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奇跡の治癒

午前の診察が始まって間もない頃だった。


「緊急だ!重傷者だ!」


乱暴な足音とともに扉が蹴破られるように開いた。汗まみれの冒険者数人が血まみれの仲間を担ぎ込んできた。


「落ち着きなさい」


カイレンが声をかけるが緊迫した空気は止まらない。


「頼む!アーサーを助けてくれ!」


「すぐに診ます、レン君!患者を奥のベッドへ誘導して下さい!それから治療に関係のないものは部屋から出るように!」


レンが指示されるまま奥の扉を開ける。担架に載せられた男は顔面蒼白で腹部から大量の出血があった。


(これは……酷い……)


仲間達が縋りつこうとするが衛生係が押し留める。


「待合室でお待ちください!」


部屋を追い出された冒険者達は扉の前で祈るようにうずくまるしかなかった。


「容態は?」


カイレンが確認する。

助手達が慌ただしく消毒液や薬草を準備する中でレンも器具の準備を手伝った。


「腹膜損傷に内臓破裂……こんな深手は普通じゃ……」


若い助手が目を伏せる。


「手当を急ぎましょう……まずは痛み止めを」


カイレンが麻酔代わりの香り袋を取り出す。それを嗅がせると男の呼吸が僅かに和らいだ。


「私がやれるところまでやります」


カイレンが慣れた手つきで傷口を清め傷口の止血を始める。

しかしどれだけ施しても血液の流れは止まらない。


「だめだ……このままじゃ……」


助手が震える声で呟く。


「他に方法は……」


カイレンが苦渋の表情を浮かべる。彼は優秀な医師だが治癒の力は小さな傷を直す程度でしかない。

高度な治癒魔術が使える冒険者なら可能性はあるが今日は来ていない。


(このままでは……)


部屋の端で器具を整理していたレンは男の苦悶の表情を見た。目を閉じる暇もない。


「何か……できませんか……」


「君に…いえ私達にできることは多くありません」


カイレンが優しく言う。


「今のうちに外の仲間達にに覚悟するよう伝えなさい……」


レンが立ち上がりかけると扉が微かに開いた。


「状況は?」


低い声。グレイスだった。

たまたま治療院に立ち寄ったらしい。


「……厳しいです」


カイレンが答える。


「傷が深く出血が止まりません。おそらく毒も貰っています」


「そうか……」


グレイスが無言で患者を見下ろす。その瞳に一瞬苛立ちが過ったのをレンは見逃さなかった。


(どうにかならないのか……?)


レンは胸の奥で炎が灯るような感覚を覚えた。かつて元の世界で祖父が事故で亡くなった時の光景が蘇る。


(あの時は何もできなかった……でも今なら……?)


患者の荒い息遣いが耳に響く。恐怖で身が竦む。

でもそれ以上に「この人を助けたい」という衝動が身体中を突き抜けた。


(僕の治癒スキル……もし他人を治せたら!)


レンは静かに一歩踏み出した。


「……やってみます」


「レン君、君の治癒の力は他人には……」


カイレンが目を伏せる。


「君はまだスキルを使いこなせていないだけかもしれません、でもそれを気に病む必要はありません」


しかしレンは聞かなかった。

膝をついて患者の手を握る。温もりが伝わる。


(治癒……癒しのイメージ……)


目を閉じ精神を集中させる。過去に読んだファンタジー作品のイメージを必死に思い浮かべた。


(力よ……僕あるのならば……どうか力を……)


その瞬間─

パァンッと室内が純白の光に満たされた。助手達が悲鳴をあげる。グレイスが咄嗟に目を庇う。

カイレンは息を呑んだ。

眩い光の中心─レンの手から迸る聖なる波動。

それが徐々に男の腹部に吸い込まれていく。


(まさか……)


