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22/27

友人

 朝の朝礼が終わり、作業場に移動しようとすると、浮田さんがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら近づいてきた。

「星崎、お前は朝イチで事務所に行って来い」

 事務所には役職以上のひとと、会計担当のひとがいる。この会社に入って、その部屋に入ったのは入社したときだけだ。

 浮田さんの表情からも、悪い予感しかしない。

「・・・はい」

 僕は小さく返事を返すと、事務所のある2階に向かった。

「失礼します、星崎です」

 ドアを開け、室内に声をかけたが、誰もこちらを見ようとせず、パソコンや書類に視線を落としたままだった。

「あの、呼ばれたので来たのですが・・・」

 もう一度声をかけると、奥の方のデスクの男性が、こちらを見てゆっくりと立ち上がった。

「隣の会議室に入ってくれ」

 前川部長だ。この前川印刷のご子息で、30代で部長をやっているひとだ。

「はい」

 僕は部長の後をついて、部屋に入った。

 会議室は白い長テーブルがコの字型に配置されて、ちょっと値が張りそうなイスが整然と並んでいる。

 前川部長は、窓側のテーブルに1枚の紙を置いてイスに腰掛けると、僕に反対側の席に座るように促した。

「星崎君だったかな。今日から復帰だそうだけど、身体はもう大丈夫なの?」

「あ、はい。まだ少し腰に痛みはありますが、薬も飲んでいますし、仕事には支障はないと思います」

 僕がそう答えると、彼は「そう」と素っ気なく呟いて、テーブルに置いた紙に目を落とした。どうやら、その紙は僕の履歴書のコピーのようだった。

「来てもらったのは、同僚の何人かから、君に関する問題行動の報告があったからだ。」

「え? どんなことでしょうか」 

 僕の応答が気に入らなかったのか、前川部長は怒りを鎮めるように溜息を吐いた。

「きみ、休養期間中に遊びに出かけていたそうじゃないか。休養中も給与が発生しているのだから、自宅療養しているべきじゃないのかな」

 近くのコンビニとか除けば、出かけたと言えるのは黄昏駅のイベントの事しか思い当たらない。でも、どうしてその事を知って・・・あッ、植村君か。

 でも、彼は悪意を持って告げ口をするタイプじゃないよな。考えられるのは、会社の誰かに僕に会ったって軽く話したのが、浮田さんの耳に入って密告されたんだろう。だから、さっきの笑顔だったわけだ。

 脳裏に浮田さんの顔が思い出され、僕は直ぐにかき消した。

「すみません。確かに、イベントに出かけました。でも、それは遊びに行ったと言うより、仕事と言うか」

「仕事? きみは副業か何かやっているのか?」

「あ、その、物書きを始めまして・・・」

 すると、前川部長の視線が不意に鋭くなった。

「我が社は、副業は認めてないはずだがね」

「そんなッ、面接の時に副業をしても良いとうかがっていましたが」

「親の家業の手伝いがある場合のみ、特例で認めているだけだ」

 あぁ、これはブラック企業あるあるのやつだ。

「すいません、知りませんでした」

 僕が頭を下げると、前川部長は当て付けるように深く溜息を吐いた。

「ただでさえ、きみの不注意で事故が起こって、労災の人間に痛くもない腹を探られたというのに、会社の一員としての自覚が足りないんじゃないのか」

「そんなッ。確かに労災のひとには僕の不注意ということにしましたが、それは会社のためにそうしただけで、事故は僕だけのミスではないです」

「今はそんな事を聞いてない。きみの社会人としての姿勢の話をしているんだ。とにかく、他の社員に示しをつけるため、数カ月の減給は覚悟したまえ」

「減給ですか!?」

 僕は思わず聞き返すと、前川部長はギロッと睨みつけてきた。

「減給だけで済んだんだ、感謝したまえッ。話しは終わりだ、仕事に戻りなさい」

 そう言い捨てて立ち上がると、僕に背を向けてスマホを取り出した。

 僕は軽く頭を下げると、やるせない気持ちを抱きながら部屋を出た。

 減給か・・・

 入社面接の時、給料が安いことが心配で、昇給のことやら色々と面接官に尋ねたとき、面接官の方から副業もしていいと言われたことを覚えている。

 どちらの言ったことが正しいかなんて決まっている。部長が黒と言ったら黒なのだ。

 ただでさえ給料安いのに、どれだけ減給されるんだろう。それに、副業が駄目だってなったら、書いてる小説を辞めないといけないのだろうか。

 今更やめるなんて言ったら、出版社の人に迷惑だろうし・・・いっそのこと、会社を辞めようかな。

 でも、またあのしんどい就職活動をしなければいけなくなる。それも、2回も会社を辞めているレッテルを貼って。

 僕は何も解決できず、深い溜息を吐いた。




(仕事が終わりましたら、少し時間をもらえないでしょうか)

