第5話
「俺は学生時代からサンディアナ先輩に恋焦がれ、ようやく交際にこぎつけた、独占欲と結婚願望の強い男――ということで宜しく」
打ち合わせが済んだという設定内容を聞いて、サンディアナは思わず目を剝いた。
しかも普段先輩なんて呼ばれないこともあってか、思わず鳥肌が立ってしまう。
「いやいやいや、さすがにそれは無理がない? というか、無理はしなくていいのよ?」
恋焦がれるとか、誰が誰に? という感じだし、独占欲とか結婚願望が強いなんて、普段のブレントからは想像もつかない。どちらかといえば、結婚は面倒だけど可愛い彼女が何人もいる男みたいな感じほうがしっくりくるのではないだろうか。
それを言ったら「失礼だな」と、ゴミでも見るような目で見られてしまったが。
「あのな」
額に手を当てため息をついたブレントが、聞き分けのない子供を諭すような目をする。
「縁談よけなら、男友達に毛が生えたくらいの関係じゃ、誰も納得しないでしょう」
たとえ俺でもと付け足すあたり、いつも通り、自信過剰なブレントのままでホッとするが――
「たしかにそうね」
事実なのでぐうの音も出ない。
「俺は完璧にやるんで、せいぜいボロを出さないよう気をつけてくださいね」
「…………はい」
彼が完璧にやるというなら、絶対そうするのだろう。
(ブレントは恋人。恋人。私の恋人……)
必死に自分に言い聞かせていると、再びブレントのいたずらめいた眼差しに熱がこもり、胸がざわめく。
(ああ。彼と付き合った女の子は、こんな目で見られるのか)
ふとそんなことを考え、自分の頬をペチッと叩く。驚いたような二人の前でサンディアナは、再び自分に言い聞かせる作業を続けた。
◆
パーティー当日。
(コノヒト ハ イッタイ ダレ デスカ ?)
ふと片言でそんなことを考えてしまうくらい、隣に立つブレントは普段と雰囲気が違っていた。
いつもの作業着やルーズな普段着とはちがい、綺麗に撫でつけられた髪も洒落たスーツも自然で、何より表情が柔らかい。誰が見ても間違いなく紳士だ。
さらに大きな違いは、サンディアナがブレントから、一人の女性として大事に扱われていることだった。
女子たちが話題にしてた月夜の貴公子とは、実はこういうことなのか、とか。
そういえば自分以外には紳士的だったな、とか。
そんなことを考えると複雑な気持ちになるが、本人が言ったとおり、完璧な恋人役をしてくれるというなら問題ないだろう。事実、これ以上の恋人は望めないであろう程、彼は役に徹底してくれているのだ。
今日のブレントは間違いなく最上級のいい男であり、恋人として紹介するのに不足はない。不足どころかおつりが出るくらい理想の恋人と言えるだろう。
(うーん。これなら後で別れたと言っても、フラれたんだねと納得してもらうのはたやすそうね)
「じゃあ行こうか、ディア」
「あ、うん」
人とは違う愛称で呼んだほうがいいだろう。そんな理由で彼だけの愛称になった名前で呼ばれ、紳士的に差し出された手を取ると、なぜかドギマギして頬が熱くなってしまう。
「赤くなったディアも可愛いな」
「寒っ」
ブレントに愛おしそうに目を細められ、反射的に身震いしてしまった。
これは絶対、この役が終わった後、盛大にからかわれるやつだ。恋人役をお願いしたのは失敗だったかもしれない。
「ひっでー」
それでも今のブレントはすこぶる楽しそうに笑うから、つられて一緒に笑ってしまった。
(ま、いいか)