菅原さん
12時50分。待ち合わせは13時だから、予定通りに着けた。
「あれ?」
喫茶店じゃないの?
スマホの位置情報で確認するが、お店は間違ってない。ただ、予想していたものとは違い、cafeのなかでも上位クラスにランクしそうなその高級感のある店構えに、二の足を踏んでしまう。
そもそも、コンビニのコーヒーくらいしか飲まない僕には、あまりに場違いなところだ。
もう、来てるだろうか・・・。
窓から店内を覗こうにも、光が反射してよく見えない。どうしようか悩んだ末、麗奈にLINEすることにした。
「あれ、星崎くん? なんだ、なかで待っててくれればよかったのに」
スマホで名前を探っていた僕の背中から、麗奈の明るい声がかけられた。
「いや、僕もいま来たところだから」
怖気づいて、入れなかったとは言えません。
「あれ?」
僕は麗奈の周りを見渡す。チームリーダーさんらしきひとが見当たらない。
「あぁ、菅原さんなら2時に来るわ」
「遅れるんだ」
すると、麗奈がいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「作戦会議するために、1時間早く来てもらったの。とりあえず、入りましょう」
麗奈に腕を引っ張られ、僕は未知のお店に入った。
お店のなかはクラッシック音楽が、邪魔しない程度に流れていて、1テーブルづつの間隔が勿体ないくらい広く取られている。
椅子に腰掛けると、感じたことのない柔らかさで受け止めてくれた。
「なに飲む?」
テーブルの向かいに座った麗奈が、メニューを開いて見せてくれる。それを覗いて僕は思わず息を飲んだ。
コーヒー1杯が、僕の食事3回分ですと!
でも、頼まないわけには行かないよな。
「じゃあ、このコーヒーで」
いい頃合いを見計らってやってきた店員に、色んな銘柄の中から、1番安いのを指して言った。
麗奈は聞き慣れない長い名前の紅茶を頼んだ。
「・・・それでなんだけど」
店員がカウンターの方に戻っていくと、麗奈は少し前屈みになって話しかけてきた。
「電話でも話したけど、菅野さんはきっと星崎くんに、アイデアの権利を主張しないことをお願いしてくると思う」
「うん。それはもちろんしないと誓うよ」
あんな空想話で、主張するほうが恥ずかしい。
「星崎くんにも、私が作った話を見せられれば、違いがハッキリ分かってもらえるんだけど、もう企画が動き出してしまってるせいで社外秘なの、ごめんね」
「見なくても分かるよ。麗奈が頑張って考えたからこその評価だと思う」
「ありがとう。星崎くんにそう言ってもらえて嬉しい」
麗奈は視線を落として、少し恥ずかしそうにした。あれ? もしかして高ポイント獲得した。
「お待たせしました」
コーヒーと、陶器のポットに入った紅茶がテーブルに置かれる。どれも高そうな器だな。
コーヒーの香りも、お高い感じがする。一口すすりながら、僕はハタと思いついた。
「それなら、その菅原さんに僕の送ったLINEを見せれば、違いが分かってもらえるんじゃないの」
ティーカップに紅茶を注いでいた麗奈の手が止まる。
「もちろん、見せたわ。でも、違いは明らかなのに、小さい共通点を見つけては、ネチネチ突っついてくるの。今日もそうやって私の揚げ足を取ろうとしてくると思うの。だから、受け答えは私がするから、星崎くんはとにかく同意して欲しいの」
なんだ、そんなことでいいのか。
「分かった。もちろん麗奈の意見に賛成するし、余計なことを喋って突っつかれないよう気をつけるよ」
「ありがとう。それと、もう1つあって・・・」
「あら? 橘さん、もう来てたの?」
よく通る女性の声が不意に、麗奈の後ろからかけられた。
視線を声のした方に向けると、僕は思わず息を飲んだ。
どこが、オバサンだよッ。
長い髪がよく似合う、知性の漂う美人が、僕にニコッと微笑みかけてきた。美人の年齢はわかりにくいけど、そんなに離れた歳ではないと思う。
