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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ブックシェルフ

汝、ネコと和解せよ。

掲載日:2026/05/09

ほのぼの異世界ショートトリップ


『異界から招かれし伝説の勇者さま!どうか我らをお救いください!』

ぷぅぷぅという鳴き声に副音声のような言葉が重なる。

外出先での一瞬のめまいと共に周囲の光景が一転した。洞窟のような空間に、石造りの祭壇(多分)。私を囲んでぷぅぷぅ言っているのは、小学生くらいの大きさの二足歩行のネズミっぽい生物たちだ。この副音声が幻覚でないなら、私は彼らに召喚されたらしい。かろうじて愛嬌を感じられる姿をしているが、この世界におけるヒトなのかモンスター類なのかは判然としない。

「勇者、とは。それに、救えってどういうことだ?」

『森に住み着いた魔王、ニャングステンに我らは脅かされているのです!勇気ある若者が何人も魔王を退けようと立ち向かいましたが、皆、魔王に食い殺され、里に無事戻ることはありませんでした。このままでは我らはいずれ魔王に食いつくされてしまいます。どうか、魔王を退けて我らをお救いください』

「それはまあ、大変だな。その魔王ってのは、どんなやつなんだ?」

私が尋ねると、彼らはぷるぷる震えて、口々に訴える。

『やつは闇に溶け込むような真っ黒な躯をしていますが、目は暗闇の中で爛々と金色に光っているのです』

『やつは音もなく忍び寄り鋭い爪で我らを狩るのです』

『やつは高い木の上から一息に飛び降りてきてもピンピンしているのです』

『毛むくじゃらで、唯一川を泳いで渡れないらしいことが逃げる上での勝機なのです』

『やつはとても耳が良くて、足が速いのです。音を立てれば気付かれて、素早く距離を詰めてきます』

『我らの倍以上の躯の大きさがあります』

どうも、彼らの言う魔王、巨大な猫的な生物っぽく聞こえる。いや、人類が素の力でどうにかできるのはイエネコサイズの猫までと聞くので、自分と同じくらいの大きさの猫をどうにかしてほしいと言われても、ちょっと難しい気もするのだが。それとも、伝説の勇者だとか言われるくらいだから召喚された時に私に何か不思議な力が宿ったりしているのだろうか。今の所、明らかに人間ではない彼らの言葉が副音声(ステレオ)で理解できている以外に変調は感じていないのだが。

「それでどうして私が喚ばれることになったんだ?自慢じゃないが、私は戦士とかではないぞ」

『皆で神さまにお祈りしたのです。生き延びるための策をお授けくださいと』

『すると神さまから勇者召喚のご神託が下ったのです』

『伝説によると、大昔にもこのように魔王が現れ滅ぼされかけたことがあり、その時にも勇者さまが我らを救ってくださったのです』

『勇者さまは戦わずして魔王を下してしまったと伝えられています』

「なるほど…?」

よくわからないが魔王というのは正面から戦わなくてもどうにかできるものらしい。ならば何とかなる…の、だろうか。

ともあれ、私は洞窟を出て魔王のいるという森に向かうことになった。…といっても、それほど離れた場所でもない。散歩感覚で歩いて辿り着ける程度には近場だった。

森自体が禍々しいとか、明らかに異変が起きている…というわけでもなかった。やや鬱蒼として人の手はほとんど入ってなさそうではあるが、ただの森である。道らしきものも獣道よりはちょっとマシかな程度のものでしかない。とても歩きにくい。そもそも私はそんなハードな活動をする予定ではなかったので、トレッキングができるような靴は履いていない。まあハイヒールやサンダルでなかっただけマシと思うべきだろうか。

それなりに森の中に踏み込んだところで、私は恐らく彼らの言っていた"魔王"であろうものを発見した。

『腹が減った』『さむい』『腹が減った』

明らかに猫の鳴き声(警戒してる時のやつ)にしか聞こえない声に副音声のような声が重なる。クマくらいの大きさのある黒猫が毛を逆立てていた。ふてぶてしい顔をしている。あまり毛並みは良くなさそうに見える。はっきり言えば、清潔ではなさそうだ。

明らかに人間が生身で対処できる類の生物ではない。だが巨猫の方も問答無用で飛び掛かっては来ない程度には私を警戒しているらしかった。

「私自身が食われるわけにはいかないが、さて…」

何か使えるものはなかったか、と鞄の中を探る。まあそうは言ってもあの巨躯では餌付けするにも量の意味で難しそうだが。

「…うーん、猫に与えるには調味料が濃すぎるか?」

まあ体が大きい分、許容量も増えているだろう。

パキャとツナ缶の蓋を開けると巨猫の耳がぴくぴくと動いた。近くにあった大きな葉っぱを地面に敷いてその上にツナ缶を空ける。巨猫はピンと尾を立てて、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。

『ごはん』『二本足』『さむい』

「こんにちは、猫さん。ニャングステンって君のこと?」

『腹が減った』『さむい』『二本足がいる』

食い意地が張っているらしい。意思疎通ができるかどうかすら定かではない。しかしあまり賢くもなさそうだ。野生の獣程度のスペックなのではないか。交渉とか大してできなさそうである。

巨猫は警戒した様子でツナのにおいを嗅いで、口を付けた。そしてハグハグとそれを食べ始める。

『ごはん』『うまうま』『さむい』

三口ぐらいでツナを食べてしまって、巨猫は私を見る。手を差し出すと、においを嗅いだ。そっと撫でてみると、ただの猫のように目を細めた。

『あったかい』『二本足』『さむい』

「なんか君ずっと寒がってるな…」

触ってみてもやはり毛並みが悪い。毛繕いも碌にできていないらしい。

鞄の中にブラシが…あったな。軽くにおいを嗅がせた後、巨猫の躯をブラシで梳いてやる。汚れの酷いところはウェットティッシュで拭ってみる。巨猫はゴロゴロと喉を鳴らした。