 15時の小休憩の時に、スマホを確認すると、スズカ書房の坂本さんから1時間前にLINEが入っていた。

 ちょうど、副業のことで相談もしたかったので、了承の返事を返すと、18時半に会うことになった。

 待ち合わせのチェーン店のカフェは、工場から2駅先だから、社員寮に戻ってシャワーを浴びても間に合うと計算していたのだけど、浮田さんに捕まってまた小言を言われたことで、寮に帰っている時間がなくなってしまった。

 電車を降りて駅から出ると、途中で駆け足を混ぜて何とか待ち合わせ時間に間に合った。

 お店の中に入ると、すでに坂本さんは来ていて、こちらに手を振った。

「すいません。仕事が長引いて遅くなりました」

「いえいえ、時間通りですから。こちらこそ、急なお呼び出しして申し訳ありません」

 坂本さんと挨拶を交わすと、向かいの席に座りながら、彼の隣に座る女性をチラッと見た。

 年齢は菅原さんくらいだろうか。綺麗な雰囲気の人だが、目尻が上がっているせいか気の強そうな感じを受ける。

あれ? 前にどこかであったような気が・・・

「紹介しますね。こちらは、会社の先輩の斉藤さんです」

 坂本さんがどこかぎこちない笑顔でそう言うと、その女性は、

「斉藤彩織です」

 と名乗って、名刺を僕に差し出した。

「あ、ありがとうございます。星崎拓真です」

 名刺を受け取りながら、僕も名乗り返して頭を下げた。

「今日は、坂本君に無理を言ってついてきました。仕事の話が終わりましたら、少しお時間を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「あ、はい」

 彼女の鋭い視線に、イエス以外の答えを僕は持っていなかった。

「では、仕事の話をしちゃいますね」

 坂本さんも苦笑いを浮かべながら、鞄から紙を取り出した。

「まぁ、電話でもよかったんですが、1話目の後書きのお願いをしたかったんです」 

 どうも、1話ごとに作者の意見や感想を数行いれる決まりのようで、紙には他の作家さんが書いた参考文がいくつか書いてあり、下の方にはNGワードの例もいくつか書かれていた。

 僕は紙から視線を上げると、坂本さんがコーヒーを飲んでいた手を止めて、こちらを見た。

「何か分からないことがありましたか?」

「いえ、そうではなくて・・・」 

 僕は一瞬迷ったが、やはり話すことにした。

「今日、会社で部長に呼び出されて、療養の時に黄昏駅のイベントに行ったことを咎められたんです。それで減給まで食らってしまって最悪です」

 僕は雰囲気を悪くしないよう、軽い口調でそう言って苦笑する。

「それはまた、大変でしたね」

 坂本さんは心配そうな表情で相づちを打つ。

「その流れで、物書きを始めたことを話すことになったんですが、会社では副業を認めてないから辞めるよう言われてしまって・・・」

 僕の話しに、坂本さんだけでなく、隣で静かにコーヒーを飲んでいた斎藤さんまで驚き慌てた表情を浮かべた。

「そんなッ、困りますよ。すでにマガジンに乗せる準備も進んでますし・・・だいたい、仕事をしながら出版してる人なんていくらでもいますよ。会社が反対するなんて聞いたことないです。その会社が星崎先生に嫌がらせしてるだけなんじゃないですか?」

「多分、そうだと思います。僕、直属の上司に嫌われてますから」

 僕は雰囲気を悪くしないよう笑ってみせようとしたが、ぎこちなくなってしまった。

「・・・星崎先生が務めてるのって、前川印刷ですよね」

「あ、はい」

 どうして斎藤さんが知っているんだろう。

「それでしたら、スズカ書房ともつながりがありますから、こちらからも確認をとってみます。多分、悪い返事にはならないと思うから、星崎先生は今まで通り執筆を続けて下さい」

 斎藤さんから何故か、有無を言わせない迫力を感じた。

「彩織さんがこういうんだから、多分心配ないですよ。なにせ、彩織さんはスズカ書房の令嬢ですから」

 坂本さんが得意気にそう言うと、斎藤さんは鋭く彼を睨みつけた。

「余計なことは言わないッ」

「すいません」

 萎縮する坂本さんを横目に、斎藤さんは小さく咳払いをして僕を見た。

「今日は、清菜の友人としてきたの。坂本君、仕事の話はもうよかったかしら?」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

