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かりそめの誕生日

「寒いなぁ。」




ミリタリージャケットのジッパーを引き上げ、冷気が首元から入らないようにする。12月半ばの新宿の夜は結構冷え込んだ。大きな買い物袋を左手に下げて夜の歌舞伎町を歩く。こんな日は焼き芋屋さんがコマ劇場裏辺りに出ているはずだ。今日は青木さんが絶対焼き芋を買ってくるはずだ。




12月といえば、クリスマスシーズン。その上、なぜか夜のお店ではバースデーパーティーも多かったりする。なぜだろう?僕の知っている嬢は、錦糸町にいた頃は夏が誕生日だったのに、歌舞伎町に来てからは12月が誕生日になったらしい。




「タクもバースデーパティー(売上強化月間)来てね!」




なんて、久しぶりに留守番電話に声が残っていたが、嫌なこった。どうせ後でティア・マレで顔を合わせるのだから、その時にかりそめの誕生日を祝ってあげよう。




そんなこんなで、区役所通り沿いにある一軒のお店の入口に立った。黒服が寒い中でもいつものように立っている。耳には耳あて、暖かそうなマフラーと毛糸の手袋を着けていたが、それでも12月の夜をずっと外で立っているというのもなかなか大変な仕事だなぁと思う。




「あ、こんにちは。電話頂いてますので、そのまま中へお願いします。」


「どうも、大変だね、寒いよね。」


「まあ、仕事ですから。ははは。」


「じゃあ冷めないうちに持っていくね。」




今日はこのお店のセシルのバースデーパーティー。この時期、ティア・マレはバースデーパーティーの出前が増える。一人で料理を作るのにママはてんてこ舞い。いつものように、



「タク〜、出前行ってきてー!」


「はいはい。行ってきます。」



っていう感じで、どこへ行く予定もなくティア・マレでダラダラしながらテレビを見てるばかりの僕は、いつも忙しいママの代わりにデリバリーへ出掛ける。寒いから出たくないんだけどなぁ。そう独り言を言いながらタバコの火を消して、料理が入ったコンビニ袋を手にして寒い夜の街へ出た。




暗い店内に入ると、いつものお店の様子と違ってバースデーパーティーらしい派手な装飾がされている。ティア・マレに良く来る子達に目で挨拶をして、奥のテーブルへと進む。



「セシル、料理持ってきたよ。」


「タク、ありがとー!ママによろしく、あとで行くね。」



誕生日の指名客で一杯の中、その中では若めの男が指名子と親しげに話をしているのを訝しげに見ている。ああ、お客さんも大変だね。頑張ってたくさんお金使って上げてください。こちらを見るお客さんに微笑みながら席を離れた。ウェイティング席に座っている子達も声をかけてくる。このお店は気さくな子が多くて良いね。最後に出口で見知った店長にも挨拶をしてお店を出た。



「はぁ、何やってんだろな。」



白い息を履きながら区役所通りから大久保病院方面へタラタラ歩く。でも、いつもの生活とは違った夜のこの街の中にいると、なんとなく気持ちが安らぐ感じがした。普通の生活をしていたら、何故か空虚な気持ちと冷たい風に心が吹き晒されるような悲しみに包まれそうだった。接客のプロの女の子たちとティア・マレで馬鹿な話をしていると、なんだか少し寂しさが和らぐ。彼女たちがたまに見せる素の言葉に僕は慰められた。だから、僕も彼女たちにはいつも優しく接してあげられる。なかなかお店に遊びに行ってはあげられないけどね。




冷たくなった手を擦りながらティア・マレのドアを開ける。



「おかえりー!」


「ただいま、ママ。」



帰ってきた頃には、ママも一息ついていたらしい。テーブルには見知った顔が数人来店していた。今週も見知った顔に囲まれながら週末の夜が更けていく。今はまだ、この街の、ちょっと騒がしく、ちょっとわざとらしい人間関係の中に身を置いていたかった。




もう少し、僕の心の中の寂しさが薄まっていくまで、この街に集まる同じ気持ちの仲間たちと少しだけ馬鹿みたいに笑って、決して無くなりはしない悲しみを少しだけ忘れていたかった。

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