第3話:聖女と副団長、再会の空
夜空を裂くように、王国の飛行艦が魔王城の上空に現れた。
その艦首に立つのは、銀の甲冑をまとった男――エリアス・セレム。
「……やはり、この城は存在していたか」
低く呟くその声は、決意に満ちていた。
一方、魔王城のバルコニー。
そこには黒き外套に身を包み、ゆらめく魔素を纏った一人の女が立っていた。
――元・魔王、リュミエール。
かつて、人類を滅ぼしかけた大罪人。
「ようこそ、神殿騎士団副団長・エリアス殿。
貴殿がこの城に訪れる理由は、我が城の民にとって――脅威かしら?」
声は落ち着いていたが、その内側では緊張が走る。
彼女の正体が“リーナ=聖女”だと知られれば、すべてが崩壊する。
「……その声、その瞳――」
エリアスはわずかに目を見開き、そして小さく吐息をついた。
「貴女は……リーナ様だな」
(……っ、気づいてる!?)
リュミエール――いや、“私”は、一瞬だけ視線を逸らしそうになった。
だが、踏みとどまる。
私はもう、誰の仮面でもない。
「……どうして、そう思ったの?」
「わからないと思っていたか? 貴女の祈り、癒しの魔力、手の温もり……
誰より近くでそれを見ていたのは、私だ」
「だったら――どうするの?」
私はゆっくりと両手を広げる。
「私は、“聖女”として癒しを与え、“魔王”として魔族を救ってきた。
嘘だった。裏切ってきた。誰にも告げず、すべてを隠していた。
それでも、貴方は私を裁くの?」
……一瞬、静寂が降りた。
しかし、次の瞬間――
「――私は、裁く権利など持たない」
「……え?」
エリアスは剣を鞘に収め、ゆっくりと頭を垂れた。
「貴女は、何も壊していない。
むしろ、人間にも、魔族にも、同じ“癒し”を差し出した。
それが――私には眩しかった。ずっと……」
彼の声は、震えていた。
「貴女がどんな過去を背負っていようと、私は知っている。
今の貴女は、誰よりも“救い”を与えている存在だ」
風が吹いた。
バルコニーで揺れる私のマントを、彼の手がそっと掴む。
「リーナ様。いや、リュミエール殿。
貴女は、“何者か”である必要はありません。
ただ、“あなた”でいてください」
その言葉に――私の中で、何かが音を立てて崩れた。
ずっと抱えてきた罪。
ずっと隠してきた正体。
誰にも言えなかった想い。
それを、彼はただ「受け入れる」と言った。
「……ありがとう、エリアス」
私は初めて、聖女でも魔王でもなく――
ただの私の声で、彼の名を呼んだ。
夜空に咲く星たちの下。
人と魔の狭間に立つふたりは、はじめて同じ空のもとで、同じ未来を見上げた。