聖女の護衛
朝の光が騎士団本部に差し込む中、グレイスの執務室に来訪者があった。
「失礼いたします」
深紅の布に身を包んだ修道士が頭を垂れる。
「教会のセドリックと申します。至急ご相談が」
「……聖女殿絡みか」
グレイスが眉をひそめる。
教会と騎士団は表向き協調しているが、内実は微妙な力関係だ。
「聖女様が北方巡礼に赴かれます。護衛をお願いしたく」
「いつだ」
「明朝」
「……急過ぎる」
「それが……」
セドリックが声を潜める。
「最近、聖女様を狙う不審な動きがございまして」
「教会で抱えられぬのか?」
「騎士団の武力が必要なのです」
グレイスは深いため息をつく。レンが騎士団に入って以来、こうした依頼が増えている。
「わかった。我が第三騎士団が引き受けよう」
「ありがとうございます」
修道士が退室した後、グレイスは窓辺に立つ。
北方――魔獣の多い地域だ。
「守るべき者が増えるのは……重荷か」
彼の背筋が自然と伸びた。守るべき者がいる限り、鋼の鎧は崩れはしない。
***
翌朝、城門前に騎士団が整列する。
「第三騎士団、出発準備完了」
バスクが大声で報告する。
「レンも同行させる」
グレイスの言葉に団員たちがざわついた。
「隊長、あいつはまだ訓練中ですよ?」
「護衛任務は実戦経験に最適だ」
そこに馬車が到着した。扉が開き、一人の少女が降りてくる。
長い金髪が風に揺れ、透けるような白い肌。瞳は深い碧色だが――目にかかる薄い魔法のヴェールがそれを半ば隠していた。
「聖女ニーナ様のご到着です」
修道士の言葉と共に彼女が進み出る。
「北方巡礼の旅へ向かいます。護衛をお願いします」
声は澄んでいるが距離を置いている。
グレイスが騎士の礼を取る。
「第三騎士団団長グレイス・アルヴェインです」
「同じく副長ガロウ・ディアストです」
ニーナは小さく頭を下げるに留め馬車に戻ろうとしたが
視界の端にレンの姿を認めニーナの目がわずかに動いた。
「人間の少年…?彼も同行するのですか?」
「はい。見習いですが剣術の腕は確かです」
「……そう」
ニーナの声に微かな温かさが混じる。レンが頭を下げるのを一瞥するとすぐに馬車に入った。
バスクが耳打ちする。
「聖女様でも同じ種族は珍しいんですかね」
「だからこそ……かもな」
グレイスが低く答える。もしくは何かを感じ取ったのか。
北方へ続く街道を騎士団と教会の行列が進む。馬車の中からニーナは窓越しに外を見ていた。
レンが最後尾を守っている姿に目が留まる。
(なぜ彼だけが……)
ヴェールを通してでも分かる違和感。彼の身体から滲み出る淡い光。
(間違いなく異界の『器』……でも教会は気づいていない?)
彼女の視界が曇る。獣人だらけの行列に嫌悪感が込み上げる。
(また私の力を利用するつもりか)
突然、ガロウの警告が響く。
「警戒!右斜め前方に魔物の気配!」
森の影から巨体が現れる。アイアンオーガだ。
「散開しろ!」
グレイスの号令が飛ぶ。
騎士団が陣形を組む中、ニーナの馬車が急停車する。
「聖女様はこちらへ!」
修道士が叫ぶ。
混乱の中、レンが馬車の近くに駆けつけた。
「聖女様をお守りします!」
ニーナは彼を見上げる。ヴェール越しでも分かる決意の眼差し。
(ああ……また私は守られるのか)
魔獣の咆哮が響く。グレイスとガロウが先頭で迎え撃つが――
「囲まれています!」
バスクの悲鳴。
森全体が揺れている。四方からシャドウストーカーの群れが忍び寄っていた。
「全員散開!聖女様を御守りしろ!」
グレイスの叫びが届く前に――
轟音と共に大地が裂けた




