第9話
そう言って、眠っていると思っていたブレントがムクリと起き上がったのでギョッとした。
「ごめん、起こした?」
「いや、少し前から目は覚ましてましたよ」
そう言いつつ、ブレントがぼんやりしているのが可愛く見えて、サンディアナはクスッと笑って立ち上がった。生意気な口調でも先輩想いな後輩に、何か飲み物を買ってこようかと思ったのだ。
「ブレント、飲み物買ってくるけど、何がいい?」
「んー。温かいやつ」
眠そうに髪をくしゃくしゃとかき混ぜるブレントは、どうやら昨夜、あまり眠ってなかったようだ。ずっとなんでもない顔をしていたけれど、本当はホテルのベッドの寝心地が悪かったのかもしれない。
「分かった。たしか、寝起きは紅茶がいいのよね? ミルクと蜂蜜を入れたやつ」
「うん。頼む――――って。……えっ?」
無意識といった風に頷いたブレントが、次いでギョッとしたように顔を上げ、サンディアナも自分の失言に気が付いた。
蜂蜜入りのミルクティーを好むのは、ブレントがアベルのふりをしていた時に知ったものだ。普段ブレントは人前でブラックコーヒーしか飲まないし、本物の王太子は、甘い紅茶を好まない。
(しまったぁ。ここ数日ふるまい方がアベル様のふりをしてる時みたいだったから、うっかりした)
とっさにごまかそうと思ったものの、苦しい言い訳しか出てきそうにない。九年間気づかないふりをしてきたのに、大失態である。
とりあえず食堂にあるカフェカウンターでミルクティーを淹れてもらい、なんでもない顔で戻ったが、黙って紅茶を飲むブレントの視線が痛かった。
「サンディアナさん?」
「はい」
彼がアベルのふりをしていた時の調子で名前を呼ばれ、反射的に背筋を伸ばしてしまう。
「気づいてた? いつから?」
何をとは言わないブレントの低い声は、ごまかしは許さないと言っていた。
「えっと、学園に入学してすぐ、本物のアベル様を見てから、かな」
観念して、入学式で挨拶した少年と王太子が別人だとすぐに気づいたと打ち明けた。その後、アベルの体調がすぐれない時に、ブレントと入れ替わっていたことも知っていたと。
「ちょっと待て。嘘だろ?」
「ごめんなさい、本当です」
「じゃあ、裏庭で出会ったのが誰かは……」
「アベル様のふりをしていたブレントでしょう。学生代表の挨拶、立派だったよ? 年上だと思ってたから次の年にブレントが入学してきたとき驚いたけど、地毛の色を知らなかったから、髪の色が違うなって思ってたわ」
「はあ? 目の色も違っただろう?」
すっかり砕けた口調になってしまったブレントに今までの関係が壊れてしまったことを感じ、サンディアナは泣きたい気持ちを隠すように軽く肩をすくめた。
耳に着ける魔道具のカフスは、つけた人の魔力に反応して髪の色と目元の印象を変える。
しかし――
「アベル様のふりをしていても、ブレントの目は碧眼ではなく紫色に見えたのよ」
そう打ち明け、小さくため息を吐く。
最初は、なぜ皆がだまされるのか分からなかったのだ。目の色が違うだけでも随分印象がちがうから。
しかし友達と話していた時に偶然、自分以外にはきちんと碧眼に見えていることを知った。
「なのになぜ黙っていた? 王族の秘密だから?」
淡々と問われた内容に頷こうかと思ったが、事実ではないので小さく首を振る。それも理由の一つではあったが、実際に口をつぐんだのは他の理由だったからだ。
「いいえ。私は魔力を見るのが不得手じゃない?自分の目のほうがおかしいからだと思って、黙ってたの」
かすかに睫毛を伏せて正直に打ち明けると、ブレントは頭を抱えてがっくりと肩を落とした。軽蔑されたのだと思うと涙がこみあげてくるが、自分のしてきたことが罪になるのならば、罰は甘んじて受けなければいけないだろう。
しかし少し顔を上げてサンディアナを見るブレントの目には侮蔑の色はなく、むしろ拗ねているように見えて戸惑った。
「なんだよ、それ」
まるで涙が混ざったような声に、さらに戸惑いが大きくなる。
それでも、もう少し理由があるのではと問われ渋々頷いた。
「大好きだったのよ。あなたのことが好きだったから、軽蔑されたくなかったの」