第4話:城に灯る、もうひとつの祈り
「……そなたが、あの“聖女”とはな」
重々しい声が響いたのは、魔王城の大広間。
黒曜石の柱が並ぶその空間に集まったのは、魔族の長たち――リュミエールの帰還にざわつく者たちだった。
「“魔王”として現れた貴女が、今は“人間の神の使い”とは……皮肉だな」
言葉を投げたのは、紅角族の長老、ザルグ。
威圧的な風貌に反し、その瞳にはどこか寂しげな色があった。
「皮肉だと笑ってくれていいわ」
リュミエール――私は、静かに答えた。
「私はどちらにも属せなかった。
人間に裏切られ、魔王になり、
でも、魔族を滅ぼすほどの憎しみを持ち続けることもできなかった」
その言葉に、大広間が静まり返る。
「だからこそ、私は“祈る”ことを選んだの。
種族も、過去も、罪も、癒しで包み込める未来が、きっとあると信じて」
その夜、私はエリアスとともに、城の外に出た。
廃都の残響と月明かりだけが、私たちを照らしていた。
「……これからどうするの?」
「王都に戻る」
エリアスは迷いなく言った。
「私は貴女の正体を伏せたまま、王都へ報告するつもりだ。
“魔王城の再興”は確認したが、“敵意なし”として処理する。
――しばらくの間、時間を稼ぐつもりだ」
「……助けてくれるの?」
「私は、貴女に救われたんだ」
彼の声には、迷いがなかった。
「民を癒す聖女としての貴女も、
魔族を救う魔王としての貴女も、
どちらも偽りではなかった。
その証を、私はこの目で見た」
私は小さく息を呑んだ。
(……私はまだ、許されていないのに)
「それでも、誰かの祈りになれるのなら――」
その瞬間。
空気が変わった。
遠く、聖都アストレリア方面から、冷たい風が吹いたように感じた。
「……なに?」
私は振り返り、空を見上げる。
胸の奥に、ざらりとした“違和感”が生まれていた。
そのとき。
魔王城の塔に待機していたカミュが、慌てて駆け込んできた。
「リーナ様! これは……ただ事ではありません!」
「どうしたの?」
「王都の《大聖堂》――“異端審問会”が動き出しました。
名指しで、聖女リーナの“魔素干渉疑惑”が告発されたと……!」
「……っ!」
一瞬で血の気が引いた。
“魔素干渉”――
それは、聖女の力が“魔族由来”のものであるという、
最大の冒涜行為を意味する罪。
「誰かが、私の正体に気づいた……? でも、なぜこのタイミングで……」
「王都に潜んでいた“神導院の派閥”が、
貴女の影響力に危機感を覚えたのでしょう」
(エリアスが王都へ戻る……その行動すら、利用された?)
私の背筋を冷たいものが走った。
「聖女としての私が断罪されれば、
魔王としての過去も、癒しも、すべて消えてしまう……!」
このままでは――
魔族の居場所も、癒しの祈りも、すべてが“神の名のもとに”断罪される。
そのとき、エリアスが静かに言った。
「……ならば、向かおう」
「え……?」
「貴女はもう、逃げるだけの存在じゃない。
“聖女”としても、“魔王”としても――
癒しを信じる者として、王都へ祈りを返しに行こう」
私は言葉を失った。
(それは……もう一度、“人間の世界”へ踏み込むということ)
迷いはあった。
けれど、もう一度だけ、信じてみたいと思った。
誰かの怒りではなく、
誰かの恐れではなく――
“誰かの救い”として、自分の祈りを届けられる日が来ることを。
「……わかった。行きましょう、エリアス。
王都に、“もうひとつの祈り”を――灯すために」
闇夜の中、二人の祈りが交差した。