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13/27

入院

 聞き慣れたサイレンが、遠くの方で聞こえる。

 次第にその音は、意識がハッキリするとともに間近に聞こえた。

 目を開けると、オレンジ色の服を着て白いヘルメットをかぶった男の人が、僕を見下ろしていた。

「星崎さん、分かりますか? 救急車で病院に向かっているところですよ」

 運ばれてるのは僕か・・・。

 体を動かそうとすると、強烈な痛みが全身を駆け巡って、僕は顔をゆがめた。

「動かないで下さい。全身打撲していると思われますので」

 そうだ、梯子から落ちたんだった。でも、よく生きてるな。2階くらいの高さはあったと思うけど。 

「星崎さん、大丈夫ですか?」

 救急隊員の隣から僕の顔を覗き込んで来たのは、会社の後輩の植村君だった。付き添いで乗ってきてくれたのだろう。

「あまり、大丈夫じゃないと思う」

 喋るだけで、胸のあたりが痛い。

「そうかもですけど、運が良かったですって。落ちたのがコンテナの上だったから、高さてきにそこまでじゃなかったですから」

 なるほど、だから思ったよりぶつかった衝撃が早く感じられたのか。

「もし、下のコンクリまで落ちてたら、ヘルメットかぶってるからって、確実に死んでましたよ」

 真顔で怖いこと言う。でも、その通りだろうな。

 今日1日、運が悪いことばかりだったけど、最後に運が向いたのかもしれないな・・・体中痛いけど。

「まもなく、病院に付きますので」

「はい・・・」

 僕は体にひびかないよう、蚊の鳴くような声で応えた。




「星崎さん、今日の検査は終わりです。検査結果は、担当の医師が4時頃に見えて、お話しされると思います。痛みが辛かったり、体調が悪くなったら、ナースコールで呼んでください」

 看護師の男のひとが説明しながら、クリップボードに挟んだ用紙に何事か記入すると、プライベートカーテンを引いて出ていった。

 お茶が飲みたいな。でも、体が痛いから動きたくない。

 付き添ってくれた植村くんは、検査の途中で電話がかかってきて「会社に報告に戻ります」と言って帰っていったので、冷蔵庫から取りたくても、頼める人がいなかった。

 忙しそうな看護師さんに頼むのも申し訳ない。

 どうしようかと考えていると、枕元でスマホがブブブッとバイブった。

 痛みの神経に触れないよう、ゆっくりとした動作でスマホを持ち上げるて見ると、母さんからだった。

「はい」

「拓? いま、病院近くのコンビニにいるんだけど、何か欲しいものある?」

 会社から電話がいったようで、2時間前に「生きてるのッ」と安否確認の電話があった。死んでたら電話出ないでしょ、と突っ込みたかったが、体がしんどいので「大丈夫」とだけ答えておいた。

 それで安心した母親は、入院に必要な物をそろえて持っていくから、と遠路を来てくれたわけだ。

 ほんと、親とはありがたい。親孝行ってどうやってするんだろう・・・。

「炭酸飲料が欲しいかな」

「分かった。買ってくね」

 いつもの明るい声が返ってきて、電話は切れた。

 それから、20分程して母さんが病室に入ってきた。

「こんにちは、お騒がせします」

 同室の他の患者さんに挨拶しながら、やってくると、ゆっくりとカーテンを開けて覗き込んできた。

 母さんは不安げな表情で僕を見たが、包帯でグルグル巻きになってなかったから安心したのか、直ぐに明るい表情に戻った。

「大丈夫そうね」

「痛いけどね」

「血みどろで、顔の形が変わってたらどうしようかと思ったわよ」

 どんな想像だよ。まぁ、一歩間違えればあり得たのか。

 実家から持って来てくれた、着替えやら日用品の入ったボストンバックを脇に置くと、母さんは「飲むの?」と、買い物袋から炭酸飲料を取り出した。

 でも、いまの気分はお茶だったので冷蔵庫から出してもらった。

「悪いけど、キャップ取ってくれる。力をいれると痛いんだ」

「そうなんだ。大変ね」

 ベッドにはリクライニング機能が付いていて、僕は手元のリモコンを押して上半身を起こす。

 イタタタッ。痛みで顔が歪む。

 僕の表情に釣られるように、母さんも顔を歪めながらペットボトルを渡してきた。

 それを受け取って、僕は少しづつ飲み込んだ。

「でも、あんたもドジなんだから気をつけないとね。機械動いてたのに、手を入れて挟まれそうになったんでしょ。それで、手を引っ込めた反動で梯子から落ちたって聞いたわよ」

