隣に越してきたギャルは、どうやら俺のことが好きらしい。
俺は飯塚達巳、アラサー独身男。三十路を越えた童貞は魔法使いになれるとかなれないとか? そんなくだらねぇ巷の噂話なんざフィクションにすぎん。そんなファンタジーじみた世界で生きてねぇんだわ、こちとら。ふっつうの世界で生きてんだよ。昇格しなくても昇給しなくても、のらりくらりと一生懸命生きてんだよ。
だいたいなぁ、アラサーで童貞拗らせてる野郎にロクな奴なんていねぇぞ? なんっかしらの闇を抱えてるに決まってんだろ。そんな奴らが魔法なんざ使えてみろ、犯罪者量産するだけだっつーの。
あ? お前は童貞じゃないのかって? んなもん言わずもがなだろ、愚問だな。
(小声)紛うことなき童貞に決まってんだろ、いちいち言わせんな察しろ。同士よ、永遠なれ!
別に女を抱けるタイミングなんざ腐るほどあった。ぶっちゃけ容姿だって中の中くらいはあるし? それなりに青春とか送ってきたし? 彼女だのなんだのそりゃ居た時期もあるわけでな……まあ、長続きはしたことはねぇが。大概、そろそろセックスしてもいいんじゃね? っつータイミングで別れんだよなぁ、毎っ回。俺はこの現象に『手繋ぎ以上セックス未満症候群』と名を付けた。ったく、別れる前に1発2発くらいヤらせろっつーの。
あ? そんなセックスしたいなら風俗行けよって? 馬鹿野郎が! んなもん行くわけねぇだろ。こんな俺にだってプライドっつーもんがあるわけでだな、金を払ってまでセックスなんざしたかねぇんだよ。だいたいなぁ、んなことする金あんなら推しのAV買いまくって1日中しこたまヌきまくるに決まってんだろ、馬鹿が。んな野暮なこと聞くんじゃねえ。
「うーし。今日は幾億年ぶりに貧乳ギャルをオカズにするかな」
もちろんこの俺が現実でギャルと交わったことなんざぁ、一度もない。今後交わることもねえ、つーかこの先一生交わることはないと断言する。ありゃ生きてる世界線がちげぇんだよ、生き物としての格がちげぇーみたいな? あんな『バイブスブチアゲ~! なるようになるっしょ~!』のテンション感で難なく生き抜ける生物に勝てるわけがねぇだろうが。
まあ、分かりやすく簡単に説明するとだなぁ……俺は二軍! ギャルは一軍! つまりはそういうことだ。実際ああいうの苦手なんだよなー、別に嫌いでもねぇしトラウマとかあるわけでもねぇけど、恋愛対象にはならないってやつ?
あ? アラサー童貞が選り好みしてんなよって? うっせぇわ、アラサー童貞にだって人権っつーもんがあんだよ! 選ぶ権利っつーもんが備わってんだよ!
「……ん? 誰だ? あれ」
お世辞にも綺麗とは言いがたい俺が住んでるアパート。そんな俺ん家の玄関ドア前に、この先一生交わることはないと断言したばっかの生物が突っ立っている。いやいや、んなわけねぇだろ? 仕事疲れか? 目が霞むわぁー。俺ん家の前にギャルなんざ突っ立ってるわけ……突っ立ってるわけが……あるわ。
俺は自分の過去に過ちをおかしていないか瞬時に脳内で情報を開示してみた。そして、導き出された答えは“生まれてこの方ギャルとの経験値純度0%”だということだ。=家の前で突っ立ってるギャルに俺がなにかをして恨まれてるっつー可能性はねえ。いよぉーし、ビビることねぇぞ? 飯塚達巳ィ。ここは堂々と行け……って、いや待てよ。新手のオヤジ狩りだったりしねぇか? ここはまあ、慎重に行くのが無難だろう。
「なんだ、俺ん家になんか用か?」
俺は少し離れた所からスマホをいじってたギャルに声をかけた……。いや、別にビビって少し離れた所から話しかけたわけじゃねーぞ? 何事もまずは様子見すんのがセオリー。
「お、アンタお隣さ~ん?」
俺に手を振るギャルを見て驚愕した──。乳でっけぇー、つぅか可愛いー。なんだぁ? このシチュエーションは。突然ですがギャルゲー始まりました系か? これ。ギャルゲーの攻略なら任せろ、それで選択を間違えたことは一度だってねえ。
「アタシ隣に越してきた五十嵐寧々~!」
おいおい、イマドキ律儀にお隣さんへ引っ越しの挨拶するとか珍しい奴もいたもんだな。
「あ、ああ、どうも。俺、飯塚」
「下の名前は~?」
