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誘拐

難民街の朝は冷たかった。レンとスクイヤーが前日と同じ広場に着くと、集まった人々の顔に微かな期待が浮かんでいた。昨日レンが治療した者の家族が手作りのパンや干し肉を差し出した。


「こんなものしかなくて……でもよかったら」


「そんな!受け取れません!

皆さんが生きるために必死なのに!」


レンが慌てて断ろうとすると、老婦人が皺だらけの手でパンを押し付けた。


「いいのよ。あなたが息子を助けてくれたから……これしかお礼ができない」


スクイヤーは鼻を鳴らした。


「お人好しだな」


「でも嬉しいです」


レンの頬がほころぶ。


子供たちが駆け寄ってきた。


「レンお兄ちゃん!次は僕を診て!転んで擦りむいたんだ!」


「私も!お腹痛いの!」


小さな手に引かれながら、レンは順番に怪我や軽症を丁寧に治療していく。その手は温かく、淡い光を纏っていた。


治療が一段落したとき、ひとりの男が群衆を押し分けて前に出た。痩せこけた顔に狂気じみた光が宿っている。


「おお……貴方は……本当に我らを救うために遣わされた御方なのだな?」


男の声は震えていた。


「俺たち人間は獣人の奴隷じゃない!貴方がいれば解放される……貴方こそが我らの救い主だ!」


その言葉に広場がざわめいた。同意する者もいれば、困惑する者も。レンの表情が曇る。


「僕はただ……助けたくて……」


「謙遜なされるな!貴方の力は奇跡だ!皆の希望だ!」


スクイヤーが低い唸り声を上げた。


「おいおい……祭り上げるのはやめてくれ」


男は狂信的な目を向けた。


「黙れ!獣人は人間を虐げてきた……だがこの御方が全てを変えてくださる!」


周囲の空気が凍りついた。スクイヤーの拳が無意識に固まる。

緊張がピークに達したとき──


甲高い悲鳴が路地裏から響いた。人々がどよめきながら振り返る。涙で顔をぐしゃぐしゃにした母親が地面に崩れ落ちている。


「誰かにさらわれたんです……!お願い……!」


レンは凍りついた。


「さらわれた……?」


「昨日俺たちが来た時にはいなかったガキだな」


スクイヤーが警戒深く辺りを見渡す。


「罠かもしれねえ。ここは一旦ギルドに……」


「僕が行きます」


レンの声は静かだが鋼のように堅かった。


「スクイヤーさん!案内してください!」


「待て!危険すぎる!」


「でもあの人は泣いてるんです!助けなきゃ……!」


レンの目に決意の炎が揺らめいている。スクイヤーは歯噛みした。グレイスの言葉が脳裏をよぎる。


(もしもの時は……お前が盾になれ)


「……わかった。だが俺から離れるな」


スクイヤーは先陣を切って走り出す。レンは人々の懇願する視線を背に、決然とその後を追った。

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