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スキルの兆し

朝靄がかかる訓練場に集まった騎士団員たちの中に、小さな人影があった。

レンは借り物の訓練服に身を包み、必死に足を運んでいる。


「走れ!まだ半分も終わってないぞ!」


バスクの怒鳴り声が響く。

新入りとしての容赦ない訓練が始まったのだ。


レンは肺が破裂しそうになりながらも、足を止めずに進む。


(僕は走るだけで精一杯なのに……特別な存在なわけないじゃないか……!)


汗だくで訓練を終えた後は城内の清掃当番だった。

バスクが雑巾とバケツを投げてくる。


「次はトイレ掃除だ。終わるまで昼飯抜きだからな」


午後の訓練は実践形式だった。

騎士団員たちは二人一組で模擬剣を交えている。

レンの相手はもちろんバスクだ。


「準備はいいか?」


ガロウが審判役を買って出る。

銀狼の鼻が微かに動いた。


(この人間……普通じゃない匂いがする)


「いつでも」レンは深呼吸して剣を構えた。


「開始!」


バスクの猪突猛進型の攻撃が炸裂する!勢いに任せた一撃は床板を震わせる。


「うわっ!」


レンは辛うじて回避するが、バランスを崩して尻もちをつく。


「どうした新人!そんなもんじゃ王国は守れないぞ!」


バスクの罵声が飛ぶ。

しかし目は真剣だ。猪獣人としての誇りと新入りへの苛立ちが混ざり合う。


(人間風情が……特別扱いされやがって!)


「馬鹿野郎!ちゃんと加減しろ!!」


怒号と共にガロウの拳がバスクの頭に振り下ろされた。


***


三十分後。

レンは地面に膝をついていた。


「はぁ……はぁ……」


全身汗まみれで息ができない。

最初の一撃の後はバスクに対してひたすらに攻撃するよう指示された

しかし、ただの一撃も掠る事すらなくいなされ、転がされ続けてしまった。


「まだまだだな。休憩してろ!」


***


「ちゃんと構えろ新入り!頭を叩き割っちまうぞ!」


バスクの雄叫びと共に剣が振り下ろされる。


(怖いっ!)


その刹那——

レンの脳裏に稲妻のような閃きが走った。


(動きが……予める⁈)


時間が歪んだように感じる。

バスクの腕の筋肉の収縮、重心の移動、視線の向き——全てが鮮明に見える。


体が勝手に反応した。最小限の動作で剣を構え直し——


「なっ!?」


バスクの驚愕の声。

レンの剣先が滑るように相手の斬撃を逸らし、そのまま突き技へ移行する!


「そこまで!」


ガロウの警告と同時に——

パキンッ!

乾いた音と共にレンの足元の床板がひび割れた。

強制的に体勢を崩したレンはうつ伏せに倒れ込む。


「……チッ」


バスクが舌打ちしたが、その目は明らかに揺れている。


「今の……お前」


バスクが近づく。


「初めてだな?あんな動き」


「いえ……自分でもよくわからなくて」


レンは混乱していた。手が微かに震えている。


(今のは……なんだ?なんで急に???)


周囲の騎士団員たちがざわめく。


「おい見たか?新人の突き技」


「新入りなのに妙に洗練されてたぞ」


ガロウの銀色の瞳がレンを貫いた。強烈な視線だ。


「妙な匂いだ……この人間」

小声で呟く。


(明らかにただの民間人じゃない。スキル持ちか?いや……それ以上の何かを感じるが……)


「随分と騒がしいな」


低い声が響く。グレイスが訓練場に現れた。


「ガロウ、レンを私の執務室へ」


「はい!」ガロウが敬礼する。


***


(スキルの兆しか……)


グレイスがレンの震える拳を凝視する。

床が割れたのは幸いだった。完全に発動したら手遅れだった。


「申し訳ありません……」


レンは俯いた。


「突然頭の中が……」


「責めているわけじゃない」


グレイスの声が柔らかくなる。


「むしろ幸いだ。もう1つのスキルの兆しが掴めたのは大きい」


ガロウが無言で立っている。

彼の耳がピクリと動いた。


「あの……団長」


ガロウが慎重に口を開く。


「レンに特別な訓練をすべきでは?あれは相当な素質ですよ」


その提案に躊躇するグレイス


(慎重に動くべきだ……)


「しばらくは下働きではなく、普通の新人として扱う」


グレイスが決定を下す。


「了解しました」


ガロウの鼻が微かに動く。


(やはり何かあるな……団長はもう1つのスキルと言った……少なくとも2つのスキル持ちという事か?)


