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黄昏駅のイベント

『間もなく、高科駅に到着します。本日、高科駅にて、黄昏の降りる駅できみと出会っての、イベントが行われております。お時間のある方は、是非ともご参加ください』

 宣伝を兼ねた車内アナウンスが流れると、あちらこちらの乗客からざわめきが上がる。

 それも当然だろう。社内の広告は全て黄昏駅の広告一色なのだから、知らないひとでも気になるだろう。

 僕は高揚してくる気持ちを抑えられず、吊革につかまった手に力が入った。

 電車が高科駅のプラットフォームに減速しながら入っていく。駅にも黄昏駅のポストが貼られ、キャラクターの等身大パネルが並んでいる。

 僕はもう、心臓の高鳴りが抑えきれなくなっていた。

 扉が開き駅に降りると、ポスターに示された案内に従って歩みを進める。

 結構な人の波が、同じ方に進んでいく。

 どうやら、駅内に併設されたデパートで行われているようだ。このデパートが、主人公とヒロインが作った百貨店と言う設定なのだろうか。

『お越し頂き誠にありがとうございます。黄昏の降りる駅できみと出会っての世界を、どうぞお楽しみください』

 黄昏駅にマッチした女性のアナウンスと、テーマ曲が人で溢れる空間に流れる。

 それにしても、想像してた以上の人混みだ。

「ただいま、大変込み合っていますッ。大変申し訳ありませんが、特設ステージは入ることが出来ませんッ」

 係りの男性の声が響くと、あちらこちらから落胆の声が上がる。

 そう言えば、菅原さんがアニメ化の宣伝を兼ねて、有名な声優さんを何人も呼ぶって言ってたな。それ目当てのひとも結構いるのかもしれない。

 特設ステージ入口に着いたら、菅原さんにLINEをする約束なのだけど、このひとの入りでスタッフも忙しそうに動いている。

 菅原さんも忙しいだろうし、それを呼び出していいものか、僕はスマホを見つめて悩んだ。

 すると、チリンッとLINEの着信が鳴った。

 菅原さんからだ。

(いま、どこですか?)

 僕は慌ててLINEを返す。

(特設ステージの入口近くにいます。入れないみたいです)

 送信すると、直ぐにLINEが返ってきた。

(すぐ行きます。そこで待っていてください)

(慌てなくて大丈夫です)

 そうLINEを返したが、既読は付かなかった。

 代わりに、本当に直ぐに菅原さんの姿が、柵の向こうに現れた。

 彼女は、入口に立っている係りの男性と一言二言話すと、辺りを見渡した。当然、僕を探しているんだよな。

 僕は目立たないように、菅原さんに小さく手を振った。

 菅原さんはそれに気がつくと、大きく手を振り返してきた。

「星崎先生ッ、こちらにお願いします」 

 ちょっとッ、なんでここで先生呼び!?

