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菅原清菜 エピソード2

「あんたって、ほんとバカよね。仕事は完璧女史なのに、こと恋愛になると、どうしてこうもポンコツになるのかしら」

 わざとらしくため息を吐きながら、彩織はワインを飲んだ。そして、空になったワイングラスをウェイターに見せて、同じ物を注文する。

「・・・恋愛とか、そんなんじゃないから。何度も言ってるでしょ、星崎さんを侮られているのが許せなかったの」

 私は大きめにカットされたお肉料理を口に入れて、苛立っている気持ちを表すように力強く咀嚼してみせた。

「はいはい。それで髪を切り、眼鏡を新調した星崎クンは、めでたく橘の毒牙にかかるのね」

「それは・・・いや」

 私は思わず本音が漏れていた。ニヤッと笑う彩織に、慌てて言葉を足す。

「橘さんは、佐伯君と付き合ってるって噂じゃない。それで星崎さんに乗り換えるとか、星崎さんに失礼でしょ」

「あの女がそんなに殊勝かしら。石ころだと思っていた奴が宝石だと分かって、途端に人に取られるのが惜しくなっただけでしょ。いいところ、彼氏と遊べない時の代役にしようくらいに思ってるんじゃないの」

 私はつくづく人の心の裏側を探るのが苦手だ。

 最近まで橘さんは、少しポカをやるくらいの可愛い後輩だと思ってたのに、彩織の指摘を聞いて観察してみると、なかなかしたたかな女だと思い知らされた。

 誠実な星崎さんに、橘さんみたいなタイプは絶対に合わない。でも、あんなにカッコよくなった星崎さんに、手を出さないわけないよ。

 あぁ、私も星崎さんが髪を切った後に、もっと気の利いたこと言えばよかったのに、なんか変に緊張してしまってうまく言えなかったんだよね。失敗したなぁ。

「まぁ、そんなに落ち込まない。心配しなくても、探りは入れといてあげるからさ」

「えッ、どうやって?」

 すると、彩織は悪代官を演じるように、悪そうな笑みを浮かべた。

「うち会社に、私の密偵が何人いると思ってるの。それにあんな、女から嫌われるタイプの情報なんて、探らなくても向こうから入ってくるわよ」

「・・・なんか、ありがとう」

「いいって、いいって。あんたがまた恋を始めたお祝いなんだから」

「だから、違うって」

「はい、はい」

 私が口を尖らせると、彩織は楽しそうに笑ってワインを飲んだ。





「お待たせしてすいません、和泉さん」

 デジタル書籍課のブースに入ると、パソコンを眺めながらコンビニおにぎりをかじっていた口髭の男性に声をかけた。

「あぁ、君も忙しいだろ。イベントの準備も始まっているんだろ」

 立ち上がった和泉さんは、労うようにそう言って、対話ように設けられた小さなテーブル席に座るよう手で示した。

「和泉さんほどではないですよ」

 私は正直な感想を述べながら、ノートパソコンを開いた。和泉さんも前の席に座ると、パソコンを開く。

「読ませてもらったよ。惹き込まれるいい話だね。話し自体は奇をてらったものではなく、よくある設定だが何という言うか、着眼点が個性的だと言うべきだろうか。彼が書けばどんな在り来りの話しも、真新しく感じるんじゃないだろうか」

