黒龍
腹に穴が空いた。
ここは裏黒蛇島。世界最高難易度の迷宮だ。おれの腹に穴を開けたのは黒龍の炎。
黒龍、この世で最強の生物。至近距離でのタイマンでさえ全生物でも頂点に近い戦闘能力を誇る。
しかしそれだけならまだなんとかなる。ただ異常に強い止まりの、肉体が強いだけの生物なんていくらでも対処方がある。人間の悪知恵、反則揃いのマジックアイテム、多数の経験を兼ね備えたおれにはそんなの関係ない。
問題はこいつの特殊能力だ。
火を吹く、たったそれだけの能力で魑魅魍魎だらけのこの世界で最強の生物と恐れられている。まず炎の温度は5000度を越す。
その上この口から吹き出される火炎には射程という概念が無い、着弾までの時間と言う概念が無い、命中という概念が無い。一度吹き出せば時間、空間含めたあらゆる事象を無視して5000度の炎が相手を焼いたという結果のみを残す。
迷宮内の事象は迷宮外に効果を及ぼさない絶対のルール、迷宮の魔物は強力であればあるほど迷宮の奥深くに籠もる習性、この二つがなければ龍共にこの世界はとっくに焼き滅ぼされていただろう。
もちろん視界に収めれば、ブレスがそう何度も撃てるものでなければ、そして単体であればどうにかする手段はある。
しかしこちらの対抗手段の遥か射程外から、文字通り息をするほどの手軽さで獄炎を吐き出してくる黒龍が同じ階層に複数いるこの状況ではどうしようもない。
一般的な人間の範疇では限界まで強化されたおれの身体、手元の盾に付与された特殊効果のうちの一つ、自分が受ける火炎属性攻撃の温度を半減するルーン【火炎防御】による耐性、その他様々な火炎と龍への防御用のアイテムも起動している。それでもなお300メートル先の黒龍から吐き出される炎は皮膚を容易く炭化させ筋膜、横隔の膜をウェルダンに焼き内側へ侵入した炎は体内を伝って眼窩より吹き出す。
神話の中でのドラゴンの炎は耐性さえついているのなら、英雄でさえあれば、虚仮威しの単なる吐息、決定打にはなり得ない単なる演出だ。しかし現実の龍は違う。
装備込みの戦闘能力のみなら間違い無く英雄級のおれが、龍の炎への徹底的な耐性をつけても、一吹きにつき一つ飛んでいくのだ。手足が。
しかし奴らにも欠点がちゃんと存在する。状態異常への耐性がないこと、接近戦においては最強クラス止まりである事、何よりその傲慢さだ。
最強の能力を持ちながら、一切の傲慢さを廃して能力を振るえば【戦闘】にすらならず全ての生命体を焼き払えるのにも関わらず、アウトレンジから火を吹いていれば無敵なのにも関わらず、油断と慢心により黒龍側が圧倒的に有利止まりの近接戦闘に持ち込まれてしまうのだ。
おれは腹の穴に治癒力を集中させ穴を塞ごうとする。しかしそれでも焼け石に水、腹から伝わる激痛はまだ消えない。
それでも腹に穴が空いているという理由で足を止めることは死と同義だ。次のフロアへの階段を下り上下の概念を理解できない黒龍の認識範囲から逃れるにせよ近づいてぶち殺すにせよ足を止めることは許されない
。激痛とともに必死で足を動かしながらおれは腹の穴を開けやがった黒龍の構える部屋に入り【爆睡の魔導書】を起動した。
魔導書を起点に吹き出した青白い煙が部屋中に瞬く間に広がりブレスの為に大きく息を吸った龍の口内に入り込む。
龍が眠る。距離を詰める。絶対に勝てない遠距離戦を絶望的な勝率の近距離戦へと押し上げるために。左手に掴むのは【龍神剣】。
龍種への特攻効果のある【ドラゴンキラー】を三種合成して作りだした最上位の特攻効果をもった対黒龍用最適武器。
全力疾走の勢いを一切殺さず踏み込みの勢いを体捌きにより全て剣に流し込み切り裂いた。破壊不能に近いと言われている龍の頑丈な鱗に剣が通る感覚が伝わる、肉をひしゃげさせる感覚も、心臓を破壊した感覚も手に伝わってきた。
それでも黒龍は殺しきれなかった。眠りから覚めた黒龍が爪を振るう。それを盾で受け止めた瞬間耳から出血するほどの爆音と衝撃が鳴り響いた。