 周りの視線が、一斉に僕に集まる。僕は恥ずかしさで視線を下げながら、

「すいません、すいません」

 と、いろんな意味で謝りつつ、人波をすり抜けて入口までたどり着いた。

「どうぞ」

 係りの男性が、礼儀正しくお辞儀をしながら通してくれる。僕も柵の間を通りながら、御礼を言って深々と頭を下げた。

「これを首から下げていて」

 そう言って、菅原さんからSTAFFと書かれたカードを、青色の太い紐でつなげた物を渡された。よく見ると、彼女も首から同じ物をさげている。

「あんな大勢のなかで、先生呼びは酷いですよ。恥ずかしくて顔を上げられなかったじゃないですか」

 僕が紐を首にかけながら苦情を言うと、菅原さんはクスッと笑った。

「でも、誰も文句言わずに通してくれたでしょ」

「・・・確かに」

「それに、嘘は言ってないわ」

 菅原さんはそう言いながら、周りをみるように僕を促した。

「どうかしら、自分の中の世界がこうして姿かたちを取って、たくさんの人達の興味を集めている感想は」

 とっさに言葉がうまく出てこなかった。僕は大きく息を吐いて心を落ち着かせた。

「感動って言葉では足りないです。なんて言ったらいいのか、心が震える嬉しさです。でも、それを1つづつ現実にしていく、菅原さん達こそ僕は凄いと思います」

 菅原さんを見つめて、僕は正直な気持ちを言った。すると、珍しく菅原さんが僕から視線を逸らした。

 あれ、生意気だったかな。

「・・・ありがとう。そういうふうに返してくると思わなかったから、驚いちゃった」

 菅原さんは、少し照れた笑いを浮かべながら前髪を触った。今日は長い髪をアップにしてまとめている。

「アップの髪型も似合っていますね・・・ッ!」

 し、しまったッ。流れで、思った事を口に出してしまった。

「そ、そう? 動きやすいようにまとめただけなんだけど・・・星崎さんはこういう髪型が好きなのかな?」

 菅原さんのする髪型なら多分、なんでも好きだと思う。さすがに、こんな事を言ったらキモがられるだろうか。

「菅原リーダーッ、始まりますので裏にお願いします」

 スタッフの女性が小走りで、菅原さんを呼びに来た。 

「ごめんなさい、すぐ行きます」

 そう答えて、菅原さんは僕を見る。

「じゃあ、楽しんでいってくださいね。また、LINEします」

 そう言って微笑むと、小走りに戻っていった。呼びに来たスタッフの女性は、菅原さんに小声で話しかけると、チラッと僕を見ていたずらっぽい笑みを浮かべていた。

 なんだろ、少し恥ずかしいな。

 僕は気がついてない風を装って、さりげなく視線を周りの景色にさまよわせた。。

 特設ステージの前には、たくさんのパイプ椅子が並んでいるが、それ以上のお客さんで埋め尽くされている。

 とても座れそうはなさそうだ。正直、まだ長時間立ちっぱなしは腰につらいな。

 どうしようかと迷っていると、こちらを見る視線に気がついた。

「あッ、やっぱり星崎さんだ」

 会社の後輩の植村くんが、リュックを背負いうちわを片手に立っていた。

「植村くんも来てたんだ」

「もちろんですよ。カナカナに会えるところだったら、どこにでも行きますよ」

 そう言えば、声優の本田カナのファンだって言ってたな。

 僕はハートマークにカナと大きく書かれたうちわを見ながら、会社でのやり取りを思い出した。

「それより、さっき凄い美人さんと話してましたけど、知り合いですか?」

「えッ、う、うん。仕事の関係で知り合ったんだ」

「仕事ですか・・・」

 工場内勤務のどこで、あんな美人と出会う機会があるのか思案しているのが、その眉間のシワから読み取れる。

「実は、副業を始めたんだ。そのつながりでね」

「マジですか。どんな副業ですか?」

 なんて言うべきだろう。小説家? 物書き? 結果も出してないのに、その肩書は恥ずかしい。

 僕が言い淀んでいると、背後からさっき菅原さんを呼びに来た女性のスタッフに、声をかけられた。

「星崎先生。菅原チーフがこのイスを使って下さいとのことです」

 そう言いながら、折りたたみのパイプ椅子を広げた。

「ありがとうございます」

 僕は御礼を言ってパイプ椅子を受け取る。

「それと、無理はしないように。腰が痛いようならタクシーを呼びますから、言って下さいとのことです。愛ですねぇ」

 しみじみとなんてことを言うんだ。植村くんもすごい顔になってる。

「それでは、伝えましたので戻ります。楽しんでいってください」

 彼女が去っていくと、植村くんがズイッと顔を近づけてきた。

