女体化
落ちていく、どす黒い、焼け焦げた肉塊、それがおれだった
もうおれは生きているのか死んでいるのか分からない状態だ。
自慢の自然治癒能力すらまともに機能していない程に焼かれ生きている方が不思議というほどにダメージを受けている。周りからみれば焦げたハンバーグが這いずっているように見えるだろう
それでもなおずりずりと這う。それに向かって。
自分の焼け焦げた肉体が冷たい石畳に煤を残し熱によってデロリと剥がれた肉片が床にこびりつく。
それでも激痛に耐え、文字通り身体を削って這いずって這いずって這いずって這いずった。
眼球も焼けてしまいもうほぼ何も見えない、しかし圧倒的な魔力を放出する凄まじい存在感を放つそれを見失うはずがない、細胞の一つ一つ、第六感、魂までもがそれを得ろと告げている
そしておれは それを掴んだ
その正体は最上位マジックアイテム【純白聖杯】
これの効果はただ一つ、一回限りの願いを叶える事。限度こそあれどほぼ万能の願望器だ
焼け焦げ癒着した口では何も喋れない、話せない、それ故心で叫ぶ、起動しろと
「起動します」
「まずは到達おめでとうございます」
聖杯のアナウンスらしき声が頭に響くが焼け焦げた喉では声も出せない
「人類最後の生き残り、ダレン様」
そうなのだ、既に地上はたった一対の黒神龍に焼き滅ぼされもうおれ以外の人類は残っていない。
黒蛇島から偶然抜け出した龍の炎によって全ては焼き滅ぼされた。
おれのお気に入りの嬢もおれを称えるはずだった愚民共も美味い飯屋のジジイもみんな死んだ。
おっと、勘違いしないでくれ。クズのおれには他人の死を悲しむような殊勝な心は無い、ぶっちゃけおれにとっては奴らの命などこの際どうでも良いんだ。
でも会話もできず、交尾もできず、美味い飯も食えず、ギャンブルも、酒も、タバコもできないままただ一人で無人の荒野を歩むだけの人生になんの意味があるのだろうか?
おれのような利己性の怪物のクソ野郎にとっても「人は一人では生きていけない」という言葉は綺麗事ではなく純然たる事実なのだ、残念なことに。
死んだ様にこのあとの人生を生きるくらいなら本当に死ぬか、万が一、億が一の希望を得るかの二択に挑んだ方がマシ、そう思い聖杯が存在すると噂されていた絶望的な難易度を誇る未踏破迷宮【黒蛇島】に挑んだのだ。
そして見事に踏破して賭けにかったのは良いんだがこのざまよ、願いを叶える前に死ぬかもしれん、まあおれには死はそう重いものではないのだが
「さて、ではさっそく願いをお聞きしましょうか。…ダレン様、気をお確かに」
ああ、待ってくれ、願いは一つだけしか叶えられないんだよな?