「あ? ああ……達巳」
「りょ! 達巳んね~! はい、これあげる~!」
おいおい、イマドキ律儀に引っ越しの挨拶でタオルとか渡してくる奴いんだなぁ、すげえ。
「あ、ああ、ご丁寧にどうも」
「いやぁ~、大家っちに聞いたらこの時間しか帰って来ないよ~とか言ってたから待ってたんだよね~! マジさーむっ!」
つーか大家っちって、たまごっちでもあるめぇし。にしても、マァジで乳でけぇ。顔面偏差値たっけぇーし……ん? 心なしか頬がほんのり染まって見えるのは気のせいか? いや、気のせいではなさそうだ。ま、まさか……! 俺に一目惚れパターンかぁ!? これ。いやぁ、俺も罪な男だねえ、まったく。そりゃこんな若ぇ女だ、俺の色気に当てられても仕方ないわな。自分で言うのもなんだがスタイルはいい自信あんだよ。例えるなら俳優の竹内○○だな、うん。顔は良くも悪くもその辺にいるレベルだ。
「んじゃ、これからよろしくね~? 達巳ん!」
「お、おう。なんか困ったことあったら言えよ」
どうだぁ? この頼れる男感満載の俺。
「ええ~! 達巳ん優しい~! めちゃ助かる~、あんがとね!」
ほれ見ろ、可愛い顔して喜んでやがる。こんな可愛い笑顔無防備に向けてくるとか絶っっ対俺に惚れてんじゃんよ。ま、まあ……告ってこれば? 応えてやらんこともねぇけど? イマドキ年の差なんてあってないようなもんだしな。気にしねーよ? 俺は。
「お、おう」
『たつみんめちゃタイプだわ~! アタシと付き合わない? てきなぁ!』まあ、次に飛んでくるセリフはだいたいこんなもんだわな、俺の予想では。
「さーむっ! じゃーね!」
「……お、おう……じゃーな」
ウチの隣の玄関ドアを開けて、そそくさと姿を消した五十嵐寧々。
ま、まあ、あれだよな、あれ。あれだよあれ。『初日に告るとか軽い女って思われたくないしィ~』てきなやつでしかないよな、うん。さすがの俺も若ぇ女と付き合うってんなら色々と調べなきゃなんねーことあるし? 準備期間っつーもんが必要になるわけで──。
「うし、今日のオカズは爆乳ギャルに変更だな」
── 数日後
五十嵐寧々、意外と奥手なのか? とくになんのアクションも起こしてこねぇし、朝出会しても『たつみ~ん、おっはよ~! 仕事がんば!』だけだもんな。まあ、だけっつっても普通に考えたらな、好きな男を前にすると緊張くらいするもんだろ。五十嵐寧々はああ見えてシャイガールなんだよ、うん。
「にしても、無駄にいい天気してやがるなぁー。眠ィ……」
昨日遅くまでオナってて寝不足とか笑えねえ、一体いくつだよ俺。カーテンの隙間から差し込む朝日の光が……俺を直撃して容赦なく攻撃してきやがる。俺の貴重な睡眠を妨げやがってクソが。それにしても休日に限って早く起きるのって一体なんなんだ? 休みの日くらいゆっくり寝かせてくれよ。
「こりゃ天からお告げかねえ」
溜め込んだ洗濯物をやれっていう──。
洗濯カゴにたんまり入った服やらなんらって地味に重てぇよなっと。窓を開けて外履きのサンダルに足を通し、一歩踏み出した時だった。
「ん?」
なんかツルッとしたぞ、ツルッと。なにかを踏んだであろう足を退けて足元を確認してみると……な、なっ、なんじゃこりゃァァ!! お、おっ、おパンティー!? しかもTバックおパンティー!? おまっ、どっから来たんだよ! このアパート、ジジィとババァしかいねぇはずだが!?
オイオイオイ、勘弁してくれよ気色悪ィ……って、ジジィが女もんのTバックおパンティーなんざ履くわけがないわな……変態趣味がなければの話だが。いや、マジで頼むぞアパートのジジィ共。
んで? 仮にこれがババァのでも、まあ問題はないっちゃないわな? 性別上は……いや、想像もしたくねえ。こんな若ぇ女が履くようなもん履くなや、年相応なもん履いとけよ……まあ、ババァがなにを履いてたって問題はねぇんだがな、“性別上は”。
いや、待て、待てよ? 俺は大事なことを忘れてはないか? ここのアパートに今住んでのは、ジジィとババァだけじゃねえ。てことはだ、つもり、どういうことかと言うと……? こ、これは── 五十嵐寧々のおパンティーじゃねぇかァァ!!!!
