ニーナの独白
静寂に満ちた聖堂の片隅で、私は震える指先を胸元で組みました。
月光がステンドグラスを透過し、色とりどりの光の欠片が大理石の床を踊っています。
あの日の記憶が蘇る——漆黒の影から救ってくれたレンの姿を。
「ありがとう……」
小さな声が石壁に吸い込まれます。
私の神目スキルが初めて「人間の善意」を映し出した瞬間でした。
教会の庇護のもと、人間として生き延びてきたこの十年。
獣人たちの奇異な目に怯えながら過ごしてきた日々。
だがレンのスキルを見た時——神器という未知の輝きと共に——私の胸に湧いたのは恐怖だけではなかった。
あの森で感じたのは紛れもない温もり。獣人の影に隠れる私が初めて味わった庇護の安心感。
しかし同時に脳裏に蘇るのは……あの黒装束の男。
影を操る魔獣を従え、私たちを狩るように狙ってきた存在。
何よりも不可解だったのは……彼の心を「神目」が読み取れなかったことだ。
私のスキルは人の心の奥底まで見通すはずなのに——まるで虚無と対峙するかのような不気味な感覚。
「あの男は……人間だった」
私の確信は氷のように冷たい。
獣人の仲間ではない。
だが人間だとすればなぜ私を狙う?
レンを守るために現れたのでは……そんな希望的観測はすぐに打ち砕かれました。
心は読めずとも溢れ出ていた邪悪な意志。あらゆる打算と憎悪が混ざり合った汚濁。
神目が効かなかった理由——おそらく「対策」が施されていたのだろう。
そう気づいた瞬間、背筋に戦慄が走った。
あの男は私の存在を知っていた。
そしておそらく……レンという異世界人の出現も。
偶然ではない。計画的な襲撃。
あの場に現れた理由がわからず私は膝を震わせた。
獣人に蹂躙された過去が蘇る。
今度は人間同士の争いに巻き込まれようとしているのか?
レンに会わねばならない。
助けてもらった恩だけではない。
あの黒衣の男の正体を知り、迫りくる危機を伝えなければ——
信仰と人間不信の狭間で揺れる私は、今宵も祈るように星を見上げる。
この世界の闇はあまりにも深く、そして冷たく蠢いているのだから。