「じゃあ、もう帰ってくれていいわよ」

 表情はにこやかだが、有無を言わせない威圧感があった。

「・・・分かりました」

 てっきり傍聴できると思っていた様子の坂本さんは、残念そうに返事をすると、残っていたコーヒーを飲み干して腰を上げた。

「では、星崎先生、お先に失礼します。話の続き楽しみにしていますね」

「ありがとうございます。昨日、菅原さんに続きの話をメールしましたから、近い内に届くと思います」

「そうなんですね、分かりました。それでは」

 坂本さんがお店を出て行くまでの少しの間、斎藤さんはコーヒーに口をつけながら、何か考えているようだった。

「今日、清菜病欠で会社を休んだのよね・・・」

 不意に斎藤さんはポツリと言った。

「えッ、菅原さん大丈夫なんですか? 風邪とかでしょうか」

「朝に電話した時は、体調を崩したからって言ってたけど、今は他の理由に思えてきたわ。だいたい清菜が体調悪いくらいで休むわけないし。こっちがいつも止めないといけないくらい、無茶ばかりするもの」

 愚痴っぽくなる口調には、親友を思いやる優しさが感じられ、僕は斎藤さんに好感を抱いた。

「そうなんですね。なんか、菅原さんっぽいです。でも、他の理由ってなんでしょう、何か知ってるんですか?」

 何か僕に出来ることはないだろうか。

 僕は真剣に尋ねると、何故か斎藤さんは呆れたような表情で僕を見返していた。

「あんた以外に、原因はないでしょうが」

「僕ですか?」 

 僕が原因って、考えられる事は1つだよな。菅原さんに告白して振られたこと。

 でも、振られたのは僕だし、傷ついて病むのは振られたほうじゃないのか?

 いや、僕は経験がないから分からないだけで、振る方も想像以上に、精神的ストレスがかかっているのかもしれない。

「・・・もしかして、僕を振ったことを気にしているんでしょうか?」

「根本的なところはそこだと思うけど・・・」

 あ、やっぱり知ってるんですね。ハズいです。

「ねぇ、昨日、清菜となんかなかった?」

「なんかと言われても、小説の続きが書き上がったのでLINEで送りました・・・」

 やばッ、LINEの最後に、余計なことを書いたんだった。

「どうしたの? 何か思い当たることが?」

 僕は斎藤さんから視線をそらして、しどろもどろに答える。

「その、LINEの最後に、振られたけど、好きでいていいですかみたいなこと、書いたような、書いてないような・・・」

 それをキモがられてしまったのでは。それも、休むくらい菅原さんに影響してしまっているなら、これはもうストーカー認定ではないだろうか。

 全身から冷たい汗が噴き出すのを感じて、僕はおしぼりで顔の汗を拭った。

「へぇ~〜。ヘタレの君にしては頑張ってるじゃん」  

 あれ? 意外な反応。怒られるかと思ったのに、感心されている。でも、言葉は明らかにけなしてるような・・・。

「君も清菜のことで、噂くらいは聞いてるんでしょう。それとも清菜から聞いた?」

 それは不倫のことを指しているのは、斎藤さんの真剣な表情から読み取れた。

「人づてに聞きました。でも、僕は全く気にしていません」

 僕も真剣な表情でそう答えると、斎藤さんはフッと表情を緩めて「ありがとう」と言った。

「・・・相手の奥さんがね、自殺未遂したのよ。その時にはもう別れた後だったんだけど、それを知った清菜はすっかりまいってしまってね。それ以来、もうひとを好きにならないとか、自分が好きになったら相手を不幸にするって思い込んでるのよね」

「そんなことが・・・それは、しんどかったでしょうね」

 想像が及ばなくて、僕は在り来りの返答しかできなかった。

「私に言わせれば、全部相手の男が悪いのよ。妻とは何年も仮面夫婦だとか、離婚に向けて別居してるとか嘘ばかり並べて、何度殴ってやろうと思ったか」

 斎藤さんの拳が怒りのせいで震えている。その拳が僕に向かないよう心がけます。

 ところが、不意に握った拳から力が抜けた。

 深い溜息を吐く斎藤さんから、ずっと、菅原さんの相談に乗ったり、励まして来たんだろう苦労がにじみ出ていた。

「・・・僕に、菅原さんの心を癒すことができるでしょうか」

 すると、斎藤さんはニッコリと微笑んだ。

「星崎君にしか出来ないから、話に来たのよ。清菜が過去に囚われながらも、気持ちを抑えられなかったキミにしかできないから」

 それはすなわち、菅原さんも僕が好きだということですよね。がぜん、勇気が湧いてきた。

「頑張ります」

「頑張りはどうでもいいわ。結果が全てだからね」

「ハハッ、昔の怖い上司を思い出します」

「清菜を好きなことで言ったら、間違いなく私はキミの上司かもね」

 斎藤さんはテレを覗かせながら、得意気にそう言った。

 僕は部下の演技っぽく、深々と頭を下げた。

 「あッ、それから、うちの佐伯がキミに失礼なこと言ったみたいだね。こちらでちゃんと締めておいたから」

 そう言って、斎藤さんは悪魔の笑みを浮かべた。

そんな彼女を、僕は姉御と呼ぼうと心に誓った。



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