「どうすんだよ、これ」
とりあえず拾おうと手を伸ばし、寸前でピタリと動きを止めた。どうやら俺の優秀な本能が反応したらしい。
「おい、こういうのって素手で触っていいもんなのか?」
まあ、俺に惚れてる五十嵐寧々に限ってないとは思うが、仮に訴えられたとして、指紋がもろ付着してんのヤバすぎだろ。とはいえ、手袋して触れんのも怪しすぎるっつーか、それはもう犯罪者も同然だろ、傍から見たら。となると、菜箸で掴む……のはさすがに変な趣味疑われそうでシャレにならん。
火ばさみなんてどうだ? 火ばさみが一番無難だろ。
「火ばさみっつーもんが我が家にあったかどうか」
いや? 待てよ。こんな露骨におパンティーが落ちてるなんておかしくねぇか? たまたま俺んとこのベランダにって、そんな偶然あるかね?
「まさか」
これってもしかして、五十嵐寧々が俺を落とす為に仕組んだ作戦なんじゃねーの!? 題して『アタシ、達巳んの為にこんなえっちなおパンティー履いてるんだよ? ……どう? おパンティー以外も見たくない?』ってやつか!?
誘ってんのか? 誘われてんのか!? これ! そうだよな、おかしいと思ってたんだよ。あんなマブイギャルが奥手なはずがねえ。こうやってグイグイくるもんだろうがよ。にしても随分と大胆なことしたな、五十嵐寧々。
「いや、もうちょい他のアプローチ方法あっただろうが」
まあ、俺は嫌いじゃねーけどな? おパンティー作戦。言葉で俺のことが好きだって伝えるのが恥ずかしくて行動で示したってやつだろ? んな可愛いことされたら参っちゃうねぇ、さすがに。
「さて、アラサー童貞もようやくテクニックを出す時が来たようだな」
童貞だからって舐めてもらっちゃ困るぜ? どんっだけAV観てきたと思ってんだ。こちとら死ぬほど観てんだよ、妄想はバッチリ。あとはコンドームが必要なくらいだろ。
「洗濯物干したら買いに行くか、ついでに火ばさみも」
五十嵐寧々のおパンティーにその辺にあったバケツをひっくり返して被せ、俺は鼻歌交りで洗濯物を干した。こんな清々しい朝は何年ぶりだ? ギャンギャン吠えまくってる近所の犬も、盛った猫の独特な鳴き声も、今の俺にはまるで通用しない。なんっにも気にならん、思う存分吠えて鳴いてろオメェら。
「よし、洗濯物終了~。えー、まずはホームセンターで火ばさみ買って、その後に薬局だな」
車のキーを握り締め、歌を口ずさみながら車内へ乗り込んだ。
「エ~チケット♪エ~チケット~♪夢のエチケットは大事~♪っと」
おーーい、某通販番組の歌が脳裏を過ったやつ全員集合~! 怒られる時はテメェらも一緒だからな? 道ずれだってこと忘れんなよ? なーんて冗談はさておいて──。
火ばさみとコンドームを買って帰宅すると、外からガタゴトと音が聞こえてカーテンを開けて見てみた。すると、こっちのベランダへ乗り込もうとしている五十嵐寧々が視界に入り、そして目が合った。
なるほど、夜這いならぬ昼這いか。いいぜ? 俺は一向にかまわん。積極的な女は嫌いじゃねえ。
「達巳ん帰ってきてよかったぁー!」
そんなに待ち焦がれていたのか? ベランダから身を乗り出すほどに。まだお互いのことなんっにも知らねぇけど、これから少しずつ知っていけばいいか。
好きだの愛してるだの俺にはまだ五十嵐寧々に対してそんな感情はないが、五十嵐寧々は俺に惚れてんだ。ここは大人の男として寛大に受け入れてやるべきだろ? これから好きになっていけばいいんだ、そう難しいことじゃない。
「昨日干してたパンツ行方不明でさぁ~、達巳んのとこに落ちてな~い?」
いや、お前が敢えて落としたんだろ? なにを言って……まあ、素直に言えるわけがないわな。ククッ、可愛い奴め。
「もお、マジでお気に入りだったのに最悪~」
ほほーん? お気に入りのおパンティーを俺に差し出してきたってことか。可愛いアピールすんじゃねーか、どんだけ俺に抱かれてぇんだよ五十嵐寧々。ったく、仕方ない女だぜ。
「達巳んとこに無かったら警察に通報しよーと思ってんだんだよね~」
「……ん? 警察? 通報?」
「だって下着泥棒かもじゃーん?」
いやいや、待てよ。どんなプレイなんだ? これ。一筋縄ではいかないパターンのやつか? 焦らしプレイってやつ? 『アタシ、達巳んの為にこんなえっちなおパンティー履いてるんだよ? ……どう? おパンティー以外も見たくない?』作戦で俺を駆り立てておいてからの『まだアタシはあげないよ? アタシのおパンティー見て悶々としながらシコシコしてね? 達巳ん♡』って作戦だったわけか!? おうおう、若ぇ女のくせにアラサー独身男を一丁前に煽ってくんじゃないの。
いいねえ、そういうのも嫌いではないし焦らされるのも悪くはねえ……いや、そもそも焦らしプレイってこんなんだったか?