『きもちいい』『ママ』『さむい』

元は飼い猫だったのだろうか。人慣れしているようである。でかいが。

無心でブラシをかけていると、少しずつ猫の躯が綺麗になってきた。それと同時に猫のサイズが一回り小さくなったような気もする。どういう機序かはわからないが。もう少し綺麗にしてやった方がいいだろうか。

「…しかし、魔王ってのは結局どういうことだったんだろう」

異様にでかいのは確かだが、ただの猫にしか見えない。彼らは何かネズミっぽい生き物だったから、猫は天敵だってことだろうか。それにしても随分大仰な呼び方だと思うが。巨猫は相変わらずゴロゴロいっている。

『撫でて』『さむい』『腹減った』

「猫に食わせて大丈夫なものがないんだよなあ…」

撫でてやる。毛並みを整えるように頭や顎、頬などを撫でていると、少し猫の躯が縮んだようだった。

もしや勇者が戦わずして魔王を下したってこういうことなのか?

そのまま巨猫を毛繕いしたり撫でたりしていると、少しずつ猫の躯は小さくなっていった。それと同時に副音声で聞こえる声が段々減っていった。やや大きめの猫くらいのサイズになると膝に乗ろうとしてきたので乗せた。

「…本来のサイズに戻ってる、とかなのか?」

『二本足、大きくなった』『さむい』

「君が縮んでるんだよなあ…」

猫は撫でるとゴロゴロと喉を鳴らす。やはりただの猫にしか見えない。それとも実は、魔王ってこの猫のことじゃなかったってオチか?

「…魔王ニャングステンって、君じゃないのか?」

【そこまでいったのなら、もういいでしょう。教えてあげましょう、優しき者よ】

突然、頭の中に声が響いた。見回しても周囲にそれらしき姿はない。

【それは天命に至らず死んだ猫たちの未練が寄り集まったもの。未練が満たされれば浄化されます】

【ラト族の役目はそもそも彼らに食われて空腹という未練を晴らすことでした。しかし、近頃の猫の未練は食物のことだけでなく、ヒトに撫でてほしい、寄り添っていてほしいという未練も残すようになりました。それはラト族では対処できないものでした】

成程?それで喚ばれたのが私というわけか。

「…しかし、食われるのが役目って、前世の業でも背負ってるやつかな…」

【ええ】

【彼らは猫を殺した人間たちです。殺した猫の数だけ、食われるのが彼らに与えられた罰。そうして罪を禊いでから、また別の生を得ることが許されるのです。いずれの生も死後に記憶は流されるものですから、己の罪と罰を認識していませんが】

「…へー、そうなんですか…」

【しかし、最近は再び人間に転生した魂が、その後またラト族になることが増えてきていまして…不思議ですねえ。前世の記憶など残していないはずですのに】

それは何か魂にトラウマか何か残ってて猫への過剰な敵対心になってしまうとかそういうアレでは。自業自得というにも若干アレ。



気が付けば近所の公園のベンチに座っていた。夕方になっている。居眠りして夢でも見ていたのだろうか。

鞄の中身を確かめる。空になったツナ缶とウェットティッシュの入ったゴミ袋、使い古したみたいになっているブラシがあった。夢オチではない…らしい。

「ブラシは買い直してきた方がいいかな…」

大した金額ではないが、予定外の出費である。というか、私側にメリットの無い召喚だったやつでは。消耗品分マイナスまである。ツナ缶は普通に自分が食べるために買ったやつだが、他は昨日拾った猫のために買ってきたやつだ。いや、まだ私が飼うと決まったわけでもないんだが…。

とはいえ、ずっと此処で座っているわけにもいかないので私は立ち上がる。帰る前に雑貨店に寄っていこう…。


帰ったら密林のほしいものリスト経由で猫の餌とかケア用品とかが配達されていた。即物的なご褒美…?だ。なお自分でこれらの商品をリストに登録した覚えはない模様。まあ…もらえるものは貰っておく、でいいのかな…。






「それにしても、ずいぶん人懐こい猫だなあ…」

ほんの数時間前に拾ったところだというのに、ふてぶてしくも私の膝に勝手によじ登ってきて寛いでいる。元野良ならもっと人に警戒心を持っていてもいいと思うのだが。あるいは、以前から餌付けしている人でもいたんだろうか。いやまあ、自分から人間(わたし)に寄ってきた時点で今更かもしれない。

完全に頭のてっぺんから尾の先まで一色、というわけではないが、真っ黒な子猫である。鼻先とか前足とかにちょっと白いところがある。可愛げはあるが、ややふてぶてしい顔をした猫だ。いや、態度がふてぶてしいからドヤ顔に見えるだけかもしれないが。

実家で昔から猫を飼っていたので、猫の飼い方自体は概ねわかっているつもりだ。縁があれば飼うのもいいかなとは思っていた。捨て猫か野良で繁殖したのかはわからないが、子猫を拾うとは思っていなかったが。

子猫はモーターでも回しているかのような勢いでゴロゴロいっている。人懐こすぎではないだろうか。

「近い内に動物病院に…いや、まずは猫を飼うのに必要なものを買いそろえる方が先か?トイレとかエサとかブラシとか爪切りとか」

ああ、それに名前も付けてやらないといけないのか。


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