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夜の告白

「なにか、怒ってますか?」

 少しの沈黙の後、電話の向こうから不安気な菅原さんの声が聞こえてきた。

「え? いや、全然怒ってるとか無いですよ。すいません、そんなふうに聞こえました?」

 僕はモヤモヤする気持ちを心の奥に押し込みながら、慌てて弁解した。

 イベントから帰ってきてから、何度か菅原さんからLINEが来ていたが、開く気になれず放置していた。

 すると、21時をまわった頃に、電話がかかって来たのだ。

 菅原さんはイベントを終えると、関係者やスポンサーが集まっての打ち上げがあり、マンションに帰り着いたのがさっきだったようだった。 

 初めは、イベントはどうでしたか? とか、身体は大丈夫かとか聞かれて、無難に答えていたつもりだったけど、どこで感づかれてしまったのだろう。

「なんとなく、そう言うのって分かります。私、何かやってしまいましたか?」

 そう心細げに尋ねる菅原さんに、僕は申し訳ない気持ちになった。

「すいません、菅原さんは何も悪くないです。僕がその・・・」

 この感情を正しく伝えれるように、思考をまとめようともがく。その間、菅原さんは黙って待っていてくれた。

「調子に乗っていた自分に、腹が立ってるだけなんです。黄昏駅の世界に自分も携わったんだと思ったら、少し自惚れてしまったんだと思います。それがはたから見ていてもわかったみたいで、それをあるひとにたしなめられたんです。それで恥ずかしいやら悔しいやらで、なんか気持ちがグチャグチャになっちゃって」

「誰が、たしなめたんですか? イベントの会場と言うことは、関係者ですよね」

 菅原さんの声が、怒りの為か低くなる。

「それは・・・」

 そのひとの名前を出すのは、告げ口をするようでかっこ悪い。

「もしかして、佐伯君?」

 僕は思わず沈黙してしまった。

「やっぱり、あいつかぁッ」

 察した菅原さんは、静かな怒りを声に宿らせていた。

「何を言われたかだいたい想像できるわ。前から思ってたけど、すぐにひとを見下したり、マウントを取ろうとする最低な男よ。明日、会ったらタダじゃおかないからッ」

「待ってください。ほんとに、何とも思ってないんです。僕が腹が立ってるのは・・・」

 あぁ、そうか。自分をバカにされるのは慣れてるはずなのに、このモヤモヤの原因は菅原さんだ。

「僕のせいで菅原さんが軽く見られたことが悔しかったんです。菅原さんは、僕の為にいつも親身になって協力してくれてるのに、佐伯さんの決めつけるような言い方に、言い返すことができなかったのが、情けなくて」

「私のことで、怒ってくれてたんですか?」

「菅原さんは素晴らしい人です。綺麗だし、賢いし、優しいし。僕には眩しすぎるひとです」

 あれ? なんか、告白しているみたいになってないだろうか。

「・・・そんなふうに言ってもらえて、嬉しいです。でも、私はそんな立派なものじゃないかな。私に言わせれば、星崎さんの方が眩しいです」

「そんなッ、僕なんか何にもないです。何をやっても上手くいった例もないし、顔も頭も低レベルだと、自他ともに認めてます」

 少しの、沈黙があった。

 あまりに卑屈すぎて、引かれてしまっただろうか。僕は何か弁解したほうが良いだろうかと考えていると、菅原さんが小さく息を吐くの息を吐くのが聞こえた。

「あの、これから会えませんか?」

 菅原さんは、何かを決めたような強い口調でそう言った。




 LINEが鳴った。

(お待たせしてごめんなさい。着きましたので、外にお願いできますか)

 菅原さんからだ。

 スマホの時刻は、22時20分。僕は22時前から玄関で待機していた。

 直ぐにドアを開けて玄関を出ると、小さな庭の先に人影があって、タクシーがゆっくりと加速しながら去っていくところだった。

「家まで来てもらってすいません、菅原さん?」

 シルエットは確かに菅原さんだった。でも、近づいて明かりに照らされたその姿は、丸メガネに髪を無造作に後でまとめ、ジャージの上下を身にまとった、普段の菅原さんとは懸け離れた女性だった。