「てゆうかこのバケツの下にあったりして~!」
「あっ……」
パカッと持ち上げれたバケツ。もちろんおパンティーを隠すためにバケツを被せてあったわけで、必然的におパンティーがこにゃにゃちは~。
「あ! やっぱあんじゃーん! たまたまバケツがひっくり返ってかくれんぼ~! てきなぁ!? まじウケる~! じゃ、あんがとね~ん、達巳~ん!」
おパンティーを片手に手を振り去っていく五十嵐寧々をただ呆然と立ち尽く、遠い目で見ることしかできない俺──。
「……なるほど? いざ惚れた男を目の前にして怖じ気づいたか、五十嵐寧々よ」
いいぜ? 俺は大人の男だからなぁ。女を急かしたりはしねぇよ? 覚悟ができるまでいくらでも待ってやる余裕っつーもんがあんだよ。
俺の中心で熱を帯び、激しく自己主張するアレ。
いやっ、これはだな、俺の脳と体は今別行動中なんだよ。仕方ねぇだろ? 俺のインフィニティー(達巳Jr.)はヤル気満々だったっつーことだ。俺は勃ってるインフィニティーをなんとか説得、昼間っから何やってんだかと思いつつも、春の訪れを感じるのであった。
── 五十嵐寧々のおパンティー作戦から1ヶ月後
「おかしい、何かがおかしいぞこれは」
五十嵐寧々があれから全然アピってこねぇ。大丈夫か? おパンティー作戦が失敗に終わって悲しみに暮れてなきゃいいんだが、心配だなぁ。イマドキの若ぇ女は繊細だろ? あの時、俺が引き止めて強引にでも抱いてやらなきゃいけなかったのか? 俺は選択を間違えてしまったのか? ギャルゲーの選択は絶対ミスらないマンのこの俺が……?
「五十嵐寧々は難しいな……ってやべ、遅刻する!」
ドタバタしながら玄関ドアを開けた時、同じタイミングで隣から出てきたのはもちろん俺に“惚の字”の五十嵐寧々で、いっつも通り『たつみ~ん、おっはよ~! 仕事がんば!』って言って……こねぇな。
「お、おう、はよ」
俺が声をかけると顔を上げてこっちを見た五十嵐寧々は── めちゃくちゃエロかった。ほんのりピンクに染まった頬、潤んだ瞳、いつにも増して露出度が高い服装。なんなんだこれ、朝っぱらから色仕掛けときたかタイミング悪ィな。俺仕事なんだよ、マジで。さすがに『ちょっと彼女があれなんで仕事休みますぅ~』とか通用する年齢じゃねーのよ。社会人何年目だと思ってんだ……落ち着け俺!!
だがしかし、五十嵐寧々の努力を無下にするわけにもいかん。また選択をミスらねぇようにしねーとな。これ以上、五十嵐寧々を悲しませるわけにもいかねえ。そうだな、こういう時は……ギャルゲーの選択は絶対ミスらないマンの俺が導き出した答え──。
「悪い、今時間がねぇんだ。帰ってきたら相手してやっから、な? ちょっと待っててくれ」
さりげなく頭をポンポンと撫でて……ハイ! これで完璧デス! んで、こういう時は大人の男の色気を駄々漏れにさせながらウインクをして微笑む。で、相手の気持ちを汲んでやって、何も言わず立ち去るのが鉄則……っと。我ながらうっとりするぜ、飯塚達巳。
五十嵐寧々、今頃どんな顔してっかな。きっと頬を真っ赤に染めてキョドってんだろ。ククッ、可愛い奴め。これで五十嵐寧々も今日1日中俺のことで頭いっぱいになって、期待に胸を膨らませてドキドキしながら俺の帰りを待ちわびることになんだろうな。そりゃここは大人の男としてその期待に応えてやんなきゃ男が廃るってもんよ。
「うっし、今日は絶対定時で帰んぞ。健気な五十嵐寧々の為に」
・・・って、いつもの時間になってんじゃんよ。時刻は21時を回って、五十嵐寧々の部屋は……あれ、電気付いてねぇな。もう寝てんのか? んなわけないわな、俺の帰り待ってるだろうし……ああ、なるほど? そういうことか。もうムード作りしてんだな、オイオイそう急かすなって。俺のインフィニティーは逃げたりしねぇからよ。
「腹減ったな、とりあえず飯……は後だな。なんなら致した後に五十嵐寧々が俺に軽食を振る舞いたいだろ? ここで飯を食っちまうのは野暮ってもんだ」
シャワーを浴びて歯を磨き、コンドームを箱のままポケットに突っ込み、五十嵐寧々ん家のインターホンを鳴らした……が出てこない。こんな時間に何度も押すのはさすがに近所迷惑だよな。俺って常識人だし?
