第1話
「へえ。それじゃあその恋人役、俺が引き受けましょうか」
そう言って「面白そうだし」と呟いたブレントは、いたずらめいた瞳をきらめかせ、口元に魅惑的な弧を描いた。
「面白そうって、あんた……本音が口に出てるわよ」
彼が普段は絶対しないような華やかな笑顔に息を呑んだサンディアナは、厚い眼鏡の下で目を瞬かせながら、呆れたように額に手を当てた。こうして少し俯き加減になれば、不意を突かれたことで頬に上ってしまった熱を見られなくて済むと思ったのだ。
普段はまったく気にしたことがなかったが、この紫の目をした一つ年下の青年は、意外と整った顔立ちをしている。しかもその気になれば、持っている魅力を存分に発揮できる方法を知っているらしい。
ブレントの散らばる金を織り交ぜたような紫の目と、同じく黒に見えるような濃い髪色にちなんで、一部で彼が【月夜の貴公子】などと呼ばれることは知っていた。最初に聞いたときは面白いと笑い飛ばしてしまったサンディアナだったが、なるほど、今ならその異名にも頷ける。
(知らなかった)
バクバクとうるさい胸元を抑え、先輩らしい笑顔を張り付けつけながらも、心の中で叫ばずにはいられなかった。
(隠れ美男子の不意打ち笑顔って、もはや凶器っ!)
◆
サンディアナは王都にある魔石工房の加工士だ。
魔石工房は王管轄の魔石研究所に所属する機関のひとつだが、主な役割は魔石の実用化である。
以前は良い魔石は少なく、扱える人間も限られていると考えられてきた。しかし、魔石としては役に立たないと考えられてきたくず石を加工し、生活に役立てるよう変えてきたのが研究所であり、様々な生活用品に変えていくのが工房である。
なかでもサンディアナの部署は身に着けられる魔石を作成しており、サンディアナはデザイナーの指示通りに作られた指輪や腕輪にあう魔石を加工する仕事をしている。
来月で二十四歳。王都に住まう女性なら結婚適齢期と言われる年齢だが、今のところ恋人はもちろん、婚約者もなし。
オシャレは好きだがその場に応じた装いを大事にする主義のため、普段は仕事用の分厚い眼鏡をかけ、少し癖のあるピンク色の髪をぎゅっとお団子にまとめている。男性の多い職場だが、地味で真面目なサンディアナはうまく溶け込むことに成功していた。
そんなサンディアナが、冗談で「恋人役」を求めた。
理由は単純。
面倒を避けたかったから、だ。