「あまり、見ないで下さい」

 手のひらを僕の目の前に出して、視界を遮りながら、菅原さんは恥ずかしそうに言った。

「すいません。ちょっと驚いちゃって」

「驚きますよね。急にこんな姿で現れたら」

 苦笑を浮かべる菅原さんは、街路灯の明るい方を指さした。

「ちょっと、歩きませんか?」

「あ、はい」

 前の道を少し歩くと河川敷があり、川に沿って街路灯が並んでいて明るい。遊歩道も広く、この時間になっても帰宅途中のひとや、ランニングをしているひととすれ違う。

「・・・私ね、大学途中までこんな感じだったんだ。服装やメイクもあまり詳しくなくて、存在感の薄い地味子だったの」

 僕はチラッと横を歩く菅原さんを見た。メイクをしていないからか、いつもの仕事の出来る凛々しい雰囲気ではなく、かよわさをさえ感じる。でも、度の強い眼鏡の下はちゃんと美人だ。

「当時、好きだった大学の先輩に告白して、見事に玉砕。落ち込んで、髪を切って気持ちを切り替えようと思って、たまたま入ったのがこの前、星崎さんを連れてったルシェリアだったの」

 僕の脳裏に、良い意味で個性的な店長の姿ががありありと思い出される。

「宮内店長にいっぱいお説教されてね。セットの仕方や、メイクの仕方まで教わったの」

「僕もお説教されました」

 そう言うと、菅原さんはクスッと笑った。

「でも、そのおかげで、少しずつ自信を持てるようになって、色んな事にチャレンジできるようになったの・・・」

 そこで言葉を止めた菅原さんの表情が、少し陰った。

「実はね、私も学生の頃は小説家を目指していたの。それが叶わなくて、スズカ書房に入社したのだけれど、仕事で本物の才能のある方々にお会いするの。そのたびに、自分は見てくれだけを着飾った存在だと落ち込んでしまって、でも、それと同時に惹かれてしまうの」

 菅原さんは不意に足を止めた。僕は数歩進んでしまって、慌てて振り返った。

「星崎さんの前では、私はいつもこの姿なんです。星崎さんの才能を羨み、嫉妬して、それでも応援したい。どうか、こんな私が信じるあなたを信じてもらえませんか」

 こんな誠実な言葉を、僕は初めて聞いか気がした。その感動のせいだろうか、胸がどんどん熱くなるのを止められなかった。

「菅原さんはどんな姿でも、綺麗だしカッコいいし、素晴らしいひとです」

 あれ? 頭がお酒に酔ったみたいにボーーとしてくる。まずいッ、これ以上は余計な事を口走りそうだ。

 そう分かっているはずなのに、言葉を止めることができなかった。

「僕はそんな菅原さんを好きになりました。僕も変わっていけるように頑張りますッ。だから、僕と付き合ってください」

 や、やってしまった・・・。

 菅原さんは驚いた表情を浮かべると、下を向いてしまった。

 どうしたらいいんだ。さっきのは冗談ですとか言って、誤魔化せるだろうか。でも、勢いとは言え自分の気持ちを言えたのだから、今さら取り消したくもない。

 僕は沈黙に耐える覚悟を決めた。

 永遠とも思えた沈黙は、静かに終わりを迎える。

「・・・ごめんなさい。」

 もしかしてと期待していた僕の思いは、はかなくも打ち砕かれた。もしかしてと、わずかにでも期待してしまった自分がどんどん恥ずかしくなってくる。

「あ、その、こちらこそ変なこと言ってすいませんでしたッ」 

 とにかく、変な空気にならないように誤魔化さないと。

「せっかく励ましてくれてたのに、なに言い出しちゃったんでしょうね。ほんと、すいませんッ」

「そんなッ、お気持ちはとても嬉しいです。でも、私は・・・」

「そうですよねッ。これからも顔を合わせないといけないのに、変な空気になったら困りますよね。ほんとに、なに言ってるんですかね」

「あ、いえ、その・・・」

「もう、全然、気にしないでください。そう言えば、少し寒くなってきましたね」

 そんなどうでもいい会話で、この地獄の空気をやり過ごした。どれくらいのそうしていたのか、ほとんど記憶になく、気がついたら、通りかかったタクシーを捕まえて、 

「ホント、気にしないでください。これからも、よろしくお願いします」

 とか挨拶して、タクシーが見えなくなるまで、手を振っていた。

 ひとりになって少し落ち着いた僕は、深く溜息をついた。

 そして、少し遠回りしてトボトボと家に帰ると、服を着替える気にもなれず、そのままベッドに横になって寝てしまった。

 全てが、夢であったらいいのにと思いながら。



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