 あぁ、そういう事になってるのか。保身を考えた浮田さんらしい作り話だな。

「気をつけてたんだけどね。悪いことが重なったんだよ」

 本当の事を母親に話してもややこしくなりそうなので、取りあえず曖昧にしておいた方がいいだろうな。

「まぁ、そう言う事もあるわよね。とにかく、無事で良かったわよ。それで、どれくらい入院になりそうなの?」

「検査結果が出たら、医者の先生が来るらしいんだけど、その時に分かるんじゃないかな。まだ、2時間くらい後らしいけど」

「そうなのね。ホッとして私も喉が渇いたから、1階のコーヒー屋さんでコーヒー買ってこようかしら」

「うん。特にやることもないし、ゆっくり飲んでくればいいよ」

 僕にうながされ、「何かして欲しいことがあったら電話して」とスマホを振って出ていった。

 僕は自分のスマホの画面にタッチする。

 蒼だけでも、入院したこと言っておこうかと思った。

 でもなぁ、お見舞いに来てって催促してるみたいにならないだろうか。

 ふと、僕の脳裏に菅原さんの顔が浮かぶ。

 菅原さんに知らせたら、絶対にお見舞いに来そうだよな・・・それだけに、知られないようにしないと。こんな情けない姿は見られたくない。

 そんな事を考えていると、チリンッとLINEの着信音が鳴った。

 蒼からだった。

(明日か明後日の夜、ヒマ? 飲みにいかないか)

 いいタイミングでLINEしてくるなぁ。

 どうしようか少し悩んだ後、やっぱり伝えておくことにした。

(すまん。何日か入院することになった)




 その後、蒼からの怒涛の質問LINEに答えてると、女性の医師が看護師を連れてやって来た。

 白衣に着けた名札に藤田と書かれている。

「痛みますか」

「だいぶ・・・」

「直ぐに、痛み止めを出しますので」

 藤田医師は優しく微笑むと、看護師から受け取った2枚のレントゲン写真を電灯に透かして見せた。

「先生、どうでしょうか」

 母さんが不安そうに写真を覗き込む。

「頭部や首の骨には異常はありませんでした。ヘルメットのおかげですね。ただ・・・」

 藤田医師は、胸部の方の写真を僕に見えやすくする。 

「ここの部分で、脊椎圧迫骨折をおこしています。ですが、手術を直ぐにしなければならないほどではないと思われますので、コルセットを着けて保存療法で様子をみましょう」

「先生、それは手術をしなくてもいいと言うことですか?」

 母さんが念を押すように尋ねる。

「今のところはです。稀に脊椎の変形をおこすことがあるので、そうなった場合は手術を考えなければいけない場合があると言うことです。そのために、無理はせず安静にして、定期的に検査を受けに来てもらいますから」

「わかりました。それで、あの、何日くらい入院しなければいけませんか」

 僕の問いに、藤田医師は少し苦笑いを浮かべた。

「打撲による筋肉の炎症が酷いですから、1週間は入院したほうがいいと思います。多分、これから腫れてくるから、明日の方が痛いわよ」

「マジですか・・・」

 僕の反応がよかったのか、藤田医師はクスッと口元に笑みを浮かべて、レントゲン写真を片付ける。

「ではまた明日、診察に来ますので。安藤くん、痛み止めの薬と、コルセットをお願いします。お母さんは入院の手続きがあるので、ナースステーションまで来て下さい」

「はい、わかりました」

 藤田医師が母さんを連れて部屋を出ていった。

 僕は看護師から渡された鎮痛薬を飲むと、服を脱ぐのを手伝ってもらって、コルセットをつけてもらった。

 その後、母さんの持ってきたパジャマに着替え、ようやくベッドに横になれた。

 薬が効いてきたのか、痛みが和らいだ気がする。

すると、不思議とムクムクとやる気が出てくる。

 僕はスマホを持ち上げて、電源を入れた。

 よく考えれば、これはチャンスかもしれないな。何せ、仕事を気にしないで小説をゆっくりと書けるのだから。

 もしかしたら、退院までに書き上げられるかもしれないぞ。菅原さんも喜んでくれるかもしれない。

 僕は気合を入れると、小説の続きを書き始めた。

 



