやかで……抱きしめたら、きっと柔らかいんだろうなぁ……。
だ・が・夢・だ。
「さぁ! 次こそ! グーで! 容赦なくグーでお願いします!」
「そっそそんな! 私、えぐり込むよな右ストレートなんて……い、いいえ! 私がほっほほほほほれほれ惚れ込んだ人だもの! あなたが望むのなら、私……殴ります!!」
グボシャァッ!! かいしんのいちげき! 俺に九六〇〇のダメージ! もうライフはゼロよ!
一昨年に死んだはずのじいちゃんが手招きしている。まだ逝かねぇから! もうちょっと待ってろよ!
大の字に倒れた俺を、ルリコさんが心配そうに覗き込む。あぁ……まだ夢の中か……。つーか、もしかして夢じゃない? え? 俺、殴られ損? あ、パンツ見えた。ピンク!
「な、殴られてニヤついてる……。ま、まさかあなたがこんな特殊な性癖の持ち主だったなんて……。私、そんなハードな趣味は……い、いいえ! あなたがどんな変態さんだろうと私、頑張ります!」
グッと拳を握りしめるルリコさん。あれ? 俺って変態だったの? そ、そうなのか……俺は変態だったのか……。ハッ!? まさかこの告白って、「この変態野郎が。私が付きっきりで更生してあげるわ」って意味だったんじゃ……?
へ、変態な俺にそこまでしてくれるなんて……ありがてぇ……ありがてぇ! ルリコさん、あなたはホンマもんの天使やで……!
「よ……よろしくお願いします……ルリコさ……がふっ!」
「ぇ、あ……い、今のは、もっもももももしかして……おっおっおおオッケーってことですか!? ねぇ!? オッケーってことですよね!? もう一度しっかり聞かせてください!」
ルリコさんに肩を揺さぶられながら、俺は意識を失った。
……なんか、重大な勘違いをしているような……。
了