見慣れた天井
次に目を覚ましたのは、柔らかな枕の感触の上だった。天井を見上げると、見慣れた治療院の照明が見える。傍らではカイレンが眉をひそめて脈を取りながら溜息をついていた。
「おおレン君、目が覚めたか!よかったぁ……」
「カイレンさん……僕…どれくらい寝てました?」
「丸七日だよ!魔獣と飛び出していったと思ったら今度はグレイスさんが運び込んできてね……あの時は本当に心配したんだから」
レンはゆっくりと上半身を起こす。全身に重い疲労感はあるが、不思議と傷は一つも残っていない。それどころか腕や足に触れると、前よりも遥かに力強い張りと滑らかな感触があった。
「……これは」
彼は自分の手を見つめた。皮膚は滑らかだが、指の関節には微細な隆起があり、血管がくっきりと浮き出ている。戦い抜いた証だ。
「すごい……」
カイレンが苦笑しながら言った。
「まったく、君は無茶をしすぎるよ。でもね」
医師は窓の外を指差した。そこには騎士団の仲間たち――ガロウやバスク、冒険者のアーサー達の姿があり、レンが目を覚ましたことに気づくなり手を振ったり拳を突き上げたりしていた。
「君のおかげで死者が出ずに済んだ。英雄扱いされるのは本意ではないのだろうけど……」
カイレンの目がふっと優しくなった。
「生きて帰るのが一番の勲章だよ」
レンは微笑んだ。そして窓の向こうで巨大な熊獣人の背中を見つけた。グレイスが壁際で腕を組み、こちらをじっと見つめている。その巨体は壁のように頼もしく、そして無言の誇りを滲ませていた。
レンは小さく手を振った。グレイスはわずかに顎を引き、まるで「よくやった」と言わんばかりに頷いた。
戦いは終わった。
だがレンの成長の物語は、ここからが本当の始まりだった。もはや隠しきれなくなった彼の実力を巡り大きく事は動きはじめていた。
***
戦いから五日。グレイスの執務室には喧騒が絶えなかった。報告書類の山が積み上がり、窓の外では早春の陽光が差し込んでいる。
「団長! レンのことですが……」
扉が開き、猪獣人の騎士バスクが息を切らして駆け込んで来た。その背後には第三師団の副官ガロウが静かに付き従っている。
「あの治療の技……噂になっています。戦場で瀕死の仲間を蘇らせたと」
バスクが興奮気味に続けた。
「しかもレンがとんでもない力で戦う姿を見たという奴もいます!」
ガロウの銀狼の鋭い瞳がグレイスを捉えた。
「第一、第二師団部隊でも目撃者多数。一部で、レンを『奇跡の御使』と崇め始めています」
グレイスは眉間に深い皺を刻んだ。机上の羊皮紙束に赤い印が幾つも付いている——すべて「レンの功績について」という報告だ。
「……やはりか」
低く呟いた声には苦渋が滲む。王城での謁見を控え、不安が現実になろうとしていた。
「レンの件は極秘……だったはずだが……あの状況では仕方があるまい」
ガロウの冷静な声が響く。
「もう止められないでしょう。冒険者含め目撃者が多すぎます」
「わかっている」
グレイスが椅子を軋ませ立ち上がった。巨体が威圧感を伴って室内に満ちる。
「王に報告せねばならん。……その前に出来ることをする」
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そしてレンが目覚めた直後に戻る
いつの間にか室内にはグレイスをはじめ、騎士団員や冒険者、町民などが押し寄せていた
「レン君は目覚めたばかりなので!関係者以外は退出してください!」
カイレンが尻尾をピンっと立てぷんぷん怒りながら人々を追い出し始める
残ったのはグレイス、ガロウ、バスクと第三師団のメンバー一部とハルク、アーサーPTのみとなった。
それでもそれほど広く無い部屋はぎゅうぎゅうになってしまっている
「さてレン君、今の様子の通り、私も含め多くの人達が君に感謝しているんだ、改めてありがとう」
カイレンは微笑むが、すぐに真顔になった。
「……でもねレン君。君の《治癒》の力と……あの戦いぶりが皆に見られてしまった。そしてあれ程の死闘を繰り広げたにも関わらず、君は今無傷だ」
レンは暗い表情になり顔を伏せる
「すみません、治癒も必死で加減ができませんでした。戦闘も……あのまま治療院の中で戦うわけにもいかず人の目に映りやすい外に連れ出してしまいました…その後のことは正直言って無我夢中で…」
「わかってる。今回は仕方がないんだ。君が居なければきっと多数の死者が出ていたよ」
カイレンの声は沈む。
「だが……すでに王宮にまで情報が届いているらしい」
グレイスが巨大な拳を握りしめた。
「すぐに王宮に出頭せよとのお達しだ」
カイレンが代わりに文書を読み上げる。
「『戦局の把握』と『特命部隊の成果確認』を目的とした召喚だそうです」
「特命部隊?」
レンが疑問の声を上げると
「私とレン君、冒険者を集めた医療部隊のことですね」
グレイスは唸りながら
「根回し出来るところには既に動いている…が、圧倒的に時間が足りん。味方はほぼ居ないと考えておくべきだな」
「ああ」ハルクが頷く。
「貴族共がどんな手を打ってくるか……俺のところにも使者が来てな。『例の人間を調べさせろ』だとよ」
「……」
レンは胸のあたりがズキンと痛む。自分が原因で彼らに迷惑をかけているのが申し訳なかった。




