騎士団入団
ハルクとの別れは短かった。
「じゃあなボウズ! くれぐれもその指輪外すんじゃねぇぞ!」
豪快な笑い声を背にレンとグレイスは冒険者ギルドの建物を後にした。陽射しはまだ薄く、街路樹の影が長く伸びている。レンは初めて見るエルディア王国の王都に目を奪われた。
高い城壁に囲まれた街は整然としており、石畳の道を行き交う人々はほとんどが獣人だ。猫耳の若い女性、筋骨隆々たる虎の男。時折見かける人間もいるがどこか所在なさげな印象を受ける。
「あの……これからどこへ?」
「軍務局へ報告に行く。お前の身柄を正式に預かる手続きが必要だ」
グレイスの声は低く抑揚がないが、レンを気遣って歩調を緩めているのがわかる。
城塞の内部へ続く跳ね橋を渡る際、衛兵たちがグレイスを見るなり最敬礼を送ってきた。
「これはグレイス様!」
「ああ」
短い返事のみで歩みを止めない。
軍務局は城塞の中心にある重厚な石造りの建物だった。
中に入ると冷気が漂う広間があり、鎧を着た将校らしき獣人たちが忙しなく行き交っている。
グレイスは受付を無視し奥へと進んだ。辿り着いたのは「局長室」と札がかけられた一際立派な扉の前だった。
「ここだ」
軽くノックをし入室すると、中にいた羊獣人の男がペンを止めた。
白い羊毛に覆われた顔は温和そうだが額の刺青が威厳を醸し出している。
「グレイス団長。お待ちしておりました」
「単刀直入に言う。この少年を我が第3師団で預かりたい」
後ろから現れたレンを見て局長は目を見開いた。黒髪の人間はこの国では珍しい。
「保護対象と聞いておりましたが……まさか騎士団に?」
「そうだ。理由は二つある」
グレイスは淡々と説明した。一つはレンが外部で単独生活をするには不適格であること。常識も知らない非力な少年を放置すれば危険に晒されるだけだと。
「冒険者としてもすぐに野垂れ死ぬだろう」
「なるほど。二つ目は?」
「我々が責任を持って監督下に置くのが最善と判断した。この少年は何者かによって意図的に連れてこられた可能性が高い」
グレイスは嘘をつかない。
しかしレンのユニークスキルについては一切口にしなかった。
ただ「謎の多い少年であり保護が必要」とだけ述べた。
「しかし騎士団で一般人を……」
「ガロウの小隊で下働きをさせる。それで問題ないはずだ」
局長はしばし考え込んだ。グレイスの提案には不審な点もないわけではない。だがこの鋼の意志を持つ団長が決めたことだ。彼の判断が国益に反したことは一度もない。
「……承知しました。ガロウの小隊預かりということであれば問題ないでしょう」
「感謝する」
短く告げ踵を返すグレイス。レンが小さく頭を下げると局長は複雑な表情を浮かべたが何も言わなかった。
「ガロウの小隊は城塞の東翼に拠点がある」
再び城塞内を移動しながらグレイスが説明した。
「ガロウは私の部下の中でも最も信頼できる男だ。お前を任せても安心だろう」
「は……はい」
レンの心臓は激しく脈打っていた。
これから自分がどんな環境に身を置くのか全く想像がつかない。
騎士団と言えば厳しい規律と訓練の日々……まるで映画やゲームの世界だ。
目的地である東翼の一角に着くとグレイスは扉を軽く叩いた。
中から控えめな声が返ってくる。
「入るぞ」
入るとそこは広々とした執務室だった。
中央の机で書類仕事をしていた銀狼獣人の男が顔を上げる。
スラリとした体躯に灰色の毛並み。鋭い碧眼がレンを捉えた。
「グレイス様……そちらが?」
「そうだ。今日からお前の部隊で面倒を見てくれ」
銀狼獣人—ガロウは立ち上がりレンに歩み寄った。
身長はグレイスよりやや低いがそれでもレンよりも頭一つ分以上大きい。
「ガロウだ。これから君の上官となる」
差し出された手は剣胼胝だらけで固いが温かかった。
「レン……です。よろしくお願いします」
「うむ。さて早速だが」
ガロウは室内を見回し簡単に説明を始めた。
執務室兼私室となっている部屋の配置や規則を簡潔に伝えていく。
「食事は朝昼夕と決まった時間に食堂で摂る。身支度や掃除といった雑用は率先して行うこと。特に新人は率先して動くべし」
「はい!」
「質問はあるか?」
「ええと……その」
レンが言葉を探す間グレイスは黙って見守っていた。ガロウも急かすことなく待つ。こういった忍耐強さも部隊を統率するために必要な資質なのだろう。
「僕……本当にここで働けるんですか?」
「もちろんだ。そのために団長が君を連れて来たのだから」
ガロウは微笑んだ。狼獣人は怖いイメージがあったがこの人は違う。落ち着いた雰囲気と冷静な判断力を持つ大人の男性という印象だ。
「まずは明日から早起きすることを覚えてもらう。今日はもう休んでいい。ここは粗暴な奴らが多いからな、元物置だが団長の取り計らいで個室を用意させた」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるレンにガロウは満足げに頷いた。
「よくできた子だ。団長の人選に間違いはないようだな」
「当然だ」
短く答えたグレイスはそれ以上何も言わず部屋を出て行った。
レンはその背中を見送りながら心の中で感謝した。
彼がいなければ今頃どうなっていたかわからない。
夜になり案内された狭い寝台に横になるとどっと疲れが押し寄せてきた。
見慣れない天井を見上げながら考える。
(本当に騎士団で働くことになったんだ……でもなんでグレイスさんはここまでしてくれるんだろう)
疑問は尽きないが今は考えても答えは出ない。
それに疲労困憊の身体は思考を許してくれなかった。
眠りに落ちる寸前脳裏によぎったのはグレイスの険しい横顔。
あの熊獣人が何を考えているのかレンにはまだ理解できていなかった。




