うわさ
「ほんとに来るんだよな、悠人」
第2実験室の中にある、薬剤保管室で息を潜めて隠れながら、司が小声で僕に確認してくる。
「盗撮カメラが、学園内に誰かが取り付けてるって噂を流してあるから、今日の放課後にでも外しに来るはずだ」
「だけどさ、勢いで着いて来てなんだけど、放課後って言っても何時まで待つつもりだよ。先生って結構遅くまで残ってたりするんだろ」
「まぁ、確かにそうだけど・・・」
妹の美咲を狙った盗撮カメラを見つけて、犯人を炙り出そうと待ち構えてみたものの、確かに計画が緩かった気がしてきた。
取りあえず、盗撮カメラを回収して計画を練り直そうか。そう司に話しかけようとして、僕は足音に気がつき口をつぐんだ。
「誰か来たッ」
司が興奮を押し殺した声で囁いた。
第2実験室は1階の端っこ。ここに用事がなければ来るはずがない。科学担当の曽根に違いない。そして、あいつが犯人だ。
僕と司は息を殺して、ドアガラスから入り口を見つめた。
ガラッガラッと、立て付けの悪い音を立ててドアが開く。
入ってきたのは・・・古谷先生? 僕のクラスの副担任だ。
あてが外れて、僕と司は顔を見合わせた。誰かが僕らの行動を古谷先生に密告して、探しに来たのだろうか。
しょうがないから出ていこうと、ドアのノブを回そうとして、僕は動きを止めた。
ドアを閉めた古谷先生は、周りを見渡すことなく、生徒の使う実験テーブルの1つにまっすぐ向かうと、テーブルにもぐり込み、ガタガタと数秒音を立てる。そして、立ち上がった彼の手には、小さな黒い箱が握られていた。
「お、おい」
司が戸惑いながら僕を肘で突いた。
迷ってはいられない。僕は意を決してドアを開けた。
古谷先生は一瞬、驚いた表情を浮かべたが、直ぐにいつもの笑みに戻っていた。
「真田と古賀、二人ともこんな所で何しているんだ」
「それは僕が聞きたいです、古谷先生。その手に持っている物はなんですか」
そう聞かれ、古谷先生は手に持った黒いプラスチック製の箱を見た。
「これかい? 多分、小型カメラじゃないかな。この部屋で盗撮されてるって情報があってね。調べに来たら、やっぱりそれらしいものがあったから、回収したんだよ・・・まさかと思うけど、君らが取り付けたんじゃないだろうね」
「ちッ、違いますよ。俺らも犯人捕まえようと思って、隠れてたんです」
司が慌ててそう言いながら、僕に同意を求めてくる。でも、僕は緊張したまま古谷先生から視線を外せずにいた。
「先生、探しに来たと言う割に、真っすぐそのテーブルまで行きましたよね。そこにあるって知ってないと、説明がつかないと思うんですけど」
僕の言葉に、ピリッと空気が張り詰める。
「おいおい、真田はまさか僕のことを犯人だと疑っているのか?」
「いえ、疑っているのではなくて、確信しています」
いま思い返してみれば、疑わしい言動がいくつもあった。ただ、信用仕切っていたために、盲目になってしまっていたのだ。
すると、古谷は深く息を吐いた。
「まぁ、確かに見つかった時点で詰んでるよな。でも、出来たら言い訳をさせて欲しい」
古谷は実験テーブルに箱を置いて、神妙な面持ちで僕らをみた。
「僕はやりたくてこんな事をしたわけじゃないんだ。恥ずかしい話だが、盗撮グループに脅されていて、1回だけの条件で映像を撮影して渡したんだ。そしたら、今度はそれをネタに脅されて、ズルズルやらされているんだ。君の妹の柚希さんの映像を拡散したのもそいつらだよ」
古谷は声を震わせながらうなだれる。そんな姿に、僕と司はどうしたものかと顔を見合わせた。
「もちろん、この事は警察にも相談しているんだ。だから、もう少しの間だけ黙っていてくれないか・・・」
「そうか、警察に相談しているなら、これから私も一緒に行ってやるよッ」
ドアがいきよいよく開けられて、担任の小浜沙耶が入ってきた。その後には、隠れるように美咲の姿があった。
「かわいい生徒達を、汚い嘘で丸め込もうとするんじゃねえよ、この盗撮野郎ッ!」
ツカツカと古谷に歩み寄ると、小浜先生の拳が古谷の腹をえぐった。
古谷はうめき声を漏らして、両ひざをつく。
「さすが、空手仕込みのパンチ」
司が自分が打たれたわけでもないのに、顔をしかめて腹を擦った。
「お前らも、後で説教だからな」
「う、うッス」
横目で睨まれ、2人は即座に返事を返した。
すすり泣く声がする。視線を落とせば古谷が肩を震わせていた。
僕は歩み寄る。
「古谷先生、同じクリスタル☆ドールのファンとして話せたの、凄く楽しかったです。同じ美咲推しとして共感出来るとも思ってました。それだけに、悔しいです」
すると、古谷は目を真っ赤にしながら、僕を見て微笑んだ。
「僕も同じだよ。真田君とは境遇が似てたから、美咲と兄妹なんて幸運に恵まれたきみを妬むことはなかった」
「境遇?」
「そうだよ。両親に捨てられた者同士じゃないか。僕は祖父母に育てられたけど、きみは他人に育て」
「おいッ」
