菅原清菜 エピソード1
これは、菅原清菜の視点です。
まだ、本編を最後まで読んでいない方は、後から読むことをお勧めします。
「どういうこと橘さんッ、盗作って本当なのッ? まさか、作家さんじゃないわよね?」
小会議室に橘を引っぱり入れると、私は矢継ぎ早に聞いた。
「誰から聞いたんですか?」
「今はそんなことが問題じゃないのッ。ちゃんと答えて」
すると、橘は怯えた小動物のように、涙目で私を見上げるばかりで、答えようとしない。その姿がまた煩わしい。
私は深く息を吐くと、心を落ち着かせた。
「お願い、ちゃんと答えて。企画そのものがダメになるかもしれないのよ。いえ、それどころかスズカ書房の信用を失墜させてしまうかもしれない」
そう言って、橘が口を開くのをジッと待った。
「・・・高校の友達が聞かせてくれた話が、ちょっと面白かったから、アイデアのきっかけにしただけです。全く別物ですから、何も心配することはないですよ」
「作家活動をしている人ではないのね?」
「それはないです、誓って。どこかの工場で働いているって言ってたし、そういう活動をするようなタイプでもないです」
信用したい。もう、企画は動き出してしまっているから、代案を出すわけにもいかないし。
でも、万に1つでも何か起こってしまってはいけない。2度も不祥事を起こして、私はこの会社に残れない。それより彩織にこれ以上、迷惑をかけたくないし。
「お願い。その友達に直接会わせてくれない? 小さな不安材料も潰しておきたいの」
すると、橘は視線をそらして考えるふうに沈黙した。私は逃げ道を作らないよう強い視線で彼女を見つめ続けた。
「分かりました。星崎くんに聞いて置きます」
「今日中に確認お願いね。それと、この事は誰にも漏らさないように」
「はい・・・」
その答えを聞いて、私は会議室を出るとスマホを取り出した。
知り合いの弁護士に対策を相談しておかないと。
星崎拓真。
高校時代はあまり目立たない生徒で、勉強も中の下くらい。千葉の私立大学を卒業後、営業職に就いていたが2年で退社。その1年後に、今の前川印刷に就職して現在に至る。
それが、橘からあらためて聞いた同級生の情報だった。
前川印刷はスズカ書房から、製本の委託を請け負っている。スズカ書房からしたら一部だが、前川印刷からしたら結構な割合になるはずだ。最悪、最後のカードとして使えそうだ。もっとも、あまり脅すなんて方法は使いたくないけど。
腕時計を確認すると13時20分。
約束の時間は14時だが、打ち合わせが長引いたせいで、昼食を取れていなかったので、それなら待ち合わせのカフェで食べようと早めに来た。
「このお店のミックスサンドが、けっこう美味しいのよね」
自動ドアが開いてお店に入ると、店内を見渡した。
4人がけの席で、窓際の席がいいのだけど空いてるかしら。
そちらの方は、1つ飛びに席が空いていた。その中の1つの席に視線が止まる。見知った後ろ姿があるのに気がついたからだ。対面には男性が座っていた。
私はゆっくりそちらに歩いていくと、その背中から聞こえてきた声で確信した。
「あら? 橘さん、もう来ていたの?」
声をかけると、橘は驚いたらしく席の上で少し跳ねた。
それから、前の席に座った男性に営業スマイルを向けると、彼は無表情で会釈をして視線を反らした。警戒されてるようね。
「菅原リーダー!? 待ち合わせは2時ですよねッ」
橘は慌てた声を出して尋ねてくる。
「そうね。打ち合わせが早く終わったから、ここで少し作業して待っていようと思ったんだけど、お邪魔だったかしら?」
お腹空いて、早くきたとはさすがに言えない。
「いえッ、大丈夫です。星崎くんとは、少し早く待ち合わせしていたんです。その・・・次の飲み会の幹事があたっていて、打ち合わせをすることになってて」
星崎さんも同意するように何度も頷いている。
焦ってるのが2人から見て取れる。なんだろう、嫌な予感しかしないんだけど。
とにかく、会話して探っていくしかないわよね。
私は星崎さんと挨拶を交わすと、さっそく書類を取り出した。
彼はそれを見て、とても焦っているようで、黒縁の眼鏡を何度も直しながら読み進めていた。
悪い人ではなさそう。読み終えると、すぐにサインもしてくれた。それで少し私も気持ちが落ち着いた。
そのせいか お腹が小さく鳴った。慌てて2人の顔を見たけど、聞こえた様子はなさそうだった。
タイミングよくやって来た店員に注文をすると、星崎さんに話を向けた。
会話してすぐに分かったのは、彼が真面目だが自己評価が低いタイプだということだ。それから、橘に気があるようだし、彼女もそれが分かっていて、言い方は悪いけど、利用しているように見える。
何か隠してるのよね・・・橘が邪魔だわ。
「ごめんなさい。少しお手洗いに行ってくるわね」
私は立ち上がると、鞄を持ってお店の奥へと移動した。そして、トイレのドアの前でスマホを取り出すと、同僚の亜澄の名前を探して電話をかけた。
『はい、どうしたの清菜』
「亜澄、ゴメンだけど、何か理由つけて橘麗奈を呼び出してくれないかな」
『あの子、また何かやらかしたの?』
「それを確認するために、この場から追い出したいの」
電話の向こうで、クスッと笑う音がした。
『了解。あの子をを呼び出す理由なんていくらでも見つかるから簡単よ』
「ありがとう、今度おごるわ」
「楽しみにしている」
そう言って、電話が切れた。
私はスマホを鞄にしまうと、ゆっくり2人の待つ席に戻った。
「ごめんなさい、お待たせして」
席に着くと、タイミングを見計らって食事が運ばれてきた。
私は店員にお礼を言いながら、チラッと星崎さんの様子を窺った。なんだかソワソワしている。ボロが出る前に、橘に帰るよう促されたのかもしれない。
私は星崎さんに笑顔を向けると、彼は目をそらしながら用意していた帰り文句を言おうとした。その途中で、橘のスマホが鳴る。
いい仕事よ亜澄。
「トラブルがあったみたいで、すいませんが先に会社に戻ります」
電話を終えて戻ってきた橘が、慌てた様子でそう言った。
ごめんなさいね。でも、嘘を付かないといけなくさせたのは、あなたの怪しい行動のせいなのだからね。
払う気もないのに、お財布を出す素振りを見せるその態度も、少しイラッとくる。まぁ、先輩だから奢りますけどね。
「ご馳走様です。星崎くんも帰る?」
ちょッ、余計なこと言わないでよ!
