プロローグ
王都の中央広場。
千の鐘が鳴り響く中、私は白いヴェールをかぶせられ、ひざまずかされていた。
「神の奇跡を受け継ぎし者、ここに現る――!」
人々の歓声が、空を突き抜けるように上がる。
私はその中心に立ち、金の刺繍を施された聖女服をまとい、“聖女”リーナとして崇められていた。
病を癒し、枯れた大地に花を咲かせ、死にかけた兵士の命すら救う――
私は、“神託を受けた救済者”として、今日も人々から頭を垂れられている。
でも。
(……この人たちは、知らない)
この手が、一度、世界そのものを呪い、滅ぼしかけたことを。
そしていまもなお、“魔王城”に通っていることを――)
夜。
聖堂の裏手の扉をくぐり、誰にも気づかれぬように、私は空へと舞い上がった。
黒い外套をまとい、聖女の証を隠しながら向かうのは、
人間たちが「忌むべき存在」と呼ぶ、魔物たちの最後の拠点――魔王城。
廃墟とされたかに見えたその地には、
人間に敗れ、傷ついた魔族たちが、今なお息をひそめて生き延びていた。
「……リーナ様、来てくださったのですね」
「翼の傷が、また開いてしまって……もう、飛べないかと……」
「大丈夫。痛くないように、優しく癒すわね」
私は、魔族たちの傷をひとつひとつ、手のひらで包むように癒していく。
戦いで傷ついた者もいれば、ただ“生まれつき”人間に否定された者もいる。
それでも彼らは、憎しみに支配されず、
ただ“痛みを癒される”その温もりに、微かに涙を流していた。
(私が“魔王”だったときには、わからなかった感情だった……)
誰かを呪い、壊し、裁くことではなく――
癒し、寄り添うことこそが、自分の本質なのだと、ようやく気づいたのだ。
昼は聖女として人間を癒し、
夜は魔王として魔物を癒す。
誰にも知られてはならない。
知られたとき、私はきっと、再び“処刑される存在”になるだろう。
それでも私は、今日も空を翔ける。
癒しを求める声が、どんな種族からのものであろうと、届く限りは――
(たとえこの世界に、私の居場所がどこにもなかったとしても……
私は、癒すことだけは、やめない)
誰のためでもなく。
誰かに崇められるためでもなく。
ただ、この手で――
世界を、ひとつでも“温かい場所”にしたいから。