***


訓練が終わったレンは宿舎の片隅で膝を抱えていた。


(やっぱり僕は……特別なのかな)


手の震えはまだ収まっていなかった。あの時の感覚は言葉にならない。


「おい」


背後から声がかかった。バスクだ。


「今日の晩飯、一緒に食べないか?」


「え……?」


「お前のためだ」


バスクの耳がわずかに赤くなる。


「その……よくわかんねーけど、あの動きの事あまり聞かれたくないんだろ?」


(……本当は優しいのかも)


レンが微笑む。

「はい……ありがとうございます」


バスクが照れくさそうに背を向ける。


「勘違いするなよ!新人教育の一環だ!」


彼の尻尾が微妙に左右に揺れていた。


(この人間……なぜか目が離せないんだ)


バスクは心の中で呟いた。


(獣人のプライドが邪魔をするが……何故か)


***


深夜。グレイスの寝室に銀狼獣人が姿を見せた。


「団長。本日の調査結果です」


彼は羊皮紙を差し出す。そこにはレンの今日一日の行動が詳細に記されていた。


「問題の剣技……通常の学習では不可能な速度で習得しています。しかも……」


ガロウの目が鋭く光る。


「最後は明らかに『見切る』能力が働いていました。あの床の亀裂も……防御反応ではなくカウンターの踏み込み跡です」


グレイスが低く唸る。


「やはり……そうか」


「はい。断言はできませんが高確率で強力なスキルと推測します」


沈黙が部屋を満たす。


「お前には真実を話す、たが決して他言するな」


そうグレイスが切り出す


***


「……なるほど」


ガロウの低く抑えた声が静寂を破る。


「そういうことでしたか」


執務室の蝋燭の炎が揺らめく中、銀狼獣人ガロウの影が壁に伸びていた。

彼の精悍な顔立ちが月明かりに浮かび上がり、普段は冷静な緑の瞳が鋭く輝いている。


「レンは『器』だったのですね……しかも異界から来た特別な」


ガロウの言葉に感情は無い。

ただ事実を確認しているだけだった。


「道理で……常識外の反応でした」


グレイスは机上の羊皮紙を整理しながら、淡々と続ける。


「そうだ。そして念の為『詐称の石』でスキルを偽装している。今は単なる一般人として振る舞う必要がある」


それを聞いてガロウはホッと一息付く


「通りで、俺の『超嗅覚』が反応しないわけだ……鈍ったかと思って焦りましたよ」


ガロウが一歩近づいた。

彼の鼻が微かに動く。

嗅覚鋭敏のスキルを持つ彼は、相手の心理状態すら嗅ぎ取れる。


「団長が彼を特別扱いするのは理解できます。しかし……」


彼は珍しく躊躇した。


「彼の持つ力はあまりに大きい。すでに周囲の注目を集めています」


「わかっている」


グレイスが重い声で答えた。


「だからこそ慎重にならざるを得ない。異界の『器』の存在は極秘事項だ」


部屋の空気が凍りつく。

ガロウはゆっくりと頷いた。


「異界の『器』については俺も聞き及んでいます。

異世界からの来訪者……ユニークスキルの保持者であり伝説の英雄の素質を持つ者」


彼は慎重に言葉を選んでいる。


「ですから……団長の懸念も分かります。このヴァルシオンでは『器』はいくつかの側面を持ちますから」


「そう」


グレイスの声はさらに低くなった。


「英雄として崇められればまだ良し。だが『兵器』として扱われるか……あるいは『脅威』として狙われるか」


ガロウは窓辺に視線を移した。

深夜の街の灯りが点々と広がっている。


「お前の『超嗅覚』は十分に役立つ、この件に関しては最高の協力者だ。特に……あのバスクの動きには注意が必要だ」


「彼の事ですか」


ガロウの表情が僅かに曇る。


「確かに猪突猛進型ですが……」


(レンに対する彼の反応は興味深いものがある)


グレイスは机上の書類を叩いた。


「お前ほどではないが、本質を見抜く鋭さがある。レンの特殊性に気づき始めている」


ガロウが眉を寄せる。


「ではバスクにも真実を?」


「絶対にダメだ」


グレイスの声に鋼のような強さが宿る。


「あいつは感情的すぎる。第一……」


彼は一瞬言葉を濁した。


「奴は誇り高さゆえに判断を誤る可能性がある」


ガロウは黙って頷いた。

猪獣人は名誉と実力主義だ。

人間の少年が異世界から来た『器』だと知れば……どんな反応を示すか想像に難くない。


「了解しました」

銀狼獣人は深く一礼した。


「引き続き監視と情報操作を行います。特にレンの『普通』の振りを助けるために」


「頼む」


グレイスは椅子から立ち上がった。


「改めて、明朝からレンは『普通の新人』としての訓練に入る。お前は遠くからサポートしろ」


「はい」


ガロウが再び一礼する。


「一つ懸念があります」


「なんだ?」


「あのスキルがなんであれ」


ガロウの声がわずかに震えた。


「伝説とも言える力が……もし間違った形で開花すれば……」


グレイスは窓の外を見た。


夜空に浮かぶ巨大な三日月が不気味に輝いている。


「だからこそだ、そうならぬよう……我々が見守るのだ」


ガロウは無言で頷き、踵を返した。

銀色の毛並みが月光に煌めいている。


「では失礼します」


彼が執務室を出ようとした時、グレイスが呼び止めた。


「ガロウ」


「はい?」


「……レンの事……どう思う?」


銀狼獣人は一瞬躊躇ったが、正直に答えた。


「少々気が弱いところはありそうですが、人間としては……意外と芯の強い良い少年かと。」


グレイスの唇の端が微かに上がる。


「そうか」


ドアが閉まり、執務室に静寂が戻った。


グレイスは一人深いため息をついた。


窓辺に立ち、城下町を見下ろす。


(何が起きても守る……この国の秩序も……あの少年も)

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