僕は恐れ多くて、会釈するふりをして視線をそらした。
「菅原リーダー!? 待ち合わせは、2時ですよねッ」
「・・・そうね。打ち合わせが早く終わったから、ここで少し作業して待っていようと思ったんだけど、お邪魔だったかしら?」
「いえッ、大丈夫です。星崎くんとは少し早く待ち合わせしてたんです。その・・・次の飲み会の幹事があたってるので、打ち合わせをすることになってて」
おぉ、ナイス切り返し。僕も頷いておこう。
「そうだったのね」
菅原さんは笑顔を浮かべると僕を見て、軽く会釈をした。
僕も反射的に頭を下げた。
「始めまして。橘と同じチームでリーダーをしています、菅原です」
慣れた所作なのだろうが、嫌味のない洗練された動きで、菅原さんは僕に名刺を差し出した。
菅原清菜さんか。名前まで綺麗だな。
「ご丁寧にありがとございます。星崎拓真です」
前の会社では名刺を持っていたが、今は必要がなく持つていない。返せないのが少し恥ずかしかった。
「座ってもよろしいかしら」
「あ、はい、どうぞ」
菅原さんが麗奈の横の椅子に座るのを待って、僕も腰を下ろした。
「話は橘の方から窺っていると思うのですが」
チラッと菅原さんが麗奈を見ると、彼女は慌てて頷く。
「星崎さんが善意で、橘に協力されたことは彼女から聞いております。ですが、なにぶん今回の案件は何かあった時に、個人で責任を負えるものではないので、全てに慎重を喫しなければならないのです」
「はい」
何だろ、美人の真剣な眼差しって怖い。
「ですので、申し訳ないのですが」
菅原さんは横に置いたビジネス鞄から、1枚の紙を取り出して、僕の前に置いた。
「こちらを読んでいただいた上で、ご署名をお願い致します」
万年筆を紙の横に静かに置いた。
誓約書と書かれた紙を手にって、読んでみる。
小難しく書かれた文章に苦戦しながらも、何とか読み切った内容を要約すると・・・
絶対に自分がアイデア考えたなんて言うなよ。訴えたりしたら分かってるよな。逆に訴え返して酷い目に合わせるからな。そもそも、お前のことなんて信用できないから、証拠として署名しろや。
そんな怖い内容だ。
チラッと麗奈を見ると、僕に頷いて見せる。もちろん、署名しない理由はないので、万年筆のキャップを取ると、名前を書いた。
「・・・ありがとうございます」
署名の入った紙を受けっとった菅原さんは、初めて表情を緩めた。
それを見て、僕も緊張が解けた。
「ご注文はいかがされますか」
このタイミングて、店員が注文を取りに来る。さすが高級店、見極めが完璧だ。
「アラビカコーヒーと、ミックスサンドをお願いします」
ごめんなさい、お昼がまだなの。そう言って彼女は照れた笑みを浮かべた。そして、
「星崎さんには、不快な思いをさせてしまってごめんなさい。善意で橘に協力してくれただけでしょうに」
「いえ、これで麗奈に迷惑がかからないなら、全然構わないです」
フフッと大人な笑いを溢して、菅原さんは麗奈を見た。
「良いお友達を持ってるわね」
「はい。星崎くんは高校の時から変わらず、仲のいい友達で、昔から色々と相談にも乗ってもらっていたんです」
相談は初めてだと思ってたけど、僕が気が付かなかっただけで、それ以前ににも会話の中に潜んでいたのかもしれない。
取りあえず、頷いておこう。
「星崎さんは、今まで小説やシナリオなどを書いた経験がお有りなのかしら」
「まさかッ、あるわけないですよ。学生時代、作文を書くのも苦手だったのに」
「そうなんですね。では今回、橘に助言されたアイデアは、偶然ひらめいたのですか?」
「ひらめいたと言うか・・・」
恥ずかしな。
「子供の頃から、暇な時に空想するのが好きだったんです。その中の1つがたまたま麗奈のイメージに合ったみたいで」
僕はカラカラに乾いた喉に、コーヒーを流し込んだ。
「そうなんですね。それを、同窓会の席で話されて」
「はい。それと、これ・・・」
