二人の思い
広場での騒動が収まり、人々が散っていった後。
二人は治療院とは逆方向の城への道を歩いていた。夕陽が石畳を赤く染め、長く伸びる影が二人の距離をわずかに縮めていた。
グレイスはいつもの無表情を保とうとしていたが、レンには微かに緊張した面持ちが感じられた。
(グレイスさん……さっきから黙ってるけど)
「……」
しばらく沈黙が続いた後、グレイスが唐突に口を開いた。
「先ほどの件だが」
「え?」
レンがきょとんとすると、グレイスは少し視線を逸らした。
「……ハルクの」
「ハルクさんの?」
「…………」
グレイスが無言で立ち止まる。そして視線をレンに向けた。
「…あいつは昔から距離感がおかしい」
「は、はい」
レンが頷く。
「……だが今回のは行き過ぎだ」
「あ……」
レンが思い出したように頬を赤らめる。ハルクの濃厚な接近と、最後の「お礼のチュー」未遂事件だ。
「……怖かっただろう」
グレイスの声は低く静かだったが、その中には抑えきれない怒りと……気遣いがあった。
「いえ……全然!」
レンが慌てて手を振る。
「びっくりしましたけど……ハルクさんってすごく優しいですし……それに」
「……?」
「嫌じゃなかった……かもしれません」
「…………」
グレイスの顔が一瞬強張る。
(しまった……!)
レンは自分がどれほど危険な発言をしてしまったのか悟った。目の前の堅物騎士がどんな表情をしているか見たくもない。
「いや!その!もちろん恋愛感情とかじゃなくて!尊敬している方ですから!」
必死で弁解するレン。しかしグレイスの視線は冷たく鋭くなっていく。
「……そうか」
「そうです!」
レンが胸を張る。
「ハルクさんは確かに大胆ですけど、僕にとってはあの性格は憧れみたいなものですし……」
「……」
グレイスの眉間に深い皺が刻まれる。明らかに機嫌を損ねている。
(やばい……何か地雷踏んだか)
レンが恐る恐るグレイスの方を見ると……意外な光景が広がっていた。
グレイスは拳を固く握りしめていた。顔は正面を向いているが、唇の端がピクピクと痙攣している。
そして極めつけは──
尻尾の先が激しく左右に揺れていた。
(え……)
レンは思わず目を見張る。
グレイスは無表情を装っているつもりだったのだろうが、その大きな熊の尻尾は感情を如実に表現していた。
怒りではない。これは──
(嫉妬……?)
レンの胸が急に熱くなった。
(グレイスさんが……嫉妬してる……?)
「グレイスさん」
「……なんだ」
グレイスが無理矢理平静を装おうとする。だがその声は若干震えていた。
「あの……ハルクさんのことは確かに尊敬していますけど……」
「……」
「僕の中で一番尊敬して感謝している人は──」
レンが小さく微笑む。
「グレイスさんですよ」
「……っ」
グレイスの耳がピンと立ち上がる。
「……どういう意味だ」
「そのままの意味です」
レンが真っ直ぐに見つめる。
「あなたのような強い方がいてくれるから……俺は安心してこの世界で生きてられるんです」
「……」
グレイスが顔を背ける。しかし尻尾の動きはピタリと止まり、代わりに力強く上下に揺れ始めた。
(嬉しいのかな……)
レンは心の中で笑ってしまう。この堅物騎士がこんなに感情豊かだったなんて。
「でも……」
レンが続ける。
「さっきのはやっぱり恥ずかしかったです」
「……当たり前だ」
グレイスが鼻を鳴らす。
「あいつは節操がない」
「はい」レンが頷く。
「……」
グレイスがちらりとレンを見る。その目には困惑と……一抹の期待が混じっていた。
「僕をいつも助けてくれるのは……グレイスさんなんですから」
「……わかっている」
グレイスが静かに返す。
「お前を守る」
その言葉にレンの顔が赤く染まる。
「ありがとうございます」
二人は再び歩き始める。城へと続く長い石畳の道を。
夕陽が二人の影を長く伸ばし、その影は時折重なっては少し離れを繰り返していた。