バキッと音がして、小浜先生の拳が古谷の頰に食い込んだ。
古谷は顔面から床に突っ伏して、動かなくなった。
「お前たち、今日は帰れ。これから警察が来たりして長くなるだろうからな」
そう言いながら携帯電話を取り出すと、電話をかけ始めた。
「帰るか」
司に促されて、僕は曖昧に頷いた。
「真田、犯罪者の言うことだ。真に受ける必要はないからな」
「はい・・・」
教室を出ると、柚希が心配そうな表情で立っていた。
「帰ろう」
僕は柚希に微笑みかけると、彼女の頭に触れた。
柚希は頷いて、そっと兄の制服の袖をつかんだ。
「先生、今回も面白かったです。いよいよ、話も終盤という感じですね」
僕の担当になった坂本さんが、ノートパソコンで菅原さんの清書した文章を開きながら言った。
僕の前には書類が並んでいる。
来月号のウェーブマガジンから、僕の小説が連載されるらしく、それにあたっての同意者や注意事項の書かれたものなどだ。
「そうですね。この後、本当の父親の事とか、どうして養父に育てられることになったかを語られるシーンを書いて、1番書きたかった最後の家族旅行へと続けていきます」
「うわぁ、まだ1番が残ってるんですね。楽しみです」
坂本さんはキーボードを叩く手を止めて、嬉しそうにそう言った。
喜んでもらえて、僕もやる気が湧いてくる。もしかすると、こうやって書き手をおだてるのも、編集者の技の1つなのかもしれないと思うのは、僕の自虐的な性格のせいだろうか。
「あ、でも、菅原さんには話さないでくださいね。ネタバレをしないように言われてますから」
「それ、本人からも注意受けてますから大丈夫です」
そう言って、坂本さんはイタズラっぽく笑った。
僕も笑い返しながら、アイスコーヒー飲む。
「・・・ところで、星崎先生と菅原さんはいつから付き合っているんですか?」
あまりに自然に聞いてきたので、驚きのあまりコーヒーを気管に入れてしまった。
ゴホゴホッと、咳が止まらなくなり。周りの視線が集まって恥ずかしい。
「大丈夫ですかッ」
「だ、大丈夫です」
僕は荒い息を吐きながら、おしぼりで口元を覆った。
「僕なんかが菅原さんと付き合うなんて、恐れ多いですよ」
なんとか息を整えながらそう言うと、坂本さんは小さく首をひねった。
「そうですか? そんなことないと思いますけどね」
「それに・・・」
僕は言いかけて、どうしようか迷った。でも、どうしても知りたくて言葉を続けた。
「菅原さは、付き合っているひとがいるって聞きました」
「えッ、そうなんですか? 知らなかったな。最近の話ですか?」
「いや、僕も知り合いから聞いた話しなので詳しくは、わからないですけど・・・」
さすがに、不倫と言う言葉は言えなかった。
「う〜〜ん、そんな話しは聞かないけどな。口を開けば星崎さんの話しばかりだし、あの、男を寄せ付けない完璧女史の菅原さんに限って考えられないなぁ」
坂本さんは、アイスコーヒーをひと口飲んで眉根を寄せた。
菅原さんが別の所で、僕を話題に挙げてくれているなんて、恐縮してしまう。
「そもそも、菅原さんは阿佐利先生とのことがあってから・・・あッ、その、ご存知ですか、ね?」
まずいと思ったのか、僕の表情から探るように、言葉を切りながら尋ねてきた。
「そのひとって、もしかして不倫の?」
僕は恐る恐る聞き返した。
「よかった、知ってたんですね。その阿佐利先生とのことがあって、部署を代わってからは仕事に猛進してる感じだったから、誰も色恋沙汰の話は振らなかったですしね。ところが、最近になって星崎先生が話題に上がってきて、これはもしやと噂になってたんです」
「なんか、期待に応えられず申し訳ないです」
僕が頭を下げると、坂本さんは慌てて両手を横に振った。
「いやいや、勝手に噂してたのは僕らですから。でも、星崎先生は菅原さんのこと何とも思ってないんですか?」
僕は一瞬、口をつぐむ。脳裏に、菅原さんと初めて会ったときのことや、一緒に買い物に出かけた時のことが思い出される。
「あんな綺麗で、性格が良くて、面倒見まで良くて・・・嫌いなひといないと思います」
話しながら、改めて自分とは不釣り合いだと思い知らされる。落ち込むなぁ。
「外見は確かにですけど、僕からすると性格は厳しいし怒ると怖いしで、近寄りがたい印象ですけどね。あッ、菅原さんには黙ってて下さいね」
慌てる坂本さんに、僕は破顔してしまう。
「でもそれって、当たり前かもですよね。星崎さんがそう感じると言うことは、菅原さんがそう見られたいということじゃないですかね」
坂本さんは意味ありげに微笑んで、
「僕は期待してますよ」
と言うと、署名し終わった書類を手にとって仕事の顔に戻った。
坂本さんの言い方では、不倫は過去のことみたいだけど、麗奈は今のことのような言い方をしていた。
もっと詳しく聞きたいけど、ひとのプライベートを勝手に探るのも違う気がする。
僕はモヤモヤしながら、坂本さんの説明を回らない頭で聞いていた。




