治癒の真価
レンは全力で走り治療所の外へ飛び出した。
背後から凄まじい破壊音が鳴り響き異形の怪物が後を追ってくる気配を感じる
(どこまで引き離せるか分からないけど……少しでも時間を稼がないと!)
幸い外に人が少ない
剣を構え振り返る
その瞬間───
異形の怪物が地面を蹴り一気に距離を詰めてきた!
「速いッ!!」
巨大な腕が振り下ろされる寸前、レンは横に飛び退いて間一髪で躱す!
空を切り裂く一撃は地面を抉り大量の土埃を巻き上げた。
その隙を突いて異形の怪物に斬りかかる
しかし硬い甲殻に阻まれ刃が弾かれてしまった。
「くっ……やはり普通の攻撃じゃダメなのか!」
異形の怪物はなおも執拗に攻撃を繰り出してくる
レンは何とかそれらを受け流し続けるが反撃に移ることが出来ない
(このままじゃ消耗するだけだ、集中しろ!スキルに頼るんだ!)
レンは剣を強く握りしめ、全身に力を漲らせた。深呼吸をひとつ。心臓の鼓動が速まり、指先にまで温かいエネルギーが巡る。それは『完全なる治癒』の発動兆候――自分自身への最初の行使だ。
「……来る!」
異形の怪物が咆哮をあげ、大地が揺れた。巨躯が信じられない速さで迫る。その爪は鋼鉄すら貫くだろう。
レンは動いた。
スキル『剣聖』が自動的に最適解を選び出す。無意識のうちに剣が閃き、敵の突進軌道を微調整。衝撃が走った。刃が怪物の甲殻を浅く裂く。同時に肩口に鋭い痛み――怪物の爪がかすめたのだ。
「ぐっ……!」
血が飛沫く。しかし次の瞬間、レンの傷口が淡い青白い光を放った。完全なる治癒が発動したのだ。出血は止まり、皮膚が滑らかに閉じていく。完璧な再生。
(ありがとう…!)
歓喜よりも確かな理解が走る。傷と癒しが同時進行する感触。まるで肉体そのものが剣と盾を兼ね備えているかのよう。
怪物も止まらない。治癒中であろうとお構いなしに、今度は強靭な尾を横薙ぎに振るってきた。レンの視界が剣聖の能力でスローモーションになる。思考が研ぎ澄まされる。
(受け流すな……斬り飛ばす!)
レンは腰を落とし、全身を弓のようにしならせる。渾身の一撃。刃が風を切る音を立てて尾へと叩き込まれる。バキィッ! 骨が砕ける感触と同時に肉が裂ける鈍い音。怪物の尾が半ばで切断され、紫色の体液が噴き出した。
「グオォォ……ッ!」
苦悶の声。しかし怪物も再生する。切断面が黒い霧に包まれるや否や、新しい肉片が蠢き出し、わずか数秒で元の形に復元してしまった。霧の中から現れた新たな尾が再び襲いかかる。
(同じパターンじゃダメだ!)
レンはバックステップで距離を取る。今度は敵の再生能力を利用する発想に至った。怪物が尾を振り上げた隙を狙い、敢えて左脇腹を浅く斬り裂かせた。
「ぐうっ!」
鮮血が迸る。同時に彼は自らの完全なる治癒を意識して集中させる。傷口が修復される速度が僅かに速まった気がした。だがそれだけではない。再生した筋肉の密度が……違う。
(なんだ? 今までよりも……固く、しなやかに……)
次の瞬間、レンは驚愕の事実に気づいた。治癒によって再生した脇腹の筋肉が、以前よりも明らかに強靭になっていたのだ。傷を負い、癒され、そして強くなる。それが完全なる治癒の真骨頂なのかもしれない。
「なら……どんどん斬られてやる!」
レンの瞳に狂気が宿った。怪物が再び正面から突進してきた。レンは回避せず、真正面から迎え撃つ。怪物の爪が右腕を深々と抉り取る。
「っ……!」
灼熱の痛み。だが次の瞬間、完全なる治癒が作動する。鮮やかに切断された神経や血管が再接合され、断裂した筋繊維が編み直される。しかし今度は……以前とは比べ物にならない速度で修復されていく。そして再生した腕が、かつてないパワーを帯びていた。レンはその腕で即座に剣を握り直し、カウンターで怪物の右目を深く切り裂いた。
「ギャアアッ!」
怪物が悶え苦しむ。レンの右腕は完全に元通りだ。いや、それ以上だ。皮膚は傷つく前の数倍の硬度を備えているように感じた。
(これが……治癒の力!? ただの回復じゃない……進化なんだ!)