彼の予想は正しかった。

深く裂けていた傷が目に見えて塞がっていくのだ。

青白かった肌に赤みが差す。

呼吸も安定してきた。

やがて光が収まるとそこには驚くべき変化があった。


「何が起きたんですか!?」


助手の一人が震え声で叫ぶ。


「レン君!」


カイレンが慌てて駆け寄りレンを押し退ける。


「もう十分です」


だが彼の視線はすでに別の方向に向いていた。


「このことは決して他言無用です」


カイレンが全員を見渡す。


「特にレン君に関しては。この傷は私がとっておきの秘薬を使ったことにします」


「なぜですか?レンのお陰で治ったんですよね?」


若手助手が問いかける。


「あぁ確かに治った……だがそれが問題だ」


グレイスが静かに言う。


「これは……規格外の力だ」


レンは呆然と自分の両手を見つめていた。何が起きたのか自分でも理解しきれていない。


「あの……」


レンが恐る恐る口を開く。


「治ったんですか?」


「えぇ、これから看ますが、少なくとも傷は完治しているようです。顔色も急激に良くなっています」


カイレンが安堵の表情を見せる。


「奇跡としか言えないでしょう。あなたは……一体……」


そこまで言って彼は首を振る。


「今は聞くべきではないでしょう」


彼が後ろを振り返ると若い助手が不安げな顔で立ち尽くしていた。


「君達がレン君を仲間だと思っているのなら、決して他言してはいけません。この様な力を持つ事が公になれば様々な力が彼を囲おうと…いや最悪消そうと動くでしょう。わかりましたか?」


助手達は黙って頷くしかない。


***


「彼の容態が安定しましたので安心してください」


カイレンが待合室に出てきて告げると歓声が上がった。


「ありがとうございます!」


冒険者達が頭を下げる。


「今回は運が良かったと思われます」


カイレンが微笑む。


「冒険者は運命を引き寄せるものです」


彼らは涙ぐみながら仲間の回復を神に感謝していた。

部屋に戻るとグレイスが腕を組んで立っていた。


「お前はすごいな」


彼が素直に讃える。


「そして厄介だ」


「僕……自分で何をしたのかよくわかってなくて……」


「それでいい」


カイレンが肩を叩く。


「君は素晴らしい事をしました。そしてこれからは少し慎重に」


「でも……」


「お前の力は大切なものだ」


グレイスが続ける。


「だが同時に大きな責任も伴う」


「はい……」


レンは唇を噛んだ。

自分が想像以上に大きな力を手にしていることが怖ろしかった。

それでも助けられた命がある。

その事実が少しだけ胸を熱くさせた。


「改めて、傷の事は私達が冒険者時代に手に入れた秘薬を使った事にしましょう。苦しいですが治療痕までないとなると私の治癒の力にするのは余りにも無理があります」


カイレンが提案する。


「それでいい」


グレイスが頷く。


「少なくともしばらくはそれで誤魔化せるだろう」



その後レンは午前の仕事を終え治療院を後にした。

帰り道で何度も振り返りたくなる気持ちを堪える。


「本当に良かった……」


小さな声で呟く。

今日助けられた命がある。それは紛れもなく事実だ。


(この力を使えばもっとたくさんの人を助けられるかもしれない)


そう思った瞬間─胸の奥がざわめいた。


(でも……もし正体がバレたら……)


考えるだけで背筋が凍る。

この力は諸刃の剣なのだ。

使い方次第で誰よりも多くの人を救えるだろう。

しかしその一方で誰よりも狙われる可能性もある。


「でも……やらなくちゃ」


レンは拳を握る。


(だってこれが僕の使命なのかもしれないから)


***


その日の夕暮れ時。

グレイスは治療院を訪れていた。


「驚きました」

カイレンが目を閉じる。


「彼は何者なんでしょうか?」


「まだわからない」


グレイスが首を振る。


「だが間違いなく何か特別な役割を担っている」


「強すぎる力は身を滅ぼします」


カイレンが深い溜息をつく。


「何としても彼を守らなければなりません」


「わかっている」


二人は窓の外を見る。沈む夕陽に照らされて街の影が伸びていく。


(この先どれほどの試練が待ち受けているか……)


グレイスの胸には確信めいた予感があった。

レンの力はこれから更なる騒動を呼び起こすだろう。

しかしそれと同時に希望にもなり得るのだ。

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