 17時を回ると、夕食の配膳が配られた。そのタイミングで、母さんは帰っていった。

 始めは僕が動けないと思って、泊まり込むつもりだったようだが、痛み止めのおかげで何とか自分のことは出来そうだったので、丁重にお断りした。

 亭主関白な父さんの世話もあるだろうし。居ればいたで喋りかけてくるので、小説を書くのに集中できないしね。

 食事を終えてからも、横になりながらスマホで小説を書き続けた。

 気がつくと、付けっぱなしだったテレビは、ニュース番組が終わり、毎週見ている音楽バラエティ番組に代わっていた。

 ちょっと、休憩しようかな。

 冷蔵庫に手を伸ばして炭酸飲料を取り出すと、リクライニングを動かして上半身を起こした。

 指先に力を入れてキャップを回す。

「痛ッ」

 こんなちょっと力んだだけでも痛いのか。

 苦笑いを浮かべながら炭酸飲料をチビチビ飲んでいると、部屋のドアが開く音がして、男のひとらしき足音が入ってきた。

 その気配に、僕は体が条件反射的に緊張していくのが分かる。予感が外れて欲しいと願ったが、足音は僕のベッドのカーテンの前で止まった。

「こんばんは。星崎くん、お邪魔してもいいかな」

 社交用の浮田さんの声だった。

「はい、どうぞ・・・」

 僕は慌ててテレビを消すと、ペットボトルをテーブルに置いた。

 カーテンが開かれ、笑みを顔に張り付けた浮田さんが入ってくる。手にはお見舞いの果物籠を持っていた。

「検査結果はどうだった?」

 冷蔵庫の上に果物籠を置くと、椅子に座りながら尋ねてきた。

「背骨の圧迫骨折みたいで、1週間の入院みたいです」

 僕は痛みを堪えるように小声で応える・・・そう演技をする。

「まぁ、会社から見舞金や休んでる間の給料も出るから、無理はしないでゆっくりすればいい」

 意外にも、優しい言葉だった。少しは、責任を感じているのだろうか。

「・・・それでだ。まだいつかは分からないが、労働基準局の人間が事故の調査で訪ねてくるから、事故のことを聞かれたら、星崎君が自分の不注意で梯子から足を滑らして落ちたと、口裏を合わせて欲しいんだ」 

 なッ、何だよそれ。まったくのデタラメじゃないか。

「痛い思いして、その上どうして嘘つかなきゃいけないんですか」

 僕が反抗的に言うと、浮田さんは鋭く睨みつけてきた。

「お前さぁ。世話になってる会社に迷惑かけるつもりか? いいかッ、俺たちチームが少しずつ注意を怠った事で起きたミスなんだ。お前だって、あの時ミスがなかったと言えるのか?」

 僕はグッと言葉を飲み込んだ。

 確かに、強引にゴムを引っ張ったりしなければ、落ちることはなかったし、声が届かなかったのは僕の健康管理が悪かったせいなのかもしれない。

「だろ? なのに、会社はちゃんと補償してくれるって言ってるんだ。誠意に対しては、誠意で返さなきゃいけないだろ」

 浮田さんの言っていることは分かる。でも、納得したくない自分もいる。

 その時、隣のベッドから大きな咳払いが響いてきた。

 浮田さんはチラッとカーテン越しに音のした方を見ると、ノッソリと椅子から立ち上がった。

「言っとくが、他の奴らは俺と同じ意見だ。星崎も会社に戻ってきた時、皆とまた仲良くやりたいだろ?」

「・・・分かりました」

 僕が小声で応えると、浮田さんは満足気に微笑んだ。

「労基から連絡が来たらまた知らせる。頼んだからな」

 そう言うと、「お大事に」と取ってつけたような口調で付け足して帰っていった。

 僕は冷蔵庫の上に乗った果物籠をつかんで、窓から外に捨ててしまいたい衝動に駆られた。

 でも、そこまで身体を動かすのもしんどいし、そもそもそんな度胸があるわけもない。

 僕はリクライニングを倒して、胸に溜まった息を吐いた。

 受け入れるしかない。仕事を続けるためにも・・・

 なんだか気力が失せてしまって、おでこに腕を乗せると、僕は眠るでもなく目を閉じた。

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