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バスクとの衝突

昼の訓練開始前、グレイスが重厚な声で宣言した。


「本日から正規団員として迎えるレンだが──彼は治癒と剣術の二つのスキル保持者である」


どよめきが広がる。


「ちょっと待ってくださいよ!」


ボルドが跳ねるように前に出る。


「今まで黙ってたってことですか?」


「レンのスキルに関しては最近判明したところだ…兆候はあったがな」


「そもそも彼は村にいた頃は農民だったようだ、スキルのことなぞ知る事も無いだろう」


ガロウが補足する。


嘘と真実を織り交ぜた説明だ。


「それで?治癒スキルはどうなんだ?」


フェレが目を輝かせる。


「怪我したとき頼んでもいいのか?」


「今は……自分の傷を癒すのが精一杯で」


レンが俯く。


「スキルの完全習得にはまだ訓練が必要だ」


グレイスが割って入る。


納得する者、不満げな者、様々な反応が渦巻くなかバスクだけは腕を組んで無言だった。



訓練後、水場でレンが汗を流しているとバスクがやってきた。


「見損なったぜ」


猪の牙が光る。


「お前みたいなひ弱な奴がスキル二つも持ってるなんてよ」


「それは……」


「俺なんてずっと鍛錬してきたのに未だノーマルスキル一個だ」


彼の拳が地面を叩く。


「不公平だと思わねぇか?」


「そんなつもりじゃ……」


「いいか」


バスクが模造刀を投げる。


「もう一度試合だ。今度こそ勝たせてもらう」


レンが拾い上げた瞬間だった。


「勝負だ!」


訓練場に駆け込む二人に人々が集まる。

審判役はライガが引き受ける。


「今回は寸止め無しだ」


バスクの動きは前回より鋭い。

全力で打ち込む。


だがレンのスキルが自然と最適な防御を選択する。

バスクの一撃が空を切る。


「ちっ!」


再び斬りかかるがレンの剣が蛇のように絡みつき弾き飛ばす。

そのまま懐に入り込み剣先がバスクの首筋に触れた。


「そこまで!」


ライガの声。

歓声が上がる。

だがバスクは歯を食いしばりレンの手を振り払った。


「……もう一度だ」


レンは黙って頷く。

再度の試合も結果は同じだった。


***


膝を突き動かなくなったバスクは無言で立ち上がるとレンに背を向けて立ち去った。


「バスクさん、あの……!」


ガロウが肩を叩く。


「放っておけばいい」


「でも……僕には無理です」


レンがバスクを追った。

訓練所外れの林の中でうずくまる巨体を見つけた。


「何の用だよ」


「さっきは……ごめんなさい」


レンが頭を下げる。


「何が『ごめん』だよ!」


バスクが怒鳴る。


「お前みたいに恵まれた奴に何がわかる!」


「恵まれてる……かな」


レンが呟く。

突然理由もなく異世界に飛ばされた

漫画や小説のように楽しい異世界ライフなんて無かった

理不尽や死の危険に震えながら家族や友達にも会えない日々が続いている

様々な感情が交錯しレンの目からポロポロと涙が溢れた

バスクが唖然として固まる。


「……すまない」


レンが袖で拭う。


「僕の方こそ」


バスクがぽつり。


「八つ当たりしてた……悪い」


「気持ちはわかるよ」


レンが微笑む。

その笑顔を見るとバスクの心臓が跳ね上がった


「俺だって自分が特別だなんて思わないし……でもさ」


彼が木陰に座り込む。


「このままじゃダメだと思うんだ」


「……どうすんだよ」


「訓練をもっともっと頑張ってちゃんと治療スキルも使えるようになって」


レンが拳を握る。


「いつか本当に誰かを助けられるようになりたい」


バスクは黙って聞いていた。

やがて猪の鼻から長い息が漏れる。


「……馬鹿だなお前」


だが声には敵意がない。


「そんな理想論で通用するほど現実は甘くねぇぞ」


「わかってる」


レンは真剣な顔になる。


「でも諦めたら……ここに居られなくなるから……」


「ンな訳あるかよ……馬鹿野郎」


夕陽が二人を照らすなか初めて対等に言葉を交わした時間が流れた。


レンが俯く。


「だけど……どちらにしろ誰かを助ける力があるなら使わない理由はないと思う」


バスクがため息をつく。


「お前のその甘々な正義感……嫌いじゃねぇけどな」


夕暮れの光が猪獣人の横顔を照らす。

赤銅色の毛並みがオレンジに染まっている。


「それにしても」


バスクが首を振る。


「お前ってほんとムカつくやつだな」


「えっ?」


「その正論ぶりすぎるとこだよ」


彼が鼻を鳴らす。


「でも……認める」


「認める?」


レンが首を傾げる。


「お前が強いってことを」


バスクが拳を差し出す。


「そして多分……もっと強くなる…勿論俺もな」


レンが笑顔でその手を握る。


「ありがとうございます」


「礼を言うのはこっちの方だ」


バスクの顔はさらに赤く染まり声は小さくなった。


「色々と……悪かった」


二人の間を夕風が吹き抜ける。


「さて」


バスクが立ち上がる。


「そろそろ戻らないとな……まーた大目玉だなこりゃ」


「僕も一緒に罰を受けますよ」


そう笑顔で提案するレンの顔をバスクは直視する事が出来なかった。


***


林の出口でガロウは腕組みをして佇んでいた。彼の大きな耳がピクピクと動く


(やはりレンは想定以上に素直だ)


彼の黒曜石のような瞳が細まる。


(バスクもあれで意外と純情だからな……おそらく明日には態度が変わるだろう)


ガロウの分析眼は鋭い。部下たちの性格や関係性をすべて頭に叩き込んでいる。


(この調子なら内部の結束を強める良いきっかけになりそうだ)


***


訓練所に戻ると他の団員から好奇の目が向けられた。


「やっと仲良くなったか」


ボルドがニヤニヤしながら寄ってくる。


「長かったなぁ」


「余計なお世話だ!」


バスクが吠える。

そのやり取りに笑いが起きる。

レンは不思議そうに眺めていた。


(こういうのも悪くないかも)


夕焼けが城壁を朱に染める中で騎士団の輪の中に溶け込んでいく実感があった。


***


賑やかな集団から離れた場所─城壁の塔の上─暗闇に溶け込むように影が動いた。


「……動き出したか」


低く籠もった声。


手袋に包まれた指が異形の卵を弄ぶ。


「次の試練をどう乗り越えるのか見ものだな」


影が夜風に乗って姿を消していく。その存在に気づく者は誰一人としていない。

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