「そうなんですッ。居酒屋で飲んでた時に、聞かせてくれて。そこから、私のイメージが膨らんだんです。ほんとに、星崎くんには感謝してます。ありがとうね」
麗奈は少し慌てた声で僕の言葉にかぶせると、眼差しで僕に同意を促していた。
何か、まずいことを言ってしまったらしい。
「あ、うん」
僕は取り出そうとしてたスマホを、ポケットにしまい直しながら、目で麗奈に謝った。
横を見ると、菅原さんが真剣なまなざしでこちらを見ていた。しかし、目が合うと途端に表情を緩めた。
「ごめんなさい。少し、お手洗いに行ってくるわね」
そう言って席を立つと、菅原さんは店の奥へと消えていった。それを待って、麗奈が口を開く。
「ごめんね。イヤな思いさせちゃって」
「いや、ぜんぜん。逆に、麗奈の迷惑になること口走ってなかったか心配だよ」
「うん、大丈夫だった、ありがとう。今度、改めてお礼するね。前に約束してた食べに行く話もまだだし」
よかった。てっきり、成果が不十分で報酬が取り消されたのかと思っていた。
「楽しみにしてるよ。それで、話し合いはもうこれで終わりかな」
「たぶん。もう、いいと思う」
「じゃあ、戻って来たら挨拶して帰るよ」
「うん。今日は本当にありがとね」
改めて、麗奈が頭を下げた。
僕は首を横に振って、残ったお高いコーヒーを飲み干した。安物と味の違いは、よく分からなかった。
「ごめんなさい。お待たせして」
菅原さんが席に戻ると、タイミングよく食事とコーヒーが運ばれてきた。
「いえ。それで、お話が終わったのでしたら、僕はそろそろかえ・・・」
言葉の途中で、携帯電話が近くで鳴りだした。
麗奈が慌てて鞄の中から携帯電話を取り出すと、ちょっと失礼します。と菅原さんに断りをいれてお店を出ていった。
こういうお店の中での電話は、マナー違反らしい。
僕は改めて菅原さんを見ると、挨拶を続けようとした。すると、彼女はちょっと待ってもらえる。と言って微笑んだ。
間もなく、出ていった慌ただしさそのままに、麗奈が戻って来た。
「トラブルがあったみたいで、すいませんが先に会社に戻ります」
可愛らしいサイフを取り出そうとした麗奈に、私が払うからいいわ、と菅原さんに制された。
「ご馳走様です。星崎くんも帰る?」
頷いて立とうとすると、
「ごめんなさい。さっきの書類に不備があって、もう1枚、署名をお願いしたいの。よろしいかしら?」
そう困った表情を浮かべる姿も美しい。
「あ、はい、分かりました」
チラッと麗奈を見ると、心配そうな表情を浮かべている。
僕は大丈夫だからと、口の動きだけで伝えると、彼女は後ろ髪を惹かれるように、何度も振り返りながら店を出ていった。
「・・・あの、それで署名する紙は」
さっきから、ミックスサンドを食べているだけで、鞄を触ろうともしない菅原さんに、戸惑いながら尋ねた。
「ごめんなさい。会社の者に持ってこさせているから、もう少し待っていただけますか。よろしければ、何か注文して下さい。ご馳走しますので」
あ、そういうことね。
メニューを差し出す菅原さんの好意を無下にも出来ないので、僕はアイスコーヒーを注文した。
「星崎さんが橘に話した物語って、どんなのなんですか?」
間を持たせるための話題といった軽い口調で、菅原さんが尋ねてきた。
「いやッ、プロの人の前で話せるような内容じゃないですから」
僕の慌てる姿に、菅原さんは口元をほころばせた。
「そんな大げさにとらえないで。ちょっと、興味本位で聞いただけですから。じゃあ、星崎さんのその物語は最初から、最後までストーリーがあるのかしら?」
「ええ、まぁ 、一応あります」
「そうなんだ。それを全部、橘に話してあげたんですか?」
「いや、全部なんて話せませんよ。麗奈にあらすじにしてって言われて・・・」
一瞬どうしようか迷ったけど、麗奈がLINEを菅野さんに見せたと言ったのを思い出した。
僕はスマホをポケットから取り出す。
