兆し
グレイスに連れられ森を進む蓮。道中何度もモンスターに襲われるがグレイスの大槌が一掃する。
その光景を横目に蓮はあることに気づいた。
(なんか……身体が軽い)
坂道や岩場で体勢を崩しかけても自然とバランスを保つことができる。グレイスもそれに気づいた様子だった。
「……無意識だろうがかなりの体幹だな」
寡黙なグレイスの意外な言葉に戸惑う蓮だったが自分でも理由はわからない。
昼過ぎ山道で休憩する蓮は誤って尖った岩に手をついてしまった。
「っ!しまっ……」
浅いとはいえ出血は止まらない。慌てる蓮をグレイスが見つめていた。
「失礼する」
無骨な手が蓮の手を取り傷口を見定める。しかし次の瞬間グレイスの表情が変わった。
「傷が……消えた」
出血が止まっただけではない。まるで最初から無かったかのように傷跡すら消えている。
蓮自身も驚愕する中グレイスは小さく呟いた。
「やはり…器か」
草原を歩きながら蓮は傷跡の消えた手のひらを見つめていた。
(一体どうなってるんだ……)
小休止が終わり前を歩くグレイスの背中に声をかける。
「あの……『器』ってなんですか?」
グレイスは足を止め振り返ることなく答えた。
「……知ってどうなる」
「それは……そうなんですが、傷が消えたりなんだか気味が悪いです」
「知る必要がない。今はな」
素っ気ない返答に蓮は黙り込む。だが次のグレイスの一言が鋭く刺さった。
「お前の国のことを聞き忘れていた」
「あ……日本です」
「ニホン?」
グレイスの足が止まった。鋭い眼差しが初めて蓮を正面から捉える。
「聞いたことがない国だな。どこの地方の村だ」
「村じゃないですけど……日本って島国で」
「島国」
低く繰り返されるグレイスの声には今までにない鋭さがあった。
「地図に載らん名前だ。つまり—」
沈黙が数秒流れる。
「……異邦人か」
重い息を吐くグレイスの表情には警戒の色が浮かんでいた。
「いや……偶然迷い込んだ者かもしれんな」
「偶然……」
「ならば好都合だ」
グレイスは蓮の肩を掴んだ。
「お前は今日から『レン』だ。我が国に辿り着いた難民として扱う。本来の名前は捨てろ」
「えっ……本名じゃダメなんですか」
「事情を知られたくない。保護する代わりに王都では余計なことを喋るな」
その金の瞳には拒否を許さぬ厳しさがあった。
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