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隠れ家のような場所

「ハイ、タク!今日は早いね」


「ママ、腹減ったよ。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


新宿歌舞伎町の奥、職安通りから一本内側のバッティングセンターの隣の雑居ビルの二階にその場所はあった。あったと言うことは、今はもう無い。2005年頃から2008年頃までのお話。トー横という言葉は無く、まだコマ劇があった。




当時僕は仕事を辞め、独立したときだった。それと同時に、当時の彼女に振られ、一緒に働いていた頼もしかったスタッフ達とも別れたため、公私ともに孤独な時期だった。




そんなとき、友人に連れてこられたこの場所は、その当時の僕の唯一の居場所だったのかもしれない。普段生活していてはなかなか出会えない人たちと交流したあの場所は、そんな当時の孤独な僕を温かく迎えてくれた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「何食べる?」


「うんとね、ニラガンバカお願い。」


「はい、ちょっと待っててね。」




そう言うとママ・キャロルは料理をし始めた。僕は勝手に冷蔵庫から取り出したチャッキーというチョコレートドリンクを飲みながら煙草に火をつける。今日もなんだか疲れたな。




「今日は誰か来てた?」


「青木さん来てたけど、パトロールにいったよ。」




そっか、どっかのお店に遊びに行ったらしい。青木さんは同郷出身の60代の男性で、ここティア・マレの常連の一人だった。みんな一度ティア・マレに顔を出して、そこから遊びに行き、そしてまたティア・マレに帰ってくる。そんな隠れ家のようなレストランだった。




「ハイ、ニラガンバカ」


「ありがとう!」




ニラガンバカは、バカ(スペイン語で牛)のニラガ(タガログ語でスープ)というもので、ジャガイモやタマネギ、キャベツなど野菜がたくさん入ったスープで、パティスというナンプラーのような魚醤で味付けされたものにごつい牛バラ煮込みが入った優しい味のスープ。そう、ここはフィリピンの料理をだすレストランだった。



歌舞伎町の奥から大久保にかけて、フィリピン、タイ、韓国、マレーシア、台湾、中国などのアジア各国のレストランがあり、その界隈で働くアジアの人達、夜のお店で働く人、そのお店に遊びに来る客などが集まる場所でもあった。




ご飯を食べながらママ・キャロルと今日の出来事やほかのお客さんの話をする。若い人から結構な歳の人までいろんな人が出入りするこのお店は、本当に多種多様な人種、国籍、いまでいうLGBT達が出入りしていた。孤独だった僕は一人で晩ご飯を食べるのが嫌だったため、ここへ週に数回は通っていた。以前所属していた小滝橋通り沿い、百人町にあった職場から近かったため、土地勘もあり、都会だけどちょっと仄暗い妖しい雰囲気で、少し殺伐とした気持ちだったあの頃の自分には丁度良い場所だった。




カランカランというドアベルの音が響いて入り口のドアが開く。




「お、タク、来てたのか!」




初老で白髪の青木さんが笑顔で僕の方を見ている。青木さんは年齢の割にはエネルギッシュで、いつもこっちが元気をもらってしまうくらいの人だ。まあ、たまに気難しいところもあったりするんだけど。




「おつかれっす。ご飯食べてました。」


「よし、じゃあ食べたらもう一軒パトロールいくぞ!」





青木さんは、まだ遊び足りないらしい。元気なオジさんだなぁ。もうちょっとゆっくりしたかったんだけどなぁ。




「えー、青木さんのおごりならいくけど…。」


「わかった、わかった!ほらいくぞ!」


「じゃあ、ママ、行ってくるね。」


「うん、楽しんできて!」


「へーい。」




そう言ってミリタリージャケットをのろのろ着ていると、青木さんは、まだ全部着終わらない僕の腕を引っ張って寒さが厳しくなってきた12月の歌舞伎町へと連れ出していった。

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