貴族の失言
森を抜けた先で一行は待ち受けていた馬車の前に立った。
豪華な装飾が施された一台は明らかに貴族用で、その側に立つ痩せた鷹獣人の男が苛立たしげに羽を震わせていた。
「遅い!いつまで待たせるつもりだ!」
男の甲高い声が夕暮れの空に響く。貴族のバルナスだった。
彼の目は疲労と焦燥で充血している。
「任務遂行中です」
グレイスが巨体を揺らしながら答える。
声は低く抑えられているが鋼のような硬さがあった。
「何が任務だ!私の護衛任務だろう!?君たちが遅れるせいで予定が狂った!」
バルナスの足が地面を叩く。
「しかも何だあの爆音は?一体何が起きた!?」
ガロウが冷静に報告する。
「想定外の魔獣襲来。小規模な遭遇戦に至りました。全員無事に撤退完了しております」
「魔獣⁈冗談ではない!勝手に護衛を離れおって!」
バルナスが唾を飛ばす。
「今後こんなことがあれば責任問題になると思え!」
グレイスが一歩前に出た。
「閣下のご理解を得られず残念です。しかし我々の最優先任務は貴方の安全確保。まだ付近に魔獣が居る可能性があります。これ以上の議論は本日ではなく後日改めてお願いいたします」
バルナスの顔が紅潮した。
「貴様……!」
バルナスの声は狂気に近い。
「私が怪我をしていれば即刻斬首ものだぞ!」
ダリウスが鼻を鳴らす。
「まったく……こんな無能な連中に任せたのが間違いだった!」
そして小声で呟く
「計画も何も上手くいかぬ…これでは彼の方に何と報告すれば…」
一瞬の静寂。グレイスとガロウの耳だけがその声を捉えた。
貴族が慌てて周囲を見回す。
「……いや、なんでもない」
「……そうですか」
グレイスが深く頷く。
「とにかくお怪我がなく何よりです」
「ふん!」
ダリウスが馬車に乗り込む前に振り返る。
「この程度の任務すらまともにできんとは!給料分の仕事はしてもらわねば困るぞ!」
扉が閉まる。
馬車が走り出すと同時に関節が軋む音が聞こえた。
木製の車体は明らかに老朽化しており貴族の贅沢趣味を露呈していた。
***
街道沿いの宿営地に着くと騎士たちは一斉にテントを張り始めた。
夕日に照らされた彼らの動きには訓練された精確さがあった。
焚き火の周りでは早速酒盛りが始まる。誰かが皮袋から麦酒を配り始めた。
「飲めよ」
虎獣人の騎士がレンに杯を押し付ける。
「今日はお前のおかげで助かったしな」
レンは戸惑いながらも受け取る。喉を通る苦味は新鮮だった。
少し離れた所でガロウとグレイスが小声で話し合っていた。
「先ほどの件ですが……」
ガロウが慎重に切り出す。
「ああ」
グレイスの黄金の瞳が遠くの山脈を見つめる。
「あの男……明らかに何か企んでいるな」
「計画という単語を漏らしていました。匂いも焦燥、混乱、苛立ち……いくつもの感情が入り混じっていましたね」
「そうだな」
グレイスが低く唸る。
「あの魔獣出現も偶然ではないかもしれん」
更に声を落としてガロウが告げる
「バジリクスに刻まれていた刻印ですが…ゴブリンの方にも何体か同じ刻印が刻まれていました。通常個体だけであればあそこまで混戦になる事はなかったかと」
「やはりか…」
二人の会話を遮るようにバスクが駆け寄ってくる。
彼の猪耳は興奮で立ち上がっていた。
「団長!あの……」
「わかっている」
グレイスが巨体を翻し背中越しに手を振る。
ガロウが小さく微笑む。
「バスク今日はよく戦った」
バスクは照れ臭そうに鼻を擦ると
「お疲れ様でした」
と頭を下げて去って行った。
残された二人は再び視線を交わす。
「レンの存在が何かを探っているのでしょうか?」
ガロウが問う。
「おそらく。あるいは……」
グレイスが言葉を選ぶ。
「既に我々の『秘密』に気づきかけているかも知れんな」
夕風が二人の間を吹き抜ける。
夜の帳が下りる前に火は消され星々が天を覆い始める。