「ごめんなさい。さっきの書類に不備があって、もう1枚、署名をお願いしたいの。よろしいかしら?」
とっさに思いついた苦しい嘘を押しきるために、星崎さんをジッと見つめた。
すると彼は、優しい笑みを浮かべて頷いてくれた。
・・・さて、どうやって聞き出していけばいいかな。
橘が渋りながら帰って行き、2人だけになると、少し居心地悪そうにしている星崎さんを見つめながら、私は思案した。
「・・・あの、それで署名する紙は」
その言葉で、私は我に返った。
手元を見ると、ほぼなくなりかけのミックスサンド。恥ずかしい。これじゃ、ただの空腹女じゃない。
「ごめんなさい。会社の者に持ってこさせてるから、もう少し待っていただけますか。よろしければ、何か注文して下さい。ご馳走しますので」
誤魔化すように早口でそう言うと、星崎さんは申し訳なさそうにアイスコーヒーを注文した。
コーヒー好きなのね、私も好きだけど。
私は肩の力を抜いて、星崎さんのことを聞いていくことにした。
彼も緊張感が抜けてきたのか、笑みを浮かべて話してくれるようになった。
気さくで良い人だ。眼鏡の奥の笑顔もよく見れば可愛らしい。橘に利用されていい人じゃない。
「・・・それで、LINEにあらすじみたいに書いて送ったんですけど、麗奈に送ったLINEで見ませんでした?」
何気にそう言った彼の言葉に、私は驚愕に近い感情が表に出そうになるの堪え、必死に平静を装って手を差し出した。
「見せてもらえます?」
星崎さんからスマホを受け取ると、開かれている麗奈とのLINEを見た。
何これ!?
そこに書かれていた内容は、橘が提案した内容とほぼ同じだった。
私はカーーッと、怒りが込み上がるのを感じだ。
しかし、下に下に読み進めるうちに、その感情は話の中に埋没していった。
文章はつたない。でも、それ以上に圧倒的な世界観に吸い込む力があった。これが俗に言う才能だ。
私みたいな凡才が、願っても手にはいらなかった物を、眼前に突きつけられているような気分だ。
もし、ここが自室なら、私は悔しくて大泣きしていただろう。
そんなグチャグチャになりそうな気持ちを抱えながら読み進めていて、私はその指を途中で止めた。
ここから、話が違う・・・。
どうして? と、疑問を抱きながら読み進めると、待っていたのは身震いするほどの感動だった。
橘には本当に才能がないわ。こんな素晴らしいクライマックスが理解できないなんて。
いや、彼女の星崎さんへの扱いを見ればわかるような気がする。彼の才能を認めたくない気持ちが、文章を改ざんさせたんだ。
再び湧き上がる怒りは、この作品を正しく世に出さなければいけないという使命感に、移り火していった。
「どうもありがとう」
私は小刻みに震える手で、星崎さんにスマホを返した。
「あの、よくわからないけど、麗奈に迷惑がかからないようにしてもらえませんか」
スマホを見せたのが、まずかったのだと思ったのだろう。彼は真剣な眼差しで私に懇願してきた。
私は無意識にイラッとしていた。その感情を、すぐに『義務』で塗りつぶしながら、星崎さんを逃さないように言葉で誘導していった。
私は今、宝の原石を目の前にしているんだ。橘はこれがどれほどの価値か分からなかったのだから、第1発見者は私のはずだ。
なら、所有権を主張したっていいはずだ。
「LINEをお願いしても?」
私は心臓のドキドキを堪えながら、平静を装ってスマホを差し出した。そして、彼の出したQRコードを読み込もうとすると、フワッとインクの良い匂いがした。
そう言えば、印刷工場で働いてるって言ってたものね。
「今日はお忙しい所、ありがとうございました」
挨拶を交わして私は席を立つと、レジで会計を済ませた。
店を出る前に、チラッと座っていた席を見ると、星崎さんもこちらを見てて、頭を下げられた。
私も慌てて頭を下げ返しながら、彼を残していくことに不安を抱いた。出来ることなら、そばに置いておきたい衝動に駆られたのだ。
でも、私にはまだ彼をつなぎ留めるすべがない。まず、それを用意しなければ。
私は決意を持ってお店を出ると、まずは企画の作品を正しいかたちにするために、スマホを取り出した。
菅原清菜の視点も、書いていこうと思います。
他に書いているお話の合間に書くので、時間がかかるので、気長にお待ちいただければと思います