「はい、一つだけです、状況次第でオプションを付けることもありますが原則一つです」
これだともっとも叶えたかった願いは…
仕方ない、頼む、おれを人のいるところで生活できるようにしてくれ
肥溜めみてえなスラムに生まれても必死に生きて、鍛えて、生き抜いて、やっとこさ世界最高の風来坊になって名誉名声酒池肉林思うがままの生活を送れるようになった途端に人類滅亡とかこんなのあんまりだろうが。
あのクソトカゲに滅ぼされる前まで時間を戻してくれ、それが無理ならせめておれを別の世界へ飛ばしてくれ、人の滅んだこんな世界いらねえから
「了解しました、……アシスト機能の有無はいかがいたしましょう」
くれるって言うなら貰っとくわ
お、忘れるところだった、おれの倉庫のマジックアイテムも一緒に持ち出させてくれ、あれが無いとおれは単なる一般人になってしまう
「了解しました…アシスト機能を起動しこのまま肉体を再構成いたします、それでは良い旅を」
ん、あばよ
そうして世界が歪む、意識が飲み込まれ、肉体が溶ける。
次の瞬間目に映ったのはおれの貧相な感性でもおおと思えるような吸い込まれるような青空だった。
さっきまで感じていた激痛も潮が引くように消えていった。
転移は成功したようだ、ならばすぐに確認すべきことがある。
ちゃんとマジックアイテムは持ち込めたのか確認しよう。
草原に寝転がった身体を起こしおれは立ち上がった。
やり方は分かる、人が誰に教わらずとも歩くように、蝶が何も説明されずとも飛ぶように、龍が誰も頼んでないのに火を吹くように、心に刻まれている。
こい、【シガテラ】
そう世界に対して宣誓すると元いた世界でおれが自身の所有する多種多様なマジックアイテムを入れておいた倉庫に空間が繋がった。そして金メッキが施された刀が落ちてきた。
手元にあるメッキが施された刀を目の前に掲げる。
こいつの銘は【シガテラ】
製作者のおれが自分で言うのもなんだがかなりの出来栄えだ。
【混乱】【暗闇】【沈黙】【睡眠】【麻痺】の全5種のルーンをぶちこみ状態異常付与に特化させた魔剣。
素材の入手性の高さに反して使い勝手が良く、最低限の性能を持ちながら量産も容易、そして失っても痛くないと最高のコスパを誇るおれお気に入りの武器だ。
予備、予備の予備、予備の予備の予備と予備の予備の予備の……として量産し続けた本数は500本に至る。
普通に武器を作る分には【天地の恵みの魔導書】や【強化の箱】等の武具強化系マジックアイテムで切れ味や耐久性を上げないと使い物にならないのだが状態異常付与系ルーンを大量に詰め込んだこれはろくな火力を出せなくともルーンの効果で6割近くの確立で何らかの異常が発動し敵を無力化する自信作だ。
状態異常まみれになったカスを死ぬまでサンドバッグにすれば攻撃力関係なく殺せるため攻撃力は不要、そういうコンセプトだがまあ強い事強い事。
向こうの世界でも役に立ったがこちらでも役に立つだろう
「さあ、問題なく倉庫からアイテムは引き出せる!向こうから持ち込んだアイテムとっとと換金してうはうは酒池肉林ライフを送るぞ!」
まるでおれの声ではないような声がおれの喉から出た。
そういやさっきから妙に体が軽い、鍛え上げた筋肉の感覚も無くなり、目線も以前より低くなっている。
嫌な予感を持ち前のポジティブさでねじ伏せながら【シガテラ】を抜いて刀身を鏡代わりにして自分の顔を見る。
真っ赤な目と白い髪の絶世の美少女がそこにいた。中の下程度の顔面偏差値だったおれの面の面影を全く宿さない…どころか今まで見たことが無いほどきれいだ。
目はくりくりとして大きく、まつ毛は長く、眉毛は薄く、鼻の下の変な溝すら無い…ああ、すまん、おれの表現力だとこんな言い方しかできないがとにかくおれの顔じゃなかったら見るだけで一日楽しく過ごせるような、顔一本で死ぬまで食っていけるような異常な美しさだった。おれの顔の時点でなんの価値も無いどころかマイナスだが
一旦整理しよう、命より大切なムスコが消失していた。代わりに得たのは異常にかわいいお顔とおれの好みから大きく外れた薄っぺらい胸。はっきり言ってしまうと女になっていた
「クソボケが」自然に漏れ出した怨嗟の声もわざとらしい程甘ったるい甲高い声になっちまってる。
なんでこうなったのかはだいたい分かる、人間かどうかすら怪しい焦げ肉になってたおれを賢い聖杯様は修復しようとしたんだろうな、んでちんこが焼失していたから女と勘違いして性別が違う肉体を作り上げた、人間が蛆虫の性別を見分けられない様に聖杯様も人間の性別がわからなかったから適当にやったんだろうな、馬鹿か?
「はは…ふふ…」絶望のあまり声が漏れ出す。
あああああ、おれ様のち◯こ!ち◯こ返せよ!
クソが、ここで詳細に記したら即刻ノクターン行きな事を色々考えていたのによお、クソカスが!
「ふぁっきん!」
おれの無駄にかわいらしい声が青い空を抜けていった