暗躍
王都ヴァルシオンの地下深く、石畳の通路に松明の光が揺れる。かつて水路だった暗渠は今や「貴族派閥」の秘密会議場となっていた。円卓を囲む獣人たちはどれも高位貴族の家紋を刻んだ外套を羽織り、その目は暗闇の中で不気味に光る。
そこにはあのバルナスの姿もあった。
「よもや……あの忌まわしい人間風情が『治癒』と『剣聖』のユニークスキルを持つとはな」
鷹獣人のバルナスが唸るように言った。口元からは泡が噴き出しそうなほどの怒りが滲んでいる。
周囲の獣人たちも頷き合い、毛並みが逆立つほどの殺気を放つ。
「我ら貴族…いや獣人にとっての脅威になる可能性がある」
銀毛の狐獣人が鋭く言い放った。その爪先が床を削り、深い溝を作る。
「ではどうする? 陛下に直接進言するか?」
猪獣人の軍務卿が腕を組む。その巨体からは重厚な威圧が放たれる。
「馬鹿を言うな。陛下は既にあの人間を気に入っておられる。下手に動けば……」
狐獣人が言いかけたその瞬間──天井から微かな水滴が落ちてきた。いや、水ではない。それは粘つく液体だった。
「おっと、失礼」
全員の視線が一斉に声のした一点に集中する。
暗闇から現れたのは──灰色の影法師のような男だった。人間のようでもあるがどこか異質さを感じさせる。
「初めまして貴族の皆様方。……その化け物はご安心を……僕のペットですので。さて、私は貴殿らをお助けする為にやって参りました」
男は嘲笑を浮かべながら一歩踏み出す。その足跡には黒い泥のようなものが滲み出る。
「獣人こそがこの世界の頂点。人間は奴隷か家畜で十分。そうでしょう?」
「……お前の目的は何だ?お前も人ではないのか?」バルナスが低い声で問いかける。
男は薄ら笑いを浮かべながら答えた。
「貴殿らと利害が一致している者……とだけ。僕は貴殿らに『力』をお貸ししたい。例えば……あの忌まわしき人間が二度と日の光を浴びないようにする『方法』とかね」
すると男は懐から異質な形をした銀色の卵を取り出した。
獣人たちは息を呑んだ。その瞳に映るのは希望か、あるいは更なる闇か。
一方、レンはその頃──
「レン様……どうかお聞きください」
昼前の治療院。日光が窓から差し込む中、聖女ニーナが震える声で言った。ヴェール越しの瞳には涙が光っている。
「教会の上層部が……あなたを懐柔…いえ…支配しようとしています」
レンはベッドに腰掛けたまま身じろぎもせず聞いていた。数日前、治療院に大司教直属の使者が訪れ「レンを教皇直属の治癒師に推薦する」という打診があったのだ。
「でも僕は王様から褒美として騎士団に残る権利を頂いています」
「……そう簡単にはいかないのです」
ニーナの声が震える。
「貴族派閥の一部と教会が……密かに連携を始めています。あなたが『完全なる治癒』だけでなく『剣聖』まで持っていることが問題となっています……」
レンの拳が僅かに固まった。
「……それってつまり?」
「あなたが『獣人社会を破壊する力を持つ危険分子』と見做され始めたのです。王の手前、表立って安易な動きを見せる事は無いと思いますが…」
「水面下では既に派閥活動が活発化しているという事ですね」
カイレンが言葉を続ける。
「貴族の一派閥と教会の利害が一致したんだろうね」
沈黙が流れる。
「ではどうすれば?」
レンがようやく口を開いた。
ニーナが静かにヴェールを引き下げた。
「私が……教会内部の情報を流します。ただし……一つ条件があります」
彼女の細い指がレンの前に伸びる。
「あなたが本当に人間を救ってくれるか……証明して欲しいのです。あの日……私を助けてくれたように」
「人間を救うって…
具体的には何をすれば良いんですか?」
ニーナの肩が微かに震える。
「難民街へ行ってください。あなたの治癒があれば……きっと多くの命を救えるはずです」
レンは静かに立ち上がった。
「わかりました、グレイス団長に相談してみます」
その言葉を聞いたニーナが初めて笑顔を見せた。
「ありがとうございます……レン様」




