『守護者』(グレイスの独白2)
その夜グレイスは城塞の自室で一人机に向かっていた。窓から差し込む月光が彫像のような彼の横顔を照らしている。日課の鍛錬と執務を終えても彼の頭は冴えていた。
(フジミヤレン……)
名前を反芻する。異世界から来たと思われる異邦人。
鑑定水晶の反応と己の『心眼』は疑いようもなく彼が特別な異界の『器』……ユニークスキルを複数宿す特異な存在であることを告げていた。
水晶は粉々に砕け散り、治癒系の柔らかな光と、それとは別種の……まるで太陽のように眩い異なる輝きを視た。
(ユニークスキル保持者は通常一人につき1つ。2つ以上所持するなど前代未聞)
歴史書にも神話にもこのような例は記されていない。水晶の破壊が確認された歴史は片手で数えるほどしかない。最後に記録されたのは今から数百年前。当時の勇者と共に魔王を討伐した逸話で語られている程度だ。
(何故彼がこの国に現れた?単なる偶然なのか……それとも何者かの意図か)
思考は堂々巡りだった。情報が足りない。そもそも異世界召喚の儀は国家規模の秘術であり頻繁に行えるものではない。
ヴァルシオン王国でさえ建国以来三度しか試みていない。
成功したのは一度のみで、その時は王国の基礎となった偉大な魔法使いを呼び出したと伝わっている。
(それに仮に召喚ならこの国……いや世界そのものに何らかの危機が迫っているという暗示かもしれん)
ヴァルシオン王国は武力と資源に恵まれた大国だ。
人口の8割を占める獣人達は肉体的に優れ、騎士団を中心とした軍事力は大陸随一を誇る。
残りの2割の人間は他国の捕虜から産まれた者や難民がほとんど。
彼らは社会の下層に位置づけられ、政治に関与することはまずない。
(難民であれば通常は隔離地区で管理される。保護とは名ばかりの奴隷扱いだ)
レンがそのような境遇に堕ちるのは避けたかった。
理由はいくつかある。
1つは彼が純粋な善意でグレイスを助けようとした事実。
そして2つ目は彼が世界のパワーバランスを変えるかもしれない存在であること。
もし王宮や教会にその事が知れれば研究対象として監禁されるか利用されるか……あるいはその潜在的脅威ゆえに秘密裏に処分されることもあり得る。
(だからこそ騎士団で預かるというのは最良の判断だったはずだ)
王国の政治機構は基本的に獣人優位だが軍務局は比較的独立性が高い。
ガロウのような信頼できる部下も多くいる。
そこで下働きをさせていれば外部からは目立たない。
冒険者ギルドに登録させることも考えたが彼らのネットワークは広すぎる。
いずれ噂になり真相を探ろうとする者が出るだろう。
(ハルクの奴には借りが出来てしまったな)
詐称の石—「隠遁の指輪」。
あれがあれば鑑定系スキルでも簡単に彼の真実を見抜かれることはない。
冒険者ギルドは独自の情報網を持ち王宮との癒着もあるが……ハルク個人は昔馴染みだし信用できる男だ。
(さて……これからどうすべきか)
長期的な計画が必要だった。レンには徐々にこの世界について学ばせながら安全圏を確保していく必要がある。
彼がどれほどの力を持っているのか—それはまだ分からない。
ただ心眼で見えた輝きの質と量は普通ではなかった。
(もし本当に伝説の勇者クラスの存在なら……)
ヴァルシオン王国にとって最大級の切り札になる可能性がある。
他国との軍事バランス、魔獣の脅威……様々な要素が頭を駆け巡った。
レンを上手く使うことでヴァルシオンの未来は大きく変わるかもしれない。
しかし同時に不安もあった。
彼の純粋さはこの血生臭い世界では致命的な弱点になる可能性もある。
先ほど見せた怯えや戸惑い—普通の人間なら当たり前の反応だがそれが『器』の場合どうなるか予測不能だ。
(俺が守らなければならない)
強く思うと同時になぜこんな感情が湧いてくるのか自分でも不思議だった。
今までの人生でこれほど特定の人物に入れ込んだことはない。
騎士として多くの同胞を助けてきたが彼らには義務として接してきた。
けれどレンに対しては……違和感があった。
「なぜだ……?」
口に出してみても答えは出ない。
このもやもやとした感情の正体が掴めず苛立ちを感じる。
幼い頃から鍛錬と任務に明け暮れ感情を押し殺してきた自分には似合わない感情だ。
しかし確かに胸の中に生まれている。
(これが父上の言っていた情けか……?)
記憶が蘇る。
亡くなった父もまた優秀な騎士だった。彼はよく言っていた。
「本当の強さとは力を振るう技術ではなく、守るべきものを慈しむ心だ」と。
(馬鹿らしい)
かつてはそう思ったものだった。
騎士は国のために剣を捧げる存在だ。
個人的感情など邪魔でしかない。
なのに今レンに対して抱いている気持ちはまさにそれなのだ。
守らねばならない—いや守りたいと思っている自分がいる。
(だが……騎士の本懐は国を守ることだ)
レン一人の安全より国民全体の幸福が優先されるべきだ。それが使命というものだ。
しかし……と矛盾した思いが絡みつく。
レンを危険に晒せば彼が持つ力が失われるかもしれない。
そうなればヴァルシオンの未来も揺らぐ可能性がある。
「……悩む必要はない」
敢えて断定して呟いた。
両方守れば良いだけのことだ。
騎士団の力と知恵を総動員すれば可能だろう。
幸いガロウたち信頼できる部下も多い。
それに……
(レン本人の協力が不可欠だ)
彼が自ら身を守れるようになれば危険は減る。
魔法を使えるか否かも重要な要素だ。
この世界の物理法則では魔法は強力な武器となる。
特にユニークスキル持ちとなればその威力は絶大だろう。
(まずは魔法の有無を確かめるか)簡単なテストを行えば分かるはずだ。
火を灯せとか水を少量出してみるとか……些細なことで良い。
もし魔法がないなら……別の方向から訓練を進めよう。
剣技ならば騎士団で十分指導できる。
幸い自分にもスキルがある。
たが先ずは明確に判っている『治癒』をどうにかすべきだろう。
それにはカイレンの力を借りればいい
「ふっ……」
自然と笑みが漏れた。
こんな風に未来の計画を立てることは久々だった。
最近はただ日々の任務をこなし老いていくのを待つだけだったからだ。
「生き甲斐が出来たということか……」
自分でも意外な結論だった。
だが悪い気はしない。
むしろ活力が湧いてくるようだ。
グレイスはそっと自分の胸に手を当てる。
(俺の『守護者』がかつてないほど強く反応している……?)
彼の『守護者』のスキルは自分より弱い者、または彼が愛する者を守る時に自身の能力を底上げする効果を持つ。
この世界で初めて見つけた特別な存在—レン。
彼と共に新たな時代を築いていくのも悪くはないかもしれない。




