第2話:魔族の子どもと、涙の祈り
「せんせぇ……また、光、くれるの……?」
夜の魔王城、地下の癒しの間。
その一番奥のベッドで、私の袖をぎゅっと握ってきたのは、小さな魔族の女の子だった。
彼女の名はフェル。
まだ六つにも満たない、闇霧族の子ども。
かつて人間の騎士団による“粛清作戦”で、家族も故郷も失った彼女は、
唯一生き延びた際に大きな火傷と毒傷を負っていた。
「もちろん。今日も光を、いっぱい贈るわね」
私は優しく微笑み、彼女の胸に手を添えた。
――《レリス・サナトゥス》
淡い金色の癒しの光が、フェルの体を包む。
焼け爛れた皮膚が少しずつ再生し、毒の澱が魔素とともに抜けていく。
「……ふふっ。やっぱり、せんせぇの手、あったかい……」
「ふふ、フェルのほうこそ。ちゃんとご飯食べて、えらい子ね」
涙をこぼしながら、笑ってくれるその顔が、どんな祈りよりも神聖に思えた。
(……これで、いい。私は、こうしていられるなら――)
けれど、そのときだった。
「リーナ様!」
カミュが駆け込んできた。
その表情には明確な緊張が走っている。
「魔王城の結界に、王国の飛行使節が……接近中です!」
「……っ、なんですって?」
私は立ち上がり、フェルの手をそっと離す。
「急いで、結界を強化して。絶対に魔族たちに危害が及ばないように」
「……畏まりました。しかし、問題がひとつ」
カミュの声が低くなる。
「使節団の中心にいたのは……“神殿騎士団の副団長”エリアス・セレム。
昼間、王都で貴女に付き従っていたはずの男です」
「……エリアスが、なぜこっちに?」
私は顔をこわばらせた。
彼は、私の正体を知らないはず。
でも、もし勘づかれたとしたら――
私が“聖女”であり“魔王”であることが明るみに出たとしたら……
(フェルたちが、人間にまた殺される……!)
「カミュ。魔力を極限まで抑えて。私は“聖女リーナ”の姿ではなく、
かつての“魔王リュミエール”として、彼を迎えるわ」
「まさか、貴女自ら……!」
「……今の私はもう、ただの聖女でも魔王でもない。
でも、子どもたちを守る“誰か”であることだけは――選びたいのよ」
私は、金のヴェールを脱ぎ捨て、漆黒の外套を身にまとう。
その手に宿るのは、“癒し”と“破壊”を併せ持つ――
ふたつの魂の力。
(エリアス……あなたが私の敵になるのなら、私は……)
空に、王国の旗を掲げた飛行艦が見える。
そして――運命の歯車が、静かに回り出していた。