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戦いの後

森は沈黙に包まれていた。

巨大なバジリクスの死骸から立ち昇る蒸気だけが、先ほどまでの戦いの痕跡を告げている。

騎士団の半数が地に座り込み、荒い呼吸を繰り返していた。


「立て!休息は陣地で取れ!」


指揮官役の騎士が鞭のような声を上げる。

彼の頬にはゴブリンの爪痕が赤く滲んでいた。


「動けない者は後方に回せ!」


倒れていた騎士たちが互いに肩を貸し合いながら立ち上がる。

誰もが無傷ではなかったが、奇跡的に死者は出ていない。


レンは砕けた剣の柄を握りしめ、立ち尽くしていた。

彼の視線は負傷者たちの上を彷徨う。血に染まった鎧、痛みに歪む獣人たちの顔――。


(治癒は……使えない……)


彼の『治癒』スキルは自己治療専用だ。無力感が胸を締め付ける。


「おい」


鋭い声が飛んだ。

バスクが歩み寄ってきた。

彼の猪耳は興奮で逆立ち、額には汗が光っている。


「何やってんだよ、お前」


バスクの声には苛立ちと困惑が混じっていた。

彼の瞳には恐怖と安堵が渦巻いている。


「勝手に突っ込むなんて……死ぬとこだったんだぞ」


レンは俯いた。


「すみません……先輩が……」


「先輩? 笑わせんな」


バスクが唾を吐き捨てる。


「お前が行ったって何もできねぇだろ。剣は折れるし、結局団長に助けられたじゃねぇか」


彼の声は次第に震えを帯びる。


「あんな真似して……俺がどんな気持ちだったと思ってんだよ……」


嫉妬と恐怖。レンが無謀な行動に出たことで生まれた感情の嵐。

バスクは自分の感情をコントロールできずにいた。


「バスク」


冷静な声が二人の間に割って入った。

ガロウだった。

銀狼の騎士は無表情で二人を見下ろしている。


「ここは戦場だ。感情で責めるな」


彼の青灰色の瞳がバスクを射抜く。


「勿論新人が身の丈以上の行動に出たのは褒められたことではないが」


彼は続けた。


「だがお前の恐怖はわかる。俺だって初めて魔獣を見たときは小便ちびりそうになったもんだ」


バスクの耳がピクリと動いた。

意外な言葉に戸惑いの色が浮かぶ。


「レン」


ガロウの視線がレンへ移る。


「団長が呼んでいる」


レンが驚いて顔を上げた。


グレイスが森の奥で手招きをしている。


「はい……」


グレイスの元へ向かうレンの背中を見送りながらバスクは歯を食いしばった。

ガロウが小声で言う。


「お前があいつを気にかける気持ちはわかる」


「わかって……ますけど……」


バスクが言葉を濁す。

ガロウはそれ以上何も言わず、負傷者の応急処置に向かった。


***


グレイスは刻印のあるバジリクスの死骸を調べ終え、腕を組んで待っていた。

レンが近づくと、熊獣人は振り返った。


「説教をするのを忘れていた」


ジロリと鋭い目でレンを睨みつける。


「なぜ一人で飛び出した?」


「すみません……先輩が危ないと」


「お前の力で対抗できる相手ではない」


グレイスの声は厳しかった。


「だが」


彼の黄金の瞳がレンの震える手に向けられる。


「あの動きは何だ? まるで別人のようだった」


レン自身も答えられない。

記憶は曖昧で、ただ本能に従っていただけだった。


「わかりません……気づいたら」


グレイスは深い溜息をついた。

グレイスは一瞬レンを凝視した。

彼の目に一瞬複雑な色が浮かぶ。


「わかった、作業に戻れ」


「はい……ありがとうございました」


去ろうとするレンの肩にグレイスの太い指が触れた。


「お前が今日無事だったのは運が良かったからだ。己の力を過信するな」


レンは黙って頷いた。

グレイスの警告は正しい。

だが同時に、自分の中に芽生えた得体の知れない力への戸惑いもあった。


***


森の出口近くで、騎士たちが談笑していた。

レンが近づくと会話が止み、皆が微妙な表情で彼を見る。

バスクが居心地悪そうに頭を掻いている。

どうやら他の団員に何か言われたらしい。


「よう、お前なかなか肝が据わってるな」


虎獣人の騎士がニヤリと笑った。


「でも無茶しすぎだ。死んだら英雄になれるってのか?」


別の犬獣人の騎士が口を挟む。


「まあ命あっての物種だしな。それにしても……」


彼の視線がレンの腰のあたりに注がれた。

砕けた剣の残骸がブラブラと垂れ下がっている。


「それじゃもう戦えねぇな。さてどうすっか……」


そこへガロウが到着した。

銀狼の騎士は厳しい目で全員を見渡す。


「私語を慎め」


彼の一言で場が静まり返る。

ガロウはレンに近づくと静かに言った。


「団長からの命令だ。特別に俺の予備を貸してやる」


「いいんですか?」


レンが驚いて尋ねる。


「構わない」


ガロウはバスクにも視線を向けた。


「バスク」


「はい!」


「お前も今回の戦いでよく戦った。ただ、自分の未熟さを認めることも大切だ」


ガロウの意外な言葉にバスクは目を丸くした。


「……ありがとうございます」


ガロウは僅かに頷くと踵を返した。


「よし、全員列を乱すな。帰還するぞ」


レンは新しい剣を握りしめた。

まだ使い慣れない感触。

だが確かに感じる重みが、彼に新たな決意を与えていた。

後方ではバスクが小さな声で「クソ……」と呟きながらも少しだけ落ち着いた表情を取り戻していた。

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