狭い世界
「わたし、普通の日本人の友達があまりいなくて…。」
クリスはマニラの大学を卒業後、ティファニーの誘いもあって来日。多分最初は短期滞在ビザ、配偶者、子供以外の家族の場合、最大で90日の短期のビザになる。それで日本に滞在して、誰かとマッチングして配偶者ビザを得たのだと考えられる。そして歌舞伎町などで働きだしたという状況なのだろうから、若い時から夜の仕事で、普通の人達が活動する時間に生活しない状況だと、普通の日本人と出会う機会はほぼ無いに等しい。学校などで毎日のように顔を合わせることもないとなると、まったく知らない日本人と友達になるチャンスはゼロに近い。日本人だって、学校や会社などの毎日誰かと顔を合わせる場所にいたとしても友達を得るのはそれほど簡単ではないと感じる人も多いだろう。それに、お店に行けばフィリピンコミュニティがあるわけで、わざわざ自分からアプローチしなければ話すきっかけすら作れない日本人との友達作りというのは、よほど行動力がなければ出来ないのではないだろうか。
「夜の仕事してると、普通の日本人の女の子とは友達になるのは難しいもんね。」
「キャバクラとかで働いている日本人の友達はいるけど、もっと普通の人がいいの。」
でも難しい問題だなと思った。普通の日本人と友達になるには、お店でお客さん相手に話す日本語では足りず、表面的な話しかできない。それにキャバクラで働いている日本人だって、それなりのバックグラウンドを持つ人もいるだろうから、なかなか自分の素を見せてくれる人も少ないだろう。
「だから僕に声掛けたってことか。」
「うん。」
いきなり道端で日本人の女の子に友達になりましょって言っても友達になるのは難しい。そういう同年代の人達が集まるところに一人言葉のつたない外国人が飛び込んでも受け入れてもらえるかわからない。そして、夜のお店で働いていますと言えば、それだけで色眼鏡で見られてしまう事もある。だから、これだけ夜のお店では人気者で、歌舞伎町界隈では引く手あまたで、雰囲気も爽やかな素敵オーラがでているクリスだとしても、たった一人の普通の日本人女性の友達を作ることでさえ、とても難しい。
「僕とかさ、ティア・マレのお客さんやママの紹介で出会うのが一番いいよね。」
「誰か友達になってくれる人いるかな?」
ティア・マレの常連は、フィリピン人に慣れているからフィリピン人の良いところも悪いところも心得ている。彼女や奥さんがフィリピン人だったり、フィリピンへ仕事で行くという人も多い。だから多少の問題が起きても対処できるし、だましたり食い物にしようとする人間はいない。そういう輩はティア・マレでは受け入れられない。フィリピン人の家族がいる人間が、フィリピン人をもてあそんだりする人間を黙って見逃したりはしないだろう。
「僕も気さくな女友達を探しておくよ。」
「ありがとう!普通にカフェ行ったり買い物行ったりしてみたいの。」
「あいつなら、あ、ダメだ…。」
「えっ?何がダメなの?」
誰にでも気さくに接してくれて、明るい女の子を想像して、直ぐに頭に浮かんだのが別れた彼女だった。誰にでも優しく、そして人懐っこい笑顔が人の心を明るくしてくれる人で、僕もそんな笑顔に惹きつけられた一人だったのだと思う。
「いや、ちょっと喧嘩してね。他にもいるからちょっと今度誘ってみるよ。」
「たのしみ!」
そう言って、少しごまかした。
彼女と別れて、自分一人では毎日つまらない日々になって、あの楽しく明るい日々は僕の力じゃなくて彼女の力だったのだと心底思わされた。そんな時、しょぼくれた僕の話を聞いてくれて、明るく楽しく励ましてくれたのが、友達に連れて行かれたフィリピンパブ。そこで出会ったのがクリスのお姉さんのティファニーだった。あの時はティファニーに本当に助けてもらった。一生懸命僕の話を聞いて、一生懸命悩んで、励ましてくれた。日本語が上手だということもあるけど、彼女の素の優しさに救われた。そんなティファニーを驚かせようとタガログ語を勉強して、簡単な会話くらいは出来るようになった。。
「今度は僕が助ける番かもしれないな。」
「ごめんね、無理言っちゃったかな?」
「いや、クリスが日本人の友達を作って楽しく思えるなら、それは僕も嬉しい。ここの世界は狭すぎるし、良い場所じゃない。」
「うん。」
クリスにとって、歌舞伎町の夜だけが日本なのだ。そんな虚構の人の欲望が渦めく夜の街は普通ではない。多くの外国人キャストは、夜の街で暮らして故郷へ国際電話をかけ、心の安らぎを得る。日本でストレスを抱えて、遠い故郷に安らぎを求めている人ばかりだ。
クリスには、いつか昼の仕事に移って、普通の日本人と交流して生きていく方が似合う気がする。出来れば間違ったビザを解消して、普通に生活して欲しい。クリスの笑顔は、夜のネオンに照らされるよりも、きっと明るい太陽の下が似合うはずだから。