第7話
パーティーの翌日からはブレントの観光案内に徹した。
あちらこちらで昔馴染みにやたら遭遇したものの、ブレントは徹底してサンディアナを恋人扱いしてくれる。あまりにも大事にしていることを周りにアピールするものだから、もはやサンディアナには二度と縁談は来ないだろうと思うくらいだ。
(うーん、たしかに完璧だわ)
有言実行をする後輩に負けじと、サンディアナも彼を徹底的に恋人扱いした。
やりすぎだと思わなくもなかったが、本音を言えば、とても楽しかったのだ。
そう。
――もう二度と、彼に恋人のふりを頼もうとは思わないくらい。
(もしかして、ヴィオラにはバレてたのかな)
この数日、封印していたはずの恋心が顔を出しかけるのを、何度抑え込んだか分からない。
一生隠し通すと決めた想いだ。
十五歳の時からずっと隠してきた。
うっかりバレて、ブレントと気まずくなるなんて冗談ではない。
なのに完璧主義の後輩は、誰も見ていなくても誘惑するような言動をしてくる。
なんでもない顔でノるけれど、ブレントの甘い声や熱を帯びた目で見られるたびに、胸の痛みが日に日に強くなった。
そろそろ限界だとも思っていたし、帰りの汽車をずらすことも考えたが、さすがに変だろう。
(帰れば以前通りになるんだから、もう少し頑張ろう)
◆
「けっこう坂が長いな。ディア、疲れた?」
帰りの汽車に乗る前。
ブレントのリクエストでサンディアナたちは、駅裏にある公園に向かった。
少し高台になっているそこは海に面していて、ちょうど正面に見える大岩が女神の姿に見えることで有名なのだ。豊穣の神に願いをかけるのは結婚を考える恋人たちなら当然ということで、最後まで手を抜かないところが彼らしい。
俯き加減で坂道を歩くサンディアナに声をかけてきたブレントは、自然な仕草で手を差し出した。
大丈夫だと言って断ろうかとも思ったが、少し離れたところに知人の姿を見つけ、素直に彼の手を取る。
「大丈夫だよ。でもありがとう」
ごつごつとした働き者の手は大きくて、サンディアナの手をすっぽり包んでしまう。手をつないだことぐらい何度もあるのに、今は早鐘を打つ心臓が口から飛び出しそうな気がした。
公園につくと、観光客や地元の人たちが、思い思いの場所で海を眺めていた。
「意外と眺めがいいな」
そう言って海を見下ろしたブレントが、「あ……」と小さく呟く。
「どうかした?」
「いや。本当に、学園の裏庭にあった像と似てるんだなって驚いただけ」
なんでもないように言われた内容に、サンディアナは思わず息を呑む。
まさか初めて出会った日のことを覚えているのかと思ったけれど、きっと偶然だ。あの日のことを覚えていたとしても、サンディアナがあの時の少年とブレントが同一人物であることを知っているとは思わないだろう。
だから何でもないふりをして、「そういえばそうね」と答えたのだが、なぜかブレントに不思議な目で見られ首をかしげてしまう。
「ブレント?」
「いや……。ん、そうだな。サンディは仕事が好きですよね。将来――たとえば結婚指輪とかは自分で作りたいとか、そういう希望はあるの?」
突然普段通りのブレントに戻った彼に戸惑ったものの、これは恋人役としての質問ではないのだと判断して素直に頷いた。
昨年王太子殿下が結婚式で妃殿下と指輪を交換したことから、最近結婚するカップルはそろいの指輪を作るのが流行っている。加工士や彫金士が結婚の記念品を自分で作るのは普通だから、これはいつもの雑談と変わらない。
「そうねぇ……。もしいつか結婚することがあれば?」
つい疑問形になってしまったのは、それは何年も先の未来になるからだ。
まずは再び浮上してしまった想いをきっちり封印しなおし、ブレントが誰かと結婚するのを見届けないと、たぶん前には進めない。
そう、気づいてしまった。
「――くそっ。まだ兄上を忘れられないのか」
小さな舌打ちと共にブレントが何かつぶやいたが、低い声の上早口でさっぱり聞き取れない。
「ごめん、聞こえなかったわ。なんて言ったの?」
「いえ。指輪を作るなら、紫色の石が似合いそうだなと言っただけですよ」
肩をすくめたブレントの言葉に、サンディアナはパッと笑顔になった。
「サンディ? 俺、何か面白いこと言いましたっけ」
「ううん。実は宝物にしている魔石があってね、それが紫色だから嬉しいなって思ったのよ」
九年近く身に着けているお守りを、服の上からそっと押さえる。
この石を指輪に変える日は来なくても、この色が似合いそうだと言ってもらえたことが素直に嬉しかった。