レンは確信した。傷を負い、癒されることで肉体が強化される。戦闘経験と治癒が融合し、自身を戦闘に特化した存在へと造り変えているのだ。
「もっとだ……もっと傷つけてくれ!」
レンは狂戦士のように挑発した。怪物は怒りに狂い、四方八方から猛攻を仕掛けてくる。肩に裂傷、大腿部に貫通傷、側頭部に打撲――痛みと流血は絶え間ない。しかしその度に完全なる治癒が発動し、再生した部位は一層頑強になっていく。筋肉は鋼のごとく密度を増し、腱はしなやかに伸び縮みする。傷跡さえも消え去り、代わりに滑らかな戦士の肉体が完成していく。
レンの動きが変わる。剣聖の導きがさらに精密になった。怪物の攻撃軌道を先読みし、最小限の回避で致命傷を避けながら反撃に出る。かつては避けきれなかった爪の一撃を軽やかにかわし、空いた胴体に鋭い剣閃を浴びせる。怪物も再生するが、その速度が徐々に衰えを見せ始めていた。
「ハァ……ハァ……! どうやら……お互い再生力に限りがあるみたいだね…」
レンの呼吸も荒い。極限状態の肉体は酸素を求め、肺が焼けるように痛む。だが視界はクリアだ。怪物の弱点――胸部の甲殻のわずかな隙間――を捉えた。
「次が……最後だ!」
レンは地面を蹴った。跳躍の勢いを乗せた必殺の一撃。剣が怪物の胸部装甲に深々と突き刺さる。しかし同時に怪物も最後の力を振り絞り、長い触手がレンの首を締め上げた。
「かはっ……!」
息が詰まる。視界が暗くなる。剣が緩んだ。怪物の再生速度がわずかに上回ったのか、胸の傷口が塞がりつつある。
(ここで……終わりか……?)
朦朧とする意識の中で、レンは最後の力を振り絞った。首を締め上げる触手に左手を添え――
「完全なる……治癒……ッ!」
自らの傷を癒すのではない。相手の触手に向けた完全なる治癒を全力で照射したのだ。異形の再生機能が暴走する。触手の組織が過剰に活性化し、内側から破裂した!
「ギィヤアアアッ!」
自由になった喉元。レンは剣を握り直し、渾身の力を込めた。
「これで……終わりだあああっ!」
渾身の一撃。刃が深々と怪物の核と思われる場所を貫いた。怪物の巨躯が大きく震え、黒い霧が急速に霧散していく。
「勝っ……た…」
レンはその場に膝をつき、剣を地面に突き立てた。全身に残る疲労感と達成感。肌には微かな輝きが残り、治癒を終えたばかりの強靭な筋肉が脈打っていた。
遠くで人々の歓声が聞こえる。治療所の惨状を思い出し、彼は立ち上がろうとした。
「ぐっ……!」
ふらつき、思わず地面に手をついた。肉体は強化されたが、精神と体力の限界を超えた戦いだった。足元がおぼつかない。そんな彼の前に、大きな影が立ちはだかった。
「大丈夫か!? レン!」
「グレイス団長……?」
汗だくで駆けつけたグレイスが抱きしめてくる。
「よくやってくれた……よくぞ生き延びた……」
レンは安堵で涙ぐみそうになった。だがその直後、突然視界が明滅し――
「……あれ?」
世界が歪み始めた。グレイスの表情が遠くに霞んでいく。耳鳴りが頭蓋を支配し、意識が急速に薄れていく。
(まだ……ダメだ……みんなを……)
言葉は喉まで出かかったが、声にならない。まるで深い海に引きずり込まれるように、レンの意識は完全にブラックアウトした。
最後に感じたのは、グレイスの逞しい腕に抱きかかえられた安心感だけだった。