「先生とか、愛とかってなんすか?」

「・・・何だろうね」

 他人事のように言う僕に、植村くんの表情はさらに厳しくなる。追求は弱める気がないようだ。

 僕が苦笑を浮かべると、不意に照明が暗くなった。

「あれ? 始まるんじゃないかな」

「やばッ、前の方に行ってきます」

 植村くんは、慌ててステージの方へと人混みを割りながら入っていった。

 僕はイスに腰掛けると、自然とため息が出た。やっぱり、腰をかばって歩いているせいか疲れやすいな。 

 ステージでは、照明に照らされて司会の女性と、声優らしき男女が3人、それからハットを被った初老の男性が会話をしている。

 彼ら、彼女らが会話するたびに場内が沸く。そんな場内全体の雰囲気を、僕は不思議と落ち着いた気持ちで眺めていた。

 何だろう。似た感覚を知っているような気がした。   

 ふと浮かんだ記憶は、蒼に得意料理を振る舞って、旨そうに食ってるのを嬉しく眺めてる光景だった。

 もちろん、規模は違うけどあの時の感覚に似ている気がした。

 もっと、こんな気持ちを味わいたいな。味わえるようになりたい。たくさん小説を書けば、味わえるのだろうか。

 不意に、ステージが見えなくなった。

「君が、星崎くん?」

 ステージを眺めていた僕の視界を遮るように、背広姿の男性が立った。

 見上げると、細面のイケメンが笑顔で見下ろしていた。

「そうですが、関係者の方ですか?」

 そう答えながら、男性の胸元にスタッフのプレートをつけているのを確認する。

「部署が違うから、直接の関係者ではないけどね。麗奈に見に来て欲しいと頼まれてたから、覗きに来たんだよ」

 会社の同僚を親しげに名前呼びするということは、噂の彼氏と言うのはたぶん、このひとのことなのだろう。麗奈はこういうやつがタイプなんだな・・・。

「麗奈から聞いてるよ。高校の友人なんだってね」

 彼はそう言いながら、名刺を差し出した。

 佐伯遥斗、スズカ書房第1営業部と書かれている。

「そうです。星崎拓真と言います」

 立ち上がろうとすると、佐伯さんは僕の肩に触れて制した。

「怪我してるんだろ。気にしないで座っていなよ」

「ありがとうございます」

 座り直す僕を、佐伯さんは興味深げにマジマジと見てくる。

「今度、うちのウェーブマガジンでデビューするんだってね」

「あ、はい。載せてもらえることになりました」

「ウェーブマガジンは、読者の評価もダイレクトに返ってくるからね。編集部にとっては、多くの新人にチャレンジの場を与えて、玉石を判断する場でもあるんだよね」

 要するに、僕はまだ玉なのか、石なのか判断されてる最中だと言いたいのかな。

 あれ? もしかして、敵意を向けられている。 

「そうなんですね・・・」

「星崎くん、仕事は何を?」

「えっと、製造業です」

 下請けの印刷場とは言いたくなかった。

「編集の奴らは、直ぐに夢を見させるようなことを言ってくるだろうから気を付けたほうがいい。小説家として食べていける人間なんて、ほんの一握りだからね。仕事は続けることをお勧めするよ」

「御忠告、ありがとうございます」

 そんな現実、分かっていたつもりだったが、僕の声のトーンは意識せず落ちていた。

「ごめんごめん。麗奈の友達が、菅原に使い捨てられないか心配になってね」 

「そッ、そんなことは・・・」

 反発しそうになって、僕は言葉を飲み込んだ。僕が同僚のこのひとより、菅原さんのことを知っている自信がなかった。

「まぁ、老婆心だったかもしれないね。僕個人としては、スズカ書房を少しでも儲けさせてくれると期待しているからね」

 彼は馴れ馴れしく僕の肩を軽く2度叩くと、ステージ裏の方に歩いて行った。

 去り際、勝ち誇ったような目をしてたな。なんであんなハイスペックが、僕みたいなのに対抗心を抱いていたのかよくわからなかった。

 それからしばらく、僕はボーーとステージを眺めていた。

 少し腰が痛くなってきたな。

 僕は立ち上がると、イスをたたんで近くの柱に持たれかけた。

「あれ、お帰りですか?」

 受付の男性にスタッフカードを渡すと、驚いた声で尋ねられた。

「すいません。腰を怪我してて、ちょっと痛みが強くなってきたので」

「あぁ、そうなんですね。」

 残念そうな表情を浮かべる男性に会釈すると、僕は帰りの電車のプラットフォームへ向かった。 

 

 


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