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触れすぎてはいけないもの

「まあ、いいや、また来るからな。それまで考えておいてよ。」



そう言って二人は出ていった。要は、うちがケツ持ちするから、用心棒代を払えという話だった。今時そんなことをチンピラみたいな二人組が言いに来るなんてことがあると思っているのだろうか?なんだか素人っぽい胡散臭さがある。



それから数分もしないうちに、○○さんがカバン持ちのお兄ちゃんを連れて来店。



「○○さん、今二人組の若いのが来て用心棒代だせだって。」



とママが全く怖がったふうでもなく○○さんに話をした。



「あ、エレベーターで降りてきた二人組か。おい、お前見た顔だったか?」



カバン持ちのお兄ちゃんは、



「この界隈では見た事は無いです。」



そうかわかったと携帯を取り出しどこかへ電話をした。



「ああ、俺だ。なんかなママのところへ二人組が来てみかじめ払えと言ったらしい。まだこの辺の店に回ってるかもしれないから、とりあえず捕まえておけ。」



そう言って電話を切る。



「ママ、後は大丈夫だ。悪かったな、怖い思いさせて。」



「だいじょうぶ、みんないるダカラ。」



そうかそうかと言って笑っていた。○○さんのキープボトルの鍛高譚をママから受け取り、氷山盛りのアイスペールとともに運ぶ。



「兄ちゃんも迷惑かけたな。でも、ママ独りじゃなくて良かったよ。」



いやいや、僕なんか何も出来ませんからと言って頭を搔く。それを聞いた○○さんはワハハと笑った。



○○さんは、ママの事をいつも心配してくれていた。この歌舞伎町で働き、お店を経営していたパパと結婚して子供を二人授かり、少し楽が出来るかなと思っていた矢先、パパが若くして急に亡くなってしまった。家族もいない日本で、二人の子供を抱えながら生きていくにはお金が必要だった。しかし、夜のお店を経営するほどの資金は無い。料理の腕はある。じゃあ、お店で働くフィリピン人の子達に故郷の料理を提供し、お客さんとのアフターでも使えるような明るいお店にということもあってティア・マレを開業した。ママとパパを若い頃から知っている○○さんだから、ママの苦労と行く先を心配して、なるべく自分の力で生きてゆけるようにと、仕事以外の面では色々と世話をしてくれていた。



「まあ、ママとパパには昔色々と世話になったから。」



何があったかはチラッとしか聞いた事は無いが、フィリピン人の奥さんがいて、現地には子供もいるらしい。日本で一緒に暮らさないのは、色んな目で子供が見られるのもかわいそうだし、自分が引退したら呼び寄せようかとも思っているということだった。



「ジェニーは元気?」


「ああ、もうすぐ中学生だよ。」



そういうと携帯の写真を見せてくれた。はっきりした目鼻立ちをした、とてもかわいい真面目そうな女の子だった。



「お兄ちゃんは、彼女とか作らないのかい?」


「いやぁ、僕は日本人にも外国人にもモテないっすから!」



そりゃ、色々と選び過ぎなんだとか、深く考えすぎだとか言われてはちょっと立つ瀬がない。



終電が無くなった頃、少しずつ常連客が増えて賑やかになってくる。アフター出来たお客さんと嬢、遊び疲れてやってきたサラリーマン、お腹をすかせたベテランホステス、クラブへ行こうと誘う若い子達。色んな人達がなぜかこの店に入ると、ちょっと仲良く話し出す。それは、どこかこの歌舞伎町でホッとできる場所だからかもしれない。



笑うと目が無くなるママの笑顔、駆け引き無しにゆっくり飲めるお酒、みんなで合唱して歌うカラオケ。お店の女の子たちも、仕事モードから本当の自分の姿にちょっとずつ戻って、始発に乗って家路についていく。



夜が更ける前、○○さんは帰っていった。



「ママ、また来るよ。兄ちゃん、またな。」



僕の肩をポンと叩いて、手を挙げて出ていった。じゃあ失礼しますというカバン持ちの兄ちゃんが付いていった。



○○さんの事を深くは聞いた事は無い。自分から話をしたことを聞くことはあっても、こちらから根掘り葉掘りは聞くことは出来ないし、このお店ではお互いにそういうことはしないのが暗黙のルールのようだった。



あれから、数年後、○○さんは歌舞伎町を去り、田舎で農業をしているらしい。実の兄が、ゆっくり田舎で一緒に暮らそうと言ってくれたとの話だった。もちろん、現地から奥さんとお嬢さんも呼び寄せて。



あのチンピラ崩れの二人組はどうなったのかはわからない。界隈では、二度と見かけることは無かった。

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