「LINEにあらすじみたいに書いて送ったんですけど、麗奈に送ったLINEで見ませんでした?」
そこで、僕ははたと疑問が浮かんだ。
あれ? 菅野さんがLINEをみてるなら、話の内容知ってるはずだよな。LINEを見せたのは菅原さんじゃなくて、他の人だったのかな。
「見せてもらえます?」
穏やかな表情だが、どこかピリッとした言葉遣いに、今さら断れる雰囲気ではなかった。
僕はLINEを開いて、菅原さんに差し出す。
彼女は僕のスマホに視線を落として、画面をゆっくりスライドさせていく。
僕は運ばれてきたアイスコーヒーを飲みながら、チラチラと様子を窺っていると、菅原さんの表情はどんどん険しくなっていった。
やっぱり見せたのはマズかったのかな。
後悔が募る。
「そうか・・・そうね。その方が・・・」
さらに、何事か呟いている。
「どうもありがとう」
そう言って、スマホを渡してきた菅野さんは、さっきまでの険しい表情とは打って変わって、どこか悲しげだった。
「あの、よくわからないけど、麗奈に迷惑がかからないようにしてもらえませんか」
話が変な方に行く前に、念を押しておきたかった。
「迷惑をかけてるのは橘の方だと思うけど。彼女が出したアイデア、今みせてもらった内容とほとんど同じだった。これはもう、インスピレーションを受けたとかじゃなくて、盗作だわ」
憤怒を押し殺した厳しい言葉だった。まずい、何とかしないと。
「あの、盗作なんて大袈裟にしないで下さい。僕が勝手に麗奈にあげた話を、彼女が気に入って使ってくれた。僕は友達の役に立っただけで十分満足なんですから」
僕と菅原さんは、ジッと見つめ合って沈黙した。
「・・・分かったわ。こちらも、今さら引き返せれないところまで来てしまってる。恥ずかしいけど、好意に甘えさせてもらいます。それから、厚かましいついでに、もう1つお願いしてもいいかしら」
菅原さんはいくぶん表情を緩めて、話を続けた。
「実は、いま見せてもらって分かったんだけど、橘のアイデアの内容と、最後の方が違うの。出来たら、星崎さんのアイデアを使わせて欲しいの」
そんなことですか。
「ぜんぜん、いいですよ。こんなので良ければ使って下さい」
すると、喜んでくれるかと思いきや、不意に沈黙した菅原さんは、少し涙ぐんで恨めしそうな表情で僕を見た。
「軽いなぁ。私たちが懸命に考えたアイデアの上を、簡単に行ってしまう。凡人が何人束になっても、天才1人に勝てないってことなのかな」
鞄からハンカチを取り出して、彼女は目元を拭った。
「あの、なんか、すいません。」
「いえ、あなたは何も悪くないですから」
そう言って微笑んだ菅原さんは、鞄から自分のスマホを取り出した。
「急いで戻って、内容変更をしないと行けないので、今日はこれで失礼します。出来れば、改めてお話しするお時間をもらえませんか?」
「あ、はい、分かりました・・・あれ? 紙が届くの待たなくていいんですか?」
すると、菅原さんは、ニコッと笑った。
「それはもう大丈夫です。LINEをお願いしても?」
そうなんだ。それならそれで僕は面倒がなくていいけど。
僕はQRコードを出して、菅原さんのスマホに近づけた。すると、フワッと花の香りがした。どうして美人っていい匂いがするんだろう。
「今日はお忙しい所、ありがとうございました」
御礼を述べた菅野さんは、鞄を肩に掛けて立ち上がった。
いけないッ、念を押しておかないと。
「あの、今回のことは、僕が麗奈に勝手にやったことなので、彼女をその、責めないで欲しいです」
すると、菅原さんは少し困ったような表情を浮かべた。
「そんなに優しすぎるから付け入られるんですよ。安心して下さい。私も同罪になったので、彼女を責められませんから」
優しい口調でそう言うと、ではまた、と軽く会釈をして帰っていった。
これで、話し合いはうまくいったんだろうか。
高級店に1人残された僕は、居心地が悪くてそそくさと店を後にした。




