絆
柔らかな朝日が窓辺を照らす治療室。
レンが瞼を開けると、消毒液の匂いが鼻腔をかすめた。白い天井がぼんやりと視界に入る。体が妙に軽く、痛みもない。ゆっくりと頭を動かすと――
ベッド脇の椅子でグレイスが寝ていた。
巨体を小さく丸め、熊の耳をピクピクさせながら規則正しい寝息を立てている。その傍らにはガロウが壁に寄りかかり浅い眠りにつき、さらに部屋の隅々ではバスクをはじめ十数人の団員たちが床に雑魚寝していた。
「……みんな……」
レンの唇から漏れた声は掠れている。その微かな音に反応してか、
「ん……レン……?」
グレイスがぱっちりと目を開けた。寝癖で毛並みがボサボサになった熊獣人が、慌てて姿勢を正す。
「気がついたか…無理するな、安静にしていろ」
「はい……あの、みんなは……?」
グレイスが苦笑いしながら周囲を見渡す。
「お前が意識不明だった三日間、交代で看病していた連中だ」
バスクがむくりと起き上がり、目をこすりながら叫ぶ。
「レン! 生きてるか!? 熱は? 傷は!?」
「馬鹿、静かにしろ!ここを何処だと思ってる!」
ガロウが彼の頭を軽く叩く。
団員たちが次々と目を覚まし、「副長! お前が一番うるさいぞ!」「レン! どうだ具合は?」と騒ぎ始める。グレイスが重々しく咳払いした。
「全員聞け。今はレンの体力が戻っておらん。話は後だ」
「隊長!」
バスクが床に正座して真っ直ぐに見上げる。
「俺たちは……この三日間、ただ寝顔を見て過ごしたわけじゃありません!」
「何が言いたい」
「レンは俺たちの仲間です!」
彼が拳を握る。
「どんな危険があろうと、どんな真実が隠されていようと……一人で抱え込ませるわけにはいかない!」
団員たちが一斉に頷く。
グレイスの表情が曇る。
「それはお前の覚悟か? 任務ではなく……騎士団としてではなく……一人の仲間としての覚悟か?」
「はい!」
バスクの声が揺るがない。
「もし隊長が俺たちを追い出すなら……懲戒でも除籍でも受けます! だが兄弟を見捨てることは絶対にしない!」
グレイスが黙り込んだその時――
「貴方の負けですよ、隊長殿?」
扉が開き、カイレンがハルクを伴って入ってきた。治療院の主治医はいつもの柔和な笑みを浮かべつつも、目は真剣だ。
「患者の周囲にこの人数は本来許されないのですがね」
カイレンが軽く指で額を叩く。
「……しかし彼らの熱意に免じて今回は特例としましょう」
ハルクが髭を弄びながら続ける。
「おいおいグレイス、お前も頑固者だな! この人数相手に説得なんて無理だぜ?」
グレイスが長い溜息をついた。
「……分かった。皆に聞かせよう」
彼の言葉に歓声が上がる。
「ただし!」
グレイスの声が低く響く。
「話すのはレン本人だ。……お前は全て話せるか?」
レンがゆっくりと起き上がる。ひどい傷を負った記憶はあるがスキルが全て癒してくれた様だ、傷跡も痛みもまったくない。
「……はい」
彼が頷くと、部屋が水を打ったように静まり返った。
グレイスが椅子を直し、全員が円陣を組む形でベッドを囲む。レンが言葉を選ぶように話し始めた。
「……ニーナさんと森で……『神目』のスキルで……見たんです」
「何を?」
ガロウが息を飲む。
「僕のスキルが……ユニークスキルが3つあること」
レンの声がかすれる。
誰かが気の抜けたヘェあっ⁉︎と言う声を上げたが気にせず続ける
「一つは『完全なる治癒』二つ目は『剣聖』……そしてもう一つが……『神器』と呼ばれるものです」
「いやいや…」ハルクが頭をボリボリかきながら困惑した声をあげる
「…たまげたなぁ…」
ハルクの巨体が揺れる。
「完全なる治癒に剣聖……か。どちらも英雄譚に出てくるレベルのスキルじゃねぇか」
カイレンが眉をひそめる。
「そうですね……つまりその2つは過去の文献の記述や口伝があります」
「ああ。完全なる治癒は《死者以外なら瞬時に完治させる》、剣聖は《人智を超えた剣技の極致》とされた……確か錆びたナイフでドラゴンを狩まくったとかなんとかだっけか」
ハルクが唸る。
「だが神器ってのは……聞いたことがねぇな」
「彼女…聖女様も同じ事を仰ってました…」
場を重い空気が包む
藪をつついたら蛇どころかドラゴンが出てきた様なものだ
パンっとカイレンが手を叩く…いや、肉球がある為ぽふっとしただけになるが
「…神器に関しては一旦保留しましょう。ユニークなのですから、すごい力を秘めていそうだ以上考えても意味がありません」
カイレンが続ける
「それより気になるのがレン君が襲われたことですね。グレイスとハルクは心当たりあるのでしょう?」
グレイスとハルクが苦々しく顔を見合わせる
「確証はない……」
グレイスが慎重に言葉を選ぶ。
「だが……王国内に我々の動きを監視する者がいるのは間違いない」
「あぁ」
ハルクが頷く。
「グレイスがお前を保護した日から監視の目を感じてた」
「だが証拠はない。尾行は巧妙で……俺の『心眼』やガロウの『超嗅覚』でも掴みきれなかった」
グレイスが拳を握る。
「まさか……魔獣まで操ってる奴が?」
バスクが震える声で問う。
「可能性はある」
グレイスが重く告げる。
「目的はレンだろう……神器も含め『英雄』になりうる存在をだからな」
治療室に重苦しい空気が立ち込める中
グレイスがレンに向き直る
「レン……お前のスキルはいずれ王国中に知られる」
「はい……」
「それを知れば多くの者がお前を利用しようと群がるだろう……」
グレイスの声が低い。
「良いか……決して心を許すな」
「あの……隊長……」
バスクが恐る恐る手を挙げる
「なんだ?」
「俺はレンの味方です……これから何があっても……どんな敵が来ても……レンを護ります!」
彼が宣言するように拳を握る
「もちろん俺たちも!」
他の団員たちが声を合わせる。
グレイスが一瞬目を丸くしたが、すぐに厳しい表情に戻り「その覚悟を忘れるな」と言いながらも微かに口角が緩んだように見える
ハルクが大きく笑い、「いいじゃねぇか!レン!お前はもう一人じゃねぇ!」
カイレンが「まぁまぁ皆さん落ち着いて」と宥めるがその表情は明るい
レンは胸が熱くなるのを感じた
異世界に来てから不安で孤独だった……
だが今は違う
自分を護ると言ってくれる仲間達がいる
その温かさが胸に染みた
レンは決意を新たにし
ゆっくりと全員を見回し
深く頭を下げた
「……ありがとうございます。でも、僕はただ護られるだけじゃダメなんです」
顔を上げて真っ直ぐグレイスを見る
「僕も……皆さんを護れるように強くなりたい」
その瞳に強い光が宿っていた
グレイスが無言で頷く
「よし」
ハルクが太鼓のように腹を叩く。
「まずはレンの体力回復だな!飯だ飯!ウチの酒場に来い!」
バスクが元気よく
「肉だ!肉!」と飛び跳ねる
団員たちの歓声が治療室に響き渡った




