第1話 演劇部の女子は意外と我が強かったりする(当社比)
「だから、結局来てもらわないと話にならないでしょ」
「それでも、劇の質を落として半端な奴が来てもしょうがないじゃない」
教室の前に立つと、中から声が聞こえた。
部活はまだ始まっていないはずだ。それでも俺は深呼吸をしてから扉を開けた。
「じゃあなに? 初めから上手い人しか来ちゃダメって言うの? 横暴だよそんなの」
「そうは言ってないでしょ、やる気のない人が軽い気持ちで入ってきてもどうせ辞めるだけじゃない。それだったら初めから――」
「やってみなきゃ分かんないじゃん。楽しさをアピールしなきゃ来るものも来ないって」
「人を笑わせたいなら、漫才でもやればいいじゃない。私たちは演劇部でしょ。本気で劇に取り組んでくれることが大事でしょ」
ああ、今日も始まってる。
俺は教室の惨状を見渡した。黒板の前では増倉栞と椎名香奈がまるでディベートのように交互に意見をぶつけ合い、一番後ろの席では樫田秀明が本を読みながら我関せずを決め込んでいた。
よくある朝だった。うちの演劇部の。
俺は樫田の前の席に座り、小声で聞く。
「よお樫田、これどういう状況?」
「あー、今後の活動方針決め、みたいな?」
樫田は本を机に置き、両手を宙に上げ「まいった」のポーズをしながら困り顔でそう言った。それにはどこか、分かるだろ? というニュアンスが含まれている気がした。
なんでもかんでも暗黙の了解ってわけじゃないんだぞ。
「活動方針決めってなんだよ」
「来月、ほら四月と言えばアレがあるだろ、アレ」
「アレ?」
「いや、だから俺たちも二年生になるわけで、そしたらほら」
「そしたら?」
「............マジでわかんない?」
「............マジでわかんない」
樫田は深いため息をついた。
え、なんなの? 俺か、俺が悪いのか?
樫田は手招きをしたので耳を近づける。すると小さい声でゆっくりと言った。
「部活動紹介」
あ、あー。なるほど。
俺の中で今までの点が線に繋がる。そういえばそうだ。四月に新一年生に対して部活動紹介があるのすっかり忘れていた。
ちらっと視線を女子二人に向けると、まだ言い争いをしていた。
「その劇だって人手がなきゃ、やりたいこともできないんだよ」
「それは創意工夫で何とかすればいいでしょ、無駄に多く人がいたってグダグダになるのは目に見えてるわ」
真面目な感動系の劇にするか、楽しくて面白い笑える系の劇にするか。それが揉めているのだろう。まぁ揉めるのも分からないでもない。部活動紹介でどんな劇をやるかは、演劇部の第一印象を決める。感動系なら悲劇が好きな人が、笑える系なら喜劇が好きな人が集まりやすい。どちらを選ぶかは、これからの部活の方向性とも繋がってくる。
でもさー、それって――
「どっちでもよくない?」
俺はつい、そう口走ってしまった。
目の前の樫田が驚いた表情をした。だが樫田の視線は俺ではなく、俺の後ろで言い争っていた二人に向いていた。
あれ? というか静かになってる?
おかしい、さっきまで聞こえていた増倉と椎名の声が止んでいた。
「ねぇ、杉野」
椎名の声がやけに透き通って聞こえる。穏やかな声、しかしその裏に怒気が混ざっているのを俺はひしひしと感じていた。
俺はゆっくりと振り向いた。
そこにはさっきまで言い争っていた二人が笑顔でこっちを見ていた。
椎名香奈、小柄で頭の後ろで結んであるポニーテールが特徴のしっかり者。現在、怒気含む笑顔でこちらを見ている。
増倉栞、ショートボブの髪形と穏やかな性格が特徴の女子。現在、同じく怒気含む笑顔でこちらを見ている。
「ど、どうした?」
自分でも声が震えているのが分かった。女子二人の背後に仁王像が見える。
「私たちが真剣に話している横で、『どっちでもよくない?』って何?」
ああマズった。できることなら数秒前に戻りたい。
女子とはずるいものだ。共通の敵を前にすると、さっきまでの言い合いが嘘のように協力関係を結びだす。なんとも打算的だ。
正直、あまり深く考えずに言ってしまったから、弁解のしようがなかった。
俺は考える素振りをしながら、樫田に助けを求めた。
それに気づいたのか、樫田はやれやれといった感じで喋り出す。
「まぁまぁ、お二人さん。そう目くじら立てなさんなって。杉野も別に考えなしに言ったんじゃないんだから、とりあえず聞いてみようや」
鬼気迫る女子二人に対して物怖じせずに樫田は平然としていた。
増倉も椎名も怒りを少し収め、改めて俺に注目する。威圧を感じなくなった分、喋りやすくはなった。
が、しかし俺の意図はうまく伝わってなかった。
助かる! けどそれじゃ結局変わらねー!
むしろハードルが上がった気がする。
しかし俺はこの数秒で何とか言葉をひねり出す。
「あー、えっと、まぁなんと言うか、役者的にはどっちでもやること変わらない的な? 感動するのも面白いもどっちもやりたいし、それに具体的な役が分かんないとどっちがいいとは……なぁ樫田!」
「いや俺裏方だし。でもどっちやるにしても大事なのは台本だよな」
「そう! 台本! それがないと話にならないだろ!」
もう勢い任せだった。樫田に話を振り無理やり合わせる。
女子二人から白い目で見られているが気にしない。
「そりゃ、台本がないと具体的な事言えないけど、杉野だって希望ぐらいあるよね? こんな役やりたいとかこういう劇やりたいとか、でもみんなの意見聞いてたらまとまらないよね。それならいっそのこと楽しい劇がよくない?」
「まぁ、そうだな」
増倉が丁寧に説明する。
分かりやすかったので思わず同意してしまう。
「ちょっと誘導尋問よ。楽しいのも大切だけど、演劇には大変なところもあるって知ってもらわないと結局辞めてく人が出てくるわ。だったら感動する劇やって演劇の凄さを知ってもらった方がいいわ」
「なるほど、確かに」
椎名がすかさず反対意見を言う。
楽しさではなく凄さか、それもいいな。
実際、演劇部の練習は大変だ。暗記するまで台本を読み、何度も何度も同じ動作を繰り返し、駄目だしを言われてはその動作を直す。トライアンドエラーをし続けるその様は、まさに拷問である。
その分、劇の達成感は半端ないのだが。
「で、杉野はどっち?」
「ん?」
「だから、結局杉野は私と香奈のどっちの意見に賛成?」
「そうね、私もそれ聞きたいわ。いつまでもどっち付かずでは困るわ」
え、何その究極の二択。
俺さっきどっちでもいいって言ったんだけど!?
ダメなの!? どっちか選ばないとダメなの!?
どうする俺!?
俺が必死に悩んでいると、教室のドアが開く音が聞こえた。
ちらっと視線をやるとそこには夏村がいた。
「ああ、もう九時か。杉野、お前早くトイレで着替えて来いよ」
ナイスだ樫田!
俺は心の中で感謝し、すぐに行動した。
「そ、そうだな。ちょっくら着替えてくるわ!」
鞄を持ち、早々に廊下に出た。
女子二人が何か言いたそうだったが、何も見なかったことにした。
——日和見主義。それが俺の処世術だった。
波風を立てない。意見を持たない。長い物には巻かれる。
そのはずだったのに。
この日、俺は椎名に呼び出される。
それが全ての始まりだった。