盾に【対龍】のルーンを入れ、龍神剣に込められた【障壁】のルーンを起動しているのにも関わらず盾を持った右手がひしゃげ、伝わった衝撃が面白いように内臓を引っ掻き回し、口から噴水のように血がまろびでる。
吹き飛ばされたおれ様の、静止してるんだか回転してるんだか分からない視界の端で黒龍の口に炎が灯るのが見えた。
「クソクソクソクソクソクソクソクソッタレ!」
吹き飛ばされながらも龍神剣を投げつけ黒龍へトドメを刺したものの投合という無理な使い方をしたことで龍神剣は刃こぼれし神器とも言えた規格外の剣は鈍器としての役割しか持たなくなってしまった。それでも武器は失ったが当座は凌いだ。
そう思い一息しようとした瞬間別個体の、遥か彼方の黒龍の火炎が無事だった左手を焼き払う。激痛が走る。心にヒビの入る音が聞こえる。
「単体で強いやつが徒党組んでんじゃねえぞクソボケ!」
迷宮に潜り始めて幾億度も漏れ出した罵倒が口から漏れ出す。
必死こいて次の階層への階段へ駆け寄った。
ところでこの階層にはもう一体化物がいる。
名は【デーモンカンガルー】
能力は精神操作。裏黒蛇島のもう一体の絶望だ。こいつ自身の戦闘能力はゴミ以下だが魔物を洗脳…というか乗っ取って操る能力を持つ上こいつに乗っ取られた魔物はリミッターを吹き飛ばされ200%の力を発揮できる。
さっき龍は傲慢だからこそギリギリバランスが取れていると言っただろ。じゃあ肉体の操作者が傲慢で無くなれば、その上さらに戦闘能力が強化されたらどうなると思う?肉体も特殊能力もリミッターを吹き飛ばし、頭のキレる操縦者が遊び無しで殺しにかかってくる。要は10000度の炎を対象が死ぬまで連射してくるわけだ。こいつらがコンビを組んだときのデタラメな性能を持った状態を
【黒神龍】というらしいがまさに神に匹敵する怪物だ。
地上に出れば単騎でこの世界を焼き払う事も容易い
オマケに明らかに戦力過剰な【黒神龍】のブレスが吐き出された。
下半身が消し飛ばされる「ああ……おれ様のち◯ぽこが無くなっちまった……」
風俗美酒美食名声名誉地位財宝快眠快便を何よりも愛するおれ様には致命傷だ
「このっクソボケが!!」
首のペンダントに手をかける。
これは禁忌のマジックアイテムの一つに数えられる【遠投のペンダント】
これを装備して撃ったものは無限の射程と貫通力を得る。どうしても貫け無いものであればワープにより通り抜ける。
装備して炎の飛んできた方向からクソッタレの龍の位置を逆算し100分の1度のズレさえ許さず角度を計算し射程を無限化させた飛び道具を放つ。
射程無限のホーミングに対抗して技術と慣れで射程無限の飛び道具を打ち返すのは【黒神龍】に対する数少ない対抗手段だ。投合するのは金属の生成からインフラの維持まで様々な用途に転用できる魔力集合体、通貨としても使用される金色の硬貨だ。
賢い皆様はそれ単なる硬貨じゃねえかもっと真面目なもん投げろやクソボケと至極真っ当な突っ込みをいれるだろうが大真面目だ。
これは特定の呪文を唱えてから投げつけて敵に命中させると爆発を起こす。
あたった地点を起点として60センチ平方メートル時間と空間を切り離して爆発しその威力は魔力の密度…要は貨幣としての価値に依存する。
今回投げたのは超高額の貨幣だったのでまともに開放されれば大陸の一割を削り取る魔力の爆発が起こるが爆発は切り離された空間内で起こり周囲にはなんの影響も及ぼさなかった。硬貨爆発が及ぼしたのは2km先で風穴を開けられくたばっている【黒龍神】だけだ。
急げ!急げ!また黒龍のブレスが飛んでくる。おれの下半身も消し炭になった。残った左手でずるずると目的地を目指して這い回る。
最終層にしてセーフティエリア、へ続く階段に手をかけた。良かった、助かった、これで終わりだ。
しかしその瞬間直感が、背中が、本能が、絶望を告げる。吹き出された爆炎が全身を焼く。消し炭となったおれは最終層へ落ちていった。