麗奈からの電話
夜10時過ぎ。
仕事場の休憩室で僕は缶コーヒーを飲みなから、スマホでニュースを眺めていた。
日勤の休憩室に比べると、夜勤の休憩室はみな口数が少なく、据え置かれているテレビの音が、やけに大きく響いていた。
チリンッと、LINEの着信音が鳴る。
画面の上に出た差出人の名前を見て、僕は驚きのあまり声を出しそうになった。
麗奈からだった。それも、グループLINEではなく、僕個人へ届いたものだった。
急いでLINEを開く。
(いま暇? 電話してもいいかな)
電話? どうしよう。受けたいけど、休憩時間もあまり残ってない。
僕は慌ててLINEの文字を押した。
(どうしたの? ごめん、いま夜勤中だから、話すのは難しい。LINEじゃ駄目かな?)
LINEを送信すると、すぐに既読が付いた。
間もなく、ポンッと音がして返信が来る。
(何時だったら話せる?)
僕は少し悩んでから、画面に触れた。
(午前2時なら、30分くらい。仕事終わりの朝7時ならいくらでも)
既読が付いてから、少し間があいた。普通に考えれば、寝てる時間と、出勤前で忙しい時間だろうから、キャンセルかもしれないな。
ドキドキしながらそんなことを思っていたら、返信が来た。
(7時にTELするから、よろしくね)
ハートマークが付いているけど、誤解はしないぞ。
僕は了解のスタンプを押した。
すると、麗奈からありがとうと入った、可愛い猫のスタンプが返ってきた。
麗奈から個人的なLINEや、電話なんて高校時代から今まで、1度も無かった。余程のことと考えるべきだろうか。
可能性が高いのは、2日前の飲み会の後、蒼と2人で帰った時に、何かあったのかもしれない。
麗奈と楽しい会話は期待できないかな・・・。
そうは思いながらも、気持ちは理性と裏腹に弾んでいた。まだまだ続く夜勤が、なんだか少し楽しく感じられるくらい。
アパートに帰ると、いつもならすぐにシャワーを浴びるところだが、僕は作業着のまま、正座した姿勢で、ちゃぶ台に置いたスマホの時刻を見つめていた。
7時になったッ。
しかし、電話は鳴らない。7時1分・・・2分・・・3分・・・まだ寝てるのかな。
僕は立ち上がると冷蔵庫の扉を開けた。
飲みかけのお茶のペットボトルを見つけ、取り出そうとしたとき、スマホが鳴った。
慌ててちゃぶ台まで戻ると、スマホを取る。着信が麗奈であることを確認しながら通話を押した。
「もしもしッ」
「あ、星崎くん? 朝からごめんね」
「いや、全然いいよ」
スマホ越しに、カチャッとかパカッとか、小物の擦れ合う音がする。どうやら、携帯をフリーハンドにして、化粧をしているようだった。
出勤前の慌ただしい時間だろうに、電話をかけさせて申し訳ありません。
「あのね。相談ていうか、お願いがあるの」
「えッ、どんなことなに?」
僕は少し緊張しながら、次の言葉を待った。
「この前、居酒屋さんで、キツネのお話してくれたじゃない」
「あ、う、うん」
あれ? 蒼のことじゃないのか。
「あのお話、後から思い出したら、結構いいお話だなって思って、続きが気になっちゃたの」
「あ、ありがとう」
恥ずかしけど、嬉しい。
「ほら、わたしって一度気になっちゃうと、夜なんか眠れなくなっちゃうし、解決するまで落ち着かないのよ」
そうなんだ。知らなかった。
「だから、キツネのお話の全体を、簡単に聞かせてくれないかな」
簡単にか。そう言われてもなぁ。あれは高校生の時に適当に空想してたことだから、全部は覚えてないんだよな。でも、麗奈の頼みを無下にもしたくないし・・・。
「ごめん。今すぐ全部は思い出せないけど、思い出したら思い出したらで話すってことで、どうかな」
少しの間が空いた。
化粧をする微かな音だけが聞こえてくる。
「うん、分かった。じゃあ、電話じゃなくてLINEにでいいから、あらすじっぽい感じで書いてくれない。それならいつでもすぐ確認できるし」
「え? LINEに書くの」
僕の戸惑いを、違った意味に捉えたのか、麗奈が
少し慌てた口調になった。
「やっぱり、めんどくさいかな。ごめんだけど、できたらお願い、わたしを助けると思って。もちろん、御礼はするわ。美味しいお店知ってるから、今度、ご馳走する」
マジか! それは、嬉しいが、僕の空想ごときが期待に添えるのだろうか。心配になってきた。
「頑張るけど、つまらなかったら、ごめん」
「それはこまる・・・ううん、大丈夫だよ。星崎くんならきっと面白いはずだから、期待してるね」
パチッと化粧品の何かを閉じる音が聞こえた。
「ごめんなさい。そろそろ仕事に行く時間だから」
「あッ、うん。じゃあ、少しずつLINEに送るよ」
「お願いね。出来るだけ早く。じゃないと、わたし不眠症で大変なことになちゃうから」
そう言い残して、電話は切れた。
クスッと笑ってしまった。大げさだな。でも、期待に応えられるといいな。
僕は「頑張ろう」と息を吐いて、まずはシャワーを浴びに浴室へ向かった。




