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田舎娘修行中につき

「タクちゃん?悪いんだけどさ、ちょっと頼みがあるんだよ。」



歌舞伎町で出会った知り合いからの電話。歌舞伎町で出会った人たちは、ニックネームで呼ぶことが多かった。よく話す仲になれば、ちゃんと名前も教え合うけど、やはりまあ、こういう場所で出会った人たちだから、あまり事情を知られたくない人も多い。お店の女の子たちも源氏名だけど、お客もみな源氏名だったりする。



そんな知り合いの一人だったが、そのまた友人が店長を務めているお店に来て欲しいとの事だった。出来るだけサービスするので、ちょっとお願い事を聞いて欲しいと言っていた。



そのお店の呼び込みのお兄ちゃんに挨拶して中へ入る。インカムを付けた店長が、僕が来たのを見つけて飛び出してきた。



「呼び出して悪いね。お金はいらないから、ちょっとあそこのテーブルで遊んで行って。」



なんだろうなと思って奥のテーブルに座っていると、小柄な女の子が店長に連れてこられた。



「コンニチハ、デイジーです!」



小麦色に焼けた肌。素朴な見た目でほとんどメイクもしていない。南国の田舎にいる女の子が歌舞伎町にポンと現れたような場違いな感じがあった。店長曰く、日本に来たばかりで日本語はほとんど話せない、夜のお店も初めてであまり勝手がわからない。僕ははお酒を飲まないし、優しいから、悪いんだけどこの娘の日本語の練習相手とお酒の作り方を教えて欲しいとのことだった。うん、まあタダだけど、でもこっちがバイト代欲しいくらい。でも、まあ仕方がない。ニコニコ笑っているデイジーととりあえず話をしてみる。



「コンニチハ、デイジーです!」



うーん、ニコニコ笑って入るけど、これしかわからないって事だな。こりゃ大変だ。



小脇に抱えているファイルを見せてもらう。英語と一緒に対応する日本語がローマ字書きで書いてある。とりあえず、これを使って会話をしてみよう。



「ワ、ワタシは、デイジーです。アナータのオーナマエは何デスカー?」



以前にやったところを思い出すように話し始めた。でも、先は長いなぁー。僕もあまり得意でない英語とタガログ語を織り交ぜながら何とか会話をする。これが普通のお客さんなら間が持たないかもしれない。でもデイジーは、他の女の子たちのように夜のお店に慣れきっていないから、健康的なニコニコとした笑顔がとても良い。だから、とりあえず笑顔でいることと、歌が上手いからお客さんの好きな歌を歌ってあげてしばらく頑張れと励ましておいた。



気が付けば閉店時間。店長が来て、一日付いてもらってありがとねとお礼を言ってフルーツ盛りをサービスで置いていった。デイジーも気難しい客や手癖の悪い客相手じゃないからか、一日楽しく過ごせたと喜んでいた。まあ、これでお金を払って飲みに来た客だったら、そりゃ怒る人もいるかもしれない。明るい雰囲気と歌を武器に頑張ってカラオケ好きなお客を捕まえてもらいたい。



しばらくしたらまたチェックに来るよと家に帰ると、仕事が終わったデイジーから電話が来る。メールをチェックして欲しいと言う。届いたメールは、日本語をローマ字で書いたもの。はい、解読が難しいです。そんなこんなで、何通も何通もメールを送ってきては、添削するかのように手直ししたりする毎日が続いた。



それから二週間後。久しぶりにデイジーの様子を見に来てみると…。



「あー!タクー!オヒサシブリデスネー!チョトマッテテネー!」



と驚くぐらい日本語が上達していて、指名も受けているみたいで忙しそうだった。お店のベテランの子にデイジーの様子を聞いてみると、毎日ちゃんと日本語を勉強して、明るく元気にお客さんと接したからか、結構若い男の子のお客さんの指名が取れているとの事だった。おー!それは素晴らしい。



「クヤー(お兄さん)、デイジー他のお客さんに取られちゃうよー!」



あの、僕はお客さんというより教育係だったので、飛べなかった子が一人で巣立つのを見送るような気持ちだから、頑張って良いお客さん捕まえてくれればそれでいいんだけど…。



「でもね、デイジー本当に明るくて良い子だよー!」



うん、それは本当に伝わってくる。こうやって日本に働きに来るということは、親兄弟を支えるために頑張って稼ぎに来ているのだから、変な思いしないで稼いで帰ってもらいたいと思う。そういう真面目な子なら応援したいと思うし、また僕で接客の練習をしてくれてもいい。中には性格が悪くて嘘の多い子もいる。どうやってでもお客さんを掴みたいという気持ちはわかるけど、僕は人と人として会話がしたいし、本当に友達にもなりたい。デイジーの天真爛漫な笑顔は、見ているだけで本当に明るい気分になる。僕もあんな笑顔で誰かを幸せな気持ちに出来たらと思う。



僕は、ある人を傷つけて、とても悲しい顔にしてしまったことを思い出してしまった。もしかしたら、僕がデイジーを助けているんじゃなくて、僕がデイジーのあの笑顔に救われているのかもしれなかった。



「人を笑顔にしてあげないとな…。」



自分の情けなさを思い出してそうつぶやき、少し悲しい気分で顔をあげてみたら、お店の奥から南の島の太陽のような笑顔のデイジーが嬉しそうに駆け寄ってくるのが見えた。

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