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第1話:偽りの聖女、祝福の祈り

王国歴821年、春。


王都ミリアステルには、神託の祝祭を祝う鐘の音が響いていた。

白亜の聖堂を中心に広がるその街は、人々の熱気と祈りに包まれている。


「聖女リーナ様、お疲れではありませんか?」


控室で私に声をかけてきたのは、神殿騎士団の副団長・エリアスだった。

彼は礼儀正しく、感情をほとんど顔に出さない男だが、その瞳は常に私の動きを注視している。


「大丈夫ですわ。皆さまの祈りに包まれて……むしろ、力が満ちてきます」


私はそう言って、微笑みを浮かべる。


“聖女”としては、これが正解の表情。

国に祝福を与える象徴として、民の前で疲れた姿など見せられない。


でも。


(……私の力は、もう“神”の加護なんかじゃない)


それは、かつて人間に裏切られ、心のすべてを壊されたとき。

私の内に目覚めた、破滅の力――魔王の核。


その存在を隠しながら、私は今日も“聖女”を演じている。



「では、祝福の場へ」


神殿騎士に囲まれ、私は聖堂の正面へと進む。


何千という民衆がひれ伏すその壇上で、私は両手を広げ、祈りの言葉を紡いだ。


「光満ちるこの地に、慈愛と癒しを。

命あるすべてに、清き加護を――《ルミナ・レヴェレンツァ》」


その瞬間、聖堂の天蓋に金色の光が満ち、

まばゆい輝きが群衆の上に降り注ぐ。


「う……!」「脚が……治ってる……!」


「咳が止まった! 聖女様が癒してくれたんだ……!」


歓声が上がる。

涙を流し、膝をつく者もいる。


(……よかった。今日もちゃんと、届いた)


私は祈りを終えると、そっと口元だけで息を吐いた。


けれど、その背中に――ひとつの視線が刺さっていた。


壇上の陰に潜む黒いフードの男が、私を見つめている。


(……魔素の気配? 人間じゃない……)


警戒しながらも、私は聖女としての笑顔を崩さず、その場を退いた。


(まさか、この王都の中にまで……?)


夜になれば、私はまた“魔王城”へと向かう予定だ。

けれど、どうやらこちらの世界でも、異変が近づいてきている――。



夜、空。


私は結界の隙間を縫うように飛び、南方の廃都・グリファリスへと向かった。

そこにあるのが、現在の“魔王城”。


「お帰りなさいませ、リーナ様」


出迎えたのは、魔族の執事・カミュ。

彼は獣の耳を持ち、片目に古い傷を負っているが、忠誠心は誰よりも深い。


「今日も、癒してほしい子がたくさんおります」


「ええ、行きましょう。……みんな、よく頑張って生きてくれたわね」


地下の医療室。

そこには、傷を負った魔族の子どもたちや、かつて人間に呪われた老人たちが横たわっていた。


私はその一人一人に、手を添えて癒しの光を灯す。


人間たちから見れば、私は“聖女”であり、

ここでは“魔王”として、恐れられるはずの存在だった。


でも彼らは、ただ、ありがとうと――そう、言ってくれる。


「……やっぱり、私は、こっちでも嘘をついてるのよね」


「リーナ様?」


「ううん。なんでもないわ、カミュ。

私はただ……誰かを癒す手を、止めたくないだけ」


それが、たとえ偽りの祈りでも。

罪の報いを受けていないとしても。


私は――

この手で、まだ“赦される未来”を信じたい。



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