「そうなんですッ」

 私は思わず声が大きくなってしまった。

 さすがは尊敬する和泉さん。よくお分かりになっている。星崎さんの作品をここに持ってきて正解だった。

 和泉さんは私の顔を少し眺めると、軟らかく表情を崩した。

「菅原君のまとめた文章も、丁寧でいいものだよ。星崎君の良さを消さないように、細心の注意を払っている。それは、キミが彼に対してとても敬意を払っているからだろうね」

「ありがとうございます。私は星崎さんを、何としても世に出したい。それが、初めに見つけた私の使命だと思っていますから」

 私が決意を示すように胸を張ると、和泉さんは少し口髭を上げて、苦笑に似た笑みを浮かべた。

「僕には、もう1つ読み取れたものがあったんだけど、それは僕が言うべきことではないだろう」

「え? どんなことですか」

「まぁまぁ、それはいずれ分かるだろうから。願わくば、良いエンディングを見られることを望むよ」

 星崎さんの小説のエンディングが、ハッピーエンドなのは私も強く期待している。

 和泉さんの含みのある言い方が、そのことの他に何かを指しているような気がするが、思い当たらなくて私は無意識に首を傾げた。

「さて、出来れば早めに星崎先生と会って、この作品の契約を交わしておきたい。出来るなら、これ以降の作品の専属契約も結べたらベストなんだけどね」

 何気に和泉さんは、デビューもしていない新人に、異例の提案をしてみせた。その期待の高さが、私の気持ちを高揚させた。

「分かりました。早急にセッティングします。本当にありがとうございます。では、そろそろ仕事に戻ります。小説の続きが出来ましたらまた、メールで送りますので」

 私は立ち上がると、軽く頭を下げて戻ろうとすると、和泉さんが呼び止めた。

「菅原君、くれぐれも頑張りすぎないようにね。キミが倒れてはもともこもないから」

 その労いに、私は笑みで答える。

「ありがとうございます。ですが、無理はしていません。それどころか、今が1番充実していて楽しいんです」

 私はもう1度頭を下げると、足早に自分の課に戻った。




 星崎さんからLINEがとどいたのは、職場のエレベーターを降りて、1階のエントランスを出たところだった。

 LINEを開くと「小説の続きです」と始めに書かれていて、長い文章が続いていた。

 まだ、橘さんとの食事の時間じゃないのかしら。腕時計を見ると、19時35分をさしていた。

 星崎さんと橘さんが食事をするのが今日であることは、彩織から聞かされていた。

「どうする、邪魔しに行く?」

 そう言って、いたずらっぽい笑顔を見せた彩織を思い出す。

「行かないわよ。彩織も星崎さんの邪魔しちゃダメだからね」

 キッパリと彩織に伝えたものの、今日1日なんだかモヤモヤして全然、仕事に集中できなかった。

「邪魔なんてしないわよ。星崎君にはね」

 意味ありげな言葉を残して、仕事に戻って行った彩織の後ろ姿に、今さらながら不安を感じる。

 さすがに、大丈夫だと思うけど・・・

 私は帰宅の電車に乗ると、たまたま空いた席に座ることができて、星崎さんとのLINEを開いた。

 読んじゃおうかな。

 前に送られてきたLINEでは、主人公の悠人が父親の病気が、末期の癌であることを知ってしまうところまでだった。

 それを知った悠人がどうなってしまうのか気になって、続きを心待ちにしていた。本当は、落ち着いてじっくり読みたいから、帰宅まで我慢しようと思っていたけど、席に座れたことで待ちきれずに、つい開いたしまった。 

 しかし、それは直ぐに後悔することになった。

 やばい、やばいッ。涙が込み上げてきて耐えきれない。

 私はうつむいて小さく鼻をすすった。そして、手提げ鞄からハンカチを静かに取ると、目端に浮かんだ涙を拭う。

 これ以上は読み進めるのは危険と思い、スマホの電源を切ると持ったまま膝に置いた。

 視線を落としていても、何事かと周りから好奇の   

視線が注いでいるのを感じる。

 スマホ見てたし、LINEで男に別れ話でもされたんだろうと、周りに想像されているのでわないかと思うと、恥ずかしさより腹立たしさがまさった。

 あなた達だってこれを読めば、私と同じようになるわよ。

 そう叫びたい気持ちを抑えて、目を閉じて寝たふりを決め込んだ。

 頭のなかに、星崎さんのはにかんだ笑顔が浮かんでくる。

 星崎さんはやっぱり凄い。こんなに人の心を揺さぶる作品を書けるなんて。この感動を、すぐにでも星崎さんに伝えたい・・・でも、今はきっと橘さんと食事中だ。

 そう思うと、心の奥がズンッと重たくなった。

 9時頃には食事を終えて、家に帰っているだろうか。それとも、その後にカラオケとか行ったりするかも・・・まさか、ホテルとかはないわよね。

 私は無意識に、スマホを握る手に力が込もっていた。

 星崎さんと橘さんの関係に、口を出す権利なんて私にはないわ。私と星崎さんは仕事上のパートナーなだけ・・・だったら、仕事としてちゃんと感想を速やかに伝えないといけないわよね。

 私は頷く。

 よしッ。帰って続きを読んだら、星崎さんに感想を伝えよ。

 私はそう心に決めると、スマホを鞄にしまった。心なしか、気持ちが少し楽になった気がした。

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