散々待っても出て来ない五十嵐寧々に痺れを切らし、コンコンッと玄関ドアを叩いた。1分に1回のペースで玄関ドアを叩き続けること数十分。中からガタゴトと音が聞こえて玄関ドアが開いた。
「悪いな、遅くなって」
「……え、こんな時間にどーしたの達巳ん。てゆうか、明日でいい? 今しんどくて」
おうおう、俺を待ちわびてしんどくなっちまったか。こりゃ悪いことしちまったな。そんな顔真っ赤にして額に冷えピタ貼るほど体が疼いて火照っちまったか? ったく、エロい女は嫌いじゃねえ。
「今からラクにしてやっからな」
「……だったらさ、もうちょい配慮してくんないかなぁ」
「ん? なにがだ?」
「もうこの際だからハッキリ言うけど、毎日毎日うっさいの!!」
毎日毎日うるさいって、どういうことだ? 俺ひとりだぞ? うるさくしてる覚えはないんだが? 独り言だってブツブツ言う程度だし。
「そのせいでこっちは寝不足だっての!」
「おいおい、ちょっと待て。なんの話だよ」
「はあ!? 言われないとわかんないわけ!?」
人間言われなきゃ何も分からない生き物だって知らねぇのか? 古来よりそういう生き物だぞ? 人間っつーもんは。
「声!! めっちゃ聞こえてくんだけど!! お盛んなのもご勝手にって感じだし、毎日シコるのは勝手だけど、イヤホンくらいしてくんない!? 気になって寝れないんだけど!! 気をつけてよね、じゃ!!」
バンッ! と閉められた玄関ドアを見つめ、ただただ唖然とするしかない。
ダァァァァァーー!! しまったァァァァ!!
ここジジィババァしかいねぇし、真上は空室で両隣も空室だったからAV観る時、バンバン音出してシコんのが当たり前になってたやないかァァい!!
いや、待てよ? これでこんなにも怒ってるってことは? ……なんだ、そういうことか、嫉妬してんだろ。そうかそうか、まだ若ぇからな。そういうのにも嫉妬しちまうかぁ? ククッ、可愛い奴め。
「しゃーねぇな。今日からイヤホンでもすっか」
── 五十嵐寧々の可愛らしい嫉妬事件から早数週間
あの日以降、五十嵐寧々がよそよそしいっつーかまだ怒ってるくさいんだよなぁ。女っつー生き物は頑固で意地っ張りだから仕方ねぇけどよ。ここは俺が謝って愛を囁くのが一番の解決策か。
んで、俺はつくづくタイミングのいい男らしい。帰宅途中であろう五十嵐寧々を街中で見かけた。うし、一緒に帰ってやるか……って。俺の視界に入ったのは、五十嵐寧々の隣で仲良さげに歩いてる若ぇ男。しかもクソイケメン、つーかよくよく見たら手ェ繋いでんじゃん? しかも恋人繋ぎな?
・・・はっはーん、なるほど? 次はそう来たか。
AVに嫉妬する自分の未熟さに気づき、この俺に見合う女になるべく経験値を積むする為にって、そういうことか? んで、あわよくば俺に嫉妬してほしいって魂胆なんだろ? ククッ、可愛い奴め。どんだけ俺のこと好きなんだよ。
しかし残念だったな、俺は大人の魅力が溢れる紳士な男だぜ? その手には乗らん。
俺は五十嵐寧々がレベルアップするまで、寛大な心で待っててやるよ。こんないい男、他にいねぇわな。つーかこの世にいねぇだろうな。
「うし、ここんとこ五十嵐寧々に触発されてギャルもんばっかオカズにしてたからなあ。今日のオカズは久々に清楚系女子攻めすっか」
── 久々に観る清楚系女子は、枯れるほどヌけた。