白衣の三毛猫
翌朝5時。冷たい石畳が足裏を刺すような早朝、レンは緊張した面持ちで治療院の扉の前にいた。
「入るぞ」
グレイスがレンの前に立ち扉を開ける。
熊の毛皮のような分厚い上着はいつも通りだが、その琥珀色の瞳は普段より鋭い。
***
扉に入ると白衣姿の三毛猫獣人が出迎えてくれた。
「おはようございます、朝早くから大変でしたね。温かいお茶を用意していますので奥へどうぞ」
ニパッと笑って奥へ案内してくれる。
そのままテーブルと椅子のある部屋へ通される。
進められるまま席に着くと、カイレンは一度奥に引っ込むとカップを2つ持ってきた。
「では、改めまして。私はカイレン・オストラッドといいます。この王都で治癒師として働いています」
そう言いながらコトンッと肉球の装飾のされたカップをレンの前にだけ置く。
「この辺りには比較的治安は良いですが、たまに傲慢な熊が出ますから、早朝出歩くのはお勧めしませんが、これから宜しくお願いしますね」
ニコニコした顔をレンに向けながら
もう一つのカップに口をつけるカイレン。
その背後には見えない筈の毛を逆立てた猫の姿が見えた気がした。
「……カイレンは昔からの馴染みだ。ハルクと俺の3人で一時期PTを組んでいたことがある」
少しムスっとした様子のグレイスが口を開く。
「そ、そうなんですね……改めましてレンです、よろしくお願いします」
レンは腰を上げるとカイレンに向かって頭を下げた。
灰色の毛並みを持つ三毛猫獣人が柔らかな微笑みで出迎えた。
「レン君の治癒の件は一通り聞いてます。私も一応治癒スキル持ちなので力になれると思います」
***
カイレンによる治癒実験が始まった。
「失礼しますよ」
そういうと爪でレンの腕に薄く傷を作る
少し淡い光が出ると一瞬で傷が塞がった。
「次はもう少し深く傷をつけますね」
そう言いながら先程までより深い傷をつくる。
やはり同じく傷は一瞬で消えた。
「なるほど…ではこちらはどうでしょう」
スッと小さなナイフを取り出すと少しだけ傷をつける。
「……ッ?」
レンが違和感で思わず手を引く
手元を見ると傷は綺麗に消えていた。
「ピリピリしたりしますか?」
カイレンがレンに問いかける。
「一瞬ピリッとしましたが、今は何ともありません」
猫獣人の目が驚愕に見開かれた。
「これは……なるほど」
カイレンが困惑気味に口元を押さえる。
「単なる『治癒』ではないようですが……」
「どういう意味だ?」
グレイスが身を乗り出す。
机上の書類が崩れ落ちる。
「正確には『治癒+α』といったところでしょうか。普通の『治癒』ならばここまで深い傷は塞げませんし……あと最後のナイフは微量の痺れ薬を塗ってありました。効果のほどは測れませんが『浄化』効果もあるようです」
カイレンは首を傾げる。
「流石はユニークスキルと言ったところか…」
グレイスは眉間の皺を深くする
「ユ、ユニークスキルですか⁈」
ガタッと驚愕の声を上げながらカイレンが立ち上がる。
「声を落とせ」
グレイスの低い声が室内に響く。
「これが公になると厄介だ」
「ああ……申し訳ありません。いや、わかってたなら最初から言いなさい」
カイレンは慌てて口を抑えるが同時に不満も漏らす。
グレイスが咳払いして続ける。
「それはここだけの話だ。公式には『剣術』スキルと『治療』スキルの二つ持ちということにしておこう。それだけで俺が特別扱いしている事を含め納得するものは多いはずだ」
カイレンが頷く。
「わかりました。正式な報告書にはそう記載します。…とはいえスキルの2つ持ちも騒ぎになりそうですが…」
「それを言うなら俺もだ」
グレイスはこともなげに言う
「…だからえらいことなんですよ」
カイレンが苦笑する。
「とはいえ私はあなたの友人としての立場の方が重要ですから。秘密は守りますよ」
グレイスは安心したように頷く
「では治療の基礎から始めましょうか。自動発動は良い側面もありますが…コントロールできるに越したことはないでしょう」
二人はレンに向き直る
「まず君には患者の症状を正確に把握する力を身につけてもらいます。治癒スキルは万能ではありませんからね」
カイレンがレンに向かって告げる。
それに続くグレイス
「加えて可能であれば、他者への治癒も習得するべきだな」
コクっとレンが頷く。
「はい、出来れば他人を癒すことが出来たら嬉しいです」
「わかりました。私のスタンスは基本的にはスキルに頼らない治癒ですが……仕方がありませんね、機会を設けます」
カイレンがポリポリと頭をかきながらため息をつく。
「では本日からしばらくの間、君のお世話をさせていただきます。よろしくお願いしますね」
ニパッと笑いながらカイレンが手を差し出してくる。
レンはその手を両手でギュッと握り返した。




